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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
2章 天文15年(1546年)三度目の正直と通用しない記憶
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9話 斎藤義龍

 話は少し遡る。

 利政が信長の罠を察知し服装を正装に改めている頃―――



【正徳寺/斎藤家控室】


 義龍は最後の抵抗を試みていた。


「なぁ帰蝶よ。お前もあの非常識にも程がある恰好を見ただろう?」


 義龍の説得は続く。


「いくら政略結婚とはいえ、あんな奴の所に嫁ぐ必要はないぞ?」


 義龍の酷評は続く。


「奴の感性は我らとは相容れぬ。奴は違う世界に生きておるのじゃ。この世の者ではない。きっと人外の者じゃ!」


 義龍の要望は続く。


「いや、ワシも同盟に反対するわけではない。ただ、婚姻同盟である必要はないじゃろう? 不戦協定や軍事協力で十分ではないか?」


 義龍の願望は続く。


「そもそもだ! 斎藤家は美濃の国主、それに比べて信長は斯波家の家臣の家臣の息子で遥かに格下の存在じゃ! 家格が違い過ぎてきっと不釣り合いじゃ!」


 義龍の懇願は続く。


「よし! お前の婿はワシが責任もって見つけてやる。お主はまだ11歳だ。しかも最近までほぼ寝たきりの身では想像つかぬのも無理ないが、家を離れるのは寂しいし心細いぞ?」


 義龍の最早悲鳴と言っていい哀願は続く。


「そうじゃ! ワシの配下に古今無双の豪勇の士がおる! 顔も悪くない! あまり言いたくないがワシよりも美男子じゃぞ!?」


 義龍の血を吐くような渇望が続く。


「わかった! ワシの負けじゃ! 好いた男に嫁ぐ事を許そう! 身分の貴賤も問わぬ! 何、父上が許さなくともワシが何とかする!」


 義龍の決死の覚悟の切望が続く。


「だから! あの男だけは止めよう! な!?」




「嫌です」




 帰蝶はニッコリ微笑んで、名刀の一閃の如き切れ味を思わせる様な一言を放った。

 義龍はドサリと崩れ落ちた。

 帰蝶の一言は正確に義龍の心を真っ二つにしたのであった。


 ただ、それも致し方ない事情があり、帰蝶はどんなに納得できる言い分でも『嫌』と言い放つつもりでいる。

 当然と言えば当然なのであるが、織田家との婚姻同盟は信長と共に本能寺の先へ行く為の絶対条件の一つだからだ。


(もし、上様と婚姻しなかったら歴史はどうなるのかしら? ……いやいや! そんなの有り得ないわ!)


 帰蝶は信長に惚れているので、婚姻しないなんて事は有り得ない。

 しかしそんな事を知る由もない義龍は、可愛い妹を手放したくないので必死である。

 帰蝶も義龍の必死の懇願については、大切に思われている裏返しなので悪い気はしないが、それにしたって度が過ぎている。

 何が兄をそこまで変えてしまったのか皆目見当がつかなかったが、とにかく絶対に折れるわけにはいかなかった。


「兄上」


「……何じゃ?」


 蚊の鳴くような声で義龍は返事をした。

 帰蝶は説得を試みる。


「私は三郎様(信長)を天下に比類なき傑物だと思っております」


「……傑物?」


 消え入りそうな声で義龍は返事をした。

 濃姫の説得は続く。


「もちろん常軌を逸したうつけ振りは聞き及んでおりますし、実際にこの目で見ました」


「……そうじゃろ?」


 少し希望に満ちた声で義龍は返事をした。

 帰蝶の説得は続く。


「しかし私は思うのです。あのうつけ振りは……そう! 世を忍ぶ仮の姿ではないかと!」


「……仮の姿にも程があるじゃろ」


 空気に溶けそうな声で義龍は返事をした。


(駄目だ! 目が死んでいる! まるで死んだ蛇みたいだわ! 見たこと無いけど!)


