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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
2章 天文15年(1546年)三度目の正直と通用しない記憶
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12話 野盗討伐戦

「大将! 大規模野盗団と砦を発見した! 外から確認できた数は30人前後! 砦の規模からしても30人前後で間違いない!」


 丁度、野盗団の砦から半刻(約1時間)の場所で行軍訓練をしていた信長と帰蝶、それに身分を隠した信秀は、その報告を受けた。

 ちなみに信秀は極秘別動隊の指揮官で合同訓練に来た、という体になっている。


(ワシが合流していきなりか! 腕が鳴るわ!)


 身分を隠して活動する事に対して、若干快感を感じており普段よりハイテンションである。

 目が少年の様に輝いているようだ。


「よし、ではいつもの様に30人選抜する」


 そんな父親の意外な一面に驚きつつ信長は指示を出していく。


(全員で攻めないのか?)


(当初は全員で攻めてましたが、楽勝過ぎて訓練にならんのです。緊張感を持たせる為に互角の戦力で臨む様にしてます)


(なるほどな)


(親父殿、間違っても討たれない様にして下され)


(案ずるな! 年寄り扱いするでないわ!)


 信長と信秀は周囲に聞こえない様に話す。


「砦の状態は?」


 信長が情報の確認を始める。


「廃墟となった砦を修繕して寝泊り出来るようにしてるみてぇだ。柵と板塀が基本の砦で堀は無い。周囲に罠の類も無い。けど木々に隠れて遠目には見つけにくいぜ」


「ならば、隠れながら近づけるか……?」


「あぁ、行けるはずだ。あと、奴らが攫ってきた女子供が5人確認できた」


「よし、そ奴らは潜入した4人がいつもの様に保護に回るであろう。砦の出入り口はいくつある?」


「正面に一つだけだ」


「他に特徴は?」


「あと、裏手には砦よりも高い崖があった」


「崖は砦のどれくらい上に位置する?」


「15~16間(約30m前後)ってところだ」


 瞬間、信長は決断した。


「秀三郎(信秀の偽名)! 貴様に10人弓兵を預ける。於濃と共に砦の裏手に回って崖に陣取れ。盾を忘れるなよ。恐らく崖には見張りが数人居るはずだ。声をあげさせず仕留めろ!」


「はっ!」


 元気よく答える信秀である。


「於濃! 秀三郎の命令は絶対だ! 忘れるな!」


「心得ております」


《信用ないわね? ファラちゃん、どう思う?》


《それはまぁ仕方ないのでは……》


 ファラージャは帰蝶の斎藤家や尾張での武勇伝を思い出す。

 そんな中、信長の命令は矢継ぎ早に飛ぶ。

 決断はとても早い。


「あとの20人はワシに続け! ワシらの部隊は槍を用いた近接攻撃部隊じゃ!」


 討伐部隊が織田親子に振り分けられ編成されていく。


「まず、崖上を制圧した部隊が崖下の砦に向かって先制攻撃を仕掛け注意を引く。その上で賊がどう動くかじゃが、反撃か篭城か、あるいは逃走しかあるまい。降伏はまぁ無いと思うが、その時は捕縛して終わりじゃ」


 大軍で囲ったならともかく、同程度の戦力で真っ先に降伏するとは考えにくいし、そこまで賢いなら野盗などに身を(やつ)してはいないだろう。


「では、賊が反撃に出た場合だ。弓による奇襲を受けた賊の何人かは、秀三郎隊に弓で反撃するだろうが、頭上を取る以上、盾があれば十分だ。あとは弓を持たない賊が砦から打って出るだろう。崖に向かうところで背後を見せたら突撃をかける。秀三郎はワシらと賊共が交戦し始めたら、5人残って可能な限り援護しろ。敵が狙えなくなったら崖下に下りてワシらと挟み撃ちにする。残りは崖を下りて女子供を保護している奴らと合流しろ! 合流したら女子供を守りつつ退却だ。良いな?」


「はっ!」


 全員が返事をする。


「次に、籠城した場合だ。その場合はまずワシらが突入する。分散した敵は三人以上で取り囲み、各個撃破せよ。徒党を組んできた場合は、我らも密集し応戦する。弓部隊は背後から射掛けて注意を逸らせ。崖上から狙える者が無くなったら、二人は崖の上で待機そのまま警戒せよ。3人は側面に回って柵の隙間から狙える者を狙え。残りの5人は門の前で女子供を待ち合流したら退却せよ」


