100-5話 各陣営の去就 信長の方針 自由と理想
100話は5部構成す。
100-1話からお願いします。
「それらを踏まえて織田家の方針を言い渡す」
★
「織田家は三好に付く」
家臣たちがざわつくが信長は無視して続きを語った。
「理由を言おう! 単純明快。天下布武法度を掲げておるからじゃ!」
信長の言葉にざわめきがピタリと止んだ。
「我らは将軍家の権力を否定しておる。今川家の今川仮名目録同様にな。それに三好とも同盟も結んでおる。将軍、三好、中立と3択あるように見えるが実質選択肢は無い。三好など裏切ってしまえと思う者も居るかもしれん。しかしそれはダメじゃ。少なくとも正式に手切れがなければな。我らはただ勝つだけでは駄目なのじゃ。乱世に新たな秩序をもたらす者として信頼を失う事は極力避けねばならん。いずれは避けて通れぬかも知れぬがそれは今ではない。それに! この程度の苦境で楽な方に逃げてしまって誰が認めてくれるのか!」
信長は言い切った。
楽に三好を倒せる側に付くでもなく、独自方針を行くでもなく、包囲される側を選ぶ覚悟を強い決意と共に示した。
その覚悟に当てられたのか義龍が口を開いた。
「義弟よ。あえて聞くが、今は三好の為に奔走し、恐らくは東からの将軍派を一掃するのだな?」
「その通りです」
「その結果三好の力は増大するかもしれんな?」
「その通りです」
「しかし最後には我らが勝つのじゃな?」
「その通りです」
信長には明確な意思と策がある。
「言うは易く行うは難し……。これが帰蝶と婚姻を結んだ当時であれば一笑に付したであろうがな。今まで有限実行を貫き達成してきたお主じゃ。明確な策があるのじゃな?」
「あります。それは今この場で説明できる事は限られますが、まずは願証寺。それに武田。これは決定事項です。義兄上には若狭を固めてもらい盤石な体制を築いて貰いたい。他の者も己の為すべき事を達成してもらいたい。各々が達成された成果をワシが組み合わせ策を構築する!」
具体的な策をこの場で喋ってしまえば、どこに間者が潜んでいるか解らないので詳細は述べられない。
策の全貌を知るのは信長一人。
後は家臣達の成果とその時々の時勢によって、臨機応変に策を組み立てるのである。
決して、最初から『1つの策ありき』ではない。
「まぁよかろう。そうじゃな。我らは若狭の地盤を固め、港及び船、海戦ができる体制を整えよう」
義龍は正確に信長の意図を察し、斎藤家としてやるべき事をやると決めた。
特に斎藤家は飛騨に面する美濃を支配する大名である。
飛騨の支援と若狭の開発、尾張から若狭に至る街道の整備と、やる事は山積みである。
それらの話を聞いた上で、今川義元が口を開いた。
「殿、一つ良いですかな?」
「聞こう」
信長はうなじがゾワっとする感覚に首を一瞬すくめつつ、義元に続きを促した。
「今川としては殿の方針に依存はありません。あとは織田の方針を持ち帰り、武田、北条と三国同盟間で対応を取る事になっております。恐らくですが、武田は将軍派、北条は中立となる公算が高いです。その上で殿は三国同盟の手切れを望みますか?」
かつての強敵にして、目指し参考にした義元の敬語に鳥肌をたてつつ信長は答えた。
「治部大輔(今川義元)には難しい立場であろうが、基本的には同盟は継続して貰いたい。北条と武田がどの陣営になろうともじゃ。今川の立場も現状と同じで公的には織田と今川は敵対したまま、しかし、三好の要請により和睦する体でいてもらいたいと思っておる」
三国同盟の維持が長引けば長引く程、織田家にとっては有利な材料になる。
それ即ち、今川が織田に取り込まれている事を隠し通せているからである。
仮に同盟が破棄されたとしても、それはそれで次の対応をする為の目安になる。
さらには三好の要請で織田と和睦したとなれば、公的にも今川と接触しやすくなる。
苦しい立場の織田家にとって、今川の存在は唯一の安心材料であった。
「ふむ、そうですな。その場合、今川は武田と同盟関係なので、武田と織田との対決には不干渉となりますが、独力で武田と争う覚悟と受け取りましょう」
武田との戦いに今川の力が使えないのは痛いが、武田に今川が力を貸す方がもっと最悪の現実である。
義元を倒すだけでも散々に苦労したのに、武田晴信と今川義元のタッグなど悪夢以外の何者でもない。