「兄上! いい加減にして下さいまし! 会談を要請した立場なのに一方的に婚姻破棄などありえませぬ!」


「ウグッ!」


 11歳の少女の一喝に、19歳の男は最後の理性を断ち切られた。


「………める」


「え?」


「ワシが見定める!」


「兄上!?」


 義龍はそう言って控室を飛び出した。

 義龍の目から一筋の涙が流れた―――様に見え、帰蝶は兄の痛まし過ぎる姿に思わず目を逸らしたが、その目を逸らした一瞬が命取りになり、義龍を見失ってしまった。

 そのまま会談の場に飛び込むのかと思い後を追ってみたが、会談に続く襖の前には義龍は居なかった。

 どうやら完全に姿を見失ってしまった様である。

 配下の者に行方を追わせたが、姿を見かけて呼び止めた配下は義龍に跳ね飛ばされて宙を舞った。


「姫様、申し訳ありませぬ! 見失ってしまいました!」


「そう……ありがとう。稲葉山に帰ったのかしら?」


 居なくなってしまった者は仕方ない。

 とりあえず会談の行方を気にする事にした。


《ファラ? 会談の様子は上様を通じて見えてるのよね? どんな感じかしら?》


《えーとですね、一進一退の攻防を繰り広げていますよー》


《え? 一進一退? あれ? 私の記憶では以前の歴史では『上様が終始場を支配していた』と聞いていたのだけど……》


《あ……》


 ファラージャは言葉に詰まった。

 歴史が変わって、信長が大苦戦を強いられているのを言うべきかどうか。


 帰蝶にピンチを告げる事は出来る。

 しかし、その結果がどうなるか全く不明である。


 前回の歴史でその場にいなかった帰蝶を差し向けたところで、只でさえ混迷気味な歴史修正が、更なる混沌になってしまう恐れがある。

 ファラージャはここまで考えて帰蝶に告げた。


《帰蝶さん、歴史ってのは曲げられて伝えられるのは良くある事ですよ。ほら例えばお父上の美濃乗っ取りも、道三様とその父上の2代に渡っての国盗りだった可能性がある、って具合でこちらには伝わってる位ですし》


 ファラージャは介入すべきではないと判断して、よくある事で済ませようとした。


《ほら信長様ってプライド高いでしょ? 苦戦した事は伏せたんじゃないですかね?》


《ふーん……まぁそうよね。確かにあの父上相手に終始圧倒するのは無理があるわね》


 帰蝶は父の実績を思い出し納得した。

 しかし帰蝶は歴史の変化を知らない。

 利政が策を察知し、正装に着替えた事を。


《父上はどんな顔してたのかしら? それにしても長いわねー。何の話をしてるのかしら? まぁいいわ。ファラ暇つぶしに付き合ってよ。こういう時このテレパシーは便利ねー》


