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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
9章 天文22年(1553年)支配者の力
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87話 官位

【1552年 尾張国/人地城(旧:那古野城) 織田家】


 昨年、朝倉浅井との闘いに一区切りをつけた織田家。

 巨大な壁となって立ちはだかる朝倉宗滴との戦いは、転生を経た信長をして突き崩すに至らず、改めて歴史改編の難しさを身に染みて悟った信長であった。


 また、信長が遠征中に起きた三河一向一揆鎮圧の報告を、帰蝶の部屋で受けつつ、そこに飾られた『白! 蛇! 蝶!』と主張の激しい異彩を放つ甲冑を好奇心たっぷりに眺めていた。(外伝15~17話参照)


「こりゃ……また……随分思い切った事をしよったな」


「違うんです! これは―――」


 自分の美的センスを疑われては堪らない。

 帰蝶は必死に言い訳を述べようとしたのだが―――


「中々やるではないか! 実に結構じゃ!」


「……えぇ……はい……」


 帰蝶の価値観にとって珍妙極まりない甲冑を、側室衆も信長も絶賛するので、『狂っているのは自分なのか?』と疑心暗鬼に陥る帰蝶であった。

 そんな帰蝶の絶望など露知らず、信長は話題を変えた。


「それよりも、三河での一向一揆、これにはワシも驚いた。よくぞ対処したな。雪斎の和尚にも礼を言わねばな」


「はい。私も驚きましたが雪斎和尚様が完璧に対処して下さいました」


 史実より早まった三河一向一揆の報告に驚きつつ、今後の方針をどうすべきか信長は考える。


「一向一揆か。三河が完全に鎮火したかは見極めが必要じゃが、尾張と伊勢の喉元にも小骨が突き刺さっておるしな。この今の状況を有効に利用させてもらうか」


 小骨とは、もちろん長島の願証寺である。

 尾張の目と鼻の先に存在する願証寺は、現在のところ遠巻きに封鎖しているが、小規模な小競り合いは発生しつつも小康状態を保っていた。


「よし。収穫も一段落して親衛隊も手が空いておる。戦で停滞していた内政を充実させつつ、長島の攻略を本格的に始めよう。その為に、於濃。お主に―――」


「えっ!?」


 帰蝶は信長の提案に驚きつつ、結局は受け入れた。

 任務と新たな役職に楽しみを見出して―――



【今年 尾張国/人地城 織田家】


 年が明けた織田家。

 人地城では新年の挨拶と、方針説明の評定が行われる運びとなった。

 帰蝶も驚いた信長の方針は、当然、家臣一同も驚いた。

 3回目の人生という、信長の特異性を理解している帰蝶でさえ驚いたのだから、今が現実世界である家臣ならば尚更であった。


 特に驚きと抗議の声を上げたのは兄の織田信広と、南伊勢の半分を支配する北畠具教、九鬼水軍を統括する九鬼定隆であった。


「は!? え……と、意味が解らんのじゃが!?」


 信長の命令に合理性を感じられず、信広は公式な場で思わず主君に対しタメ口を叩いた。

 それ程の衝撃であった。


「そ、そうです! 何故私が!?」


「そんな事は受け入れられません!」


 具教も定隆も同調し、かろうじて立場は弁えつつも反論した。

 声こそ上げない他の家臣も、二人と同じ感想を持ったハズであるし、事実、困惑の表情を浮かべていた。

 平素と変わらないのは信長一人と、満面の笑みであった帰蝶だけである。


 一体何が行われたのか?


