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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
9章 天文22年(1553年)支配者の力
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88-1話 信長の戦略 斎藤中務丞帰蝶

長くなったので四分割します。

よろしくお願いします

【尾張国/人地城(旧名:那古野城) 織田家 斎藤中務丞帰蝶】


「皆様方が各地を発展させるにあたって、私から指定するのは2点だけです」


 新年の挨拶を終えた後に、集められた面々が車座になって座っている。


 その面子の主導権を取っているのは、新年らしい艶やかな着物をさっさと脱ぎ棄て、男装に着替えた帰蝶。

 帰蝶は両腕を大仰に広げて語り始めた。


「1つ。尾張、伊勢、志摩の三国間での移動を妨げる道や航路、設備を作ってはならない。2つ。その国でしか通用しない規則を作ってはならない。特に労働意欲の低下や、購買意欲を妨げる法は厳禁です」


 新年の挨拶で帰蝶が述べたのは、要するに『銭の流通を妨げない』事である。

 織田家では以前から、その為の方策を既に楽市楽座や関所撤廃等、天下布武法度で定めている。

 今更言うまでも無いが、何ぶん慣れ親しんだ常識を破壊する法度なので、改めて念押しした形である。


 それよりも2つ目の方が重要であった。


 これから発展を任された3人は、国に帰りあれこれ考えるであろう。

 しかし、発展に必要とは言え余りに独自規則を作ってしまうと、国を移動して流通を担う者が、混乱したり不便を被る事がある。

 例え良かれと思って制定したとしても、第三者から見れば意味不明な事もある。

 それを防ぎたかったのである。


「誤解の無い様に言いますが『規則を作ってはならない』と言っている訳ではありません。有用な法は三国で共通して運用しますので、必要だと感じた法は私に報告して下さい。その都度協議して殿の名において触れを出します」


 現在においても例えば就職先や転職、あるいは部署移動などで『え、なにそのルール?』と、常人の頭では理解不能な戸惑う独自ルールは幾らでもある。


 例えば―――


『就業10分前に遅れたら反省文提出』

『上司より先に帰宅してはならない』

『定時が来たらタイムカードを通してまた自席に戻る事』

『トイレは申告して許可を得て時間を記録する』

『上司の出席する宴会に欠席したら始末書提出』

『有給休暇を得るには上司の出す超難問クイズに正解する事』

『会社の発展や業務改善に繋がる自主的無償奉仕活動の強要』


 ―――等々、極端な例ではあるが、眩暈を覚える独自ルールが現実世界にも存在する。


 こんな労働意欲の低下必至な精神状態を、さらなる苛烈な独自ルールで失われた意欲を強制的に補強する。

 まるで『元気がないから覚醒剤で補う』とでも言うべき、超絶ブラックルールが罷り通ってしまう国があるらしい。

 世も末である。


 思わず脱線してしまったが、ともかく帰蝶達はこれから大発展を目指して改革を推し進める。

 その中で、当時は思いもよらなかった問題や、対処すべき事案が必ず出てくるはずである。


 その時、理解に苦しむトンデモ規則があると、移動してきた人が困るので、それを防ぐ為に帰蝶や信長が一旦預かって精査し、触れを出す形にしたのである。


「もちろん、例えば漁の規則とか村の習慣であったり、極めて常識的な細々とした事は報告の必要はありません。天下布武法度に抵触しない限り。ただし局地的に蔓延る悪法、これは報告してください。それらも協議して撤廃させます」


 身振り手振りで熱弁する帰蝶に対し、集まった北畠具教、織田信広、九鬼定隆。

 その余りの()()()()振りに、顔を引き攣つらせながら絶句するしかなかった。


(天下布武法度だけでも守るのが大変なのに……)


 現代の全てが明文化された、法律で雁字搦めな生活を送る我々には想像もつかないが、この程度の規則でさえ当人達は戸惑いと窮屈さを覚えるであろう。

 58話で書き記した天下不武法度は今川仮名目録に感銘を受けた信長が、独自の政策方針を加えて改良した物であるが、我々が見たら穴だらけのザル法律である。


 では『戦国時代は無法地帯か?』と言われると、領主の治安の行き届いていない所は確かに無法地帯かもしれない。

 しかし、基本的には『こんな当たり前の事、明文化しなくても分かるだろ!』という良心と常識と、裁く者の臨機応変性、あとは宗教による善悪の価値観と、死後の制裁で事足りる。

 それ即ち『罪を犯せば地獄に落ちて責め苦を受けるぞ?』との脅迫要素が全ての悪行に歯止めをかけている。

 宗教的価値観が、科学をも上回る絶対的存在故に成立する社会といえよう。


 それ故に天下布武法度に関わらず、史実における分国法で明文化された時は、当時自由に生きる人々にとって心的負担は大きかったはずである。

 ただ、よくよく考えれば普通に生きていれば全く問題ないので、自然と生活に浸透したのである。


 後はその事に気付いて、柔軟な発想ができるかどうかである。


 現代においては法の隙間を突いての抜け道、あるいは法を整備した政治家の予測を上回る想定外の犯罪、民衆の宗教的価値観の低下により、良心ではどうにもならない事態がある故に、法律が張り巡らされている。

 昔は我々の目からしたら、非常に大らかで良心に富んだ時代であったと言える。


 法による不自由と補償や安全。

 これが良いのか悪いのか?

 これが判断できるのは未来に生き、歴史の結果を知るファラージャだけである。


「さあ! ここからは地元に明るい皆様の手腕の見せ所ですよ!」


「……は、はい」


 フンス! と鼻息を立てながら帰蝶は話を締め、3人は何とか返事だけをして持ち場の国へ帰るのであった。

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