《はーい》


 帰蝶は後に後悔した。

 兄が稲葉山に帰ったと決めつけ油断した事を。

 何が何でも兄を見つけるべきであった事を。


 帰蝶とファラージャが雑談する事30分後、義龍は予想に反して自ら控室に戻ってきた。


 甲冑に身を包んだ完全武装で―――


「あ、兄上……?」


 あんぐりと口を開く帰蝶。


「止めるな妹よ……! これがお主の幸せの為じゃッ……!」


 頬当をしているのでハッキリとは分からないが、正気の表情をしているとは思えない雰囲気だ。

 甲冑に青筋が浮かんで見える様だった。


「兄上!? 待ってください!」


 背後から義龍にしがみ付いて引き留めようとする帰蝶。

 しかし義龍は2m近い大男。

 いくら復活した帰蝶とはいえ、甲冑越しで11歳の体格ではどうする事も出来ず、背負われる様な形になってしまった。


《ファラ! まずいわ! どうしよう!? 何とかして!》


《え!? いや物理的な干渉は不可能ですよ!? 帰蝶さん何とかしてください!》


《何とかって何よ!?》


《何とかです!》


《このままじゃ本能寺どころじゃないわよ!? フライングして飛んでった上様でさえ1人で5年生き延びたのに、3人掛りで1年持たないってどうなのよ!?》


《まぁそしたら、またやり直すだけですけど……》


 身も蓋も無い一言をファラージャが言ったところで、会談の席では利政が帰蝶を呼んでいた。


《帰蝶さん! お父上が帰蝶さんを小姓に呼びに行かせました!》


《えぇ!? コレ何て説明したらいいのよ!?》


 テレパシーなど露知らず、義龍は決意を込めて言った。


「妹よ! 兄の雄姿を忘れるでないぞ!」


 まるで義経を逃がす為に死地に向かう弁慶の様であった。

 弁慶と違うのは、理由が果てしなく馬鹿々々しいのだが。


「だ、駄目です……ッ!!」


 帰蝶はチョークスリーパーホールドをかけるが、義龍の怒りのパワーと甲冑が邪魔して上手くいかない。

 傍目には帰蝶がぶら下がっているだけにも見え、仲睦まじい兄妹に見えなくもない。

 もうメチャクチャであった。



【正徳寺/本殿】


 ついに小姓が控室の襖を開けた―――

 開けてしまった―――


 そこには―――


 甲冑に身を包んだ大男に少女がしがみ付いている、何とも場違いで理解不能な光景が広がっていた―――



「…………」


「…………」


 信長、政秀、織田側の家臣は固まった。

 利政ら斎藤家側は開いた襖を背にしている為、まだ何が起こっているか知らない。

 襖を開けた小姓は口をパクパク動かした。


「…………や、山城守殿(斎藤利政)、あれは一体???」


 政秀は震える手で奥を指さし、信長は目を閉じて天を仰いだ。


「………? あれ、とは………???」


 そう言われて利政は振り返る。

 斎藤側の家臣も振り返る。


「…………」


「…………」


 そこには甲冑の大男が、ズカズカと会談の場に歩いている姿があった。

 首には帰蝶がぶら下がり左右に揺れている。

 両家の家臣達はあっけにとられて身動きが取れていない。


「!!!!!!!!」


 利政は目が飛び出そうなほど瞼を見開いた。


「山城守殿! これは貴殿の差し金か!?」


 政秀が利政に問い詰めた。


「えぇ!? いや、違う……(あの甲冑は新九郎(義龍)か!?)」


「何が違うのですか!? あちらは斎藤家側の控室! ならばあの武者はそちらの兵では!?」


「(そりゃごもっとも!)い、いや、違うのです!? ワシにも何が何やら……!?」


 利政は言葉に窮してしまった。

 義龍が反対していたのは知っていたが、それでもこんな暴挙に出るとは予想できず、正徳寺の会談は、かつての歴史を知る者が見れば、混沌極まりない光景が出来上がっていた。



【5次元空間/時間樹】


 ファラージャはこの光景をみて後悔した。

 こんな事なら帰蝶を介入させるべきだったと。

 戦国時代から比べれば魔法同然の技術を持つファラージャと言えど、現在進行中の未来を見通す事は出来ない。


「な、何とか助けないと! どどどどうしたら!? フーティエ!何か無い!?」


《挽回不能、やり直しを提案します》


「あぁもう! ……あっ!!」


 その時、天啓の如き(余計な)閃きがファラージャに舞い降りた。


「これしかない!」


 ファラージャは帰蝶にテレパシーを送った。


《帰蝶さん!! ―――って言って下さい!》


 その一言は結果的に見れば混沌を収束させる一言だったが、混乱をもたらす一言にもなった。



【正徳寺/本殿】


「ち、父上! 賊です!!」


 帰蝶は意を決してファラージャの進言に従った。


「なッ!? ワシは賊などでは……」


 義龍が驚いて抗議する。

 その瞬間、利政は武者に躍りかかった。

 事情を知らぬ人が見れば、娘を救おうとする立派な父親に見える。

 両家の家臣団も遅れてなるものかと賊と呼ばれた義龍を取り囲む。

 ただ、会談の安全を期した為、帯刀をしていなかったのが災いし遠巻きである。


(新九郎ッ! 何をやっておるのかッ!?)


(父上こそ何をやっているのですッ!? あんな小童に娘を取られて良いのですかッ!?)


 そう言いながら義龍は利政を振りほどき、信長がいる方を見た。

 首を振って辺りを見渡す。


(……おや? あの『うつけ者』はどこだ?)


 義龍は信長が正装に着替えている事を知らないので、居れば絶対に目立ってるはずの『うつけ者』を見つけられない。

 ちなみに信長は義龍の真正面にいる。

 義龍は全く気付いていなかった。


 以前の歴史では利政が引っ掛かった策に、義龍が引っ掛かった形になってしまった。


《ファラ……。これも歴史の修正力とやらか?》


《……その様ですね》


 周囲をキョロキョロと見渡す武者の動きを警戒して、辺りは静寂に包まれた。

 幾分冷静になった義龍は、正面にいる周りと比べて一際若い少年に気が付いた。


(え……? コイツが信長……か!? あれ? 今この場で一番目立つ『うつけ』って……ワシ……か……?)


