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外伝22話 織田『稲作死闘』信長

 この外伝は5章 天文18年(1549年)の北畠家を吸収し、信長が織田家を名実ともに継承、6章にて今川家との会談が終わり松平広忠が暗殺された頃の話である。



【尾張国/那古野城 織田家】


 信長が『せっかく転生したならば』と始めた農業改革。

 前年では鍛冶に使う(ふいご)を使い、風圧にて種籾の重さを選別する装置を研究と苦心の末に開発し、その結果、多大な苦労の割に成果が薄い事を確認していた。

 小さな種籾を、機械でもコンピュータ制御でもなく人力で制御するのは難題過ぎたのである。

 完成当初は輝いて見えた選別装置も、今では若干陰って巨大なゴミに見えかけている。


「去年はまぁ……何となく種籾は重い方が良い結果を出している感じはする……そんな訳じゃったが。とりあえず今年も選別をするか。他に方法も思いつかんしな。また同じ結果になれば関係性も見えてこよう」


 実は種籾の重さと発育の関係性は非常に重要な結びつきを秘めており、世紀の大発見と言っても過言では無いが、選別の甘さから絶対的な確信には至っていなかった。


「祈祷はどうしますか?」


 帰蝶が尋ねた。

 尋ねたが、帰蝶は毛程も祈祷の効果を信じておらず、冗談半分で聞いた。


「うーむ……。民が豊作祈願や祭をやるのを止めはせんが、織田家として祈祷の募集をかけて来ると思うか? 昨年、あれだけ醜態を晒した寺院がまた応募するとは思えんのだが……」


「ま、まぁそうですよね」


 帰蝶の冗談に対して、予想外に真面目な信長の答えが返ってきて居住まいを正す。


 去年大々的に募集をかけた豊作祈願に対し、信長はあれこれと条件を付けた。(外伝14話参照)

 失敗した場合、最悪死刑もあり得るこの条件に対し、祈祷のプロ達は(こぞ)って参加し、悉く失敗して醜態を晒していった。

 その中でも悪質な違反をした団体には寺院を滅ぼし関係者を討ち取ったが、関所の襲撃とは比較にならない暴挙に領民も寺院も震え上がった。


「そうだな……。だがまぁやるだけやってみよう。応募が無ければそれはそれで良い。神社仏閣に力が無いと喧伝できる材料になる、って去年も言った気がするな」


 だが、触を出してまもなく―――


 信長の予想に反して応募する個人や団体がまたしても現れたのである。

 しかも領地が増えたお陰で前回よりも多いどころか、何と『今回こそは!』と意気込んで2年連続で挑戦する猛者も居た。

 欲の皮が突っ張ったのか、自分の力を信じて疑わないのか、去年の惨状を知らないのか解らないが、ともかく信長の目には破滅に向かう乱心者にしか映らなかった。


 それ故に信長は本当に親切心で『本当に良いのか? こんなに厳しい条件で、去年はこんな結果になって、こんな不正があって厳罰を与えて……』と、クドイ程に念押しをする。

 だが彼らは『任せろ』と豪語しルールの書かれた書状に署名するので、信仰心を失っている信長は去年同様、不安になってしまった。

 今更、神仏の奇跡を見せられても困るのである。


《ひょっとして本当は神仏は存在するのか? 実はワシの方が狂っているのか?》


《ちょ、信長さん!? しっかりしてください! テレパシー越しに殴りますよ!? 出来ませんけど!》


 思わず弱気になる信長に喝を入れて叱咤するファラージャであった。


 昨年に続いて応募が殺到する事―――


 しかしこれは仕方の無い事である。

 たった1年結果が出なかったからと言って、神仏に対する信仰が無くなる方が無茶である。


 神武天皇から戦国時代まで約2000年以上に渡って日本を守護した神の化身たる天皇。

 それでは足りないからと聖徳太子によって導入された仏教が凡そ1000年に渡って、つまり神と仏の二大体制で長年に渡って神霊的に日本を支配してきた末が今の戦国時代である。

