100-1話 各陣営の去就 足利将軍家と三好家
100話は5部構成です。
100-1話からお願いします。
将軍足利義輝からの三好包囲網結成要請は、様々な反応を持って迎えられた。
喜ぶ者、困る者、焦る者、本当に様々な反応である。
ただし、それぞれの感情は単なる喜怒哀楽では無かった。
喜ぶ者にしても、単に喜ぶのではなく、将軍家の再興を決意する者、三好に恩を売る腹積もりの者、好機到来と判断する者、便乗を企み画策する者など様々な思惑が絡み合う。
困る者や焦る者は、三好の盤石ぶりと将軍に対する期待や不安、何か起きた時の対処、万が一将軍が三好を駆逐した場合の身の振り方を考え、また誰がどの陣営に入るのか見極める為に困りに焦る。
とにかく将軍義輝の発した密書は、各地の大名を揺らしに揺らしたのであった。
【山城国/三好館 三好家】
「将軍様、不自由はされておられませぬか? ただいま将軍の御座すに相応しい御所を拵えております。帝の御所造営と並行しておりますので、しばらくは窮屈な思いをさせてしまいますがお許しください」
三好長慶は先だって捕らえた将軍に対し、平伏しながらも極めて威圧的に気をつかうという矛盾を極めた態度で接した。
『傀儡として生かしておいてやる』
これが長慶の方針であり、将軍との争いは格付けが済んでいるが故に。
「そうだな。悪くない。満喫しておるよ。ワシはお主の事を誤解しておったようじゃ……!!」
義輝はどんなに屈辱的に感じようと、こう返事するしかなかった。
それに、たしかに三好館における義輝の待遇は決して悪くない。
長年の逃亡生活や潜伏先での生活を思えば、信長の下で泥にまみれた時期を思えば雲泥の差である。
豪奢な衣装に、過ごしやすい環境の館、更には恵まれた食事。
義輝にとって望んで止まぬ環境であるが、それ故に全くもって満足のいく待遇ではなかった。
何故なら『傀儡として生かしておいてやる』だからである。
自由はかなり制限されている。
武芸の訓練は出来たが、刃物の類の所持は許されず、精々木刀と模造槍で、身の入らない訓練をして過ごして夜に寝るだけである。
精々、和歌を詠むぐらいが唯一の楽しみであろうか。
唯一仕事があるとすれば、長慶の発給する命令書を追認するだけである。
拒否など出来ない。
何故なら『傀儡として生かされている』からである。
だが、完全に逆転の芽が無くなった訳でもない。
何故なら『傀儡であろうとも生きている』のだから。
どんな理由であれ生きているのである。
これが長慶の弱点でもあった。
何故なら『傀儡として生かすしかない』のである。
どんなに殺したい程に邪魔でも、三好政権の正統性の為には将軍は必要だからである。
ならば可能性はある。
それに気づいた義輝は即座に行動を起こした。
常に監視の目があり、味方と言えば細川晴元と小姓として紛れ込ませた猿夜叉丸(浅井長政)しか館内には居なかったが、しかし義輝にとってはこれこそが唯一の抜け道でもあった。
その上で、比較的監視の甘い猿夜叉丸を通じて、義藤名義で諸国の大名に密書を送った。
仕掛けはこうである。
全くの偶然であったが、三好家での評定に参加した時に、評定後の和歌の評価会にも参加した。
整然とした三好家が騒然となる和歌の場に面食らったが、その場で即興で何となしに1位の句に対する次の句を読んだら長慶に絶賛された。
「こ、これは……!? 聞いたか貴様ら! 詠むならこの様な句を詠め! 毎回駄作を量産しおって! それを添削するワシの身にもなってくれ! さすがは征夷大将軍じゃ!」
「あ、あぁ……???」
戦に負けて屈辱の日々を送ってきたが、始めて長慶に心から将軍として尊敬の念を持たれた。
ただ、敬われて悪い気はしないが、義輝の思い描く敬いとはベクトルが違いすぎる。
しかし―――
「……!! あー、修理大夫(長慶)よ、この連歌会の評定、ワシも定期的に参加したいのじゃが?」
この義輝の提案を長慶は快く認めた。
駄作に埋もれる毎日に嫌気がさしたのか、義輝の不満のガス抜きになると思ったのか、理由は解らないがとにかく許可を出した。
こうして、筆を取るのに不自然ではない環境を得た義輝は、必死に考えた。
もちろん考えたのは和歌ではなく、密書についてである。
唯一許されていた和歌において、熱中するフリをして、ワザと失敗作を書き上げ、破棄する、と見せかけて文章を再構築して密書を作ったのである。
