表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
10.5章 天文23年(1554年)方針
154/440

102-2話 長島一向一揆 前哨戦決着

102話は2部構成でです。

102-1話からお願いします。

【伊勢国/金井城 織田家】


 願証寺が、苦渋の決断で進軍を開始する前の事である。

 信長は家臣に命じた。


「よし! 祭じゃ! 皆で踊るぞ!」


 第二次盆踊り大会の開催を、曇天も吹き飛ぶような満面の笑みで宣言したのである。


 しかし織田家は包囲網を結成された三好家に付き、踊っている余裕など無いはずだ。

 何せ、どの陣営にも敵国に攻め込む大義名分が発生したのに、出陣するでも無くこの悠長な宣言はとんでもない好機を逃す行為。

 好機を逸したと悔やんでも、まさに後の祭りである。


 しかしそれでも信長は断行した。

 ではそんな暴挙極まりない命令に対して、家臣はどう返したか?


「準備万端でございます!」


 満面の笑みで万全の準備を報告したのである。

 主君がうつけならば家臣もうつけなのか?

 勿論これは策であり、遊んでいる訳では無い故の応答である。


「よし……抜かりなく始めろ」


 そう言って信長の顔は、満面の笑みから険しい顔に変わった。

 先程の曇天吹き飛ぶ笑顔は消え失せ、雷雲を思わせるかの様な風貌であった。


 信長の言う祭りや踊りは、完全に見せかけである。

 真の目的は全力で織田側の裕福さを喧伝して、長島一向一揆を挑発し、住民の流出を促して兵力を奪い、戦を有利に進める為である。


 それを2年連続で行おうというのである。


 昨年だけでも長島からの住民流出は相当数に上っていた。

 願証寺としても、これ以上の流出は勢力維持に支障を来たすので正念場でもあった。


 長島一向一揆との戦いはとっくの昔に始まっていたのである。


 ところで―――

 願証寺と織田の明確な開戦はいつからだろうか?


 それは昨年の盆踊りから?(92話参照)

 それは否である。


 伊勢侵攻時か?

 この時は細心の注意を払ったので小競り合いすら発生していない。(27話参照)


 では桶狭間のどさくさで侵略をした時か?(57話参照)

 確かに願証寺による明確な織田領への攻撃はこの時である。


 では侵略された織田家に正義があるのか?


 しかし最初に血が流れたのは、信長による寺社の建設した関所への襲撃時である。

 寺社としては不当に弾圧された側なのである。


 だがこれも、信長は政治に介入し、勧告にも応じず、意味不明な仏法で不当に関銭を徴収する輩を滅しただけである。


 しかし、これも主家を武力を滅ぼした逆賊が定めた勝手な言い分であり、この関銭も日ノ本を守護する為には必要な事である。

 大体が日野富子(8代将軍足利義政の正室)に代表される様に、将軍家もやっていた行為である。

 しかも有名無実だった警護料、治安維持に比べれば、仏法を維持する為に使うのであるから文句を言われる筋合いは無い。


 しかれども、寺社の増長は目に余るし、されども武家の暴威には死がつきまとう。


 それは―――

 しかし―――

 では―――

 だが―――


 どちらが先に問題を起こしてしまい、どちらに正義や理があるのだろうか?


 これを、誰もが納得できる判断を下せるのは誰もいない。

 それこそ日本の風習から伝統、人の考え方まで総動員しても決着は付けられない。


 1つの事柄を全員一致かつ納得させる―――

 少人数ならともかく大人数になると難易度は跳ね上がるであろう。

 殆ど不可能と言っても過言ではない案件である。


 ならばどうすれば良いのか?