 原子爆弾でも落とされる衝撃が起きない限り信仰を捨て去る事は不可能であろう。

 信長でさえ長年の経験で確信した事であり、また信長に匹敵する異端者など日本どころか世界にも存在せず、従って信長以外にそんな判断を下す事はほぼ不可能である。


 それにインチキ祈祷師を排除した織田家の公平性は、自分の実力を信じて疑わない祈祷師を発奮させる結果にもつながっていた。

 この公平性が信長の予測を大きく裏切ったのであるが、これは、転生した異常性を考慮し忘れ、宗教的側面を無視した信長や帰蝶、ファラージャが悪いのであって、世界の常識は宗教を中心に回っているのである。



【願証寺系列のとある寺】


「織田家が豊作の祈祷を募集しているようですが、いかが致しますか?」


 織田の情報を持ってきた僧が、一際豪華に身形が整った者に報告する。

 この近辺の願証寺系列を統括する立場の僧であった。


「もちろん行いますよ。去年は不幸にも織田殿とは誤解から叱責を受け弾圧されましたが、御仏の力を誤解されたままでは拙僧らの存在意義に関わります。万全の祈祷体態勢を敷きます。よろしく頼みますよ」


「はい。では念仏の準備をしてまいります」


 報告者した僧が退室すると統括する僧一人だけになった。


「……さて、去年は雑で稚拙な工作を行い発覚したらしいですからね。私がいる限りそんな事はさせません。いいですね?」


 誰も居ないのに独り言を呟く僧。

 不正は許さないと断固たる決意を述べた―――訳ではない。

 言外に『やるなら上手くやれ』そう言っているのである。


「はっ。お任せください」


 室外から囁くような声がした。

 願証寺が雇っている間者であり、工作を得意とする者であった。



【尾張国/織田家】


 信長と帰蝶は稲作の実験を行っている村で汗を流していた。


「ぬん!」


「どりゃあ!」


 信長と帰蝶が気合一閃、鍬を振り下ろし水田に突き立てる。

 両手に掴んだ鍬を天空にかざし、背筋と腕力で振り下ろし、また足腰で踏ん張り、渾身の力で鍬を引き起こし土をひっくり返す。


 何をしているのかと言えば『田起こし』である。


 田起こしとは?

