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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
9章 天文22年(1553年)支配者の力
134/446

95-1話 謀略 斎藤義龍の才

95話は2部構成です。

95-1話からお願いします


【美濃国/稲葉山城 斎藤家】


 信長が盆踊りで願証寺を締め付け、晴信が武田内での絶対的権力を手に入れた頃と同時期、斎藤家でも動きがあった。


 斎藤道三と斎藤義龍である。


「では父上、これが義弟の書状と朝倉の書状、こちらが某が(したた)めた斎藤家の書状です」


「うむ。この3通の書状と武田が飛騨守に任じられた情報、さらに情報に付随する将軍家と三好家の思惑。更に我らに付く利点。これで三木家が我らに靡かんのであれば、奴らはこの乱戦に生きる資格が無い」


 この書状は、史実よりも早く西進が予測される武田対策の為に、信長が同盟国にメチャクチャ頼み込んで要請し、やっとの事で準備できた物である。

 信長は史実にて同盟者の徳川家がどれだけ武田にチョッカイをかけられても『徳川のガキには私が良く言っておくのでカンベンしてやってください』と加害者の肩を持ち、とにかく武田家に対しては土下座外交を駆使して、徹底的に直接対決を避けに避けた。

 信長は重度の武田アレルギーなのであった。


 だがこれは史実での話で、今現在で言うなら織田は武田を大きく上回る力を手に入れている。

 事実武田は、お世辞にも豊かとは言えない甲斐一国と、南信濃の一部の領地に対し、織田家は豊かな土地を3カ国有し、単独でも現時点で経済力も軍事力も武田家を上回る力がある。

 それに加えて斎藤、朝倉、非公式に今川と協力関係にあるので史実に比べれば圧倒的に有利な状況である。


 だが、それでも、それなのにも関わらず、信長は今回も変わらずアレルギーを発症した。

 それは帰蝶やファラージャが心配するレベルの症状であった。


《殿、気持ちは判らないでも無いですが、そこまで嫌がりますか?》


《当り前じゃ!》


《でも今回は前より、かなり良い状況じゃないですか?》


《確かにな。だが今、仮に武田と戦うなら動かせる軍は織田と斎藤のみ》


《え? 今川や朝倉は?》


《忘れたか? 今川は公式には敵対しているし、武田北条と結んでおる。今川は動くに動けんのじゃ。朝倉も婚姻同盟を結んでおるとは言え、まだ絶対の信頼を置ける間柄ではない。武田の攻撃力を舐めてはいかん。奴らは雑兵に至るまで一騎当千の猛者》


《(信長さん何か(こじ)らせてしまってますねー)》


《(まぁ以前は苦労したみたいだしね……)》


 帰蝶とファラージャは、自分達には分からない苦渋の経験が信長を突き動かしているのだろうと察した。

 その考え通り、信長は形振り構わず朝倉と斎藤に頼み込み、三木家と江間家に対する書状を準備させた。


 それは北畠具教を一蹴し、今川義元を退け、朝倉宗滴と渡り合った屈指の武将らしからぬ臆病さであるが、ある意味これも生き残る事が出来る武将の秘訣。

 信長はイザとなれば頭も下げるし、泥も舐める。


 しかし最後には勝つ。


 その悲壮感溢れる信長の要請が、武田を信長ほど警戒していない斎藤朝倉両家の心を動かしたのであった。

 だが、心は動くとも、いくら同盟関係があろうとも、利害が無ければ無条件に動く訳にはいかない。

 戦国武将は慈善事業では無いからだ。

 そこは朝倉も斎藤も、冷徹な計算をした上で信長の案に乗ったのである。


 斎藤義龍が現状を再確認すべく、自分に改めて認識させるように話す。


「そうですな。狭く山岳部が多い飛騨で江間家と不毛な消耗戦を行う愚を判らせねばなりません。西には我ら斎藤、織田、朝倉、東には武田、北には一向一揆と長尾。この現実が示す事を理解できぬ愚者ならば乱世より退場して頂くしかありませぬ。あるいは武田侵攻に対する防壁として使い捨てるか。三木家に対して結ぶにしろ滅ぼすにしろ、その判断裁量は全て任せます」


「任せよ。謀略こそワシの本領。今の三木なぞ、どうとでも料理できる。それよりも、お主の方は大丈夫か? 若狭に侵攻する為に、将軍家に味方する京極の影響が強い地域を通過する訳じゃからな。政治的にも難しい判断が必要な地域じゃ」


「万事抜かりなく。我らは危うい関係とはいえ一応は三好と組んでおりますからな。これを利用せぬ手はありませぬ。まぁ将軍家も何やら活発に動いている様子ですが、家臣団を急造で組閣した為に連携がとれておりませぬ」


 義龍が言う様に、将軍家は三好家に反抗する為に家臣団を急ピッチで組織したのだが、その結果、清濁併せ込み、水と油の様に弾け合い、または枯れ木に火の様に簡単に延焼しかねない危険な人材を次々登用していった。

