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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
9章 天文22年(1553年)支配者の力
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94-2話 風林火陰山雷 武田騎馬隊

94話は3部構成です。

94-1話からお願いします。

【信濃国南/次の日 反晴信陣営】


「昨日は後れを取ってしまったが、今日はそうはいかん。何の成果も挙げられなければ、ただ信濃まで散歩しただけになってしまう。大赤字じゃ!」


「そうじゃ! 今日は何としても敵をなぎ倒し略奪せねば飢えて死ぬだけじゃ!」


 山岳地域の甲斐では、平野の地域に比べて住める場所も耕せる場所も限られている。

 また数少ない平地である甲府盆地も、度重なる川の氾濫で安定した収入は難しい地域であった。

 武田家は略奪を基本戦略にせざるを得ない事情があり、そんな武田家で戦の成果が上げられなければ死活問題になるのは明白なのであった。


「それにしても、御屋形も神輿は神輿らしくしておれば良い物を出しゃばりおって! そう思われぬか!? 秋山殿!? 飯富兄弟!?」


「あ、あぁ……そうじゃな……」


「……そう、ですな……」


「……うむ」


 秋山虎繁(信友)が曖昧に返事をし、飯富兄弟も上の空で返事をした。

 今、反晴信陣営―――明確に敵対している訳ではなく、単に我の強い家臣達の便宜上の総称であるが、その中の何人かは虎繁や飯富兄弟の様に、昨日の自分達の情けなさを自覚、あるいは無意識に恥じていた。

 デカい口を叩いて結果を出せなかった事もさる事ながら、単なる行軍スピードの差が決定的な差を生んでしまった事に衝撃を受けていた。


(なるほど……。敵の準備を許さない速度で侵攻すれば、勝ちを拾うのは容易い)


(それは判る。気づけば何の事はないカラクリじゃ)


(その何でもない事を何故ワシらは怠けた?)


(御屋形()を侮ったからか?)


(戦を漠然と考えていたからか?)


(わからん。わからんが、このままではワシらは、武田家の争いの中で淘汰されてしまうのではないか?)


(それにしても、馬場や真田は、何か察したのか?)


 昨年の川中島の戦いでの高い授業料は、武田晴信、信繁兄弟の意識の変革を促したが、信長の戦を体験した馬場信春、策謀に対して高い潜在能力を持つ真田幸隆も、武田兄弟の変化を敏感に感じ取り、今回の戦では結果を残す事に成功していた。

 武田家は良くも悪くも戦が強い国であるが、もっと厳密に表現するなら個々の兵の喧嘩が強い国でもある。

 勝たなければ、奪わなければ自分たちが死ぬので、必死さ加減は日本屈指である。

 それが今、単なる喧嘩戦からの脱却を目指し、その成果と結果が実を結びつつあったのである。


 もっと分かりやすく例えるなら、某世紀末のモヒカン集団が己の腕力で略奪で生活をしていたが、一人の強力な支配者が、知略による効率的な戦いを目指したと言えば分かりやすいであろうか?


 ともかく、腕力頼みでは今後の戦で戦功を稼ぐ事ができない―――


 晴信の戦略は暗にそう宣告したも同然であり、秋山虎繁(信友)、飯富虎昌、飯富昌景(山県昌景)他、多くの者が今回の鮮やか過ぎる晴信の戦略の結果に、頭をブン殴られたかの様な感覚に陥り、認識と常識が崩壊するかの様に感じ取っていた。


 本来なら才能豊で、史実にて武田二十四将に名を連ねる名将故に。


 とは言え、さすがに今の今から認識を完全に改め、風林火陰山雷にアジャストするには時間も経験も何もかもが足りない。


(明日の戦もきっと何かが起きる!)


(御屋形様が成す事を絶対に見逃すわけにはいかん!)


(風林火陰山雷! 何が起きる!?)


 せめて今後に繋がる何かを得ようと、才能ある武将は認識を改めたのである。

 その一方で、晴信は騎馬のあり方に一石を投じるある作戦を考えていた。



【信濃進軍前/武田家】


『故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆』


 孫氏の兵法書の一節である。

 武田家が年初に招いた快川紹喜から学んだ戦の極意である。

 南信濃進軍前に武田兄弟はこんな事を話していた。


『疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、知りがたきこと陰の如く、動かざること山の如く、動くこと雷霆の如し……ですか。考えれば考えるほどに深い言葉ですなぁ。いままで戦は流れ重視でしたからな。孫子の兵法に比べたら我らの戦術など無きに等しかったですなぁ』