 固く乾燥した田の土に鍬をいれて掘り起こし、細かく粉砕する作業である。

 カッチカチの水田を水で浸しても良質な土壌とはならず、元々生えている雑草に水分を与えるだけになってしまう。

 それを防ぎつつ、同時に肥料を混ぜ込み土を作るのである。

 土を砕いた水田は水を入れた時に滑らかな泥になり、また保水力によって水の流出も防ぎ、その後の田植えが楽になる。

 ただし、戦国時代はトラクターが無いので人力が全てであり、田起こしは超重労働の農作業である。

 人力で、小さな鍬で、広大な田を見渡せば気が遠くなる作業であるが、決して疎かにはできない作業である。


「ぬん!」


「おぉぉりゃあぁぁッ!」


 信長と帰蝶が渾身の気合と共に土に鍬を突き立てつつ、チラリと横目で隣を見た。


「えぇ~いっ!」


 そこには、同行していた吉乃が気の抜けそうな気合で田起こしをしていた。

 吉乃が土に先端が尖った杭を差し、ピョンと杭下部の出っ張りに飛び乗り、深く突き刺すと、柄に足をかけて踏み倒す。

 踏み倒す勢いで土が掘り起こされると、柄の先端に結んであった縄を引っ張り杭を手元に引き寄せる。


「……ハァハァ……!?」


「……ゼェゼェ……!?」


「ふうふう!」


 汗だくで土を掘り起こす信長と帰蝶に対し、非力な吉乃のペースは決して遅れておらず、疲労の度合いも低い。

 信長と帰蝶は、その異様な光景と現実に、何が起きているのか理解できなかった。


「……フゥ、フゥ」


「……ふう、ふぐっ、ごほげへぇ!」


 信長も息が切れ、帰蝶が咳き込む程の疲労であるのに。


「え~い! よっこら……しょっと! ほいっと!」


 非力な吉乃が信長達に肉薄するペースで土を掘り起こす。

 その両手には見知らぬ道具が握られていた。


「……ッ!? そッ、それぇッ!? い、今、いや、さっきから何をしとるのだ!?」


「え!? 何と仰いましても~……?」


「その道具! その方法! 何だそれは!?」


「あぁ、コレですか~? これは~村の人と相談して作った道具なんですけど~……」


 詳しく聞いてみると、戦で片腕が不自由になった農民が、片手で作業できないかと悩んでいた所、『じゃあ片手で楽にできる方法を考えましょう!』と吉乃が中心となって考え出した新しい道具であった。


挿絵(By みてみん)


 地面に軽く差す。

 出っ張りに足を置き体重で深く突き刺す。

 足で杭を倒し土を抉り上げる。

 倒した杭を縄で引っ起こして手元に戻す。


 地面のひび割れを狙えば、片手で腰を屈める事無く女子供負傷者でも可能な農具であった。

 科学的に説明するなら『支点、力点、作用点』でお馴染みの、いわゆる『テコの原理』を応用した方法である。

 丸太や石を運搬する労役経験をした事がある者ならば『こうすれば、物が楽に動く』と経験的に何となく知ってはいても、そんな経験も無く理論的に説明や応用など出来るはずも無い吉乃が、自ら考えだし行動に移し実際に形にした事に信長と帰蝶は驚かされたのである。

 

 吉乃のこの農作業方法は、いわゆる『はねくり備中』と言われる道具の原型原案とでも言うべき方法である。

 では『はねくり備中』とは何か?

 その説明の前に、まずは当時の鍬の説明を。


 当時の鍬とは長い柄に木製のヘラの先端に鉄の刃を付けた、金属を節約した農具であったといわれる。

 鍬全体が鉄で無い理由は、鉄は優先的に武器防具に回され、また一揆に使われても困るので農具に使う鉄は必要最低限に抑えられてしまう背景もあるのだと推測される。

挿絵(By みてみん)


 次に江戸時代になると鉄を節約しつつ貫通力を生み出せる櫛状の鍬が開発される。


 これがいわゆる『備中鍬』である。


 一撃で深く突き刺さり、普通の鍬よりも土を細かく粉砕でき、また鍬に土がへばり付き難い画期的な鍬である。

 ただ、古墳時代には既に存在していたらしく、その時々の時勢によって普及が限られ、平和になった江戸時代に広く普及した様である。

挿絵(By みてみん)


 また、『はねくり備中』とは、吉乃が実践した様にテコの原理と櫛状の備中鍬を組み合わせ楽に農地を耕せる様にした道具で、大正時代に東海地方で開発された農具である。

挿絵(By みてみん)


 吉乃は別に科学者でもないし、頭がキレる智謀を持ち合わせている訳でもない。

 テコの原理も当然知らない。

 最初は踏み鋤(ふみすき)を改良してみたが硬い地面に突き立てるには負傷者や女子供では上手くいかず、また体重を支えられず折れる柄と、土の抵抗が大きい先端を何とか出来ないかと苦心の末たどり着いた杭である。


 失敗の連続であったが、生来の性格に似合わぬ頑固さと親切心が諦めを許さなかった。

 

 現代の『はねくり備中』に比べれば、櫛状でもなく、特別便利な機構もなく、極めて原始的な方法で欠点もあるが、それでも信長の目には画期的な方法として認識できた。

 便利な道具は実験の失敗結果の転用や偶然の副産物である事が意外にも多い。

 電子レンジや、付箋に使われる接着剤なども失敗の副産物であるという。

 要は失敗の価値に気付ける目があるかどうかであり、凡人では実際に目で見たとしても、素通りしてしまい発見に至る事は無いであろう。

 信長も転生し3度目の人生という特異性、前々世ではノータッチだった農業改革を行おうとする意識と、元来より備わる独自視線、例えば世界初の火縄銃三段撃ちを開発できる信長だから『凄い方法』と認識できた事である。