 その代表格が、朝倉から派遣された浅井家の面々と、近江で浅井家と争っていた京極家の面々であった。

 浅井家は北近江にて京極の反抗を許してしまい、その隙を斎藤に突かれた結果、所領が4分の1にまで低下し、京極も貧弱な浅井になら反抗活動が出来たものの、強大な斎藤家には手出しができず撤退を余儀なくされた。

 そんな、かつて近江で争って仲良く弾き出された者同士が、将軍家の家臣として顔を合わせる事になったのである。

 トラブルが起きないハズが無かった。


「私も父の子にして斎藤家の当主。腕力だけではない所を見せねば示しがつきませぬからな。蝮の子は蝮である事を証明して見せましょう!」


 思わず斎藤道三は顔を歪めた。


「? どうされましたか?」


「い、いや、何でもない。目に埃が入ったようじゃ。よし。後ろは任せるがよい! 存分に暴れてまいれ!」


「はッ!」


 そう勇ましく返事をした義龍を道三は見送った。

 姿が見えなくなった後、懐から懐紙をだして目を拭う。

 埃を取る為ではない。

 目頭の熱いものを拭うためである。

 道三は思いがけぬ息子の頼もしい言葉、何より自分をリスペクトした蝮の子としての責任感と成長を感じ取ったのであった。


「ワシも歳を取ったモノよ……」


 帰蝶に柿の木を貰った時とは別種の感情に、蝮の道三が泣いたのであった。

 こうして斎藤家では飛騨の三木家と、近江の将軍陣営に謀略を仕掛けるのであった。




【近江国北西/朽木城 将軍家】


 近江朽木にある朽木元綱の城。

 三好より京を追放された足利義藤と細川晴元は、近江の朽木に根を張る勢力である朽木元網の城に匿われつつ反撃の機会を伺っていた。


 朽木家とは室町幕府の奉行を務めた家柄で、公的には三好長慶と同格である。

 あくまで公的にであって力の差は歴然であるが、足利義藤の親である12代将軍足利義晴が三好に敗走する度に朽木家に匿われており、今は親子二代に渡って世話になっている。

 

 半ば将軍の別荘と化しているこの朽木家。

 朽木家は2年前に元網の父が戦死しており、その際、元網はわずか2歳で家督継いだ。

 現在4歳の子供に将軍を匿うなどという、極めて慎重に対応しなければならない判断が出来るはずがなく、これは朽木家全体が先代から親将軍派の方針であるが故の対応でもあった。


 そんな朽木家の城では、足利義藤(義輝)、細川晴元、浅井久政、猿夜叉丸、京極高吉他、浅井家、京極家の家臣達、さらに朽木元網とその元網を支える朽木家家臣が勢揃いしていた。


 足利義藤が疲れ果てた表情で言った。


「以前より申し付けておる通り、この朽木を拠点とし北西近江を完全に掌握し、三好に対する反抗の土台を作る。分かっておるな?」


「はっ!」


「もちろんです!」


 浅井久政、京極高吉が力強く返事をする。

 隣に控えるお互いに負けない大声で。

 織田家から帰還した義藤と晴元は、腐っても将軍と管領である権威を駆使し、北西近江の有力者と協議し、自陣営に引き込む事に成功していた。

 その代表格が京極高吉であるが、苦労して引き入れた京極と浅井の関係が最悪で、目下の悩みの種であった。


「其方達は我が陣営の中でも屈指の実力者じゃ。政治経験も戦経験もワシより上じゃろう?」


 2人とも決して常勝の軍を率いて戦ってきた訳ではないが、負け戦の経験も、政治的経験も足利義藤より格段に経験してきた、酸いも甘いも知り尽くした2人である。


(はばか)りながら申せば、そちらに控える京極殿には何度も痛い目に会い申した。お陰で様々な経験をさせて頂きました」


 浅井久政は父の亮政の後継者として浅井家を継いだ後、政治手腕はともかく、武将として戦う才能が致命的に無かった。

 お陰で、京極の反抗に実際に何度も痛い目を見てきた上に、その隙を突かれて斎藤家の進出を許した苦過ぎる経験がある。

 京極さえ大人しければ結果は違ったはずで、暗にその時の恨みを乗せて礼を述べた。


「ッ!? 浅井殿お父上にはしてやられましたからな。亮政殿の勇猛さには手こずったモノです。そんな北近江の雄の血を引く浅井殿は今が人生の絶頂期なのでしょうなぁ?」


 無論、全てを知った上でワザと疑問系にして話している。

 斎藤、織田連合に近江を蹂躙され、亮政がせっかく京極から独立し勝ち取った北近江の領地を4分の1まで減らした情けなさを暗に指摘し嘲笑した。


「ッ!? そうですな。お陰で様々な事を経験させてもらいました! だからこそ! 乱世に蔓延る無法者共を将軍様と共に駆逐する機会を頂きました! 某は越前の朝倉殿より全権を託されて居ります故、今までの経験を総動員し役に立って見せましょうぞ! ところで京極殿は何か将軍様のお役にたてる地盤や土産、戦力などはございますかな?」


