88-3話 信長の戦略 九鬼志摩守定隆
長くなったので四分割します。
よろしくお願いします
【志摩国/鳥羽城 織田家 九鬼志摩守定隆】
「やる事は決まっている。港の発展と航路の開拓。これにつきる」
志摩に帰った定隆は、家臣達に今年の方針を告げると、自分達のやる事を告げた。
「港は物資の中継地点じゃ。しかし海が荒れれば足止めを食う。そんな時でも問題なく滞在できる街を改めて作らねばならん。これは志摩に限った話ではない。尾張も伊勢にも港に関しては我らが関わって進める」
今もそれなりの規模で開発は進んでいるが、将来性のある港かといえば心許ない。
南蛮船等の大型の船の係留や、大量の荷物を補完する蔵も多数必要となる。
一国だけでの運営で済んでいた頃なら問題なかった。
だが、志摩、伊勢、尾張、さらに、将来美濃から北の国までの物資を扱うとなれば、何もかも不足しているのが現状であった。
「次。可能な限り正確な海図をつくり航行可能な海域を調べ上げる。戦に有利に働くのは当然じゃが、自由自在な航行は物資の運搬に役に立とう。船の種類によっての可否判断も必要じゃ。我らの知識を織田軍全体の共通認識にする位のつもりでいる様に」
海賊の頃は職人的経験で海を制した九鬼海賊衆も、今は立派な水軍である。
今は九鬼家の人材が船を操っているが、将来必ず九鬼出身ではない武将が船を操る機会も来るし、信長に進路について尋ねられた時に、提示する資料が無ければ話が進められない。
今のままでは意思疎通で齟齬をきたし、致命的な連係ミスが起こるかもしれない。
定隆はそれを防ぐ為に、ノウハウの開放を選んだのであった。
「それに伴い船の増産と、船長適性を持つ者、潮風の流れを読める者は特に必要じゃ。親衛隊の訓練として水軍で預かった者から適性のあるものを抜擢せよ!」
九鬼水軍には親衛隊が派遣され海戦の訓練を受けており、海に対する才能がある者がチラホラと出てきていたのである。
河尻秀隆などは、当初から九鬼水軍に関わってきたお陰で、船の操船どころか船団の指揮も出来るようになりつつあった。
「次! 尾張、伊勢も海には面しておるが、志摩は特に海しかない。故に海産物の取り扱いを強化する。干物や燻製加工、塩の生産等、海に関する事で我らが出来ない事があってはならん。従って、それらに従事する職人や漁師も随時教育する。それを踏まえて親衛隊を除隊した者、兵士適性の無かった者の働き口として機能するようにする」
親衛隊は兵士だけが全てではない。
信長の改革のお陰で、とにかく人手が足りないのである。
間者も土木職人も開発者も、一芸に秀でているなら活躍の場がある国である。
長男以外の穀潰しの次男三男以降も、女子も老人も奴隷も罪人も、負傷や老いによる兵士引退者すら貴重な人材なのである。
家臣たちは改めて信長の改革の凄さと、目に見えて判別できる発展に心を躍らせた。
「次!」
そんな期待に満ちた家臣達に定隆が次の指令を出し、家臣たちは期待に満ちた目で身構えた。
「殿が盆踊り大会を計画しており、志摩、伊勢、尾張でそれぞれ開催される。その時、我らにしか出来ない事を出来ればやりたい。なんぞ案はあるか?」
(ボン……オドリ……??? どんな戦法だっけ???)
シリアスな話から急転直下とでも言うべき話の切り替わりに、家臣たちは一様に『ボンオドリ?』と頭上に『?』を浮かべた。
(ボンオドリ……盆踊りの事か!? 案!? そんな急に!)
風流な踊りとは、無縁に近い歴戦の海の男達は、戸惑うしか無かった。
飲んで騒ぐのは得意だが、お上品な事には無頓着というより『海の男がそんな事できるか!』と、どうしても拒否反応がでてしまう。
その時、最年少の家臣にして里帰りをしていた嘉隆が、少年らしい柔軟な頭の切り替えで一人手を上げて答えた。
「海で踊りましょう!」
「海? 海って船上でか!?」
「はい!」
定隆はその光景を思い浮かべた。
揺れる海の上で―――
狭い船の上で―――
大多数が操船の為に慌ただしく動く―――
そんな中、船の中央では空気を読まず踊る人。
(それだけならまだ良いが……)
船に慣れない人達が、そこかしこで嘔吐する地獄絵図が脳裏に思い浮かんだ。
定隆は嘉隆を見た。
非情にキラキラした目をしている。
「よ、良い案じゃが……南蛮船でもないとな。船酔いをされても困るしのう……」
一刀両断に却下するのも気が引け、やんわりと否定し代案を考えた。
「うむ……しかし、斬新で良い案じゃ。踊りは踊れなくとも……そうじゃな。海に出て篝火でも焚けば幻想的な雰囲気でもてなせるかも知れぬな……」
その時、定隆に引っかかる物があった。
「まてよ? 尾張守殿に港の増強を依頼されたが、熱田近海であったな? 熱田の盆踊りを……篝火で演出すれば! よし……盆踊りの件は引き続き案を募集する! それよりも北畠伊勢守殿に使いを出す! 墨、筆、紙を持て!」
「殿! どうされましたか!?」
急に慌ただしく指示を出した定隆に家臣が驚く。
盆踊りに話が逸れたかと思ったら、今度は北畠への伝令である。
しかし定隆には家臣の問いかけが聞こえていない。
「熱田……篝火……北畠殿の選択次第では……これが殿の戦略か!?」
織田信広同様に1つの可能性に気が付いた定隆は、西遊記における手の平の孫悟空の伝説を思い出さずにはいられなかった。
「ここまで……ここまで考えて、この思考に至らせる為の我らへの官位だったのか!? まさか……」
改めて自分の仕える主君のうつけ具合を再認識する定隆であった。