「吉乃!! その杭を開発した経緯と協力者の下に案内……むッ?」


 何かに気付いた信長が鼻をピクつかせる。


「湿っぽい匂いがするな。これは雨が……いや、これは嵐となるかもしれんな。見ろ」


 信長の言葉に促され帰蝶が遠くの空を見やると暗雲が急速に迫ってくるのが見えた。

 この時期特有の気象現象、春の嵐である。


「良く気づきますね?」


「そりゃあ、な。武士の嗜みよ。《ワシは雨に愛された男だぞ? 雨を察知する事など自由自在よ》」


 桶狭間の奇襲では雨に助けられ、宿敵朝倉は雨で油断し、長篠の戦いでは奇跡的に雨が晴れた。

 その愛されぶりから後世では信長は『梅雨将軍』と呼ばれる事もある。


「なるほど。《殿、今の発言は神様みたいでしたよ?》」


「《気が付いてしまうのじゃ! 仕方ないだろう!?》濡れネズミになる前に避難するか。吉乃、杭の開発協力者の所に案内してくれ。雨をやり過ごしつつ話を聞きたい」


 信長達は、近隣の農家で雨をやり過ごしつつ、杭の開発や改善点を話し合うこと小一時間。

 やはり信長は雨に愛された男であった―――


 ようやく止んだ雨であったが、信長達は時間も忘れる程に話に熱中しており雨が止んだ事に気が付いていない。


「欠点としては鍬より重いな―――」


「軽量化か別の発想が必要ですね―――」


 熱心な議論の中、最初に雨が止んだのに気づいたのは吉乃であった。

 少々話し疲れ集中力の無くなった吉乃が外を見る。


「(うーん、信様の話は終わりそうにないですね~)あら? 雨が止みました……?」


 吉乃は自分の言葉に引っ掛かりを感じ、記憶の隅にあった大失態を思い出した。


「あれ? あっ!! キャアァァァァ!?」


 お嬢様な吉乃にそぐわない悲鳴に、一同が驚いて振り向く。


「吉乃ちゃん大丈夫? どうしたの?」


「種籾を雨から避難し忘れました……せっかく選別した種籾が……」


 後は言葉にならなかった。


 種籾を預かっていた吉乃は、外に出しっ放しのまま田起こしに参加し、その結果、種籾を入れた桶に水が溜まり溢れて流出してしまっていた。

 ポンコツ鞴種籾選別装置とは言え、仮にも薄いながら効果が見込め、時間をかけ軽重選別した種籾が全て無駄になり吉乃は涙が溢れて止まらなかった。


「これは……ん、これは……?」


 信長も正に水の泡と化してしまった種籾の選別に言葉を絞り出すのがやっとの様子である、かに見えた。


「……流出し水を含んだ種籾を再選別するのは無理じゃな。乾燥する前に芽が出てしまうわ」


「殿!?」


 信長のキツイ言い方に帰蝶が慌てる。

 吉乃も慌てて平伏し謝罪した。


「信様! どんな処罰でもお受け致します! 申し訳ありません!!」


「吉乃よ。ワシはな、罰を与えてくれという奴が一番嫌いでな。勝手に切腹して責任を果たした気になっている武士も同様じゃ」


「切腹……!」


 命に係わる単語が信長の口から飛び出し、吉乃は青ざめる。


「失敗したならそれはそれでいい。誰も完璧など求めておらん。肝心なのは相談し挽回する事よ」


「挽回……?」


「殿……(あれ?)」


 一見厳しい言葉や飛び出したと思いきや、攻め立てる雰囲気ではない事に帰蝶が気づく。


「吉乃。お主は今、失敗した。しかし……良い失敗をしたのう? 見てみよ」


 信長が桶を指し示す。

 言われて吉乃と帰蝶が指の先を追う。


「え……。……え? 桶に……種籾……あれ?」


「あっ! 種籾が浮いているのと、沈んでいるのが……?」


「そうじゃ。これは種籾が軽重で選別出来ておるのではないか?」


