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外伝15話 織田『魔改造』帰蝶

 この外伝は8章 天文21年(1552年)の新年の抱負にて那古野を人地と改めた頃の話である。



【尾張国/人地城(旧名:那古野城) 織田家】


 人地城(旧名:那古野城)にて5人の女が車座になって熱心に議論をしていた。

 車座の中央には彼女らが使う甲冑が分解して置かれており、どうやらその甲冑について話し合いを行っている様であった。


「これは由々しき問題だと思います……」


 直子が控えめであるが決意をこめて言った。


「そうですね……。幾ら女が我慢強いとは言え……」


 茜が同意し、出産の激痛に耐えうる女の根性をもってしても厳しいと訴える。


「正直言うと、何度も目眩がして倒れかけた事もあります」


 葵が二人の意見に自分だけでは無かったと安心し、安堵の表情で本音を吐露する。


「行軍だけなら何とか耐えられますけど~」


 かつて甲冑を身に付け軍に紛れて、尾張から伊勢まで歩いた経験を持つ吉乃が、己の活動限界ラインを徒歩までと当たりを付ける。


「夏場の兜は死ぬほど暑いわ!! 特に戦闘中!!」


 帰蝶が不満を叫んで、他の4人も同意し頷いた。

 信長の正室、側室にして内政に戦に活躍する女性5人は甲冑の不便さに辟易していた。

 決して軽くは無い甲冑は黒色系である事も相まって、特に夏場は熱を吸収し、時には意識を奪いに掛かって来る程に暑くなる厄介な防具で、小氷河期と言われる戦国時代であってもそれは変わらない代物である。

 帰蝶は、昨年、近江で農繁期たる夏場に散々戦い感じていた。

 今までも感じては居たが、去年は特に酷かった。


「いっその事、男連中の様に『月代(さかやき)』にしようかしら!?」


 帰蝶の言う『月代』とは、前頭部から頭頂部にかけて髪を剃り上げる事を言う。

 残った髪を束ねて髪を前方に折り返し整えれば、いわゆる『丁髷(ちょんまげ)』となり、先端を銀杏の葉の様に形を作れば、相撲の力士でお馴染みの『銀杏髷(いちょうまげ)大銀杏(おおいちょう))』となる。

 丁髷の様に整えず、ただ無造作に纏めたりすれば『茶筅髷(ちゃせんまげ)』となりワイルドで傾奇者と言った風体になり、もっと解りやすく言えばポニーテールである。

 余談だが、今現在の信長もこの髪型である。


 ところで、読者の皆さんは生まれて初めてTVドラマなどで、月代の登場人物を見た時どう思っただろうか?


『何なの!? この髪型は!?』


『一体何の意味があってあんな個性的な髪型が生まれたのか!?』


 こう思ったりしなかっただろうか?

 ある程度見慣れてしまえば『この時代はこう言う物だ』と違和感も感じ無くなったかもしれないが、やはりよくよく考えてみれば普通じゃない髪型である。

 嘘か誠か幕末期に海外に渡航した侍みた現地人、あるいは来日して初めて侍を見た外国人は、丁髷を見て『頭に拳銃を装備している!?』と驚いたと言われたり言われなかったり―――


 ともかく、一体どんな狂人が最初にあの髪形を始めたのだろうか? 


 残念ながら史上初の月代実施者が誰かは不明であるが(恐らく髪が年と共に抜け落ちた末に辿り着いた髪型だとは思うが)理由はハッキリしている。


 それが冒頭で帰蝶が叫んだ暑さ対策の為で、兜を被ると暑さと汗で蒸れてしまうので、その対策として月代が開発されたのであるが、その歴史は古く、鎌倉時代には既に存在が確認されており、(恐らく、頭髪の抜け落ちた侍が『あれ? 過ごしやすい? 凄い!』と最初に発見したのがキッカケだとは思うが)江戸時代では単なるファッションであった月代も、当初は必要だったから作られた髪型だったのである。


