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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
12章 弘治2年(1556年)侵食する毒
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109話 宇喜多直家

 京への進出を本格的に始動させた尼子家と、それを阻む三好家の超大国同士の戦いは備前国で静かに、しかし確実に燃え上がった。

 今までは浦上家と赤松家が行う代理戦争であったが、本格的に三好と尼子から戦力が送られ始め、戦火が拡大し始めたのである。



【播磨国/八幡山城 尼子陣営/浦上陣営】


 年明けの寒風吹きすさぶ八幡山城。

 浦上家当主の浦上政宗が中央に、左手側には弟の宗景、浦上家臣の島村盛実、宇喜多直家らが居並び、右手側には尼子から派遣されてきた晴久の嫡男である義久、尼子家臣の本田家吉、宇山久兼らが並び播磨国の地図を挟んで論議していた。

 八幡山城の目と鼻の先にある鴾ヶ堂城(つきがどうじょう)攻略の為の議論である。


(これはマズイのではないか?)


 尼子義久は尼子援軍の大将としてこの場にいるが、まだ年若いので指揮は家臣が代行する事になっている。

 即ち実態は飾りの大将であるが、しかし尼子家次期当主として英才教育を受け、父の手腕を間近で見続け、優秀な家臣達の活躍を知るからこそ、浦上家から感じる不穏な空気を正確に感じ取った。


(大丈夫なのか?)


(良いとは言えませぬが、やむを得ない事情もありますからな)


 浦上家は長年に渡って赤松家と競り合って優勢に進めてきたが、順風満帆とは言い難く、弟の宗景が兄の政宗と対立して、浦上家を割って毛利家と密約を結んでいた。

 しかし、昨年に尼子家が大内家を滅ぼし、同時に毛利家の躍進の機会をも奪い取ったので、宗景は孤立する事を恐れ兄と和解した。

 ただ、兄の方針に賛同している訳ではなく、武勇も智謀も兄を凌ぐ宗景が、今も尼子の手先になる事に強烈な危機感を覚え、浦上の戦力消費を可能な限り抑えつつ大国に潰されぬ様に舵取りをしている―――


 尼子家の者達は、不穏な空気の理由をその様に受け取った。


 それも間違いでは無いが、そんな表面上の不穏な空気に隠れ、暗闇に放置されたジワジワ燃える炭火の如く感情を抑制した男がいた。


 浦上陣営の中でニコニコ笑顔を絶やさぬ男。

 宇喜多直家である。


 その直家は政宗と諸将に地図を指し示しながら、各地の拠点と攻略対象を説明し取り仕切っている。


「三好と赤松軍の大半が鴾ヶ堂城から出陣したと、潜ませていた間者より報告がありました。殿、これにて策が成り下準備が整いました。某が浦上尼子兵の8割を率いて敵の目を引き付けます。右衛門様(尼子義久)以下尼子諸将の皆様には、某と共に、こちらに本陣を構え敵の目を引き付けて頂きたい」


 淀みなく直家の口から発せられる作戦に、先ほど迄の空気を忘れ諸将が聞き入る。


「口火を切る先鋒は我らにお任せを。可能な限り敵の先駆けと本体を引き付け八幡山城に篭り拘束します故、豊後守殿(島村盛実)は迂回して敵の城を攻撃してください。殿と遠江守様(宗景)にはその後詰を。城の守備兵は殆どおりません。浦上軍残り2割でも奪取するのに手間はかかりますまい」


 鴾ヶ堂城のほぼ全兵力が出陣している以上、ガラ空きの城など誰でも落とせる楽な作業である。

 それでいて敵の城を落とす功績は、抜群に派手な大武勲である。

 その大武勲を譲られて、宗景も盛実も綻ぶ顔を懸命に堪えるのに必死であった。


「さて、ここからがこの作戦の肝です。城を落とされた赤松、三好軍は泡を食って引き返すでしょう。我らと城で挟撃される形になるのですから。その敵軍が再度城を奪取するにしろ退却するにしろ、我らの追撃で蹴散らし、さらに余勢を駆って尼子軍には三好に楔を打ち込んで頂きたい」


「そうじゃな。その策には不満も無い。だが一つ確認したい。もし、赤松三好軍が背中を見せずその場に留まった場合は?」


 義久が、語られていない不測の事態について確認する。


「おぉ! 流石は右衛門様にございます。失念しておりました。そうですな……。もしその様な事態になった場合は我らと城を奪取した軍で殲滅してしまいましょう。例え予定とは違っても、赤松三好両軍を殲滅せしめる勝利は必ず次に活かせましょう」