 昨年、三好の仲介で朝倉との和解がなり、その時に手に入れた『尾張守』『伊勢守』『志摩守』と元々所持していた『備後守』『中務丞』の官位の分配が行われたのである。

 ちなみに、織田家が代々名乗った『弾正忠』は、史実では自称にすぎず、名実供に力を付けた時に追認する形で認められた。

 ただ今はまだ、そこまでの実力を有していないので天下布武法度に従い名乗るのを止めた。


 その官位分配はこの様な形になった。


 兄の織田信広に『尾張守』を与え尾張の代表に据えた。

 九鬼水軍を統括する九鬼定隆には『志摩守』を。

 北畠具教には今までの功績を認め『伊勢守』を与え、元々具教が所持していた『侍従』は父の晴具にスライドして譲られた。


 織田家が所持する正式な官位は上記の他に、『備後守』『治部大輔』『中務丞』『三河守』がある。

 それらの官位は、『備後守』は元々の正式所持者である父の信秀が続投し、『治部大輔』も今川義元のままであるが、義元の場合は形式上敵なので当然変更は出来ない。

 変更があったのは、平手政秀の所持する『中務丞』であった。


 その『中務丞』は平手政秀から帰蝶に譲られた。

 平手政秀は年齢もさる事ながら、桶狭間で受けた傷の後遺症もあり、前線からは完全に引退し、教育専門となりたいとの申し出が有り信長が受理した。

 それを、歴史改変を願って帰蝶に与えたのである。

 最初の帰蝶の驚きと、今、満面の笑みで居るのはこれが()()()()()であった。


 全国の権力者がこぞって入手を試みる官位である。

 力と金の無い者などは、見栄を張る為に自称する程の官位である。

 史実の信長も『上総介』を勝手に名乗った程である。

 もらって喜ばない者は皆無である。


 そんな官位の分配で抗議の声が出たのである。

 何故抗議がでたのか?

 もう少し簡素に纏め、織田家所有官位の順位をつけると、以下の様になる。


 治部大輔(正五位下):今川義元

 伊勢守(従五位上):北畠具教

 侍従(従五位下):北畠晴具

 尾張守(従五位下):織田信広

 備後守(従五位下):織田信秀

 中務丞(従六位上):斎藤帰蝶

 志摩守(従六位下):九鬼定隆


 無位無官:織田信長


 義元が織田家の最高官位となるが、形式上敵であるし、織田家に従う前に入手した官位なので仕方がない。

 問題は、織田家に臣従し苦汁を舐めるハメになった北畠具教が、織田家最高官位を得る事になっているのである。


 更に問題なのが、信長自身は無位無官のままである。


 この状態で仮に朝廷に赴く事になれば、天皇との謁見を許されるのは例外もあるが基本的に五位以上となる。

 この法則で織田家の首脳陣が天皇に謁見を求めた場合、義元、具教、晴具、信広、信秀が謁見を許され、帰蝶、定隆は別室待機で謁見かなわず、信長に至っては、敷地内に入る事すら許されない。


 信広、具教、定隆はこれに対して抗議の声を上げたのである。

 どこの世界に、主君より上の官位に居座る家臣がいるのか?

 具教に至っては織田家最高官位である。

 百歩譲って官位を授かるとしても、最高官位はあり得ない。


()()()()()()()()()。これは別に嫌がらせでも晒し上げでも無い。純粋に功績を評しての褒美じゃ」


 信長はあえて官位で呼んで説明を始めた。


「これは今後の戦略の上でも必要な処置なのじゃ。今年は積極的に戦を仕掛ける事はしない。もちろん侵略に対しては臨機応変に対抗するがな。それよりも、尾張、伊勢、志摩を徹底的に発展させる。その為のお主らの官位じゃ」


 信長は一呼吸おいて、官位に対して抗議の声を上げた三人を睥睨した。


「お主らはその官位の名の下に、国の発展に関する限り強権を振るう事を許す! お主らの命令に背けるのはワシと斎藤中務丞だけと心得よ!」


「ッ!?」


 その発言は、『発展』に限るという大前提があるものの、織田家において、信長と帰蝶に次ぐ地位に匹敵するも同然である。


「中務丞……濃姫様ですか? 濃姫様の役割とは一体?」


「うむ。お主ら三人にはお墨付きを与えた訳じゃが、それぞれが好き勝手に発展させては、連携もへったくれも無い、歪な形が三国出来上がるだけになってしまう。それを防ぐ為に全体を統括する者として中務丞である於濃を据える」