 当初は戦の時だけ月代にして普段は総髪にしていたが、時と共に習慣化され、戦国時代には月代にする人は常時その様にしていたと言う。

 その方法は中々常軌を逸したと言うか根性があると言うか、当初は『一本一本毛抜きで抜いた』と記録にあり、さすがに炎症を起こしたりして兜を被れなくなってしまう本末転倒な事態になった為、いつしか剃り上げる方法が主流になったのであった。


 少し余談であるが筆者の知人であるスキンヘッドの先輩は『この世で一番面倒で手入れが大変な髪型がスキンヘッドだ』と言っていた。

 ほぼ毎日、頭全体を反りあげたりシェーバーで手入れしなければならず、しかも目視確認できない後頭部など剃り残しがあればみっともない事この上なく、手入れを怠れば即座に見苦しくなってしまうと嘆いており『この世に髪は居ない!』と少し上手い事を言って、笑うに笑えない空気を作り場を和ませて(?)いた。


 読者の皆さんも聞ける環境にあれば聞いてみるのも一興かもしれない。

 身近にスキンへッドの人が居なければ、代わりに若い女性に『ムダ毛処理って大変?』と聞いてみれば苦労話を聞かせてくれるかもしれない。

 ただし、殴られても筆者は責任を負わないので聞くときは慎重に。


 そんな訳で『毛を剃る』と言う行為は手入れも管理も大変で、江戸時代には専門店も存在する程であったらしい月代。

 それを帰蝶はやると言い出したのである。


「……」


 帰蝶を除く4人は己の頭髪を月代にした姿を思い浮かべる。


(それは……)


(ちょっと……)


(幾ら姉様と言えど)


(無いわ~)


「それは女としてどうかと思うのですが~……」


 代表して吉乃がおずおずと申し訳無さそうに言った。

 他の3人も口には出さずとも吉乃に同調したかの様に目を逸らしている。


「じ、冗談よ……」


 帰蝶は割りと本気で言っていたのだが、4人の圧力に負けて意見を下げざるを得なかった。


《貴女達の肖像が1億年後にも伝わってるけど、月代の方がマシな髪型してるわよ!? 服装も破廉恥なんて言葉じゃ収まらないわよ!? 知らないでしょうけど!!》


《そりゃ知らないですよ》


《うぬぬ! 喋ってしまいたい!!》


 帰蝶は1億年後を知る者として憤慨し、ファラージャがたしなめた。

 1億年後の信長教蔓延る未来では、帰蝶や信長の側室達も当然の如く聖女として祀られているが、それはもう戦国の常識では有り得ない奇天烈で、破廉恥で、傾奇者で、うつけ者で、想像を絶する姿形で民衆の目に晒されているのである。

 それを思えば月代など可愛いものである。


「でも月代をしないとなると、暑さ対策は別の何かでしないと、この先困るわよ?」


 基本弓部隊の茜と葵、そもそも参戦が稀な吉乃はまだ良い。

 だが、比較的前線に出る直子、特に自ら薙刀を振るう帰蝶は、運動量も相まって暑さで意識を失えば当然の事、指揮官でもあるので判断が鈍る様な事があってはならない。

 今は何とかなっているが今後も大丈夫である保証も無い。


「やはり何らかの改造や、代用品、新しい概念の甲冑を考えるべきかと思います」


 自信も前線に立つ直子が難しい顔をしながら言う。


「改造、新しい概念は難しい……。でも代用品ならすぐに思い付きます。陣笠や鉢金ですかね? 弓部隊ならこれでも良いですけど」


 茜の言う陣笠とは足軽や雑兵が主に使った簡易兜で、造りが簡単な分費用も安く量産も容易いが、防御もそれなりである。

 鉢金とはいわゆるハチマキで、額の部分には鉄板が仕込まれており、何も無ければ一刀両断される頭部への致命傷を避ける効果が期待できる、が、裏を返せば頭を割られなかっただけで衝撃は逃がせないので、余程立ち回りが上手いか、または、防御を捨てて機動力特化の判断を下す命知らずでないと厳しい防具である。