 別に直家もその可能性を考えていない訳では無いが、まるでミスを指摘され、いま慌てて対策を立てたかの様に振舞った。

 全ての可能性を考慮してしまう、優秀さを隠す為である。

 能ある鷹は爪を隠し、出る杭が打たれない様に警戒し、目上の者に見せ場を作るのは優秀な家臣の務め。

 直家は、そうやって今まで生き残って来たのである。


「なるほど? どう転んでも勝ちは揺るがぬ様じゃな!」


「うむ。よかろう! 赤松を蹴散らし浦上(ワシ)の威を示し、尼子殿には三好を蹴散らし京へ道を開き将軍家をお助け頂こう!」


 政宗が膝を叩いて作戦を承認した。

 弟と和睦したとはいえ、家中に対して絶対的な権力を行使できない政宗に総大将として振舞う機会を与えた。

 浦上家内で勢力の損耗を抑えたい宗景の意を汲み、本腰を入れて三好と構えたい尼子の、城攻めで兵を消耗したくない思いを汲み取りつつ顔を立てる案である。

 義久も、最初に感じた違和感を特定する事が出来ず、かと言って文句をつけ反対する程に、穴がある作戦でもないので承認した。


 もし―――

 この場に義久ではなく、百戦錬磨の尼子晴久がいたならば、あるいは気付いたかもしれない。

 直家の瞳の奥から発せられる猛烈な憎悪を―――


(この機会に我が父祖と宇喜多家の恨みを晴らしてくれるッ……!)


 直家の言う父祖の恨みとは―――

 島村盛実による謀略によって果てた、祖父の宇喜多能家。

 没落し嘲笑に晒され、失意の内に没した父の宇喜多興家。

 浦上宗景の奥女中まで落ちぶれてまで、直家の復活を後押しした母。

 極貧と飢えに晒されて、直家自ら鍬を握らざるを得ない状況でも、宇喜多家を見捨てなかった忠臣。


 これら全てに報いる為である。


 この狂おしい迄の憎悪と、苦楽を共にした家臣への感謝の気持ちこそが、直家の原動力であった。


(織田も斎藤も支配者を虎視眈々と狙い、追い落として天下に名を馳せる家になった! 今度はそれがワシの番になったのじゃ! 憎き島村! その島村を重用する浦上! ワシの憎悪の炎に焼かれるがいい! 父祖と家臣の屈辱の歴史を思い知るがいい! この絶好の好機、必ずモノにしてくれる!)


 本来の歴史では、主君の敵を排除する代わりに、島村盛実を誅殺する許可をもらった直家。

 だが、この歴史では、信長の歴史改変によって生じたチャンス、即ち今回の尼子と三好の争いをも最大限利用する策。

 屈辱も嘲笑も只管(ひたすら)に耐え、怒りと憎悪を原動力にし、策が整うまで爪を隠し、杭が打たれない様に警戒し、目上の者に見せ場を作って己を殺した。

 仇を同時に葬る、千載一遇の必殺の下剋上の機会を整えた。


(それに! この狂った世を正せるのは三好かワシ、後は織田ぐらいしか居らぬ! 他全ては乱世に惑わされたた狂人! そんな奴等は全て滅ぼしてくれる!)



【昨年 山城国/三好館 三好家】


 三好の内情を偵察すると浦上家に届け出た宇喜多直家は、実は、その足で堂々と三好長慶と会っていた。

 直家は浦上の所領と三好に付く事を手土産に、密談を実現させたのである。


『尼子と我らは戦力的には五分五分。圧倒的に戦況が傾いてから恭順を示したり、内応を約束する輩は多数おるが、こんな拮抗した状況で確約するとはな』


 三好長慶はこのタイミングで、この提案をする直家に関心するやら驚くやら、小さな浦上家の中にこれ程の人材が埋もれている事に驚いた。


『はっ。拮抗していればこそ価値はあろうと言うもの』


 苦境を逆転する裏切りにこそ価値がある。

 史実の関ヶ原の戦いの小早川秀秋の様に。


『それに、浦上も尼子もただ己の欲望を満たす戦いをするだけで、そこに正義はありませぬ』


『欲望と来たか。しかし、お主に欲望は無いと申すか? これを手土産に何かしらの欲を叶えに来たのであろう?』


 綺麗事も時には必要だが、この裏切りの場において、それを信じる事は三好にとっても危険である。

 何が目的か判断付かぬ者を迂闊に引き入れれば、埋伏の毒となる場合もある。


『もちろんです。高説を(のたま)う僧でさえ欲望に赴くまま行動するこの現世(うつしよ)で、逆に無欲など人としてあり得ますまい? そんな『己は無欲だ』と言う輩など信じられますか?』