「はっ!」


「秀三郎と於濃は知らぬから付け加えるが、腕に赤い布を巻いた者は潜入した味方だ。絶対に射るなよ」


 信秀と帰蝶は頷いた。


「他に何か申す事はあるか? 無ければ出発だ」


「おぉッ!」


(……ここまでは特に問題ないな。三郎(信長)め、やりおるわ)


 信長率いる30人は全員騎馬で付近まで急行するが、山岳は馬で走破が出来ない為、あとは徒歩である。

 しかしこの様な事態を想定して親衛隊は山岳走破訓練を実施しているので、苦も無く進んでいく。

 信秀も流石は歴戦の武将、小僧共に負けずに進んでいき、砦が視認できる位置についた。

挿絵(By みてみん)


(木々に囲まれて見えにくいが……あれが砦だな?)


(間違いねぇっす!)


(砦……と言うよりは、朽ちた山小屋をそのまま修繕し利用して、砦に見せかけているだけの様だな。……裏手の崖はあれか。人影は流石に見えぬが、煙が上がっておるな。やはり監視がいると見ていいだろう)


(秀三郎! 木々と岩陰に隠れながら崖上を占拠せよ。占拠が済んだら煙を消せ! それを確認して全ての準備が完了したとみなす)


(はっ! では弓部隊出発する!)


 信秀達10人は身を隠しながら崖上を目指す。


 半刻後―――


 崖上の岩陰から煙の出所を確認する。

 どうやら3人で酒盛りをしているようだ。


 こんな野盗の砦付近で酒盛りする民など居ないだろうが、一応確認をする。

 ボロボロの衣服に破損した甲冑、手元にある武器。

 明らかに野盗である。


(うむ、野盗に間違いないが……。ただ、偶然であろうが3人が輪になっているお陰で、お互いの死角を補っておる……。矢を撃つ体勢を取ると見つかる可能性がある。騒がれては策が台無し……。厄介じゃな……)


 信秀は思案する。


(大殿、名案があります!)


 帰蝶が顔を紅潮させて提案する。


(……。き、聞くだけ聞こう何じゃ?)


 信秀は輝く帰蝶の顔に確信できる程の嫌な予感を覚えた。


(―――?)


 事もなげに帰蝶が言う。


(―――!)


 おどろく信秀。


(―――??)


 畳みかける帰蝶。


(―――ッ!!)


 答えに窮する信秀と残りの弓隊。


(何かあったら三郎に殺されるかもしれん……)


 信秀は覚悟を決めた。


 しばらくして―――


 ズシャ、と大きく地面が擦れる音がした。

 物音に振り向く崖上の野盗3人。


「ん~誰だ~?」


 酩酊している様で呂律が回っておらす、見張りの意味を成していない。

 だが信秀は油断せずに作戦を始める。


「おぅ俺だ」


 そこにはザンバラ髪に着物を半脱ぎにした信秀と、後ろ手に縛られている(様に見える)肌着一枚の帰蝶がいた。

 信秀は薙刀を肩に担ぎつつ近づいて行った。

 ちなみにこの薙刀は、帰蝶が兄である斎藤義龍から信長殺害用に渡された薙刀だ。

 野盗達の見張りは酩酊しているのも手伝って、見覚えの無い信秀よりも、肌着一枚の帰蝶に釘付けである。


「おぉ~! どうしたんだソレ!?」


(しっ! 声がでけぇ! さっきそこで捕らえて来たんだけどよ、親分に渡す前にワシらで頂いちまおうと思ってよ)


 下卑た笑みを浮かべ、中々堂に入った演技をする信秀。

 流石は器用の仁と言われるだけはある。


(てめぇ~!? この野郎! ……中々やるじゃ~ねぇか!)


(ち~っと幼いが、そこがまたえぇのぅ~)


(たまんねぇぜ!)


(おめぇらにも後で回すから、共犯だぞ?)


 信秀は野盗から見えない様に、刀に手をかける。


(あぁわかってるって)


(お主も悪よのう……何てな~)


(たまんねぇぜ!)


 そう話しながら、十分近づいたところで、信秀は帰蝶に後ろ手に薙刀を持たせ背中を軽く押す、と同時に信秀の刀が一閃し左側の男の首を落とす。

 押された帰蝶は一足飛びに間合いに入り一閃二閃と薙刀を振り右側と中央の男の首を落とし、下品で幸せそうな顔をしたまま三人はあの世に旅立った。


(自分で提案しておいてなんだけど、あの絡みつく視線は気持ち悪いわね……)


(だ、大丈夫か? 濃姫殿!?)


