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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
10章 天文23年(1554年)方針
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98-2話 将軍vs三好 下剋上の完遂

98話は2部構成です。

98-1話からお願いします。

【近江国/朽木 京へと続く道 足利軍本陣】


 六角軍と合流した足利義藤(義輝)は総勢6000の軍を率いて足並み揃え京へ雪崩れ込んだ。

 道中には三好の管理する関所や砦などが点在していたが、その全てを粉砕し連戦連勝で京の入り口まで辿り着いた。


 今は最後の一押しをする為に、本陣に諸将を招いて軍議を開いているが、今さら決める事など何もない。

 単なる決意と感謝を述べる場に過ぎない。


 率いる将は大将の足利義藤、副将の細川晴元、六角家から六角義賢率いる諸将、若狭武田家から武田義統郎党、朝倉家から浅井久政郎党である。


 ところで、六角家から半ば騙して猿夜叉丸を強奪した浅井家と六角家が同道しているのは、将軍の仲裁と、斎藤との決戦で敗れたどさくさで情報が錯綜した事が原因となっている。

 また猿夜叉丸は六角家の前では謎の襲撃者により死亡扱いとなっており、浅井が衰退したのと朝倉が強く関わっている事も有り、浅井の独立はなし崩し的に果たされた事になった。

 六角も六角で何か色々察してはいるが、今後の材料として使えると判断し、この件に関しては今何か言う事はしなかった。


「ここからが本番か……!」


 万感の思いを込めて義藤は言った。

 居並ぶ諸将も同じ思いである。


「そうですな……!」


 細川晴元も同意する。

 それもやむを得ないであろう。


 義藤は生まれてからずっと敗北と逃亡を繰り返してきた。

 一時的な勝利はあったとしても、恥ずかしくてそんな事は口が裂けても言えない位に、みじめに地べたを這い回ってきた。


 武家の頂点に立つ将軍なのにだ。


 しかしこれは義藤に責任がある訳ではない。

 足利将軍家は義藤が生まれる前から既に詰んでいるも同然で、数え上げたらキリが無い程の祖先たちの失政や不幸、不運が積み重なって、今がまさに負の集大成であった。

 それが今、軍を率いて京に舞い戻るのは、義藤が努力と足掻きの末に掴んだ奇跡であった。


「皆の者、これまでの援助、誠に嬉しく思う。苦難の歴史はここに終わり新たな歴史が作られる事になろう! ではこれより京を奪還し……」


「申し上げます! 三好より書状が届いております!」


「ほう! 我等の進撃に恐れをなしたか? 聞くだけ聞いてやろう。みせろ!」


 話の腰を折られた義藤は乱暴に書状をひったくって内容を検める。

 その書状にはこんな事が書かれていた。


・六角と(若狭)武田は将軍と管領を(そそのか)しており信用に足る人物ではありません。

・そもそもが六角は最近泣かず飛ばずの体たらく、武田に至っては斎藤家に敗れて若狭を叩き出された身。劣勢に喘ぐ無能者なので役に立たない所か御身の側に置いても害を成すだけです。即刻縁を切り追放と処すのが宜しいでしょう。

・将軍の忠臣たる三好から領地を奪うとは、武士の手本たる将軍の品位を落とすばかりか、この乱世に更なる悪しき前例として模倣する者が現れるかもしれません。即刻返上するのが道理でしょう。

・近江の者供も将軍の乱心に困り果て我が元に陳情にきております。余りに情けない事ゆえに内々で処理しましたが、こんな行いをされては落胆せずには居られません。我に余計な仕事をさせないで下さい。

・この様な無法で節度も品位も何もかもが無い行動をなされては、始祖尊氏公や義藤様の父である義晴様も草葉の陰で泣いておりましょう。

・天下静謐は三好に任せ将軍は将軍らしく構えて下さい。

・将軍及び管領とは誤解から争う事になってしまいましたが、三好としては本意ではありません。

・ご理解したならば将軍としての仕事を全うして頂きたい。

・ついでに細川様にも管領として仕事を全うして頂きたい。

・誤解が解けたのであれば京に将軍として相応しい待遇でお迎えしたい。


「……」


 義藤はみるみると顔を赤くした。

 もちろん照れている訳ではなく、怒りの為である。

 かつて史実でも信長が将軍義昭に相当に無礼千万な『殿中御掟』や『17条の意見書』を送りつけているが、これも相当に無礼で目上の者を屁とも思っていないのが手に取るように解る文面であった。