 その点、直家は己を偽らず、長慶の期待通りの回答を示した。


『フフフ。確かにな。それで? 欲望を秘めるお主の真意は?』


 少々、正直すぎるきらいがある直家に苦笑しつつも、真意を話すこ事を促した。


『某の欲望真意はただ一つ! 父祖の無念を晴らす事! また、ソレに至る間に悟った事が一つ。恐らく某は三好様と同じ悟りに到達しております。それは……ッ!?』


 その瞬間、長慶は日本の副王たる覇気を撒き散らし始め、脇に控える家臣たちが刀に手をかけた。


 ここまで、太太(ふてぶて)しいまでの堂々たる交渉を繰り広げてきた直家も、長慶の予想外の変化と覇気に驚き汗が噴き出した。


『皆控えよ! ワシと同じ悟りか。成る程。聞くだけ聞いてやろう。別室でな』


 長慶は長慶で事前情報と実際の直家を見て、己によく似た境遇から燃やした野望、更に、そこから培った性質を見抜いた。

 だからこそ長慶は、かつて織田信長と斎藤義龍を別室に招いた時の様に、直家にも別室での密談を促したのである。(91-3話)


『では三郎右衛門殿(直家)、こちらへ来てもらおう。ただし、間違った事を口にしたらその場で殺す。その覚悟があるのなら付いて参れ。どうする?』


『もちろんお供します! もはや某に退く道はありませぬ!』


『よし。お主等に申し付ける。聞き耳立てる者は誰であろうと死ぬ。()()()()()()()


 長慶に促され、2人は別室に消えた。

 残された家臣達は、やはり何があるのか気になる様で、ヒソヒソと話始めた。


『以前、織田と斎藤、今川にも同じ様に謎の面談がありましたな。松永殿は何だと思われますか?』


 家臣の一人が隣に居る松永久秀に尋ねた。


『うーむ。策を成す為に必要な事を話しているのは間違いないでしょう。ただ。余程に慎重な対応を要する故に、この様な厳戒態勢で行われるのでしょう。詳細な内容は見当付きませぬ』


 実は長慶と一対一の密談をした事がある松永久秀は、すっとぼけると共にそれっぽい事を言って誤魔化した。


 一方別室では―――


『こうして、この形で話をするのは我が家臣でも数える程。外部の者では織田と斎藤、今川に次ぐ4人目じゃ』


『織田と斎藤、今川……。成る程、それで家臣の皆様が『いつもの通り』で納得したのですね』


『しかも大名本人ではなく、大名の家臣の身でワシと一対一で構えるのはお主が初じゃ。しかも浦上は勢力としては決して大きくない。これは異例の事じゃ。しかし、だからこそ期待しているとも言える。その意味を理解したら、お主の思うワシの悟りとやらを話してみよ。しかし今なら話さずにそのまま部屋を出ても良いぞ? 自信が無いならな』


『いえ話します。ここを潜り抜けずして我が野望は成就しませぬ。三好様の悟り。それは―――』


 直家は語り、長慶は頷いた。

 直家は1点でも減点があったら殺されるこの場で、見事に100点満点の答えを語ったのだった。


『分かった。良かろう。お主はワシの思惑を理解しているようじゃ。宇喜多家を三好家で全員召し抱える。まずは存分に一族の恨みを晴らして来るが良い。必要な事が有れば遠慮無く申せ。事を成し遂げた後は―――』