「ちょちょちょちょっと無事な種籾持ってきてくれる!?」


 帰蝶が側近に命じて鞴で選別が終わった種籾を、重い種籾、軽い種籾をそれぞれ新しい水桶に突っ込んだ。


「……!! やっぱり!! 沈む種籾と浮く種籾があるわ!! 吉乃ちゃん!! これは大発見よ!!!!」


「えっ、え!?」


 種籾を仕分ける方法に『塩水選』という方法がある。

 水に塩を加えて適度な濃度になるように塩水を作り、その中に種籾を入れると良種は沈み、不良種は浮き上がるのである。

 塩水の浮力を利用した選別方法であるが、これの優れている点は単なる重い軽いの楽な仕分けの他に、病気持ちの種籾まで選別できてしまう点である。

 そんな素晴らしい塩水選であるが、実は普通の水でもある程度の選別ができてしまう。

 塩水選程に完璧ではないが、少なくともポンコツ鞴選別に比べたら選別スピードも正確性も雲泥の差である。


「失敗した原因は、まぁ……ウッカリじゃが生来の性格もあろう。二度とウッカリしない、なんて事は人である限り不可能であろう。大切なのは失敗した後じゃ。さっき言ったな。勝手に切腹した武士は許せぬと。逃げて責任を放棄するか、堪えて挽回するか。悪意がない限りワシは後者を重用する」


 信長のこの言葉。

 現代にも伝わる言葉である。

 信長の重臣である佐久間信盛に宛てた『佐久間折檻状』である。


 長年の怠慢に対する信長の不満が爆発した文章であるが、要は『働け』『人材を確保しなさい』『方針に背く身勝手な判断をするな』『判断に迷ったり理解できないなら相談しなさい』『失敗したなら戦って挽回しろ』等々、信長はミスを放置し静観し二の足を踏む事を嫌い、損害を出してもそれ以上の功績を出す者を好む。


 信長の性格を『失敗(ミス)・即・斬』と思っている方も居るかもしれないが、決してそうではない。

 少なくとも猶予はあるし、問答無用ではないのである。


「失敗を研究すれば思わぬ成果が出る事もあろう。今回の杭や種籾の様にな。謝罪するなとは言わんが誰もが冷静さを失えば、この大発見を見逃してしまったかもしれん。むしろ、そちらの方が罪深い。それに例え発見に気が付かなかったとしても、この種籾が死んだ訳でもない。『どんな処罰でも受ける』と言う程の失敗では無いわ。それに今回の件でワシも学んだ。いずれ形にしよう! ハッハッハ!」


 信長のこの高笑いでようやく場が和んだ。

 信長の言う『いずれ形にする』とは、現時点では構想中である『天下布武法度』であり、今回の件が『その他』の項目に反映される事になる。(58話 その他の項目第1条、第4条参照)

 この杭は量産される事になり、種籾選別は織田家が管理し各村に種籾を支給する体制が作られる事になった。

 杭は秘匿しても間者にすぐバレるだろうし、隠せる物でもないからオープンにして、むしろ積極的に改良する事を推奨した。

 種籾選別もいずれ露呈するだろうが、一元管理する方が生産体制も利点が多いので吉乃を中心に管理する事となった。


「さぁ、それよりも吉乃よ。農具開発及び、種籾選別方法の開発の褒美を取らせる。お主の発想と失敗はこの織田をより一層栄えさせる事になろう!」


 信長は吉乃と開発に携わった者は褒美が与え、村も研究開発の拠点として発展していく事になった。

 時には失敗し、時には謎の農具が出来上がりつつ、米以外にも野菜類の育成、肥料の研究、害獣対策など様々に活動した。

 吉乃は『より早く』『より楽に』をモットーに活動し、史実よりも備中鍬が早く完成し、はねくり備中により近い物が開発され、ポンコツ種籾選別装置も、脱穀した米とゴミの選別機『唐箕』の原型に生まれ変わる事になる。