 和の精神を連綿と受け継ぐ、日本人ならではの話し合い―――

 当然の事ながらそんな訳はなく、結局は己の主張を信じ勝って相手を黙らすしかないのである。

 現代でさえ『話し合い(強大な武力の裏打ち)』が基本路線の有り様であるならば、当然、戦国時代は話し合いで解決する時代では無いので、即ち正義が勝ち、勝った者が正義の理論である。


 信長が、その辺の事をどう考えているかは、明白である。

 勝つ、その上で出来る限り最善となる行動を取るだけである。


 ~~たら、~~れば。

 『あれができ()()』『ああしてい()()

 いわゆる『たられば』であるが、過ぎ去った時間や選択肢は元に戻せない。(今、まさしく『たられば』の世界で生きているが)


 ならば自分の信じる最善の行動を取るだけである。

 信長は、最善の為に犠牲も苦労も厭わない覚悟を、前々世よりも強く誓っている。


《今度は味方を誰も死なせない》


《前々世ではたくさん死者が出ていたようですが……》


 ファラージャが言う様に、長島一向一揆は1570年から1574年まで3回に渡って行われているが、討死した武将が非常に多い。

 特に織田家一門衆に討死が多く、兄の信広、弟の信與や有力家臣である氏家卜全など被害甚大であった。

 その要因は諸説あるが、約定違反に報復から報復とまさに戦国、血で血を洗う有様であった。


 今回は前々世と違い決戦の時代が早いので、元服していない信與や、斎藤家の家臣で近江にいる氏家卜全が戦死する可能性は無いが、兄信広や林通政、平手久秀(政秀の嫡男)は参陣予定である。


《兄上には尾張に居残ってもらう手もあるが、我らも出し惜しみする余裕は無い。参陣した上で生き残って貰わねば困る。それに今回は斎藤家の援軍は頼めない。若狭の仕置きであちらも余裕が無い》


《え!? では前々世よりも厳しい条件で決戦をするんですか!?》


《一概にそうとは言えんがな。例えば今の長島の兵力は多く見積もっても2万居れば良い方じゃろう。前は女子供も含めるが10万に届く時もあったらしいしな。しかし今は伊勢をほぼ手中に収め北勢四十八家も滅ぼし北畠も味方につけた。最初から海も封鎖しておるから、前々世を教訓とした戦略は練れておるハズじゃ》


《では、前よりは楽に戦えると?》


《それも一概にそうとは言えん。奴らの底力は決して侮れない。思わぬ所で指揮に長けた者が一揆軍を上手く操り反撃を受けた事もある。基本的には強くはないのじゃが決して弱くもない。しかも爆発的底力を秘めているのに、今を生きる者達にはその底力をイマイチ理解させにくい。そりゃそうじゃろう。誰だって訓練した自分が農民に負けるとは想像しにくいじゃろう》


 前々世でも決して舐めていた訳でも、侮った訳でもない。

 戦をする上で必要な対策や防備をしっかり行ったが、それでも一向一揆の底力は信長の予想を凌駕し織田軍を散々に食い破った。


 誰もが経験する事だとは思うが、己の苦労や危機の教訓を他人に伝えて、尚且つ狙い通りの警戒心を持たせるのは本当に難しい。


 親に『勉強できないと後で苦労するよ!?』と怒られ、大人になってやっと気づくのが大多数の人が通る道である。

 従って今現在、一向一揆の力を骨身に染みて正確に理解しているのは転生故に経験をしている信長ただ一人で、同じく転生した帰蝶すら理解できていないので、当然今の織田軍は無意識な油断が蔓延っている。


《故意に負けて理解させる手もあるが、死ぬと分かっていて戦術を組み立てるなど、何の為の転生か分からぬ》


《前も言ってましたね。可能な限り工夫するしかありませんね、こればかりは……》


 故意に負けるなど、命を張って戦う兵に失礼な話であるし、本気で戦ってなお死なせてしまう事は避けられなくとも、信じて戦ってくれる兵や将の信頼を裏切ってはならない。

 そもそもが、自分だけが未来を知っている有利な条件で生きているのに、今までと同じ結果しか出せないのであれば転生した意味もない。


《準備はしてきた。多少は時期尚早であるが、前々世と違う結果を出す事は出来よう。その一つが相撲じゃ。効果があれば良いが……焼け石に水かもしれん。まぁこれはオマケみたいなものじゃが、将兵が今までの苦労を思い出してくれれば決して悪い結果にはならんハズじゃ》


