102-1話 長島一向一揆 前哨戦
102話は2部構成でです。
102-1話からお願いします。
今回投稿に時間がかかってしまいました。
平成最後の投稿とか言ってみたかった…
令和最初の投稿になりますがよろしくお願いします。
【伊勢国/長島 願証寺】
願証寺の証恵は、目まぐるしく情勢が変化する今に翻弄され押し潰されそうになっていた。
一向宗の本家たる本願寺は将軍の争いに中立の立場となったがそれはいい。
それよりも策があると出て行ったきりの織田信友と織田寛貞が何の連絡も寄越さず音信不通になったのである。
「奴等はどうした!」
証恵は叫んだが、叫んだところでどうにもならない。
それに2人ともサボっている訳でもない。
何故なら信友と寛貞の両者にとっても、理不尽に不都合な事が起きていたからである。
彼らの策は、三河に潜伏し一向一揆の再発させる事であった。
長島と連携し織田領を脅かし、更に尾張が不安定になれば今川が再度侵攻する事も期待できる。
2人は三河には一向宗の信徒が多く、また松平の家中にも一向宗が多いのを把握していた。
しかし太原雪斎に早期に鎮圧させられたお陰で、参加する事が叶わなず一向宗信徒の心中では自責の念が渦巻いていた。
次こそは率先して参加しなければ―――と。
信友と寛貞はその自責の念を利用しようと暗躍していたのであるが、しかし途中からどうにも手応えが無くなってしまい困惑していた。
「何故こうも動きが鈍いのか!?」
「火種はあるのに燃え上がらぬ……何故じゃ!?」
2人の策は決して目の付け所は悪くなかったのだが、不発の原因は、今川の三河政策が民衆に広く受け入れられ、なおかつ以前の一揆も太原雪斎が念入りに鎮圧したのも大きく、三河の民も武将も自責の念と将来性を天秤に掛け、将来性を選び大人しくする道を選んだのである。
さらに大きな問題として2人には知る由もないが、史実と今の歴史の差も関係していた。
史実では徳川家を裏切るだけで良かった一揆に参加した家臣や民衆も、今の歴史では松平家を裏切れば今川家まで裏切る事になり、主家の立場が史実よりも悪くなる可能性があるからである。
つまり『信仰心的にはすぐにでも馳せ参じたいが、主家が憎い訳でもないし今川を敵に回したくない』という心情が一線を踏み越える事を拒んだのである。
そんな訳で松平家を出奔する者は居るには居たが、大量離脱した史実に比べれば微々たるもので、大口叩いて願証寺を発っていた2人は流石に胸を張って『成果を上げました!』とは言えず、更に潜伏して機会を待った。
2人は諦めなかった―――
困難に立ち向かった―――
かつて支配した尾張に比べて、何もないに等しい田舎で挫けなかった―――
何故その頑張りを信秀討伐や、斯波家の盛り立てに生かせなかったのか―――?
そう思えるほどに―――
その執念が実ったのか、ついに機会は訪れた。
将軍が三好に反抗するべく、今川に助力を求めるとの情報を掴んだのである。
「聞いたか!? 将軍が三好討伐を各所に要請しているらしい!」
「何と! では今川が再度尾張侵攻する芽も出てきたのでは!?」
「うむ! これは……もしかすると、もしかするかも知れんな……!!」
2人は小躍りせんばかりに喜んだ。
何故なら今川家は将軍家に連なる家系なので将軍の命に従う可能性は限りなく高く、当然、天下布武を掲げる織田とは相容れず再度戦う公算は高かった。
しかし歴史は残酷である―――
もしかする事は無かったのである―――
「な、何でそうなるの……?」
「わ、解りませぬ……」
何と織田と今川は歴史的和解を行い、あろう事か両者共に三好に付いたのである。
一向一揆が無理なら今川を頼ろうと策を練っていたのに、あっという間に東海地方一帯が織田を後押しするかの様な趨勢と変わり果てていた。
「逃げるか……」
「そう……ですな……いや! 違います! 更なる成果を求め場所を移すのです!」
「ッ!! そうじゃな! これは戦略的行動! 報告は成果が上がってからでも良いだろう! それに此度も全くの成果なしと言う訳では無い!」
「願証寺にはあの小僧共を送りましたしな! 全くの無成果ではありませぬ! 決して!」
そう喚いた2人は音信を絶った。
何か歴史が違っていれば、万に一つも無いであろうが例えば織田と斎藤が決別したり、今川が再度織田に侵攻する流れになれば2人の策は成功していたかもしれない。