(えぇ、大丈夫です。初めて人を斬りましたけど……。バーチャルとは違って嫌な手応えでした……)


(ばぁちゃる?)


(あ、いえ、相手が賊なので罪悪感に悩まされずに済みそうと安心してます!)


 しかし言葉とは裏腹に若干顔を曇らせた。

 斬った感覚を確かめている様だった。 


(まったく、失敗したら三郎に殺されるところであったわ! ……良くやった。後で三郎に甘えるが良い)


 大きく息を吐き帰蝶を労う信秀であった。


(よし、お前たち、こ奴らの死体の血を使って火を消せ! 一応、他に人が居ないか確認しろ!)


(合点!)


(ほらお前たちさっさと動きな!)


 弓部隊の女兵が帰蝶の勇気に心酔し、張り切って動く。


(今は……後生です、武士の情けを……)


 背筋の伸ばせない男兵がぎこちない格好で動く。

 男は悲しい生き物とだけ言っておこう。

 詳しくは書かない。

 しかし、それでもそれなりの速度で手早く火を始末し周囲の安全を確認する。

 帰蝶も手早く着物と鎧を再装着する。


 信秀は崖上から顔を覗かせて、砦の中を確認する。


(どうやら、砦中央で酔っ払った野盗達が相撲に興じているようじゃな。頭目らしき男の横には捕らえた女を侍らせて酒を注がせておるか……。直接頭目を狙うのは危ないな……。女の横に居る二人の男は腕に赤い布、あれが部隊の者だな。襲撃に備えて女の横に張り付いているのか。残りの二人が見えないのは捕らえた民の見張りと称し待機中か? 姿が見えないのは建物の中に監禁されていると見るべきか)


 信秀の現状把握は終わり、たき火が完全に鎮火した。


(よし、三郎よ、準備完了だ!)


 岩陰に身を隠していた信長も煙が消えた事を確認する。


(よしお主等、始めるぞ!)


 身を隠した配下に目配せする。

 信秀が目標を伝えた。


(頭目の隣には民が居るので頭目周辺は狙うな! 相撲をしている者と、それらを囲う賊の門側の者を狙え!)


 帰蝶以下9人全員弓をを引き絞り、狙いを定める。

 信秀は全員を見る。

 準備万端と目が語っていた。


「放て!」


 9本の矢が真っすぐに野盗に飛来する。


 風を切り裂く音と共に、9本全てが命中した。

 比較的近距離とは言え全員精密射撃を得意としており驚異的な腕前である。


「よし、一旦様子を見て敵の出方を見る! 次の合図で砦内にいる敵だけにありったけ矢を射かけよ! 砦の外は塀や木で狙えぬからな」


「はい!」


 ごねると予想した結果を裏切り帰蝶は了承した。


(ふむ……?)


 信秀は帰蝶から何かを感じ取った。


 一方野盗達はあっけにとられていた。

 いきなり9人も倒れたのである。


 一撃で射殺されたのは4人であり、後の者は即死にならない場所を射抜かれて倒れ伏していた。

 酒のせいで痛みも散ってしまっている。


 その内、別の一人が、泥酔して痛覚が麻痺し判断が鈍っているのか、左手首に刺さった矢を強引に引き抜いた。


「矢~が邪魔で~酒が飲めねえ~じゃねえか~!」


 引き抜いた矢が動脈を切り裂き血が濁流の様に噴出した。


「お? お? なんじゃこりゃ? ははは!」


 酒の効果もあって通常より激しく血液を噴出した男は笑いながら息絶え、そこでようやく野盗達は襲撃を受けた事に気が付いた。

 酒が入ったせいもあるが、それにしても余りにも酷い状況判断であった。


(5人射殺に4人戦闘不能か! 文句のつけようが無いわ!)