 死なせない為に散々対策を立ててきたが、それでも結果は未知数である。

 だからこその相撲大会である。

 特別凄い効果を期待しているわけではないが、戦意向上を目的とした催しで娯楽の少ないこの時代で戦前の景気付けとしては単なる祭りよりも期待はできる。


 何がどう転ぶかわからないこの戦いで、少しでも有利に働けばと考え、一揆に対する油断を払拭できないならば、別の何かを足そうと考えて思いついた相撲大会であった。

 尾張内乱、北畠、今川、浅井、朝倉との戦いは、尾張の弱兵と蔑まれてきた将兵の自信として確実に成長しているはずである。


《ともかく出来る事は全てやった。あとはやるだけだ》


 信長が転生してからの第一目標は今川家の桶狭間対策であるが、第二目標はこの願証寺対策と言っても過言では無い。


 基本的には寺社に対する弱体化対策である。


 関所を破壊して金銭の収入を絶ち、寺領を没収し年貢を一元化して不当な税の収入を絶ち、利権から分断し僧侶の修業の場を整えた。


 お陰で商人も農民も大喜びである。

 さらに悪質な寺社は徹底的に排除し、後釜には善良な僧侶を据えた。

 真面目に修行してきた僧は信長の政策を歓迎した。

 その善良な僧侶達には、願証寺領から逃げてきた領民を受け入れさせて、神仏に対する罪悪感から救い出した。


 止めは昨年の盆踊りによる大盤振る舞いである。

 戦う必要はないし、サービスで飯は食わしてやる。


 乱世において有り得ないほどの、至れり尽くせりである。


 お陰で目論見通りに対策は効果を発揮し、前々世では最大10万に届く一揆勢が、北畠を従え北勢四十八家を滅ぼしたお陰で2万程度と予測されている。


 これだけやって、それでも願証寺に付くなら仕方ない。

 決断を下すだけである。

 味方を守り敵を殺す。

 それだけである。


「よし……。では会場に向かう!」


 信長は軍勢を引き連れて金井城へ向かうのであった。

 その金井城では様々な催しが準備万端で整えられていた。

 食事に盆踊り会場、目玉の相撲場と豪華観覧席である。

 今回は仮装は開催しない。

 代わりの相撲大会が、武芸を競い合い、見て良し参加して良し、ついでに戦意向上に良しの催しであった。


「お待ちしておりました。殿、準備は整っております」


 出迎えた北畠具教、九鬼定隆、森可成、柴田勝家ら伊勢の政治を担う武将が信長を出迎えた。


「うむ。万事抜かりはないな? 伊勢守(北畠具教)はワシと右衛門(佐久間信盛)、兄上(織田信広)共に動き、権六(柴田勝家)と三左衛門(森可成)は予定通り潜伏して奇襲の機を待て。志摩守(九鬼定隆)は事が起きたら河川の占拠だ。父上(織田信秀)、十兵衛(明智光秀)と九郎左衛門(塙直政)は伊勢守と陸から連携せよ。良いな?」