「使者を叩ッ斬れぃッ!! 首を投げつけて書状への答えとせよッ!!」


 義藤は書状を握りつぶし更に引き千切った。


「ど、どうなされましたか!?」


 余りの怒声に晴元ら家臣一同が驚き面食らった。

 普段の義藤からは想像もつかない程の怒り様だったからである。

 諸将は今までの行軍や振る舞いから、義藤が今までの傀儡将軍ではなく、実力を兼ね備えた将軍であると認識していたのに、この爆発振りには驚くと供に、まだ20にも満たない青年である事を思いだした。


(一体何が書かれておったのか? あと少しで京なのに……)


「これを見よ!」


 義藤は義藤で、人生においてこれ程までに大きい声を出した事がない。

 お陰で喉の奥を負傷し血が滲んで鉄の味がしたが、そんな些細な事はどうでも良いとばかりに位に怒り狂った。

 乱暴に両手の書状を晴元に突き出し見るように促すが、握りつぶされ引き裂かれているので読める状態に無かったが、とりあえず晴元は恐る恐る受け取ると、慎重に広げ元の状態に戻す。

 そこには義藤が怒り狂う理由が書き連ねられていた。


(これは!? ……怒るのも已むを得まい!)


 自分の事にも言及してある書状に怒る理由は理解できた。

 それに『管領の仕事を全うしろ』と言われるのも腹が立つ。

 仕事ができない状態にしたのは(過去はともかく)長慶なのに。


 しかし―――


(已むを得まいが……今現在の状況はワシも一役買っておるからな……)


 ただ晴元は、先に義藤の大爆発を見て逆に冷静になっており、また今の苦境の元凶の一人である自覚もあるので怒る事はなかった。

 晴元の一族である細川氏は応仁の乱から続く将軍との関係は時に争い、時に癒着し混沌を極めており、晴元にしても義藤の父である義晴と争い和睦したものの、義晴、義藤親子と共に三好長慶に敗れて追い出された経緯がある。

 ただ、過去は過去としておくならば、現在は紆余曲折あって『三好長慶に追放され供に手を取り合う間柄』が最終的な結果である。


 だがしかし、晴元は酸いも甘いも知り尽くした経験豊かな武将なので、書状の挑発を受け流した。

 義藤の側近として、一歩引いた立場であった事も功を奏していた。

 しかし酸いしか知らない、血気盛んな10代の若者の義藤は、残念ながらそうはいかなかった。


「お怒りの理由は判りました。では如何なさいますか? これは明らかに挑発の類ですぞ? 怒りは怒りとして別けて考え決断せねば罠に……」


 晴元は何とか場を収めようとしたが、上手くいかなかった。

 諸将も書状を読んでしまっており、怒気がそこかしこから立ち上った。


「将軍に対して何たる無礼!」


「こ、このワシ等が将軍を唆して居るだと!? 三好めが何を抜りゅ、抜かすか!!」


「お、お二方、落ち着かれよ……」


「浅井殿は名指しされておらぬから良かろうが、ワシ等は……ッ……ッ!!」


「まぁまぁ……」


 六角義賢、武田義統は、怒りの余りのあまり口が回らなくなっていた。


(この分では浅井の存在も悟られておるかもしれぬな……。武田がおるのも見抜いておるようだし……)