 帰蝶の満面の笑みの、残り半分の理由がコレであった。

 帰蝶も最初は驚いたが、『織田中務丞帰蝶』という言葉の響きに惚れ喜んで名乗る事を承諾したのであった。


 なお、今回の信長の命令を、今風に例えるならば以下の様な体制である。


 総責任者:織田信長

 プロジェクトリーダー:帰蝶

 現場監督:織田信広、北畠具教、九鬼定隆


「もう一度言うが、お主らが国の発展の為に下す命令であれば、ワシと中務丞を除いて、命令に不服を申し立てる事は許さん。極端な例を言うなら街道整備の為に父上の屋敷が邪魔なら退去を命じて撤去する事も許す」


「えっ」


 急にとんでもない例で名前が挙がった信秀が、思わず声を出してしまった。


「例です例! それ位の命令権を持つという例えです! 仮に本当に撤去を命じるなら、代替を用意させるから安心して下さい」


「わ、わかった。相変わらず驚かせてくれるわ。ハハハ……」


 息子の配下に、屋敷から叩き出される様を想像してしまった信秀は、胸をなでおろした。


「ただし天下布武法度に反する事は禁ずるし、強権を振りかざしてばかりで配下や住民を虐げたり、意見の吸い上げを怠る事も許さん。あと、別に官位の地域全域を領地として与える訳でもない。出世とは少し異なる。言うなれば他人の領地に口出しする権利だけとも言える」


 あくまで発展事業の監督者であり、織田家における信長に次ぐ地位に出世した訳ではない事を強調した。


「しかし成功した時は、地域発展における最大功労者として永遠に語り継がれるであろう。官位は褒美の先渡しでもあるが、当然失敗したら剥奪して別の者に渡す」


 強大な権力と、それに伴う責任の重大さを信長は包み隠さず語る。


「責任重大な上に非常に難しい立ち位置である。故に、全体を統括する立場として中務丞をつける。この4人が織田家発展の肝であり、ワシは総責任者となり何かあった場合の責任は取るが、基本的にはお主らの方針を円滑に進められる様に補佐するだけじゃ」


「……」


 指名された三人は、困惑の表情から徐々に決意を感じさせる顔に変わっていった。

 ここまでの期待を掛けられて断っては男が廃る。

 それに、国の顔としての意地もあった。

 北畠家の北畠具教は、今は南伊勢の半分しか領地が無いが、それでも伊勢で一大勢力を誇った家である。

 九鬼家の九鬼定隆は、海賊から身を興し、狭い土地にありあまる海を制してきた一族である。

 織田家の織田信広は、長男でありながら信長に道を譲ったが、尾張を制した信秀の長男としての意地がある。


 信長に負けられない思いが、三人にはあったのである。


「ワシから命ずる事はただ一つ。国の発展じゃ。当然我らだけが潤えば良いという話ではない。全体の底上げが必須なのは言うまでもない」


 信長が大目標を『国の発展』と定め、帰蝶が信長の後を継いで口を開く。


「また、銭の流通を阻害する事があってはなりません。三国が連携すれば、同盟している美濃斎藤家の力も合わさって強大な力を得られるでしょう。更に若狭への道が開けた時、その力は計り知れません。不肖ながらその筋道を私が総括させて頂きます」