「はっ!」


「ではやるとするか! よし、食って踊るぞ! 相撲に参加する者は励むように!」


 こうして2年連続となる、乱痴気騒ぎが開催されることとなった。

 去年の賑わいを知る近隣住民は当然ながら、少々遠方からも多種多様な人間が集まり、食事や踊り、相撲は計算通りの賑わいを見せ、商人や遊女もそこかしこで店を広げた。

 信長の狙い通り、予め流言飛語を流したお陰で願証寺領からも多数の住民が流出し、織田の力を誇示し願証寺の力を更に削ぐ目的を達成できた。

 後は最後の目的を達成させるだけである。


 そんなお祭り騒ぎが5日も経った頃、信長が待ちに待った報告が飛び込んできた。


「申し上げます!! 願証寺が蜂起! こちらへ向かって一揆勢が進軍しています!! その数5000以上!!」


「5000? 最大兵力はもっとあるだろうに少ないな? 伏兵や別動隊が居るのではないか?」


 伝令の報告に諸将は訝しむ。

 しかし信長だけは反応が違った。


「来たか! 侵攻してくる敵は5000で間違いない!」


「え!? な、何故断言できるのですか?」


「奴らは己の領土と兵力を弁えず、砦や防衛施設を建設しまくったからな。まぁ我らが『攻め込む』と流言を流し、常に緊張感に晒し続けたのが原因でもあるがな。その為に陸も海も封鎖し続けたのじゃ。砦や防衛施設は兵が居てこそ機能するもの。せっかく作った施設を無人にする胆力は奴らにあるまい。特に寺を要塞化した施設はな」


「……? あっ! 寺には信仰心の中心たる設備が……!」


 気が付いた家臣の言う通り、寺には仏像や経典など、信仰の拠り所が盛り沢山だ。

 これ等を守護する兵を割く事は出来ないと判断した、信長の作戦勝ちであり、証恵が気が付いた悪手であった。(102-1話参照)


「兵の数に見合わない事をしたツケじゃな。かつての北勢四十八家と同じよ」


 北勢四十八家はその名の通り伊勢の北部に、小さな豪族が48以上寄り集まって出来た、勢力の総称である。

 長島ほどに狭くないとは言え、城が立ち並び過ぎであり、織田家に付け入るスキを与えてしまっていた。

 そんなミスを願証寺もしてしまっており、確かに攻め込まれるのであれば機能したであろう砦も、兵力を奪うお荷物にしかなっていなかったのである。


「さぁ! 予定通り迎え撃つぞ!! 民衆を逃がして持ち場につけ!! 我らは大木砦に籠る!」


 予定通り迎え撃つ。 

 これこそが最後の目的であり、願証寺に攻め込ませて、改めて大義名分を得る事に成功した信長は、手早く指示を飛ばした。


 その迎撃拠点たる大木砦は、金井城を守る為に長島との中間地点に築かれた砦であり、一向一揆が金井城に至るには必ず大木砦を通過しなければならない。

 その大木砦。

 実はこの砦は北畠具教が築き上げた渾身の作品であった。


 かつて己がやられた長野城の仕掛けを強化した砦で、長野城の様な山城ではなく平城の上に森林に囲まれた砦なので、木々を利用したトラップは仕掛けられなかった。


 だが、崩れる城壁、歩きにくい巨大な畝に、少数の落とし穴、砦の周囲は長野城よりも深く、かつ、竹槍が突き立てられ落ちれば即死か大怪我は免れない深い堀。


 さらに、そんな堀は渡り難かろうと親切心にて設置した丸太橋(釘を打み、糞尿で汚染させた自動撃退橋)。 

 砦内部に侵入する為の門は、砦建築にて発生した大量の土砂を使い全ての門を絶対に開けられない門とした。


 この罠で砦に釘付けにしておいた一揆軍を、柴田勝家と森可成による背後からの襲撃で殲滅する。

 同時に、水軍と陸軍による、河川の占拠と周辺砦への同時多発一斉攻撃により、命からがら大木砦から逃げてきた一揆兵の逃げ場も封じる電光石火の殲滅戦である。

 これらが一揆軍の侵攻に対する策の全容であり、第一次長島攻略作戦である。


 そんな策があるとは知らぬ一揆軍が、信長が待ち構える大木砦に到達した。

 この歴史における、織田軍対一向一揆の長きに渡る本格的戦の始まりである。



【伊勢国/大木砦への道中 願証寺軍】


 一揆軍は織田軍の抵抗らしい抵抗が全く無く、何より道中の途中からは舗装された街道だったので、何の苦もスルスルとたどり着けてしまった。

 北勢四十八家の残党にして一揆軍の指揮者が困惑の表情を隠そうともせず呟く。


「何の抵抗もない……まさか農繁期だから兵が集まらなかった、訳がないか……」


 かつて北勢四十八家は、農繁期の隙を突かれて歴史的大敗を喫していた。

 織田軍の侵攻に対し碌に兵を集められず、たった数か月で北伊勢の大部分を制圧され、『信長の50城抜き』を称える材料にされてしまっていた。(27話~参照)