「……あれ? 待って! いや弓部隊こそ頭部の防御が重要じゃない? だって弓部隊は弓部隊の攻撃を受けるのよ?」


 葵が茜の考えの問題点を指摘する。

 奇襲や非常事態を除いて、基本的に弓部隊を攻撃できるのは同じ遠距離武器の弓部隊である。

 高低差がある戦場ならともかく、平地であれば敵味方の条件は互角である。

 自軍の弓が届くと言う事は、敵軍の弓も届くのである。

 飛来する矢を、陣笠はともかく鉢金で防ぐのは、懐に入れた金貨で銃弾を防ぐ位の無茶で、同時に幸運も必要である。


「それ以前に、指揮官が陣笠や鉢金では色々困る事もありそうですしね~」


 戦国時代と現代の戦いで決定的に違うのは、戦国時代では戦いに隠密性は全く考慮されていない点である。

 無論、奇襲等で隠密の必要性がある時はそれなりに気を使うが、普通に戦う時には豪奢な鎧に派手な前立て、目立つ馬印に豪華な本陣と、全方位に『ワシはここに居るぞ!』と宣伝するかの様な、全く隠れる気を見せない真っ向勝負である。


 その理由は諸説あるが、例えば『ステータスシンボル』の意味合いである。

 派手な甲冑で活躍してこそ記憶に残り認められるし、派手であれば敵も狙うのでリスクも増大するがチャンスも増大するのである。


 これを恐らく究極的に活用し成功したのが、仙石久秀という武将である。


 この物語でも斎藤義龍の馬回衆として出ている仙石久盛の子供だ。

 史実の豊臣秀吉による小田原征伐で陣羽織に鈴を大量に取り付け、視覚と聴覚で存在をアピールし更に獅子奮迅の大活躍を果たした結果、戦場の地の由来が『仙石原』となったとされる程の逸話を有する人物である。


 むろん功績が認められたのは言うまでもない。

 戦場ではリスクを背負って目立ち活躍した者が、賞賛されるのである。


 また別の説として『粋な生き様と責任』を表したとも言われる。

 命の安い戦国時代、せめて身形は整えて打ち取られたとしても恥ずかしくない様にしたり、足軽雑兵を駆り立てて戦をする立場の責任を果たすべく、目立つ甲冑で狙いを集め自分の命を投げ出すのである。

 大将が命を賭けるからこそ、下の者も命を賭けて戦ってくれると言う訳である。


 いずれにしても、単なる目立ちたがりで終わる様な話ではなく、覚悟を決めた死装束とも言える。


 それ以外にも戦略上の利点もある。

 派手な甲冑で如何にも名のある武将かと思ったら、全くの無名の影武者であり、真の大将は別の場所で作戦を遂行する場合である。

 あるいは、非常事態において、家臣が主君の甲冑を着込んで囮となる場合もある。

 これらは派手な甲冑の意義を逆手に取った戦略と言える。


 他にも伝令や命令のスムーズ化にも一役買っている。

 素顔を晒しているならばともかく、同じ様な甲冑を着込んでしまうと誰が誰だか判別がつかなくなってしまう。

 しかし『この人しかありえない』となれば間違え様も無い。

 副産物的な感が強いが利点には違いないし、大将が没個性では現場が混乱してしまうのである。


 吉乃の意見は、これらの懸念を思っての事であった。


「今までの話をまとめると、派手だけど熱を何とかして、尚且つ防御力も維持する事が条件、と言う事ね?」


 帰蝶が今までの意見をまとめると、茜がさっそく改善策を提案した。


「熱に関しては、風の通り道を作ったり、兜を白塗りに出来れば結構違いが出てくるのではないかと思います」


 黒色と白色で熱の吸収量が違うのは自明の理である。

 科学的知識であるが昔の人とて馬鹿ではない。

 経験に基づく知識が、後世で立証される事が多いのは知っての通りである。


「白い染料か、紙を糊で張り付けて油を塗布すれば雨にも強い甲冑が出来そうですね」


 茜の意見を受けて直子も案を出す。

 兜に紙を使うのは別に斬新な方法ではなく、例えば史実での加藤清正の兜は一部紙が使われて烏帽子の形を作っているが、内側にはちゃんと鉄を使用し防具としての機能も損なわない様にしていた。