 帰蝶は、中目標として『銭の流通』と定めた。

 斎藤家出身の帰蝶は、三国の統括と美濃との連携に最適任の立場であった。


 国の代表となった三人は小目標として、場を整える事が厳命された訳である。


「これが成し遂げられれば、願証寺を滅ぼす手段が得られよう!」


 信長が目標に対する『副産物』を願証寺の攻略と定めた。


「故に励むが良い! 他の者も方針に従いつつ三人を手助けすれば良い思いが出来るであろう! 皆、結果を出してワシから褒美を毟り取れ!」


「ハッ!」


 最後に欲望をくすぐって話の締めとした。

 こうして家臣達が一斉に頭を下げ―――『……あれ?』と思い直した。


 家臣を代表して森可成が口を開いた。

 よく見れば可成だけではない。

 皆、肝心な事が疎かになっている事に気付いた顔をしている。

 そんな彼らの困惑の表情を、信長は敢えて気付かないフリをした。


「殿。方針としては理解しました。異論は全くありません」


「……では何じゃ?」


 信長は、思い描いた通りに評定が終らず顔を背け、非常に気まずい顔をした。


「結局殿が無位無官じゃありませんか!?」


「……チッ」


 信長の無位無官問題が再燃した。

 信広や具教、定隆は、国の顔役としての官位を受け取る事には納得した。

 だが、信長を差し置いて任じられるのに、激しい抵抗感を覚え『勘弁してくれ』『せめて何か官位を得てくれ』と訴えた。


「えぇぃ! 諦めんか! ワシが官位を名乗らんのには理由がある! それに今までだって、官位の有無に関わらず、戦や内政での責任者が官位を無視して命令してきたであろう!?」


「た、確かにそうではありますが……!」


「例え藤吉郎(羽柴秀吉)が関白に任じられようと、織田家においては命令に逆らう事は出来ん!」


 信長が()()()()()()()()()を出しつつ抗議を跳ね除ける。


《藤吉郎……羽柴殿が関白って! アハハ! 凄い例えね!》


《そ、そうですね……》


 例え()()()()()()()()()()()()()()()()()に帰蝶は笑ってしまい、ファラージャは曖昧に同意した。


「しかし!」


「例え貴様らが右大臣、左大臣、太政大臣に任じられようとワシは当分、無位無官でよいのじゃ! 親衛隊の規則を有名無実にしない為にな! もし公式の場で必要なら余っている『三河守』を名乗るがこんなのは飾りじゃ! 今川領地だしな!」


 親衛隊では、指揮官に任命された者が、現場の最高責任者である。

 そこに身分による命令不服従は、絶対に許されない。

 そもそもで、今現在、無位無官の信長が、官位を得ている者に命令を下す。

 それは即ち、親衛隊の命令系統の再現と、再徹底を示したに等しかった。


 ―――そう信長は誤魔化した。


 信長には、他にも官位を授かりたくない理由があった。

 今回の歴史では、とある理由により、可能な限りギリギリまで粘って無位無官でいこうと決めていたのである。


 家臣達は渋々納得し引き下がった。


 こうして家臣達が新たな官位を授けられ、女の帰蝶も史実に反して官位を得た。


 所で、この究極的に男尊女卑の時代である乱世に、女子が官位を授かるなど有りえるのだろうか?


 答えは有りえるのである。


 死後に追贈されるパターンや、宮廷に仕える女官は当然であるが、大権力者の妻にも位が与えられた事もある。

 挙句の果てには鳥や猫、象に与えられた事実もある事から女性に与えられる事は少ないながらも存在するのである。


「よし。もうワシの無位無官に異議申し立てする者はおらんな!? ならば、今年も励むが良い! っと、そうそう肝心な事を忘れておった」


「……!?」


 コレだけ異様な方針を定めておきながら、まだ何かあるのかと、家臣達が身構えた。


「発展発展と命じても、具体的目標が無ければ動きにくかろう。そこで一つ目標を据える。今年の盆には身分の上下関係なく、盆踊りを各地で催す! 各自が作り上げた町や、発展させた地域を一つ選んで盆踊りを主催せよ。各自趣向をこらして盛り上げるように。盆踊りの期間は5日間とするか。ワシは一日ずつ全ての地域に参加するから、そのつもりでおるように」


 この時、信長は酷く邪悪な顔をしていたのを、ファラージャは見逃さなかった。


《……盆踊りですよね?》


《勿論じゃ。クックック!》


 こうして波乱の新年の抱負が語られた織田家の評定が終了し、織田家全体で内政が強化される運びとなったのである。

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