 吉乃が、農業中興の祖と名を轟かせるのは、後世の話である。


 善意の創意工夫、信長の雨に愛された世紀の大発見によって織田家の農業の未来は―――いきなり躓いた。

 この年は局地的に不作に見舞われたのである。



【那古野城 とある部屋】


「やってくれたな……」


 那古野城のとある薄暗い部屋で、信長、佐々成政、犬千代(前田利家)と、縄で縛られている男がいた。


 これは何事なのか?


 今年も行われた祈祷は、特別効果を発揮する事無く無事に無駄に終わった。

 それは良かった。

 妨害工作も去年の対応が効いたのか、はたまた警戒が効いたのか殆ど未然に防がれた。

 しかし、未然に防げなかった妨害も少なからずあり、それを実行したのが、ここに縛られている男の犯行であった。


 発覚した経緯は、特定の水路に通じる水田の稲の育成が極端に遅れ、枯れてしまう水田が幾つか発生した。

 この不自然な現象に民は天の怒りと恐れ(おのの)いたが、信長だけは即座に妨害工作であると察知した。

 ただ、方法が分らなかった。


『何が起きている!? 被害のあった地域に間者を……いや被害の無い地域に間者を放て!』


 この信長の読みは当たった。

 妨害工作をするなら一か所で集中的にやれば目立ってしまうので、無事な地域こそ危ないと踏んだのである。

 この読みが当たり、警戒していた成政と犬千代に不審者が捕縛され今に至るのであった。

 この捕縛された男は、願証寺が放った『やるなら上手くやれ』と暗に指示された間者である。


「貴様の手口は判明している。成る程、用水路の大元に工作すれば下流は全て被害にあう。ワシもいずれ刈田戦術で使おうと思っておった手口じゃ。効果抜群である事を実証してくれた事には礼を言おう」


 この後、信長は浅井朝倉を相手に、用水路の水門を占拠し多数の水田に水不足を発生させる刈田戦術をとるが、期せずしてその効果を実感してしまっていた。(79話参照)


「……」


 縛られている男は猿轡をしている所為で返事は出来ないが、不安げな目が左右に揺れていた。


「塩か。考えたな」


 犯行手口はこうである。

 用水路に塩をブチ撒けて稲の育成不良を促すのである。

 男はちょうど塩を運搬し撒いている所を捕縛されたのであった。

 信長は乱暴に猿轡を取る。


「な、なにも喋らんぞ!」


 現行犯で捕まったので惚ける真似はしないが、口を割ってしまえば願証寺に迷惑が掛かってしまうので、殺されても喋らないつもりであった。


「喋るさ。それに今喋れば五体満足で生きられる。どうだ?」


「……!!」


 男は歯を食いしばり拒否の意思を示す。


「ふん。まぁ五体満足では帰っても言い訳が立たんよな。ところで凌遅刑(りょうちけい)を知っておるか? まぁ知らんだろうから説明してやろう―――」


 凌遅刑とは中華圏で行われる極めて残虐な処刑方法で、罪人の肉体を傷つけるが、それと同時に素早く治療して傷口を塞ぎ、絶命するまで可能な限り痛みと苦しみを与えつつ処刑する方法である。

 驚くべき事にこの処刑方法はマフィアや裏社会の見せしめ的な処刑ではなく、国家が定める正規の処刑方法で、なんと写真が残る程の近代まで実施されており極めて閲覧注意な写真が現存する。

 ちなみに、本来の凌遅刑とは処刑方法であり取り調べの拷問ではない。


 では戦国時代の日本ではどう取り調べられているか?

