92-1話 盆踊り 天国編
92話は二部構成です。
92-1話からお願いします。
「ようやく、ようやく街道が形になる……!!」
明智光秀は感極まっていた。
心なしか涙声である。
6年前の尾張内乱を制圧後に始めた街道整備計画は画期的な改革として、信長の政治を助ける政策……となるはずであった。(23話参照)
しかし中々実を結ばなかった。
大幅な道幅の拡張と舗装は大量の人員を必要としたが、その人員が中々集める事ができなかった。
何故かといえば戦に人員を取られてしまっていたからである。
最初の躓きは信長の伊勢侵攻である。(26話参照)
【美濃国/稲葉山城 斎藤家】
『よし、尾張との前代未聞の街道接続がんばるぞ!』
『十兵衛。義弟が伊勢に進行するらしい。街道整備の人員が持っていかれるからそのつもりでいるように』
『何と!? 致し方ありますまい。街道は斎藤家の手勢で出来る事をやるしかあるまい』
次の躓きは2年後である。(48話参照)
【美濃国/稲葉山城 斎藤家】
『織田の殿の伊勢侵攻が2年で終わるとは。ワシらの街道整備も負けてはおれん。改めて頑張るぞ!』
『十兵衛! 駿河の今川が織田に進軍する! 尾張が抜かれては美濃斎藤の存亡の危機! 急ぎ援軍を出すぞ』
『な、何と!? 致し方ありますまい! 斎藤家全軍で織田殿を助けましょう! 街道は一時中断せざるを得んな』
次の躓きは次の年である。(62話参照)
【美濃国/稲葉山城 斎藤家】
『今川を退け背後は安泰となった。滞っていた街道整備をするのは今しかない! 巻き返しを頑張るぞ!』
『十兵衛! 義弟があれほど頑張っているのに斎藤がこのままで良いのか!? いや、よくない! 近江へ侵攻するぞ!』
『……何と! ……まぁ致し方……ありますまい。街道整備は一旦切り上げ戦に集中せざるを得んな……』
結局近江侵攻は2年かかったが、当然その分街道整備は滞った。
―――今年。
【近江国/横山城 斎藤家】
『近江侵攻も区切りがついて、次は若狭か。頑張る……頑張れるかなぁ』
『十兵衛! 京に上洛し三好と会う! 兵を……ん? どうした?』
『……。はい。致し方ありますまい……そうですよね。全軍準備いたします……』
『うん? いや今回は少数でいく。250で良かろう。留守と街道整備任せたぞ!』
『!? 何とぉッ!!!! それは本当ですか!?』
『お、おぉッ!? お主、そこまでワシの身を案じ……』
『わ、若狭侵攻は!?』
『し、収穫期を狙うつもりじゃが……?』
『か……』
『か?』
『街道整備頑張れるぞ!!』
『……うむ。ま、まぁ、精進いたすがよい』
この様に、内政を疎かにする訳ではないが、それ以上に戦が必要な場面が多すぎたのである。
伊勢侵攻、今川侵略、近江援軍と戦に次ぐ戦、しかも激闘に次ぐ激闘で、戦をすればするほど広がる領土。
当初の予定は人地(旧:那古野)から、稲葉山を経由し大垣であった。
その後、将来を見越した人地から三河方面、伊勢の南北縦断街道。
伊賀から志摩間の横断街道、伊勢から近江へ抜ける街道。
大垣から近江今龍(旧:今浜 史実:長浜)。
将来には若狭方面も控えており、6年で管理開発しなければならない範囲は爆発的に増えてしまった。
正にうれしい悲鳴というべき発展に、光秀は困り果てたが悩ましい問題もあった。
「少しずつでも街道を完成させていくか、とにかく最初に道を定めるべきか? ……この先も安定的に人員を用意出来るとは限らん! と言うか若狭侵攻が控えてるし、その後安泰するなんて絶対あり得ない!」
己自身も大半の戦に従軍しており、集中的に携わる事ができない中、光秀が選んだのは後者で『とにかく形を作る事』であった。
手足に血が通わなければ腐り落ちてしまうように、粗末だろうと何だろうと、とにかく道を作らなければ孤立した地域が死んでしまうと判断したのである。
それでも平地であれば割とすんなり道は定まったが、山間部や川、沼といった通行の難所の道は至難の極みであった。
特に山間部は急すぎては馬車が登れないので、角度を付けない様に平坦で緩やかな道を作る必要があり、その為には曲がり迂回しなければならず、その時に邪魔になる土砂や木や岩を取り除くのは多大な労力を必要とした。