 晴元はその様に予想したが、全くもってその通りであった。

 三好長慶は武田勢と浅井勢の存在に気付いている。

 しかし、浅井を名指しをしなかったのは策である。


「浅井殿は三好に戦力として見られておらぬから、その様に落ち着いて居られるのだ!」


「なッ!! 口が過ぎますぞ!!」


 人間誰しもメンツは大なり小なり気にするものであるのに、一人だけ無視をされては気分が悪い。

 長慶は浅井久政の性格を読み取った上で、あえて名前を載せなかったのである。

 その晴元の分析を他所に、長慶の思惑通り諸将はヒートアップしていた。


 戦力として眼中に無いと断じられた浅井久政は、売り言葉に買い言葉とばかりに噛みついた。

 いとも簡単に、長慶の思惑通りに踊らされてしまっていた。

 戦力として見られていないなら、それはそれで秘密兵器として使う道があるのだが、今の将軍陣営は将軍の名の元に集ってはいるが、だれもが実績と実力を持っている。

 全員が捲土重来と野望を秘めた思いとして持っている。


 六角は三好とは長年争った間柄で、今回の軍勢の半数を占める主力である。

 武田は昨年斎藤に負けたばかりで、挽回の機会を欲している。

 浅井にしてもそれは同じであるが、今まで連戦連勝であったので高すぎた戦意が逆に仇となり、全員歯止めが利かなくなってしまった。


(これを狙っておったのか、長慶め。痛い所を突いてきよる。マズイな……)


 完全に書状一つで手玉に取られてしまう現実に、唯一冷静で居られた晴元はかつての家臣の有能さに舌を巻く思いであった。

 余りの鮮やかな手際に、敵なのに怒りよりも称賛の念すら湧き上がってきた。


(こんなに冷静で居られるのは、織田で色々学んだお陰かのう? いやいや! そんな達観は後回しじゃ! この状況を何とかせねば、この軍は崩壊する!)


「左近衛中将(足利義藤)様! 各々方! お怒りはごもっともなれど落ち着きなされませい!」


 ともすれば白々しい言葉になりそうなので、敢えて怒声を挙げた。

 ここに居る誰よりも大きい怒鳴り声で、将軍の側近として管領として有るまじき態度であるが、滅多に見せない態度なので効果は覿面(てきめん)であった。


「怒りは戦の場で発散されよ! 味方に怒りを向けて何とする!? その怒りを無駄に消費する事はありますまい!」


 晴元は『怒るな』というのは無理があると判断し、せめて保留させるべく一喝した。


「……ならばこの無礼な書状を何とする? 長慶めの首を叩き落さねば気が済まぬッ……!」


 若い義藤は尚も食い下がるが若干の冷静さは取り戻したようで、問答無用で突撃を命令する様な事はしなかった。

 晴元の年の功とでも言うべき作戦勝ちであった。


「我慢しろとは申しませぬ。先ほど申した通り怒りは戦場で発散し、長慶めにその不遜な態度を償わせましょう。しかし今は考えねばなりません」


「何をッ!」


「挑発を行ったからには三好は何かしらの対策を立てたハズです! 無策で突っ込めば壊滅するのは目に見えております! 」


「ならばどうする!? 言っておくが引き返すなどあり得ぬぞ!?」


「承知しております。我らは帝を抑える為に動いておりました。帝から勅令を頂けば勢力を維持したまま和睦もできますからな。……逆に言えばこれしか勝機は無く、また、それが今回の決起の肝でもありました」


 三好と延々に戦い続けては、自力も資源も何もかも差がありすぎるので、最終的には全て取り返されてしまうのがオチである。

 そこで一時的にせよ天皇から勅令を引き出し強制的な和睦によって勝ち逃げをし、和睦期間中に勢力の維持と更なる力を蓄え三好討伐の機会を待つ算段であった。


 如何に落ちぶれたとはいえ天皇の言葉は重い。


 長慶も官位を授かっている手前、公然と無視する訳にはいかない。

 これこそが三好に対する突破口であったのに、こうも露骨な挑発があっては何からの対策があると見るべきなのは明白であった。


「しかし、この分では三好も我らの狙いには気づいておりましょう。帝の御座(おわ)す御所周辺で待ち構えておるやもしれません。いや……あるいは御所には向かって欲しくない故の挑発かもしれません」


 京を実効支配している三好家であるが、朝廷への献金や御所の修繕等は積極的には行っていない。

 史実ではもう少し後年に関わりに改善が見られ始めるが、今はまだ疎遠であり、お陰で御所は御所と呼ぶには無理がある外観をしており、例えるならばボロ小屋の方が相応しいかもしれない。