 当然と言えば当然であるが、戦国時代に人権の概念など存在しないので、取り調べに違法もクソも無い。

 吐くか死ぬまで痛めつけるだけであり、その方法も凄惨極まりない。


 英雄の意地がぶつかり合う華やかな戦国時代であるが、これも戦国時代の一面なのである。

 拷問の歴史は調べれば調べる程に、人間のマイナスの可能性を感じさせる。


 この『凌遅刑』も尋問限定ならば、さっさと吐いてしまえば、ある意味優しい部類と言えるかもしれないが、では信長が何故『凌遅刑』の話をするのかというと『普通の拷問よりも苦しみが続く』と脅し、信仰心を上回る恐怖で精神を破壊して自白を促す為である。


「―――と言うわけで、尋問と処刑を同時進行で行えるのが凌遅刑の良いところじゃな」


 信長は極めて邪悪な顔で笑う。


「喋らなければ、極めて緩やかな苦痛が永続する処刑でしかないが、喋れば中止してやろう。決めるのはワシではない。貴様だ。いつでも自由に喋ってくれ。さて、早速いこうか。まずは日常生活になるべく影響の無い場所からにしてやろう。耳か、鼻か……指にするか……ッ!!」


 そう宣言した信長は魂ごと切り刻む、先程の言葉が嘘ではないと感じさせるが如く殺気を放つ。

 刀が、槍が、矢が、銃弾が、鈍器が、切れ味の悪い鋸が、赤熱する鉄棒が、男のありとあらゆる急所に突き刺さる―――かの様な強烈な殺意が浴びせられ、その猛烈な殺意は、同席する成政と犬千代にも及ぼし二人は竦み上がる。


 男は失禁するのも気が付かない程に震え上がる。


 神仏の意思に従って起こした犯行であるが、眼前の天罰の様な恐怖に脳内の神仏は吹き飛んでしまっていた。

 信長はゆっくりと、しかし確実な所作で刀を抜き、男の左手の小指の爪を軽く突く。


「……願証寺だな?」


 重く斬りつけるかの様な信長の声に、男は任務も信仰も忘れ首が取れそうな程に頷いた。

 成政も犬千代も何故かつられて頷いた。


「なななな何故わかかか……」


 恐怖のあまり成政の口はスムーズに動かない。


《どどどどうううしして……》


 ファラージャも、伝説に残る信長の残虐なエピソードを思い出す。


「何故分かるのか、か? 貴重品の塩を大量に使えて、この近辺で織田と敵対する勢力。願証寺か今川しかないだろう?《3度目の人生だし前々世の経験で予測は付くわ》」


《そそそうででですすすすかかかか……》


 ファラージャのその様子に信長は殺気を引っ込め笑った。

 薄暗い空間だった部屋に陽光が差し込んだようであった。


「内蔵助(佐々成政)、犬千代。学んだな? 寺院の悪辣さと手段を選ばぬ蛮行を」


「はははいいい……」


 2人は信長の恐怖もついでに学んだのであった。

 その恐怖体験は、後の願証寺攻略後の後始末で活かされ発揮される事になる。


「よし。連れていけ」


 連れていく先は硝石製造現場であり、死罪相当の罪人の恩赦の無い終身刑執行場所であり、ある意味では凌遅刑の執行であった。


「食い物を粗末にした報いは必ず受けてもらう。覚悟するがいい……!」


 願証寺がその報いを受けた時、長島に地獄が出現する。

 願証寺餓鬼地獄まであと5年―――


《ととと所で……あのまま自白しなかったら……続きはやったんですか?》


《やって欲しいのか?》


《あまりやって欲しくは無いんですが……見えてしまいますので……》


《大丈夫か? この先もっと凄惨な現場が出てくるぞ? 特に兵糧攻めを仕掛けた時にはな》


《ううう……》


この後、願証寺を滅ぼし、信長が凄惨な寺院に足を踏み入れた時、ファラージャは悶絶するのであった。

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