しかし、さすがに三好の警戒網を全ての密書が突破できるとは思っていないし、そこまで楽観主義でもない。
そこで、名前を義藤から義輝に改めた。
白々しいにも程があるが、密書が三好に露見した場合、名義が違うので偽であると言い張る為である。
その努力が功を奏したのか、密書は長慶の手に渡ってしまったが、目だってお咎めは無かった。
勿論、長慶も義輝の偽装を信じたわけでは無い。
限りなく義輝の策略だと思っているが、『傀儡として生かすしかない』ので表面上は性質の悪い偽書だと表面上は取り扱った。
「先日の偽書には参りましたが、まだまだ乱世を望む勢力が揺さぶりをかけているのでしょうな」
「そうじゃな。ワシの名を勝手に語るとは。偶然とはいえ名を改めておいて良かったわ」
その上で義輝は長慶に提案した。
ここからが義輝の策の本番である。
密書を送って終わりではない。
「修理大夫(三好長慶)よ、はた迷惑な偽書であるが、これはこれで利用価値があるとは思わんか?」
「……と、言いますと?」
「先だって見つかった偽書に名を連ねる大名全て書状を出し上洛を促すのじゃ。ワシとお主に忠誠を誓うなら上洛に躊躇する事はあるまい。つまり、偽書に踊らされてワシに歯向かう者を炙り出せると言う訳じゃ」
義輝はそう提案した。
どうしても敵味方を把握する必要が義輝にはあった。
その為に要請し成し遂げたい敵味方の選別だが、真意は別にあり、この密書を元に参上する勢力に用はない。
つまり、将軍に同調する者は、将軍を囲う三好を警戒し上洛は見込めない。
だがそんな勢力こそ頼るべき味方と判断できる。
「……成程」
それは長慶にとっても悪い話ではなかった。
義輝とは逆の判断で、上洛してくる者を味方と判断する事ができる。
「良いでしょう。将軍様と某の連名で書状を出しましょう。……案外我らは気が合う者どうしかもしれませぬな」
「……そうじゃな。人は話し合って初めて通じ合うモノがあるのじゃろう」
言葉とは裏腹に、二人の目は一切笑っていなかった。
まるで、通じ合うモノなど何もないと断言するかの様な態度であった。
(しかし……この期に及んで、ここまで往生際の悪い事をするとはな! 一体何がこ奴を突き動かす? 今更将軍の力を復権させて誰が従うというのか?)
長慶には、義輝の往生際の悪さが理解できなかった。
応仁の乱を経て、将軍に何の力も無い事は証明された。
ならば力のある人間が、その力に付随する義務を果たすべきであり、長慶はそれを達成しつつある。
なのに力の無い人間がそれを妨害してくるのである。
力の無さを突き付けたのに。
(先の戦で決定的な力の差は見せつけたはず。それが理解できぬ程に愚かではないのは見れば解る。なまじ才気があるが故にか……?)
義輝は武家の頂点に立つ身であり、それ故に日本一不運な立場である。
どこか適当な地で適当な武家に生まれていれば、実力で天下を制する事もできる器だと長慶は認識している。
しかし現実は、日本の武家の頂点に立ちながら、日本一戦力が無くなった足利家である。
これは全て、信長が義輝本人に突き付けた現実でもある。(73話参照)
(先の戦も結果は惨敗だったが手腕は侮れん。どこで開花した才能なのじゃ? まぁいい。動くならこちらにも考えがある)
長慶は、義輝を手間を掛けさせる面倒な相手と認識しているが、だからと言って不当に侮ったりせず、寧ろあの絶望的な状況から一矢報いる事ができた手腕を評価している。
しかし、その軍略や才能、努力や執念の土台となる人間力が、どこで形成されたのかが分からなかった。
長慶には知る由もないが、長い放浪生活と信長の下で学び掴んだ力である。
往生際の悪さに至っては帰蝶から叩き込まれた。
なお、信長は義輝の策と戦略が、義昭と兄弟だから思いついた物かと勘ぐっていたが、真の元凶は帰蝶である事を知らない。
その帰蝶にしても、まさか自分の教育の賜物だとは思っていない。
ファラージャも含めて三人は歴史の妙を感じていたが全くの検討外れであった。
(見てるか濃姫殿! 教え通りワシは絶対に諦めんぞ!)
【将軍陣営】
足利義輝、細川晴元
【三好陣営】
三好長慶
【中立陣営】
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