それを思えば、妥協しなければならない事であった。
「他に存念はあるか? 無いのであれば……」
信長が評定を切り上げようとしたところ、恐る恐る手が挙がった。
先ほどまで悠然と話していた義元である。
先ほどとは打って変わって険しい表情である。
「あー……殿、今1つ宜しいですか?」
その義元が口を開いた。
先程までの威信を極めた顔つきではなく、極めて煮え切らない顔である。
「な、なんじゃ……?」
義元の妙な気配に嫌な予感がよぎる。
「実は雪斎の和尚から1つありましてな……。和尚」
「はッ。実は拙僧はこの度、今川の政務からは引退し、余生を後身の教育に専念したいと思っております。太原雪斎としての任務は、この後の三国会談が最後となりましょう。我が殿には拙僧が教え込める全てを叩き込みました。もはや老いぼれは去るのみであります」
太原雪斎は史実では1555年に死去している。
いまは1554年で現在58歳。
当時であれば長命の領域である。
いつ死んでもおかしくは無い。
「そうか。今迄ご苦労であった。後身の育成に余命を使うが良い」
「そこで1つ、最初で最後のわがままを聞き届けて頂きたいのです」
「ほう? よかろう。他ならぬ世に名を轟かす太原雪斎の頼みじゃ。申すが良い」
信長は義元を育て上げた雪斎の手腕、散々織田家を悩ませてきた雪斎の軍略を、極めて高く評価している。
そんな偉大な雪斎の頼みであれば、聞かない訳には行かなかった。
「あ、あの、殿……」
しかし、義元が顔を引きつらせて控えめに止めに入る―――が、その前に雪斎の言葉が広間に轟いた。
「濃姫様と一戦所望したく存じます!」
「え」
「え」
「え!?」
最後の『え!?』は帰蝶である。
広間では言葉は聞き取れたが意味の理解が追いつかず、諸将が困惑の表情を浮かべる。
皆一様に『一戦所望?』『誰と誰が?』『あの濃姫様と?』『……えぇッ!?』
徐々に意味を理解した諸将は、困惑の表情から驚愕の表情へと面白い様に変化させた。
「それは勿論!! 殿、宜しいですね!? って言うか断るなんて許しませんよ!?」
「あ、あぁ…???」
帰蝶は満面の笑みで対戦指名を喜んで承諾した。
信長は訳も分からず、許可を出してしまった。
「じ、治部……本当に良いのか?」
「今川の為に尽くしてくれた和尚です。どうか願いを聞き入れて下さいますよう、伏してお願い申し上げます。むろん、この一戦で重傷や致命に至る怪我を負っても文句はありません。それが和尚の望みです」
義元は観念したのか、半ばヤケクソで頼み込んだ。
「はい。無論むざむざと倒されるつもりはありません。桶狭間でやられた拙僧の疑問を晴らして、迷いなく引退できる様、ケジメをつけ未練を払拭したく存じます」
「殿! 私も大怪我をしようと問題ありません!」
帰蝶は既にやる気である。
「……分かった。ただし、訓練の時と同様に甲冑を身に着け真剣ではなく、木刀、模造槍を使え。それが条件じゃ」
その後、場所を移しての試合となった。
結果で言えば太源雪斎負けた。
高齢ゆえに体力が続かず最後には力尽きた。
しかし、裏を返せば帰蝶は最後まで決定打を打ち込めず、むしろ部分的には押される程の劣勢を強いられた。
諸将は帰蝶の強さと恐ろしさを知っている。
しかしもっと信じられない光景が眼前で繰り広げられた。
帰蝶最終形態(?)たる真骨頂の、心臓を握り潰すかの如き殺気を纏った攻撃を、あろうことか凌いで反撃をする雪斎が信じられなかった。
眼前では、雪斎の首筋に木刀を宛がう帰蝶が、膝を震わせながら立っている。
本当に辛うじて勝った様であった。
「参りました。これで心置きなく引退できます」
「はぁ……はぁ、み、見事な腕前……でし、た…!」
そう言って帰蝶は倒れた。
どちらが勝者なのか分からない結末に、まだまだ若い諸将はより一層の鍛錬を誓い、風雲急を告げる織田家において、一種の清涼感を伴う雰囲気が漂うのであった。
【将軍陣営】
足利義輝、細川晴元、武田晴信、長尾景虎、興福寺、尼子晴久、長宗我部国親、甲賀衆
【三好陣営】
三好長慶、今川義元、織田信長、斎藤義龍、赤松晴政
【中立陣営】
北条氏康、朝倉延景、延暦寺、本願寺、浦上政宗、畠山政高、雑賀衆、伊賀衆、根来衆
※:以下に大体の派閥図を掲載します。正確な領地図ではありません。
次話は明日投降します。
4/1です!