しかし、泣いても笑っても2人にはどうしようもなかった。
そんな2人の苦悩と苦労と理不尽な歴史を知らぬ証恵は、仏具を投げつけ怒鳴った。
「やはり武士は頼りにならん!」
証恵は願証寺の厳しい現状をもう一度確認した。
「苦労して作った砦や防御施設に織田は見向きもせん……! その上、織田の天岩戸策で民の流出を食い止めるにも限界がある……!」
織田の侵攻を予測して築き上げた砦は住民を総動員して作り上げたが、農繁期でも砦作りを優先したお陰で兵糧も不足していた。
更には去年、織田の乱痴気騒ぎで欲望に弱い者から順に心を砕かれ織田領に逃げる民が後を絶たず、願証寺の支配は悪循環の一途を辿っていた。
なお、証恵は織田の策を『天岩戸策』と言ったが、別に信長がそう命名した訳では無く、証恵が日本神話の『天岩戸伝説』を思い出し、自分たちが置かれた状況と酷似している事から勝手に名付けた作戦名である。
余談であるが、『天岩戸伝説』とは太陽神である天照大御神が、弟の須佐之男命の乱暴狼藉に心を痛め、天岩戸に身を隠してしまった故事に由来する。
太陽神である天照大御神が隠れた為に世界は暗黒に包まれ凶作や病気が蔓延し大変な事になったので、『こりゃまずい!』と判断した他の八百万の神々が策を弄し、天岩戸の前でお祭り騒ぎをして『私が隠れているのに何で楽しそうなの!?』と憤慨した(?)天照に天岩戸を開かせる作戦である。
その策は見事的中し、無事に天照を引っ張り出した神々は安堵し世界も平和。メデタシメデタシといった感じの伝説である。
なお信長がその命名センスを甚く気に入り、逆輸入して作戦名にしたのは後の話である。
天岩戸に隠れた天照を引っ張り出す祭り=長島に立てこもる願証寺と、それを瓦解させようと乱痴気騒ぎをする織田家。
実に良く似た構図であった。
史実でも似た様な戦があり、それが豊臣秀吉による小田原征伐である。
小田原城を囲んだ豊臣軍は連日茶会を催し、妻女を呼んで寛いだ。
北条家にとっては己の命運を決める戦の最中に、こんな舐めた態度を取られるのに手も足もでず打開案も浮かばない。
効果は絶大で北条家は泣く泣く小田原城を開城するハメになったのである。
まさに天岩戸作戦である。
信長が知る由がない作戦であるが、貧富の差と余裕が成せる技であり、今の織田家の規模でさえ効果抜群な戦略であった。
そんな己、すなわち願証寺の不甲斐なさと織田家の力を世間に喧伝させられる道具にされている証恵は、仏僧に有るまじき形相で木魚を素手で叩いた。
ボグッという鈍い音が本殿に響く。
「本願寺からの連絡も無い……兵糧の備蓄も心許ない……民の離散もこれ以上は限界……」
その時、奥から伝令がやってきた。
豪奢な本殿にあるまじき騒音であるが、証恵に気にする余裕はなかった。
「奴らか!?」
信友と寛貞からの報告かと思ったがそうではなかった。
「い、いえ違います! それよりも、お、織田がまたしても盆踊りを決行したとの事です!!」
「何じゃと!? ふざけおって!! クソッ!!」
今も厳しい状況なのに、更に泣きっ面に蜂とでも謂うべき動きが織田で始まり、証恵は決断した。
「……民の不満を利用して織田にぶつければ成果も挙げられよう。急ぎ兵をまとめろ! 踊り呆けている織田に一撃を食らわし物資を独占し民を苦しめる織田を誅滅する!!」
織田の挑発であるが、その挑発を逆手にとって襲撃すれば勝機がある。
証恵はその様に判断した。
信長の策を我慢比べだと理解しているのに、策を天岩戸伝説に準る程に見破ったのに、それでも我慢の限界と自分たちの状況から、戦うしか道はないと決断せざるを得なかった。
「して、いかほどの兵を差し向けますか?」
「そんなモノは全軍……いや待て! 砦の防衛を疎かに……あっ!?」
証恵は、とんでもない悪手をしてしまった事に、気が付いたのである。
「まさか……まさか……そんなバカな!?」
全ては信長の思惑通り。
「兵は……5000。その代わり、その代わり……比較的体力に優れる者を選定せよ……」
悩みに悩んで証恵は苦渋の決断を下した。
「はっ。直ちに!」
その苦渋を知らぬ伝令は、やっと出撃できる喜びを噛みしめるのであった。
無事に天岩戸から引っ張り出された願証寺一向一揆は、降伏すれば助かる道を自ら塞ぎ、旗印にある通り進んで極楽への道を突き進むのであった。