 こうして宇喜多直家は三好の後ろ楯を得て、仇敵の抹殺を実行する事になる。



【播磨国/八幡山城 尼子陣営/浦上陣営】


 直家は合戦が始まると、引き付けるハズの赤松三好軍をスルーした。

 直家は、浦上政宗、宗景、島村盛実が攻める城と連携し、浦上軍8割の戦力で背後から急襲する。

 その直家の行動に呆気に取られた尼子軍は、直家軍をスルーしてきた赤松三好軍に散り散りにされた。


 城を攻めていた浦上兄弟は、最後尾で指揮を採っていた事も災いし、直家軍に討ち取られて果て、島村盛実は捕らえられ直家の前に引きずり出された。


「狂おしい程に待ちに待ったこの時が来た! 貴様の姦計によって狂わされた一族と家臣の怨み! 今ここで晴らしてくれるッ!!」


「ま、待て! 話せば判る! た、助けてくれ!」


 盛実は慌てふためいて命乞いをする。

 何故こんな状況になったのか理解できていないので、助命の言葉も陳腐極まりない。

 それが直家には、余計に許せない。


「駄目だ。貴様は必ず殺す……!」


「クッ! こ、この乱世で姦計や罠で死んだ奴など掃いて捨てる程に居ろう!? ワシだけが非難される筋合いは無いわ!」


「ほう? まさにその通りよ。ならば! ワシの策で殺されても文句は有るまいなぁ?」


「そ、それは……! し、しかし能家や興家はともかく―――」


 お主は目を掛けてやったではないか―――


 そう言葉を続けようとしたが、口から声が出る事は無かった。

 直家の槍が盛実の口を塞ぎ、即死に成らない様に丁寧に地面に寝かせる。

 盛実が口内の激痛でのた打ち回り、何とか槍を引き抜こうと試みるが無駄であった。


「それ以上(さえず)るな! 耳が腐る! 宇喜多の先人よ! 今、怨敵を葬り復讐を完遂させます!」


 直家がそう言うと同時に槍に力を入れ、口から後頭部に貫通させ、盛実を地面に縫いつけた。

 盛実はしばらく標本にされた虫の如く、痙攣したあと事切れた。


「終った……。この乱世、策謀など当たり前。貴様の手段が悪だとは思わぬ。貴様にはこの乱世の生き方を学ばせてもらったわ。その恩だけは忘れぬ」


 すると直家は配下に弔いを命じた。

 史実の宇喜多直家は、卑劣な手段も躊躇しない謀略家であるが、手に掛けた敵は手厚く弔い、普通使い捨てか口を封じる暗殺実行犯も厚遇する。

 敵に厳しく味方に優しいを極端に体現する男である。

 今回も残虐に殺害しても、死ねば皆仏と言わんばかりにキチンと埋葬するのであった。


「六郎兵衛(宇喜多春家)、七郎兵衛(宇喜多忠家)これより宇喜多は三好の配下になる。浦上の所領を平らげると共に、三好と協力して尼子に備えよ。きっと怒り心頭じゃろうからな」


「あ、兄上はどうされるので?」


「その言い様はまるで……」


 まるで憑き物でも落ちたかの様に、柔和な顔つきとなった兄の変化に弟達が不安を覚えた。


「うむ。三好様との約束でな。少々やらねばならぬ事があって暫く留守にする。なに心配するな。三好様自らこの地に来る。力を合わせて宇喜多の誇りを見せるがいい」


「わ、分かりました。それで一体どちらへ?」


「尾張だ」



【尾張国/人地城(旧;那古野城) 織田家】


 人地城では三好家からの使者として、宇喜多直家が参上したと報告があり、信長と帰蝶とファラージャが例によって話し合っていた。


《これは本当に予想外じゃ……。いずれ関わるかも知れんとは思っておったが、早くても10数年から20年は先だと思って完全に虚を突かれたわ。どうやらワシの知らん所で相当に歴史が変わっている様じゃな》


《宇喜多直家殿ですか。私は余り知らないけど、名のある人なのですか?》


《名のある人かどうか? ときたか。そうだな。ファラ、直家について教えてやれ》


《はーい。宇喜多直家さんは斎藤道三、松永久秀と並び称される三大悪人にして、尼子経久、毛利元就と並び称される中国三大謀将に数えられる人ですね》


《え、何それ凄い……!》


 たったこれだけの情報で、とんでもない人物だと認識できる内容で、帰蝶は驚くしかない。

 しかし、自分の父が悪人に数えられている事実には、一瞬憤慨しそうになったが、それも仕方ない実績があった事を思い出し複雑な表情になった。


《幼少の頃から苦労を重ねますが―――》


 ファラージャが、島村盛実などを直家が謀殺した実績を語りだす。


《―――娘の嫁ぎ先を暗殺したり攻め滅ぼすなど、価値観が違うとはいえ容赦のない戦略を取る人である一方、身内には非常に優しいです。また仕事を成し遂げた人物を身分の隔てなく厚遇しています。あ! まるで信長さんみたいですね! 信長教では信長さんの配下になった期間が短いので準使徒の扱いです》