 内心舌を巻きつつ、崖下の様子を見た信秀は大声で野盗に呼び掛ける。


「主ら、織田様の領内で何をしておる!」


 崖側に注意を引く為である。

 野盗は声がした崖を見上げ、怒りに震える頭目が吠える。


「こ、この野郎~! 俺たち蟷螂党に逆らうとは! ぶっ殺してやる! 野郎ども獲物を持て! 崖の奴らを叩き殺せ!」


「逆らうか! よし弓隊放て!」


 信秀はニヤリと笑って発射を命じた。

 今度の射撃で5人倒した。

 頭目は怒り心頭で武器を取る。

 何人かは矢を放とうとしたが、酔っ払って狙いが定まらないので刀を抜き、全員が砦を飛び出し崖に向かった。


 その様子を確認した信長が号令をかける。


「よし、最後の一人が……でた! 突撃! 順に斬り倒していけ!」


 信長が号令をかける。

 さらにその様子を崖上から見る信秀は指示を飛ばす。


「よし! 全員おびき出した! 5人は直ぐに降りて女子供を確保! 残るワシらは挟撃に移行する!」


 野盗団が来る方向とは逆側から降りる帰蝶達は、難なく潜入部隊と捕らわれの民達と合流し退却を果たした。


「よーし、安全地帯まで下がるわよ!」


 帰蝶の号令で全員駆け下りていく。


 一方信長ら強襲部隊は、野盗団に背後から一撃を食らわせていた。

 残り15人程となった賊の一人が躓いた拍子に後ろを見た。


「っ!? おお頭、後ろです!」


「なぁにぃ? ……うぉ! てめぇらどこから湧いてきやがった!?」


 ようやく背後から奇襲を受けている事に気づいた野盗達。


「てめぇらかぁ! よくも……」


 信長達に向かって歩きながら威勢のいい言葉を吠え―――る事は叶わなかった。

 その前に一瞬走った光が言葉を遮ったのだ。

 頭目の頭が宙に飛ぶ。


「……やってくれ……ぁ? ……ぁ? ……あへぁっ!?」


 最後に宙に飛んだ頭から自分の体を視認したようだ。

 首から血しぶきを上げて頭目は倒れた。

 頭目は信長の槍の一閃に気づかなかったのだ。

 信長は槍で頭目の頭を突き刺し頭上に掲げる。


「頭目は打ち取った! おとなしく縛につけば命までは取らぬ! 3つ数える。降伏か死を選べ!」


「このガキャ~~!」


 もともと大した統制力など無い野盗は自分たちに歯向かう、しかもよく見れば年下としか思えない信長隊に憤慨し、怒りに任せて襲い掛かる。

 野盗は気付くべきであった。

 すでに自分たちは半円状に取り囲まれている事に。


「降伏の意思なし! お主等格の違いを見せてやれ! 槍構え! ……払え!」


 信長の号令と共に20本の槍が四方八方から打ち据え突き入れられ払われて、野盗達は動こうにも動けなくなってしまった。

 信長から見ればダメ押しの、野盗からみたら悪夢の追撃に襲われた。

 崖下に降りた信秀隊である。

 槍に持ち替えた信秀隊は野盗達を背後から滅多打ちにしていった。


 ここで各陣営の動きをまとめる。


挿絵(By みてみん)

 ①信秀隊の先制射撃&挑発

 ②帰蝶隊第2射発射崖下へ

 ③野盗団崖上に向かう

 ④信長隊背後から奇襲

 ⑤信秀隊さらに背後から奇襲


 野盗討伐戦は幕を閉じた。

 終わってみれば戦い始めて半刻にも満たない。

 信長の部隊は死者はおろか、傷を負った者すら居ない完璧な勝利を収めた。


「ワシの戦の腕が上がったと言うより、こ奴らが弱い、弱すぎる。これでは父上が何も判断できぬのではないか?」


 苦戦して家督継承権を失ったり、仲間を死なせるのは絶対に避けたい信長であるが、鎧袖一触すぎて、逆に不安になってしまった。


 こうして秀三郎、帰蝶ら弓部隊、捕らわれた民達と合流し後始末に掛かる信長達。

 盗賊の集めた食料や武器防具、その他財産になりそうな物はすべて回収し、残った砦はまた悪用する賊が出ないように完全に廃却し死体を埋めた。

 最初の弓の奇襲で命だけは助かっていた4人は縛られて連行される。


 一方で、捕らわれの民達に今後の身の振り方を聞くと、村は皆殺しにあっていた為、帰っても5人、しかも女子供だけでは生活が出来ないとの事だった。


 それならばと信長は自分の部隊で全員保護し、部隊の仲間として働く事を提案した。

 5人は悩んだが、年も近く女もいる部隊に安心感を覚え、仲間になる事を誓った。


 居城にもどり、部隊を解散し、信秀、信長、政秀、帰蝶が集まった。


「さて三郎よ、今回の手腕は見事であった!」


「ありがたき幸せ!」


 信長は頭を下げる。


「おぉ、問題なく終わった様ですな!」


 政秀の言葉に信秀が一瞬体をビクリと震わせる。


「ん? 大殿? 何か?」


「いや、ワシもも久々に若返った気分ではしゃいでしまってな。反省しているところよ」


 本当は帰蝶の作戦について反応したのだが、口に出さなかった。


「それで親父殿、我部隊は基本的にはあのように対応しております。しかし、今回は過去に類を見ない程敵が弱く、我らの真価を見せ切れておりません。故にもう一度、機会を頂きとうございます」