 その戦略を知っているだけに、今のあり得ないほどの沈黙を鼻をヒクつかせながら周囲を警戒した。


「おかしい。こんな目と鼻の先に居るというのに何も反応がない。……あるとすれば、何やら良い匂いがする位か?」


 指揮官が言う通り、砦からは人の気配がするものの、感じるのは何か良い匂いだけであった。

 通常なら迎撃の部隊がとっくに出撃するか、弓矢の挨拶があっても良いぐらいの間合いである。


「やむを得ん。留まって様子を見るには兵糧に余裕がない。ここは……」


 砦攻略を命じようとしたタイミングで、その砦に動きがあった。

 とは言っても、敵兵が一斉に出撃するでも気勢が上がるでもない。

 門の上に一人の武将が体を出したのである。


「ようこそ! 一向宗諸君! この砦には君達が半年は腹一杯食っていけるだけの兵糧や銭が蓄えられておる! 突破出来た者には進呈しよう!」


 声を上げたのは北畠具教である。

 門の上の櫓から姿を現した北畠具教が、かつての帰蝶よろしく良く通る声で一揆軍を出迎えた。(34話参照)

 具教は右手におにぎり、左手に汁椀をこれ見よがしに掲げている。


「どうだ? 味噌の良い匂いがするだろう?」


 そう言われてみると、先ほどから感じていた良い匂いの正体は味噌だと認識できた。


「今、砦の内部では食事中でな。握り飯に味噌をつけて焼いておるのよ」


 そう言って具教は握り飯をかじった。


「うむ、美味い! この汁も絶品でな……熱っつ!!」


 あまりの熱さに具教は汁椀を放り投げてしまった。

 その放り投げられた汁椀は、様子を伺っていた一揆軍指揮官の前に落ちて破片が頬を掠めた。

 辺りに良い匂いが漂う。


「おお、スマンな。大丈夫か? さて気を取り直して……。さぁ一揆軍の諸く……」


「我らが飢えて困窮しておるのに暢気に飯じゃと……ッ!! 進者往生極楽! 退者無間地獄! 突撃! 奴らを討ち取って全て奪え!」


 具教が全てを言い終わる前に、一揆軍は突撃を開始し始めたのである。


「おほっ!! 挑発の効果は抜群じゃな! やられると腹立たしいが、やる方は病みつきになりそうじゃ!」


 大木砦の攻防戦が突如開始された。

 だが、結果は言うまでも無かった。

 長野城攻防戦を再現するかの様に、絶対に開かない門に突撃しては弾き返され、堀に落ちて絶命していった。

 しかし、ここから先は再現では無かった。


 大木砦に噛り付いている一揆勢に、柴田勝家と森可成ら信長の命を受けた別動隊が襲い掛かる。

 この一揆に参加する者は、僧侶も加担する武士も駆り立てられる民衆も関係ない。

 全て平等に討ち取る。


 しかしこの心配は杞憂に終わった。

 具教の挑発が効いたのもあるが、元々信長の策や誘惑にも最後まで動じなかった狂信性を持つ一揆軍である。

 己に課す『進者往生極楽 退者無間地獄』の旗印の下、僧兵に促されるまま無策に門に突撃を繰り返していった。


 この異様な状況は、逆に織田軍を飲み込み始めた。

 只の兵士なら、間違いなく逃げ出す状況なのに、脱落する者が殆どいない。


「な、何なのだコレは?」


 砦内に居る者も外で背後から襲撃している者も、この理解不能な状況に困惑していた。


「動じるな! コレが一向一揆と言うモノだ! 神仏に対する盲信故の考える事を辞めた人間の末路だ! 逃げる者はまだマトモなのだ!」


 声を張り上げたのは信長であった。

 唯一、一向一揆の恐ろしさを知るが故の一喝であった。


「恐ろしいと思うなら、哀れと思うなら、殺して楽にしてやれ! 奴らの考えは進者往生極楽 退者無間地獄! ならば死なせてやる事が我らの出来る唯一の情けじゃ! 介錯じゃと思え! 介錯して極楽に送るのがここまで抵抗してきた一向一揆に対する礼儀なのじゃ!」


 そう信長は叫ぶと、自ら弓を射って敵兵を倒していった。 


「お、おぉ!」


 一体どの位の刻が経過したのであろうか?