 紙に油を塗るのは和傘(番傘)の理論で、紙に油を塗れば防水性を高める事ができる。


「まって! 機能重視も分るけど、軍を率いる立場たる意匠も重要よ?」


 葵が重要な事を忘れない様に念押しするかの様に言った。


「じゃあ、こう言うのはどうかしら~? 帰蝶姉様は名前に蝶があって、御父上はマムシと異名を持つ御方。それならば―――」


 それから小一時間ほど女5人がワイワイと話しに花を咲かせながら、意見を出し合っては修正し、図面を完成させたのである。


 させたのであるが―――


「……ほ、本当に私、コレを着込むの?」


 帰蝶は完成した図面に難色を示すが、他の4人は帰蝶に相応しいと譲らず案を押し切った。


 後日―――


 出来上がった帰蝶の新しい甲冑は、白い兜には金の蝶の前立て、小手、袖、脛当てには蛇の意匠が施され、胴にはとぐろを巻いたマムシの頭部に蝶が止まっている絵が描かれ、ついでに蝶の羽を思わせるような母衣(背中を守る装飾品)が作られた。


「おぉ~~!!」


「姉様素敵です~!」


 出来上がった甲冑を帰蝶が着込んで4人が感嘆の声を挙げる。


《どうしてこうなった……》


《こ、これは! そこはかとなく未来で帰蝶さんに着せた、あの衣装のニュアンスを感じます!》


 帰蝶は未来で復活した際、与えられた着物を見て気を失いかけた。(2話参照)

 その着物は手足に絡みつく蛇のオブジェに、左右非対称の胸の開いた若葉の様な色の着物で至る所に目が輝く蛇が描かれ、着物から立ち上がる瘴気は蝶の羽をユラユラと形作るハイテク着物で、マムシと呼ばれた道三と帰蝶の名をモチーフにした未来と信長教に伝わる聖女帰蝶の装いであった。

 ついで言えば化粧も酷く、頬には鱗の様な模様、唇は蛇の舌を思わせる真っ赤な紅であった。


 だが、今の時代で帰蝶が着込む甲冑は、その未来のイメージから逆算して作られたかの様な、色こそ白いが未来でアレンジされる物の原型と呼ぶに相応しい甲冑であった。


《ま、待って!? あの未来の着物は誰かが勝手にイメージしたんでしょうけど、その原型が別の歴史で作られるって有り得るの!?》


《そんな事は絶対に有り得ません! 信じ難い事ですけど偶然としか思えません! 歴史の修正力とも違うし、偶然じゃ無いなら運命としか言い様がありません! こんな事って……凄い!》


 別の歴史を知る2人しか理解できない現象に、困惑と興奮を隠せない帰蝶とファラージャであった。


「さぁ! 確か今年の夏には今川殿の御子息(今川氏真)と松平次郎三郎殿(徳川家康)と合同訓練をするのですよね? 丁度良い機会ですし暑さに対しての効果確認もついでに実施しましょう!」


 帰蝶の訓練を渇望する今川氏真が、妻である早川殿の偶然の監視が厳しく尾張に秘密裡に向かえない事を嘆き、それならばと帰蝶が今川との連携も兼ねて極秘裏に向かうと言う話がついていたので、それを利用しようと言うのであった。


「え!? でも……うぅ……!」


 帰蝶は断る理由を作る事が出来ず唸るしかなかった。

 実際にその甲冑で氏真と元康の前に立った帰蝶は、氏真から羨望の眼差しを、元康からは戦慄の眼差しを受けるのは別の話である。


《いやぁぁぁぁッ……!!》


《仕方ないですね》


 帰蝶はテレパシーで悲鳴をあげ、ファラージャは歴史の妙とでも言うべき現象に一人感心するのであった。

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