100-4話 各陣営の去就 織田家、斎藤家、今川家、北畠家、九鬼家
100話は5部構成す。
100-1話からお願いします。
【尾張国/人地城(旧名:那古野城) 織田家】
今川義元が武田晴信と北条氏康と会談をする前の話である。
尾張の人地城では織田頂点である信長と、首脳陣である帰蝶、織田信広、織田信秀。
斎藤家から斎藤義龍と斎藤道三。
織田家に臣従する北畠家からは北畠具教と北畠晴具。
同じく臣従する九鬼家からは九鬼定隆。
同じく臣従し、かつ、敵対しているフリをしている今川家からは今川義元と太原雪斎。
他にも森可成、柴田勝家、塙直政、明智光秀、丹羽長秀、佐久間信盛、河尻秀隆、平手汎秀、飯尾尚清、滝川一益、斎藤利三―――
織田家を動かす原動力になっている錚々たる面子が集まっていた。
特に世間的には敵対しているハズの今川家が、関係性がバレる危険を犯してまで織田の城に居るのは将軍からの密書と、三好長慶の上洛要請への対処について方針を明確にする為である。
義元は三国同盟の件もあって、この密書と上洛要請は対処を誤れば全て消し飛んでしまう程の危険性を孕んでいると判断したからである。
信長は集まった面々に対し、まずは現在の情勢を話した。
多少の事ならともかく、極めて重要な案件であるので認識に齟齬があっては困るからである。
「皆、急な招集にも関わらず集まってもらったのは他でもない。秘密裏に繋がっている今川がこの場にいる事に何事かと困惑しておろう。その疑問に答えよう。実は先日、将軍から密書が届いた。その上で三好から上洛要請がきておる。将軍との連名でな」
将軍と三好の争いの結果は全員の共通認識としてあるが、たいして月日が経過していないのに、もう既に次の動きがある事に驚き動揺した。
その報告に平然としているのは、密書が届き内容を把握している信長、信秀、帰蝶、義元、雪斎、具教、晴具、義龍、道三だけである。
「密書の内容を話す前に、現在の織田家とワシに従うお主らの取り巻く状況について説明する。少しでも疑念があれば遠慮なく申せ。それが思わぬ発見を生むかも知れぬし、誤解を無くす事になる。言い換えれば、今我等は正念場に立たされている。1つでも対応を間違えたら即消し飛ぶ。そうなる位の心積もりで聞け」
そこで信長は一旦間をおいて一同を見渡した。
皆緊張の面持ちである。
「同盟関係を整理する。斎藤、朝倉、三好とは同盟を結んで居るが、関係の深さは様々だ。斎藤家とはワシと於濃との婚姻同盟きっかけに良好な関係を築けておる」
史実では婚姻同盟して尚、お互い敵対し争った間柄であるが、今の歴史では全く逆の関係性を保っている。
「一方朝倉家とは尾張守の兄上に朝倉の姫が、朝倉越前守(延景)に織田の姫を嫁がせて居るが、親密な関係とは言い難い。故にこの場には朝倉の関係者は居ない。だが、かと言って敵対もしとらんし手切れ間近と言うわけでもない。飛騨に対する調略には手を貸してもらって居るから悪い関係でもない。極めて無難な関係といえるだろう。なおその朝倉は既に書状で中立を表明しておる」
朝倉家とも史実では争いあったが、今回は朝倉延景に野望が芽生える前に早期に接触できたお陰で、史実の様な関係にはなっていない。
とは言え『やや可があり不可は無く』程度の関係である。
そんな朝倉家は早々に中立を決めた。
織田斎藤と結び西側は安全となったが、東側が極めて予断を許さない加賀一向一揆の巣窟である。
それに既に織田斎藤にも内密で、将軍陣営に浅井家を派遣し支援をしつつ、情勢を三好有利と睨んでいるので表向きには三好と繋がっている。
地理的にも積極的に関われないので、どちらにも積極的には加担しないで様子を見る事にしたのである。
「次、三好についてだが同盟は結んでおる。しかし力の差は歴然で織田斎藤他全ての力を合わせても三好の力には届かない。故に同盟とは言え名ばかりの平等じゃ。三好が気分を変えれば堺からも締め出される。たまたま領地が隣接しておらぬから争いは起こっていないが、隣接したらどうなるか解らぬ」
長慶が意図的に四方八方に敵を作るとは、信長もここに居る誰もが思っていない。
それに『遠交近攻』という言葉もある。
意味は遠くの国とは手を結び、近くの国を攻める意味である。
ただ、三好の領地に織田の領地が面した瞬間、牙を剥く可能性は無いとは言えない。