 こうなると困ったのは義龍だ。

 信長が『うつけた』恰好のままなら、会談をブチ壊したとしても苦しいが何とか言い訳は通る。

 しかし、この場で一番『うつけた』恰好しているのは他ならぬ義龍である。


 義龍は進退窮まった。


(あの甲冑は……)


 かつて戦場で見た義龍の甲冑を思い出し信長は、一計を案じ立ち上がる。


《ファラ! あの甲冑の武者はもしかして義龍ではないか?》


《そ、そうです。どうする気ですか!?》


《ならば任せておけ!》


「全員下がれ! ……そこの武者! 狙いはワシであろう!? 姫を解放しワシと立ち会え!」


 そう言って信長は武者の眼前に立つ。


「若!?」


「婿殿!」


「爺、下がっておれ。斎藤殿、某にお任せを」


「さぁ! 姫を離してもらおう!」


 離せと言っても本当は帰蝶が義龍にしがみついているのだが、信長はソコは見なかった事にした。


「あ、あぁ……?」


 義龍はしゃがんで帰蝶を降ろす。

 混乱した義龍はつい素直に従ってしまった。

 賊が素直に言うことを聞く滑稽なやり取りであった。


《上様! どうする気です!?》


《最早これしかあるまい!》


 信長と帰蝶は()()()()()で会話する。


 瞬間―――

 左手で義龍の左手を取り―――

 信長は右足で義龍の左足を払い―――

 右手を義龍の胸に置き―――


 そのまま床に叩き付けた。


 ずばぁん!


「ぐぺぇッ!?」


 正徳寺に地響きが起こった。

 2m近い甲冑姿の大男を、小柄な少年の信長が見事に組み伏せた。

 全員が呆気にとられる中、信長は居ずまいを正して平伏した。


「斎藤新九郎殿とお見受けいたします。某は織田三郎信長と申す」


(斎藤新九郎……義龍!?)


 平手政秀は驚愕した。

 婚姻を打診してきた斎藤家が、この会談をブチ壊す意味が見いだせなかったからだ。


(終わった……)


 利政は斎藤家の終焉を予期した。

 信長は続けて口を開く。


「妹君を案じて某を試す心意気、まことに素晴らしき兄妹愛! この戦国の世において親兄弟で争うのが常の中、この信長、感服致しました!」


 そう言って信長は改めて頭を下げた。


(若!?)


(婿殿!? ……まさか)


(かなり苦しいがコレしかない! 爺! 道三! 乗ってくれ!)


 横目で政秀を睨み目配せする。


「な、何を!? え、あ、そ、そうで~したか! このひら、平手、知らぬ事と~とは言え山城守殿にあらにゅ、あらぬ疑いをかけた事、平に~ご容赦下され!」


 政秀は信長の意図をくみ取り話に乗り大根役者なりの精一杯の演技をした。


(道三も! 頼む!)


 信長は利政に目配せする。


「む、むむこ、婿殿は常人の枠に収まらぬ人と聞き及んでおりました故、し、少々趣向を凝らした催しをさせて頂いたのですが、流石は婿殿! こちらの予想を超えて見事対処成されましたな!」


 利政も信長と政秀の意図を察し話に乗る。


(よし! 最後に義龍! 貴様が乗ればこの場は収まる!)


「新九郎殿、この信長、妹君の夫として認めて頂けるでしょうか?」


 信長は最後に義龍に尋ねた。


「……!!」


 さらに、かつて日ノ本統一王手までたどり着いた王者の風格を発揮して、義龍に余計な事をさせないようプレッシャーを掛けた。

 完全に圧倒され正気を取り戻した義龍は、兜と面頬を外し居住まいを正す。


「……婿殿。この非常事態に冷静に対処する胆力、いとも容易く賊を退ける武力、この乱世において真の武士とお見受けしました。我が意図を汲み取り試練に打ち勝つ姿、帰蝶の婿に相応しき男なり! この新九郎、貴殿を義弟と呼ばせて頂こう!」


 義龍はセリフだけを聞くならば、非常にカッコいい佇まいだった。

 セリフだけは。


(あんな切腹モノの醜態を晒してこの演技力! 爺に見習わせたいな)


 と感心しつつ、信長は義龍に頭を下げる。


「ありがたき幸せ!」


「兄上! ありがとう!」


 帰蝶は義龍に抱き着く。

 呆気にとられた家臣たちは、少々手荒なマムシ流の婿試しと解釈し、2人を祝福するのだった。


(まさか嫉妬に狂った単独犯だなんてありえないよな? 一種の余興だったんだ。うん、きっとそうに違いない!)