 信長も帰蝶の実家、妹の嫁ぎ先を攻め滅ぼした実績があり、身内を信頼し血縁者を大事にする人物であった。

 実績さえ伴えば氏素性を問わないのも、似ていると言えば似ている傾向である。

 その後もファラージャが数々の直家の謀略を語り、最後に未来に伝わる謎の言葉を逆に聞いてみた。


《未来の世界では、宇喜多直家を語る上で『ギリサン』という謎の称号が後世に伝わり研究されています。そうそう、松永久秀にも『ギリワン』という称号が与えられているのですが、何の事か分かりますか? 官位か役職か何かと言うのが有力な説となってますが……》


《『ギリサン』『ギリワン』? そんな官位や役職は聞いた事ないな。そもそも何語じゃ? 日ノ本の言葉なのか?》


《共通するのは『ギリ』ですか。義理、斬り、霧……日ノ本の言葉で無理やり当てはめればこの辺りでしょうけど。『サン』と『ワン』が何なのか全く分かりませんね。義理がサン? 何かの略称なのでしょうか? 3人を斬ったとか。じゃあワンって何よって話ですけど。犬?》


《犬はさすがに無いと思いますが……。それに戦国時代で三人しか斬っていないのは少な過ぎませんか? 松永久秀に至っては一人ですか? 称号として語り継がれるには弱いと思いますが……》 


《うーむ。全く意味がわからんな》


 1億年の歴史の積み重ねに、頭を悩ませる三人であった。


《まぁ良い。それらは後回しじゃ。とりあえず直家に会って真意を確認するか》


 この思わぬ訪問者に対し、信長は期待を込めると共に対面が果たされる事になった。

 平伏する直家に信長が言葉を掛ける。


「面を上げよ」


「はっ! 此度は拝謁賜り恐悦至極。主君三好長慶の使者として参りました、宇喜多直家と申します」


 そう言って直家は改めて頭を下げた。


《……さすが三大悪人に数えられるだけあって松永久秀同様、礼儀が非常に様になっているな》


《そうやって周囲を欺くんですかね? 悲惨な幼少期だったからこそなのかしら?》


 信長と帰蝶は、失礼な感想を持ちつつ要件を聞いた。


「して、此度の要件を伺おう」


「はっ! 主より書状を預かっております。これは織田様、斎藤美濃守様(斎藤義龍)にしか見せてはならないと厳命されております。お改め下さいませ」


 そう言って直家は、厳重に糊付けされた書状を差し出した。


 信長が内容を改めると―――


 突然、信長はかつて日本を制した覇者の覇気を放出した。


「ッ!?(こ、これは!? 三好様と互角の覇気なのか!?)」


 直家は、あんな心胆寒からしめる覇気を出せる人間がこの世に2人、しかも現天下人の長慶ではなく、地方領主に過ぎない信長から発せられる事に驚きを隠せなかった。


「お主はこの内容を知っておるか?」


 内臓を鷲掴みにする様な声に、直家は脂汗が滲み出る。


「い、いえ、何も把握しておりませぬ」


「そうか。一つは今この場では話せぬ事じゃ。これは分かるな?」


 この場で話せぬ事―――

 つまり長慶と一対一で話し合った内容の事である。


「は、はい」


「もう一つ。これはこの場で言える事なので、お主とこの場に居る者に申し伝える。この宇喜多直家は三好家の家臣であるが、織田家の家臣としても召し抱える」


「何と! ……え?」


 一斉に声があがるかと思いきや、声を発したのは直家だけであった。

 二重に所属する事に驚いた事と、自分しか驚いていない事にも驚いたのである。


「驚く気持ちは分かるが、この織田家には既に斎藤家の家臣を織田家の家臣としても招いておる。逆も然りじゃ。良くある事ではないが、こ奴らにとっては驚く事でもない」


 明智光秀と丹羽長秀がそれぞれ二重所属しているので、織田家家臣にとっては声を出すほど驚く事ではなかった。


「そ、そうなのですか……。分りました。三好様と織田様の為、粉骨砕身働かせて頂きます」


「十兵衛(明智光秀)や五郎左衛門(丹羽長秀)の様に両家を繋ぐ人材として活躍を期待する。また織田家からも三好家に派遣するので、その者には追って伝える」


 信長にとっても寝耳に水だった宇喜多直家の来訪は、歴史を動かし変化を見せるのであった。

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