「グクッ!! 北近江西側は三好影響が強いとはいえ、某も長年活動してきた地域ですからな。何なら今すぐにでも必要な情報を集めて見せましょうぞ? 浅井殿では北西近江に足がかりが有りませんからなぁ。今から地元民や有力者に渡りをつけて悠長に時間をかけて関係を構築しますかな? おぉ! 我等京極から見事独立を勝ち取った亮政殿ならば、そんな状態でも働きに期待はできますが……果てさて?」


 2人の慇懃無礼を極めた話はエスカレートする一方であった。


「止めよ! 全てを水に流し和解せよ、とは言わぬ。じゃがお主等の諍いを次の世代にまで引っ張り込むのは愚かじゃと思わぬか?」


 余りの醜態劇に頭痛がし始めた義藤が止めに入り、退屈そうに同席していた猿夜叉丸を見た。

 親世代のみっともない争いに退屈し、近い世代の朽木元網の世話をしている。

 

(親衛隊の皆は元気かのう……? 於市殿は達者じゃろうか?)


「これは……お見苦しい所をお見せしました」


「……ッ!? クッ! ご命令とあらば」


(はぁ……お互いの姫を娶りあい和睦し関係を強化できれば、と思って提案しようとか考えたが、こりゃ無理じゃな)


 この瞬間一つの可能性が消えた。

 史実にて京極高吉に嫁ぐ浅井久政の娘にして長政の姉である、本名不詳、後の京極マリアと呼ばれた人物が歴史から消えた。

 もちろん存在が消えたのでは無く、将来の嫁ぎ先が代わったと言う意味であるが、ともかく『京極マリア』は、この歴史から消え去ったのであった。


 しかし、足利義藤は結果的に言えば、何としても両家の仲を取り持つべきであった事を後に痛感する事になる。

 京極家は後に将軍陣営から離脱を選択してしまうのである。

 これには様々な要因が重なった結果で、浅井家との不仲も一因であるが、将軍陣営に参加したは良いが、どう考えても三好に勝てるイメージが沸かなかった事や、斎藤義龍の謀略も多大な効果を発揮していた。


 義龍の謀略とは所謂『離間計』である。

 超大国の三好に敵対する大劣勢の将軍家と、それに肩入れする戦下手の浅井久政コンビの泥舟に乗り続けるかどうか?

 またここ数年で大勢力に成長した織田斎藤連合に付く意義。

 更に配下に加わるならば、北近江に京極家を復活させる条件を出した。


 唯一の懸念は京極高吉が、乱世に相応しい強かさを持っているかどうかであった。

 仮に浅井久政の様に将軍に絶対の忠誠を誓う様では、この離間計は成功しない。

 利害を計算でき、乱世に相応しい欲望を持ち合わせて居なければ困るのであるが、この点は杞憂に終った。


 先程の条件は、もはや大名とは呼べぬ程に没落した京極家にとっては、破格の高待遇である。

 将軍家が憎い訳では無いが、浅井久政のお陰でとにかく居心地の悪いこの環境に辟易していた高吉としては、奇跡に匹敵する程の渡りに船といった天の配列であった。


(決めた。京極は織田、斎藤に付く! こんな破滅が見えておる陣営に与する事は自殺行為に等しい!)


 高吉はそう心に決め、斎藤義龍との連絡を密にし始めたのである。



【近江国東/今龍(旧地名:今浜 史実地名:長浜) 斎藤家】


「よし。京極との密約は成った。後は機を待つのみ。少々不安もあったが、何とかなりそうだな」


「お見事な手際にございます」


 控える家臣が義龍の手腕を称えた。


「よせ。今回は成功して当然の状況よ。誰が担当しても成し遂げたであろう」


 義龍は成功して当然と自虐した。

 元々お膳立てが整った所に、最後の一押しをしたに過ぎないと思ったのである。

 確かに間違ってはいない。

 それも事実である。

 だが、好機を逃さない嗅覚は誰にでも備わっている才能ではない。

 濡れ手で粟を拾えると解っていても、躊躇してしまう人間も居るのである。

 それはそれで用心深い才能ではあるが、義龍は道三の後継者として相応しい才を発揮したのである。


「ただ、親父殿ならもっと鮮やかにやったのだろうな。下手したら将軍家丸ごと取り込んだかも知れんぞ?」


「それは、流石に……いや、大殿ならば……本当にやりそうで怖いですな」


 斎藤道三は、一説には油売りから立身出世を果たし美濃の乗っ取りに成功した、梟雄中の梟雄である。

 その悪辣さは伝わっているだけでも、酒に女、毒による暗殺など、やりたい放題であった。

 伝わっているだけでコレであるならば、伝わっていない部分は、想像するだに恐ろしい。

 家臣は道三の手練手管を有る事無い事勝手に想像し、限りなく事実であろうが濡れ衣を着せまくった。


「ともかく、これで若狭への道が開けた。後は機を見て京極を寝返らせるのみ!」


挿絵(By みてみん)

赤線矢印が斎藤義龍の進軍予定経路。

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