 武田信繁と兄の晴信が、快川紹喜から習った風林火陰山雷を元に、戦術の改革を行おうと頭をひねっていた。


『うむ。例えば風……其の疾きこと風の如くじゃが、全軍が戦場で今よりも機敏に動いてくれるなら、戦は凄く楽になるじゃろうが、基本的に我が軍は慢性的な空腹部隊じゃからな。目の前に食い物があれば力を発揮するかもしれんが所詮は瞬発力。常時全力疾走は難しかろう』


 最初の『風』にあたる速度について議論を重ねているが、食糧難の武田軍では、常時一定の力を出し続けて戦うのは難しいと判断した。


『そうですなぁ。腹が減っては戦ができぬと言いますしな。まぁこれは決戦をしかける時には飯を振る舞うのが良いと思います。それに兵糧不足故に、飯を食った後で負けては後がないと知らしめれば、腹を満たした状態でも死に物狂いの兵が出来上がるかと』


『ふむ。そうじゃな。それしかあるまい。結局、常時背水の陣か。早く豊かな土地を手に入れねばな』


 背水の兵は、火事場の馬鹿力とでも言うべき恐ろしい力を発揮するが、毎回こんな戦では兵の精神も擦り切れてしまって、いつかは力尽きてしまう。

 現状では仕方ないにしても、食糧問題は早く解決しなければならない問題である。


『それに戦場でなく、進軍速度や戦の準備についても『風』の心得は役立てられましょう』


『速度についてこれず脱落する兵も居ろうが、それを補って余りある成果はきっと得られよう』


 その結果、南信濃で多大な戦果を挙げる事に成功したのは知っての通りである。


『あと、機動力となれば騎馬隊か。しかし随伴する雑兵の足が遅くては意味がない。だが人の足を待っていては馬の長所が全部殺されてしまう。悩ましい問題じゃな』


『そうですなぁ。何か良い手段を考えねばなりませんなぁ』


 騎馬隊と聞いてどんなイメージを持つだろうか?

 部隊全員が騎乗し、馬上攻撃にて敵を蹴散らすのを想像するだろうか?


 実はこれは誤ったイメージである。


 馬上攻撃が絶対無いとは言わないが、基本的に騎馬隊の役目は戦場の目標地点に迅速にたどり着き、()()()()()その場所で戦う事である。

 馬の巨体を生かして乗り崩しを行い敵部隊を蹴散らす事もあるが、常時騎乗しっぱなしと言うのはあり得ない。

 そんな事をしたら格好の的になってしまうし、馬の至近距離にいては味方も危ないので孤立しやすい。

 それに不安定な鞍や鐙に頼って戦うよりも大地に立った方が断然戦いやすい。


 源平時代の古来であれば馬上攻撃も主流であったが、戦は進化し、戦国時代では降りて戦うのが主流であった。

 何故なら逆茂木や堀と言った障害物や、足軽兵の対騎馬戦法などが発達し、騎乗攻撃のアドバンテージが薄れていたのである。

 だから騎馬隊とは基本的には目標地点に素早くたどり着いて下馬して戦い、任務を完了したら騎乗して次の目標地点に向かうのが基本的な役目である。


 その性質故に、個人武芸に優れた武者が効率よく戦う為に騎馬隊があるともいえる。

 しかし、その武芸と機動力を発揮するのには随伴する雑兵が必要不可欠である。

 何故ならば下馬した時に馬を確保する兵がいなくては、臆病な生き物である馬は簡単に逃げてしまう。


 そんな事になったら激戦区で置き去りになってしまうので随伴兵は必ず必要なのである。

 むろん騎馬兵単騎で戦うのも無謀極まりない。

 例外中の例外で単騎駆けもあるにはあるが、騎馬隊とは随伴兵との連携が必要不可欠であるが故に、騎馬100%の部隊は存在しないし、また馬に全力疾走させて余りにも随伴兵と距離を付けてしまうと困る。