 家臣たちは無理やり納得した。


「婿殿。娘をよろしくお願い致す。我が斎藤家、婿殿の器に感服した次第。困り事があればいつでもこのワシを頼って下され」


 利政は頭を下げた。


「はっ! しかと承りました!」


「さぁ! こうして姫君も参られた事ですし、後は若いお二人にお任せして、我等は一旦下がりましょうか!」


「そうですな平手殿! よし! お前達、一旦下がれ! 新九郎、下がるぞ! いいな!?」


 両家とも逃げる様に控え室に戻り、信長と帰蝶二人が会談の間に残された。


(はぁぁぁぁぁぁー……)


 三人同時に特大のため息をついた。


《い、いやー、何とかなるものですねー、見ていて生きた心地がしなかったですよー!》


 ファラージャが明るく、しかし震える声で語りかけた。


《話し合いで絶体絶命と言うのはワシも初めての経験かもしれん……。あの窮地を切り抜けた機転……。自分で自分を褒めてやりたいわ!》


《上様、申し訳ございません。斎藤家側でかなりの歴史改変があった為、ご迷惑を掛けてしまいました……》


《過ぎた事よ。ワシにも良い経験になったわ。歴史を知っていても全く有利にならぬ、それが心底理解できた事が大収穫よ》


 そう言って笑ってみせる信長だった。


《……ところで、先ほどから上様と私はテレパシーで会話出来てますよね……???》


《……む!? 確かに! ファラ! これは如何なる事じゃ?》


《それは、お2人以外に聞かれたら困る話をする為です。転生とか1億年の未来とか、人に聞かれたら頭が変な人ですよ? 至近距離にいればテレパシーが出来るようにしています》


《成る程! ファラちゃん賢い!》


《ファラちゃん!?》


《お主ら仲良いな……。於濃よ、お互いの出来事をすり合わせよう。こちらは平手の爺を……》


 こうしてすり合わせを行った後、正式な婚姻日を決め、波乱に満ちた正徳寺の会見は終わった。



【尾張へ向かう帰りの道中/織田家】


「いやー、若、良くぞ斎藤~側の策をみやぶり~ましたなぁ! この爺感~服いたしましたぞ!」


 政秀は大声で信長を褒めている。

 もちろん、真の理由は信長を褒めるためではない。

 あの現場にいた者の印象操作の為だ。


「あぁ……(その棒読みをなんとかせい!)」


 返事をしつつ信長は考えていた。


(歴史が変わったから、あの様な展開になったのだろうが……。転生前の若造の頃なら絶対に対処できなかっただろうな……。もしあの会談が失敗していたらどうなったのか? ……詰みだったのか?)


 今後の展開を考えて、身震いする信長であった。



【美濃へ向かう帰りの道中/斎藤家】


「…………」


「……あ、あの兄上」


「…………」


 落武者の様な義龍は何も答えない。


「何も言うな、そっとしておいてやれ」


 利政は、帰蝶に他の誰にも聞こえない様に声を潜めて言った。


「は、はい……」


 義龍の余りの憔悴振りを見て、利政は罰を与えない事こそが罰になりそうなので、特に何かする事はしなかった。


(それに婿殿の機転のお陰で、あの騒ぎは義龍とワシの余興となった以上、公式には義龍に責を問う事は出来ぬしな……)


 また、自らの手で妹と信長の婚姻を後押しした義龍は、しばらく寝込んだ。

 だが心の傷を癒して復活した義龍は、信長の危機を救う事になる起爆剤となる。

 それはもう少し先の未来の出来事であった。


 ちなみに斎藤家側の資料は、後世にこう残っている。

 正徳寺の会談 何事もなく終始平穏無事行われた―――

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