そんな苦労が、6年の歳月をかけてようやく暫定的であるが形になったのであった。
その光秀苦労の道を利用して、尾張、伊勢、志摩は人員を総動員して開発が行われた。
【尾張国/熱田】
尾張では熱田神宮の隣接地に多数の建材が運び込まれ、様々な設備が立てられようとしていた。
あちこちで木を叩いたり削ったりする音が響き渡り、活気に満ち溢れているのが目でも耳でも感じられる。
そんな中、ポッカリと空いた空間の中央には櫓が建てられていた。
ただし、櫓には通常の戦でも使う太鼓や鐘とは別に煌びやかな装飾が施されていた。
言うまでもなく盆踊りの為の櫓であった。
その櫓に尾張発展の総責任者である織田信広が、仁王立ちで周囲を睥睨する。
「踊りの会場はこれ位でよかろう。後は食事や酒、篝火……大盤振る舞いじゃな。しかしこれも戦略と考えれば贅沢が贅沢ではない。フフフ。妙な背徳感があるな」
何故背徳感を感じるかと言えば、食糧難の時代に食料を出し惜しみしない大暴挙は、背徳感の極みであろう。
もちろんこれはちゃんと計算済みの暴挙である。
織田家では、三国で開催する盆踊りで来訪者には、身分関係なく食事と酒を振舞うと決定したが、これは信長の独断ではなく、織田信広、北畠具教、九鬼定隆が考え信長に具申して許可を得た事である。
戦で数千人の兵を長期間拘束して食べさせるより、全員集まるわけでもない領民に、たった数日食べさせる行為は戦よりも遥かに安上がりであった。
無論、緊急事態になっても兵糧の都合は付く手配はしてあるので、兵糧をダブつかせて腐らせるよりは放出して、領民には感謝された方が遥かに有用な使い道であった。
裏の目的として願証寺に見せつけて嫌がらせし、戦が無いなりに戦う手段としたい思惑もある。
信長が知る由もないが、偶然にも豊臣秀吉の小田原征伐を薄く浅く実践した形である。
そんな思惑の元、信長が上洛から帰還し盆踊りが開催される運びとなった。
まずは尾張である。
「兄上、準備は万端ですかな?」
帰還した信長はさっそく信広の下に行き、熱田周辺の開発を視察しつつ訪ねた。
現時点では前々世の熱田の発展には遠く及んでいないが、発展の勢いは確実に以前を上回りそうな雰囲気と活気に満ち溢れており、信長は自分が主導しなくても動いてくれる家臣に満足していた。
「うむ。開発自体はまだまだ途上であるが、今の活気を維持しつつ慰労の場として盆踊りを提供出来るように手配しておいた。これは織田家としての宣伝も兼ねておるからな。できる限り派手に行きたい」
派手に行きたい―――
これが村単位の祭りなら何でもないが、国の支配者が介入するなら好む好まざるに関わらず宣伝になってしまう。
何故なら、他国の目に必ず晒されるからである。
どうせ間者にも見られるならば、是非とも織田家の力を国元に持ち帰ってもらいたいのだ。
今も昔も国は宣伝に重きを置いているのは変わらない。
多少予測より金がかかり、災害級の酷暑の予測はついてもオリンピックを誘致し国をアピールしたいし、とある将軍様の国は民が食うに困っても軍事パレードは優先されるのである。
何故なら国内外に力と存在感を示すのが戦略としても有用で、国の成長にも繋がるからである。
ただし、これが本当に民の為にもなるなら良いのだが、本末転倒になれば言うまでもなく失策になるが、困った事に、宣伝の成否を判断するのは後世の為政者であり、自由な議論が許される国なら歴史家も評価するであろうが、往々にして評価は分かれてしまう。
ある一面から見れば失敗も成功に変わるし、別の考えで見れば成功も失敗になる。
評価を下す人間によってどうとでも評価が180度変わってしまうのが、歴史の常で難しさでもあり面白さであろうか。
「うむ。どうせ兵糧も大奮発するのじゃ。やるなら徹底的にやりましょうか」
信長は間髪入れず許可を出した。
信長は宣伝のメリットデメリットを瞬時に計算し、GOサインを出すのであった。
「であるならば、主君である殿や奥方達には飛びっきりの仮装をしてもらいたいと思う。むろん我らも何らかの仮装をして民を楽しませるつもりじゃ」
「なるほど仮装ですか。面白い」
「とは言え、殿がいつものうつけた格好で出ても何ら新鮮味が無いので、そこは工夫してもらいたいのじゃが……」
「そうじゃな……。何か考えておこう」