「次、北畠と今川。かつてはお互い争う事となったが今はワシの方針を受け入れ臣従し力を貸してくれておる。今川は対東国の切り札となろう。北畠は伊勢の発展、近江方面、願正寺対応にその力は必須。同じく臣従した九鬼も海路全般で援護と堺との通商、斎藤家の新たな領地である若狭での港整備に携わっておる。織田が安心して戦えるのもお主等の陰ながらの尽力があってこそ」
前々世での北畠の存在は、単なる障害物でしかなかったが、今回は戦にも伊勢の開発にも力を発揮してもらっている。
領地は半減してしまったとはいえ、存在感は揺るぎない。
また、存在感と言えば今川は東にいるだけで。頼もしい盾となってくれている。
史実で三河と遠江の一部で、武田軍の恐怖に晒され続けながら戦った徳川家に比べれば、雲泥の差の頼もしさがある。
九鬼は若狭に長男の浄隆率いる一団を派遣し、海に疎い斎藤家を支援しており、港の整備と船の建造を行っており、活躍の場を広めている。
「内政方面では十兵衛(明智光秀)が街道を拵えてくれておる。場所によっては出来具合に差があるが、主要な街道を全て開通させてくれたお陰で陸路が活性化しつつある。尾張、美濃、伊勢間の商いも関所撤廃と宿場町、及び、治安の徹底で商売もうまく回っておる。米の生産量は比較的安定しており様々な実験が実を結びつつあり、今年も順調なら去年より微増が見込めよう。よって現在の我らは極めて健全な国を作っていると思う」
内政面は少々の遅れがあるが、活発な活動は確実に他国との差を作り出している。
織田の土台を堅実に強固にしており、大国が相手であろうと簡単には屈しない勢力に成長した。
「次。我ら以外の状況じゃ。近隣では願正寺が喉に刺さった魚の骨じゃが、今の所、非干渉による締め付け対策が功を奏し長島の民の逃散に歯止めが利いておらん。放っておけば勝手に瓦解するか、乾坤一擲の反撃をするかもしれぬ。いや、恐らく近々反抗作戦があるかもしれんな。それも今年に。これ以上、弱体化したら戦う事すら出来ぬであろうからな」
願正寺については北畠具教、森可成、柴田勝家が陸から、九鬼定隆が海から目を光らせプレッシャーをかけ続けていた。
「次、六角だが、六角には三好対策で我らから仕掛ける事は控えてきた。しかし、三好には全く歯が立たなかった。正確には三好長慶の弟を討ち取ったらしいので、少し歯が立ったと言うべきか。しかし一応、朽木と若狭武田と組んでおる様じゃが、それでも地力が違い過ぎる。滅びるのは時の問題かもしれぬ。ただし、近隣の比叡山延暦寺。奴等が将軍に手を貸せば厄介な勢力になろう」
六角が滅びると織田家としては三好と隣接して面倒な状況になるので、いずれ滅ぼすにしてもまだ時期ではない。
それに前々世で散々に延暦寺には煮え湯を飲まされた。
六角領を手に入れるという事は、延暦寺と好む好まざるに関わらず争わねばならなくなる。
「次。武田と飛騨について。武田が飛騨守に任じられ侵攻する可能性が極めて高い。ただ、幸運にも長尾が武田の邪魔をしたお陰で時間の余裕ができた。飛騨の勢力である三木と江間には和解させ防衛対策を取らせておるが、これが間に合うかどうかは未知数じゃ。故に武田は目下最大の問題である。―――今日まではな」
武田については、今更話す程の事ではないが認識合わせとして敢えて語り、一旦信長は一息つく。
「これが、将軍からの密書が届く直前の勢力の大まかな関係じゃ」
信長は懐から薄汚れた密書と、上質で綺麗な書状を取り出し眼前に掲げた。
「しかし、この書状によってこれらの関係性が全て吹き飛ぶ可能性が高い。薄汚れた書状の送り主は将軍の足利義藤。内容は三好を誅滅する為に包囲網を結成する事じゃ。もう片方が将軍と三好の連名で上洛要請の書状。これは上洛に応じるか否かによって敵味方を区別したいのであろう。権威に逆らう者、実力者に逆らう者のお互いが、大義名分を掲げて敵対陣営に攻め込む事になろう。ただし、あくまで主役は将軍と三好であって、他全ては脇役である。自分の都合で戦えない場面も増えてこよう」
信長は一呼吸入れた。
集まった顔ぶれは、全員口を真一文字に切り結び神妙な面持ちである。
「それらを踏まえて織田家の方針を言い渡す」
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