 そんな御所近辺に三好軍を配備するのは、朝廷に対して要らぬ警戒感を持たれてしまうので長慶としては好ましくない状況になってしまう。

 それ故の挑発であると晴元は読んだ。


「では、こうしては如何でしょう? まず軍勢の進路を限界ギリギリまで三好館に向けます。三好館は長慶の京における最重要拠点。必ず防衛の為に動きます。その後一転して御所へと向かいます」


「……そう上手く行くか? さっきは激高してしまった手前で言うのもなんじゃが、そもそも長慶がそんな陽動に引っかかるか?」


「常ならば無理でしょう。そこで従兄弟の細川讃岐守(持隆)です。ここまで奴を温存してきた甲斐がありました。奴は表面上は長慶派ですが、既に内応は取り付けてあります。讃岐守経由で三好館に進軍する情報を流しましょう。挑発にも激怒しているとも。故に三好館に向かい十分に引き付けておいて、我らは御所で帝に対し勅命を求める……如何ですか?」


「挑発に掛かったフリをして当初の予定通り御所に向かう……か。良かろう。讃岐守と連絡を取りワシが書状に対して激高している情報を流せ! だがその策には少し手を加え、御所にはワシと右京大夫(晴元)と少数の供回りだけでいく」


「全軍で御所には行かぬと?」


「御所を武力で脅す様に見えて体裁が悪い」


 義藤もそうは言いつつ、半ば勅令を脅し取るつもりではいる。

 あくまで朝廷が意に沿わない場合ではあるが、露骨過ぎては下剋上の世の中を自ら肯定しているのを喧伝している様に見えるのは困るのである。

 そんな風に見えてしまっては、将軍として示しがつかない所の話ではない。


「それにここは既に三好勢力圏。少しでも妙な素振りを見せたら策が露見するかも知れぬ。それに長慶も起死回生を狙うワシが軍の中枢に居ないとは思うまい」


 そう決めた義藤率いる軍勢は、挑発に乗ったフリをしてフェイントを掛けつつ御所に向かった。



 もし―――


 長慶の挑発にキナ臭さを感じ『今回の遠征はこれまで』と引き返していれば―――


 結果は変わったかもしれない―――



【山城国/京 天皇御所(?)】


「お待ちしておりました。左近衛中将様(義藤)、右京大夫様(晴元)。我が提案を飲んで頂き有難き幸せ。誤解や行き違いにより確執が続いておりましたが、これを機に関係改善が出来ればと思います」


 果たしてしかし、三好長慶は御所の前で陣取っていた。

 少数で移動していた義藤と晴元は、早々に警戒網に引っ掛かり追い立てられて、拘束されてしまった。


「長慶……ッ!! 何故ここに!?」


 予想に反して三好軍が居た事に加え、長慶本人がこの場に居る事に、義藤は手の平で踊らされていた事を悟った。


「何故も何も御所の修繕の為でございます。ご覧下さい、この身窄(みすぼ)らしい小屋の如き粗末な御所を。帝を敬う某としては憂慮すべき事態であります。常々何とかしたいと心を痛めておりました」


(こ奴! 何をいけしゃあしゃあと!! じゃが何故じゃ! 何故三好館に居らぬ!? 讃岐守が裏切ったか!?)


 二者択一ならば、最低でも長慶だけは三好館に居ると思っていただけに、裏切りしか可能性が無いと判断した。

 しかしそれは違う事を即座に思い知らされた。


「持ってこい」


 長慶が配下に命じ桶を持ってこさせた。

 それは首桶である。


「そうそう、残念なお知らせがあります。細川讃岐守様がお二方に反旗を翻した為に討ち取らせて頂きました。右京大夫様のお血筋に連なる方を手に掛けるのは心が痛みますが、これも乱世の習わし。お許しください」