こうして尾張での旧暦の7月15日に盆踊りが始まった。
信長も配下も奥方衆を全員仮装した盆踊りが。
盆踊りの起源は仏教行事、昔からの名残など諸説あるが、文献に残る最古の盆踊りは室町時代、すなわち信長からすれば最近の話であった。
この頃には既に多種多様の趣向を凝らした独自の盆踊りが開催されており、『コレ』といった決まりは無く発展途上の最盛期であった。
従って文化的行事にして宗教が絶対のこの時代で盛大な盆踊りは、織田家の力を示す格好のパフォーマンスでもあった。
古今東西の妖怪や人種に扮装する家臣達に交じって、信長と帰蝶や側室達も仮装をバッチリ決め込んできた。
信長の妻たちは全員普段から男装という仮装をしているので、今回は皆女装(?)である。
三国志の貂蝉を模した茜、卑弥呼に扮した葵、乙姫に変化した直子、九尾の狐に化けた吉乃、輝夜姫の様な帰蝶と伝説、伝奇的人物に化けた、
一方信長は―――
「皆の者! 織田ならず尾張の発展に力を貸してもらい、ワシは感謝の念を禁じ得ない! 今日は力を貸してくれた諸君、それに散っていった同胞の魂を慰める為に、大いに飲み食い踊って楽しんでもらいたい!」
信長が櫓の上から集まった家臣と民に対し、感謝の言葉を述べていた。
それを聞く一部の家臣達が訝し気に見ていた。
赤鬼に扮した前田利家が隣で、青鬼扮した佐々成政に聞いた。
成政は、何故か青鬼に扮している事を差し引いても、青く暗い表情をしていた。
「殿の奥方様達はすごい派手っすね。濃姫様なんかは普段が普段だから……何と言うか……地味なのが逆に目立つ」
濃姫は甲冑デザインで未来に影響を及ぼす失策を犯してしまったので、歴史に違う証拠を残すべく、お淑やかな輝夜姫に扮していたが、残念ながら致命的に似合っていなかったので逆に悪目立ちしていた。
だが不細工という訳ではない。
ただ、帰蝶を知らない人が見れば美人なのは間違いないが、普段が普段なだけに、帰蝶を知ってる人、特に普段の訓練でコテンパンにやられている人が見れば違和感しかなかったのである。
「ところで……さっきから殿の声が聞こえるのに姿が確認できないっすね。櫓の逆側ですかね?」
信長の仮装を楽しみにしていたのに見当たらないので利家はそう判断した。
その櫓には6人の女が立っていた。
貂蝉、卑弥呼、乙姫、九尾の狐、輝夜姫に天照大神―――
利家の問いに成政がボソリと呟いた。
「……あの天照が殿じゃ」
「は? え!? あれが殿!?」
天照大神に扮した信長は誰がどう見ても絶世の美女で、切れ味鋭い目が冷ややかな雰囲気を醸し出し、それがまたそそる容貌であった。
そう言われて利家は耳をすますと確かに天照から聞こえる声は信長であった。
元々の高い声も相まって完全に女になりきっており、恐ろしいまでの完成度であった。
そんな信長に対し佐々成政は先ほど気づかずナンパをしてしまい、信長と奥方衆に大笑いされたたのであった。
そんな成政が大恥をかいた盆踊り。
孫悟空になった藤吉郎、沙悟浄になった丹羽長秀、猪八戒になった平手政秀、三蔵法師になった森可成は集団の完成度で注目を集め、閻魔になった柴田勝家などはハマり過ぎて民に拝まれていた。
酒に飯に仮装に民は大いに笑い、普段恐ろしい武家との距離を縮め和気あいあいと過ごし、海に見える篝火で幻想的な雰囲気に涙した。
特に西遊記をベースにした即興劇は大変な好評を博した。
途中から三国志要素が加わり、天照の力で海底に飛ばされ、竜宮城でもらった玉手箱を開けたら邪馬台国にタイムスリップし、輝夜姫と共に月の都を支配する九尾の狐を退治し、三蔵法師一行は天竺ではなく閻魔に拝謁する意味不明な話にずれていったが、民も家臣も涙を流し腹を抱えて笑い乱世に有るまじき幸せな時間であった。
こうして尾張における織田家の盆踊りは大成功に終わった。
もちろん、伊勢も志摩でも盆踊り(と即興劇)は大成功を収め織田家の力と治安、文化と発展を領民と周辺国は知るのであった。
そんな織田の隆盛を苦虫を歯も砕けよとばかりに食いしばる僧が居た。
願証寺証恵であった。
願証寺は織田家の乱痴気騒ぎによって、苦渋の決断を強いられていたのである。
即興劇の詳細な内容は、奇跡的にストーリーが出来上がればいつか……