 結局、騎馬隊を運用するには歩兵と足並みを揃えるか、多少先行する程度に留めるしかなかった。


 これが武田兄弟の感じた騎馬隊のジレンマであった。

 歩兵と合わせて馬の長所を全殺しにするか、危険を承知で随伴兵を置き去りにするか。


 それらを踏まえて信繁が口を開いた。

 若干言いにくそうな表情である。


『……兄上、笑わずに聞いてくださいよ? 例えば全員騎乗した騎馬隊は運用できませんかね?』


『全員騎乗か……。実はワシも考えた事がある。……あるが、なぁ……義経公の真似をするか?』


 晴信は渋い表情で渋った声を出した。

 どうしても決断できなかった理由が晴信にはあった。

 全員騎乗の前例が(ほぼ)無い上に、デメリット絶大なのが解っていたからである。


 実は戦国時代以前にも史実にも騎馬100%部隊の実例が少なくないながら存在する。

 それが晴信の言った源義経である。


 義経による一ノ谷の戦いによる逆落とし戦法は、騎馬隊で崖を下る戦法もさる事ながら、騎馬隊運用の常識を覆す天才的な戦法『騎馬100%部隊』の史上初の運用であった。


 しかしこの騎馬100%部隊は定着しなかった。


 一つは上述の通り随伴兵との連携が必要不可欠である事。

 もう一つが馬の食糧問題である。


 現代の馬が一日に食事をする量が12~15kgであるらしい。

 水も最低20リットルを飲む。


 戦国時代の馬は現代と違いかなり小型であるが、それでも人間に比べたら遥かに大食漢といえるだろう。

 人間など一食で1kg食べたら大食いの部類であり、単純計算で馬一頭で人間の10倍以上の兵糧が必要なのである。


 騎馬隊が存在すればする程に、大量の牧草やその他の餌、水、他にも寝床やその他の世話、それを支える人員など、鉄砲程では無いにしてもコストがかかるのである。

 小氷河期による食糧難の戦国時代で、さらに食糧事情に厳しい武田家ともなれば難題にも程がある無茶な策だ。


『全員騎乗部隊はもう少し豊かになってからじゃな。今は別の手段を考えよう。例えば歩兵部隊を先行させ、歩兵が敵と交戦する時に間に合う様に騎馬の突撃を計る、とかな』


『なるほど、最終的に合流していれば馬の逃散といった欠点も補えますな』


『ただ、これは指揮官が正確に戦場の動きを読まねばならん。ワシらの見る目が腐っていては、バラバラに攻め立てるだけになり効果的な戦果は望めん。騎馬兵も随伴兵も無駄死にじゃ』


『せ、責任重大ですな』


『うむ。戦の才が無い者には無理な芸当じゃ。……そこで、ひとつ思いついた戦法がある。先年の川中島での長尾景虎を覚えておるか?』


『あぁ、あの兄上が死を覚悟したという』


『あの時、長尾のクソッタレは、瞬間的とは言え騎馬のみの突撃を敢行してきおった。奴本人に至っては単騎掛けじゃ。これは言うなれば敢えて騎馬隊だけを突出させ随伴兵も置き去りの状態じゃ。これを参考にしようと思う』


『え!? しかしそれでは……』


『まぁ聞け。あえて時代に逆行する真の騎馬部隊だけに敵にとっても慮外の事なのじゃ。時代に逆らうこの戦法も時と場合によっては効果を発揮するだろう。最早誰もそんな過去の遺物たる戦法を想定しておらん。先年のワシも含めてな。言うなれば風林火陰山雷で言う所のこれは虚を突く『雷』じゃ』


 対騎馬戦法が発達した戦国時代故に、意表をついた戦法になり得ると晴信は判断したのである。

 なにせ自分も先年痛い目を見た戦法なので、効果の程は身をもって知っている。


『な、なるほど、理屈は判りますが、失敗した時の損害も計り知れないですぞ?』


『解っておる。この無茶な戦法はその時々の状況によって、指揮官が個々に勝機を見極め判断せねばならぬ。しかしその勝機を見極める目が育っておらん今の武田家で無暗にとれる戦法でも無い。そこで一工夫加える』


『工夫と言いますと?』


『初っ端じゃ。戦が始まる初っ端で騎馬を突撃させる。しかしこの部隊は下馬して戦う事をしない。高速で敵に接近し一撃を加える訳じゃが、その手段は騎射、投石、投槍など遠距離攻撃に限定する』


『直接切り結ぶことはせぬと?』


『うむ。これは出鼻を挫く事に特化した部隊とも言える。普通は弓矢合わせから始まる戦でこの奇襲は効果も見込めるとワシは思う』


『騎乗しての弓矢は流鏑馬で多少の訓練が必要ですが、投石、投槍なら大した訓練は必要無いでしょうな』


『うむ。この部隊は役割を終えたら後続の随伴兵と合流し、後は常と同じ様に戦えば良い』


『なるほど。これなら馬の長所を殺す事なく活かした上で、留まる事をしないので騎馬の生還率も望めますな」


『通常の騎馬隊の運用と、単独騎馬隊との折衷案じゃが先程の案よりは現実的で楽じゃろう。さっきも言ったが常の戦では弓矢合わせから始まる所をいきなり騎馬が突出するのじゃ。それなりに効果は見込めるじゃろう。ただ、その部隊が狙い打たれては意味がないので、もう一工夫必要になると思う。じゃがまずは今度の南信濃で試そうと思う』


 こんな事を話していた武田兄弟は実際に騎馬隊を新しい運用方法で試し多大な成果を挙げ、反晴信派の一部武将が危惧し予感していた事が実際におこり、武田軍は快勝したのであった。

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