 信長としては、今回は自分が居なくても誰が指揮しても同じ結果が出たと思っているので、忸怩たる思いであった。


「それには及ばぬ」


 信秀はハッキリ言った。


「しかし……」


 信長の言葉を遮り話を続ける。


「確かに戦い自体は何の手応えもなかった。しかしワシが見たかった事は、お主の指揮手腕よ。隙の無い命令にそれに付き従う者の手際の良さ、予想通りに動く野盗。……お主の今までの苦労が手に取る様にわかる。……よくぞココまで鍛え上げた。ワシから注文つける事は何もない」


「……」


 信長はまだ不満気だ。


「まだ何かあるか? 仕方ない奴だ。仮に奴らがもっと歯応えがあったとしても同じ結果になった事は想像に難くない。それにどんな戦であろうと、相手を壊滅させこちらの死傷者は無し、女子供も救い出し、一人も逃がさず捕らえた。文句のつけようがないわ!」


 信秀は豪快に笑う。


「そこまで認めて頂けるのでしたら、ワシに懸念はございませぬ。今後も部隊を率いて活動する事、お許しくださいれ」


「許す! 徹底的にやれ!」


「はっ!」


「三郎よ、あとは頼んだぞ?」


「……? は!」


 信秀の意味ありげな目配せに戸惑いつつ信長は返事をした。


 こうして信秀へのお披露目は無事に終わると、信秀は退出し、信長と帰蝶だけが残った。

 帰蝶は黙っている。

 帰蝶の落ち着かない様子に、只ならぬモノを感じた信長は、信秀の目配せの意味を察した。


(そうだ! 父上へのお披露目戦ではあるが、これは於濃の初陣でもあったわ!)


 戦に慣れすぎた信長は大事な事を失念していた。


《於濃、今のお主であれば大概の事は何とでもなるだろうが、それでも聞く。……大事無いか?》


《殿……こうして手を抑えていないと震えが止まりませぬ……私はどうなってしまったのでしょう?》


《そうか……それが相手の命を奪うと言う事よ》


 信長は前世で初めて人を殺めた事を思い出した。

 敵であっても個人的に憎い奴ではないのに、そんな相手でも、切り殺した後に感じる罪悪感は侮れぬものがあった。

 夜に夢でうなされたりもした。

 そんな状態に帰蝶は陥っていた。


《於濃、お主、何人殺した?》


《3人……です》


 崖上の見張り2人と、弓で射殺した1人が帰蝶の戦果であった。


《薙刀で切り落とした首の感触はもちろん、遠く離れた敵に弓で打ち抜いた感触すら残っております》


《於濃、遊び半分で戦に臨んだわけではない事は理解しておる。……しかしこれが戦でもある。この先も続けるか? お主ならば戦場でなくとも、内政でも活躍していけるじゃろう?》


 信長は帰蝶の身を案じつつ訪ねてみた。


《戦場には……行きます! この世界は我々3人の都合で生まれた世界! 私が逃げては、私たちの都合で運命が変わる人に、申し訳が立ちませぬ。例え倒すべき敵であっても》


《帰蝶さん……ありがとうございます。でも辛い時は遠慮なく仰ってくださいね? 可能な限りサポートしますから……》


 ファラージャも自分の失態として受け止めて居る様だった。


《その覚悟があるなら……止はせぬ。ただファラの言う様に辛い時は言え。あと注意しておくが、今のその罪悪感は必ず薄れて慣れる様になる。しかし慣れた上でも今日の事を忘れるな。忘れた奴は人の命を何とも思わぬ野盗以下に成り下がるのだ》


《よく心に刻んで戒めます。》


 こうして信秀へのお披露目戦と帰蝶の初陣が終わったのであった。


 この後も、信長、帰蝶はうつけ者を演じ、諜報、訓練、治安、討伐、保護、教育、拡充に力を入れて部隊と共に成長を続けるのであった。


 復活から転生、再元服、再婚姻、討伐など、事情を知らない者からすれば極めて平和な、しかし信長、帰蝶、ファラージャにとっては激動の天文15年が終わろうとしていた。


 2章 天文15年(1546年) 完

 3章 天文16年へと続く

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