 刻も忘れざるを得ない、織田軍の一方的な殺戮が終った。

 狂信的な一揆軍に対し、織田軍は自分達には理解できない、化け物でも相手するかの様に必死に戦った。


 一揆軍は本当にしぶとかった。


 何本の槍に刺し貫かれても歩みを止めず、手足を斬り飛ばされても抵抗を止めず、倒れても噛み付いて抵抗する様に、織田軍は恐怖し一向一揆というモノを骨身に染みて理解した。


 攻め寄せた一揆軍は壊滅したが、中には冷静になり願証寺に逃げ帰ろうとした信徒も居るには居た。


「ここまで来れば……!?」


 しかし、逃げ延びた一揆軍がその目に写した光景は、焼け落ちる願証寺の砦であった。

 不必要に砦を多数建設したので、各砦に回せる兵力が少なく、一揆軍が大木砦に攻め寄せた後、背後を封鎖する形で、陸と河から攻撃を仕掛けた織田軍に順次砦を落とされ討ち取られた。


 運良く逃げ帰れた者は20人にも満たないだろう。


 証恵が中途半端な事をせず、5000と言わず全兵力で向かえば、信長を討ち取る可能性は十分あったが、それはできなかった。

 結局長年の失策が、首を絞める形となったのである。


「よし。とりあえずケリはついたな」


 信長が何食わぬ顔で感想を漏らしたが、諸将は通常の戦ではあり得ない、むせ返る血の匂いに戦慄していた。

 敵兵とはいえ5000人近くが戦死という結果は、中々聞く事のない結果である。

 5000人が負傷ならまだ理解できるが、普通は5000人も死ぬ前に撤退命令が出るのが武士の戦いである。


「これが一向一揆……すなわち宗教勢力との争いじゃ。これでも恐らくは、その潜在能力の一端に過ぎぬじゃろう」


「……は、はい」


「もう一度言う。ここまで懐柔を拒んだ奴らに道理は通じぬ。ならば奴らの教義通りあの世に送ってやるのが情けだと思え」


 現代人の感覚では悲惨な結果、残虐な行為と思うかもしれない。

 しかしあらゆる宗教で、狂信者が起こす事件の残虐非道性は知っての通りである。


 ましてや、戦国時代に断固として一向一揆に参加する者は『進者往生極楽 退者無間地獄』の下に死を恐れぬ最強の兵である。

 意味は『進む者、即ち戦って死んでも極楽に、退いて死んだら地獄行き』である。

 宗教が絶対の時代において、仏の代弁者たる僧侶が、この言葉を掲げているのである。

 むしろ逆らえる者の方が異端者と言えよう。


 また、禍根は断つのが常識の時代である。

 平家は源氏の子孫を見逃したばかりに滅ぼされた。

 それに学んだ徳川家は豊臣の血筋を断固として滅ぼした。

 どうにも懐柔できない相手は、滅ぼすしかないのである。


 前々世でも信長は()()()()()()宗教勢力は殲滅作戦をとった。

 好き好んで殺戮をしたい訳ではないが、宗教の無価値を証明し論破できない以上、殲滅するしかないのである。


「よし……続いて九鬼水軍たちに合流し、奴らの本尊を攻め落とす。死体処理兵以外は準備せよ!」


 諸将はまだこの先にこれ以上の惨劇が有るであろう事を肝に銘じ、出撃準備に取り掛かるのであった。

ネット小説大賞は二次選考で落選してました!

応援ありがとうございます!

無念ですがまだまだ未熟だったようです。


まだ物語の核心には迫ってもいない序盤(?)ですし仕方ないかもしれませんねぇ

幸い、コンテストは豊富に開催されているみたいなので、どんどん腕試しで応募していきます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