 長慶は持隆の裏切りを非難したが、そうではないのは明白である。

 長慶の思惑通り、将軍派に裏切らせた上で、『挑発に乗ってくれた』との重要な情報を届けてくれたので、用済みとばかりに討ち取ったのであった。


「貴様、この軍勢……。己の拠点を守っておらぬのか!?」


 今この場に居る軍勢は、どんなに少なく見積もっても、1万は下らない。

 三好館を捨ててまで御所に陣を構えたのかと思える陣容である。


「まさか! 守っておりますとも。今頃お二方を唆した奸臣を散々に蹴散らしておりましょう」


 長慶は三好館の防衛にも1万の軍勢を用意していた。


「ただ、まぁお二方がここに来るのは読めていましたからな。丁重に御迎えする為にも某が参った次第であります」


 義藤も晴元も、長慶の挑発の意図を読み違えていた。

 御所に来て欲しくない故の挑発だと思い込んでいたが、そもそもそれこそが勘違いであった。


 長慶にとって一番困るのは、将軍が近江に退却されてしまう事である。


 追放してしまったとはいえ、本来あるべき姿は将軍や管領を取り込んでこその三好政権である。

 長慶にとってもこれは諸国に対し体裁が悪い。

 だから将軍が来ると言うなら、是が非でも捕まえたかったのだ。

 せっかく京に呼び込んだのに逃げられてしまっては、三好政権を盤石にする機会が失われてしまう。

 それを阻止する為に書状による挑発を行ったのであって、高確率で御所に来るであろう事も読んでいた。


 もちろん読みが外れて、つまり挑発を文面通りに受け取られて、三好館に向かう事も想定し作戦は組んである。


 つまり義藤も晴元も挑発の意図も読み違えた上に、三好の戦略も読み違えていた。

 六角の援軍があったとは言え、近江の一部分だけの兵力で決戦を挑む将軍陣営に対し、三好陣営は10ヵ国の兵力を動員する事が可能なのである。


 ならば、迷ったら全部守れば良いのであり、それが王者の戦いなのである。

 将軍陣営に端から勝ち目などない。


 唯一勝機があったとすれば、最初から御所に全軍で向かう事である。

 御所にたどり着けばそれで決着。

 長慶がいれば一気に大将首を狙う事も可能である。


 ただ義藤は体裁を気にしてしまっていた。

 劣勢に喘いでいながら、体裁を気にする愚行を犯してしまった。

 体裁を気にするのはむしろ三好の役目である。

 故に『御所を修繕する』と言ったのであり、王者の王者たる余裕の成せる業でもあった。


 結局、義藤は最初から長慶の思惑通りに動き、未熟ゆえに翻弄され自滅したのであった。


「さぁ、こちらへ。長い地方暮らしでお疲れでしょう」


 優し気な言葉で長慶は語りかけたが、二人の耳には別の言葉に聞こえた。


『さぁ、力の差が理解できたならば、小物は小物らしくしているがいい。ワシに逆らうなど100年早いわ』


 将軍陣営の乾坤一擲の作戦は無残に粉砕された。

 三好館に向かった別動隊も、散々に蹴散らされ命からがら近江に逃げ帰る事になった。



【山城国/三好館 三好家】


 全ての決着をつけた長慶が館に帰還すると、一つの報告が兄弟たちより寄せられた。

 それは長慶にも計算外の報告であった。


「冬長が? そうか……」


 将軍の執念が一太刀浴びせたとでも言うべき不幸であろうか。


 三好館の戦いで、敗れて逃げる六角軍を追撃する長慶の弟である野口冬長が、功を焦るあまりに突出し討ち取られてしまっていた。

 史実では細川持隆と争う鑓場の戦いにおいて戦死していたが、若干の歴史の変化がおきていた。


「功を焦ったか。愚かな……」


 長慶はポツリと一言漏らすだけであった。

 しかし長慶の言葉は『バキッ、メシャッ』と言う音にかき消された。

 持っていた扇子が握りつぶされた音であった。


 中央の騒乱は一旦の静けさを取り戻した。

 しかし、取り戻した静けさを平和の訪れと感じる者は居なかった。

 嵐の前の静けさ同然の静寂と感じる者が大多数であった。

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