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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
8章 天文21年(1552年)老いてなお鬼神なり
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84話 松永久秀

【近江国/横山城 織田信長】


 三好家からの使者である松永久秀と面会する前に、信長はファラージャと久秀について話していた。


《しかし松永久秀さんですか~! ちょっと楽しみな人が来ましたね~!》


《楽しみ? 奴に何かあるのか?》


《信長教では破壊神の使徒ですけども、昔からカルト的人気がある人物でして、三好長慶に仕えて頭角を現し、三好家を乗っ取った後は信長さんに接近し、それなのにも関わらず天下人たる信長さんを2度裏切って2度も許された唯一の人物ですね。2度目は結局自害してしまいましたが、その自害方法が日本史上初の死因が爆死、他にも史上初の天守閣設営、茶器コレクター、主家の蹴落とし、将軍暗殺、大仏殿焼き討ち、クリスマス休戦、性技指南書、松虫の飼育と健康管理、支配地域への善政で信望を集める一方で、全く逆の評価である悪政を極めたとも言われて、再現ドラマ主人公への期待度がある意味NO.1だった人ですが……》


《待て待て待て! それは本当に松永久秀の言い伝えか!? これは相当に創作の影響が強いぞ!?》


 相変わらずの未来への情報の伝わり方に、信長は思わず突っ込まざるを得なかった。

 その辺は、ファラージャも己の知識が間違っている事には慣れてきており、『やっぱり』といった感じで聞き返す。


《うーん、例えば何でしょう?》


《い、いや、ワシも全て知っておる訳ではないし、伝え聞いた事も多分にあるし正しい部分もあるが、例えば爆死だって奴が最初と言う訳でも無いじゃろう?》


《確かに。火薬の事故で死んだ人は他にも居たでしょうね。これは後世に残る資料として名前が確認できる例としてですねー》


 この辺は、ファラージャと言えども想像は容易であった。

 危険な火薬の爆発事故が、松永久秀の死まで一切発生しなかったとは考えにくい。

 あくまで久秀が歴史に名を残した、あるいは後世に伝わる資料が紛失しなかっただけ、と言う話である。

 ただ、それを差し引いても久秀の死に様は、凄まじい物であるのだが。


《そう言う事か。それと史上初の天守閣も違う。ただし、奴が築城の名手で芸術的な城を作る事ができたのは間違いないがな。単なる防御拠点の城と言うより、権力と政治的目的の魅せる城を初めて作ったと言うなら分かる》


 割と近年までは、久秀が天守閣の創始者と言われていたが、近年この説は覆されつつある。

 ただし『魅せる城』と言う事になると、久秀が最初の可能性がある。

 その先進性は、信長が安土城を作る際に参考にしたとも言われている。


《へー。例によって正確には伝わらない物ですねー。他には何かあります?》


《主家蹴落とし、将軍暗殺、大仏殿焼き討ち、これも嫌な予感がするな》


《えぇっ!? 信長さんが徳川家康に松永久秀を紹介するときに、この三悪事を例に挙げて褒め称えたんじゃないですか? それが謀反の原因とも……》


 松永久秀と言えば『コレ』とも言える説に対し、信長が異を唱えた事に、今まで余裕をもって対応していたファラージャが、流石に驚いて声を上げた。


《知らん! 大体、他人に人を紹介するのに、そんな失礼な紹介があるか!? 主家の蹴落としも、確かに主家三好を凌ぐ力を手に入れておるが、ワシが知る限りでは偶然らしいぞ? 偶々に不幸が起きてしまい久秀しか立て直せる者が居らんくなり、懸命に動いたが結局自分が立つしかなかったとな。前後関係を見る限りワシもそう思う。ただ奴はそれを逆手に取って自分を油断ならぬ人物と見せた節はあるな。周囲の勢力に睨みを効かせる為に止むを得ない手法ではあったとは思う》


《えー……。じゃ、じゃあ将軍暗殺は?》


 露骨にガッカリするファラージャは、気の抜けた質問を投げかけた。


《これは間違っとらん。ただ奴は現場には居なかったと聞いとる。息子の松永久通は参加したらしいが》


《で、では大仏殿焼き討ちも嘘ですかね?》


 若干希望を持ち直して、やや弾んだ声で尋ねるファラージャ。


《それは嘘ではないが、別に大仏を焼きたくて焼いた訳ではないと思うぞ? と言うより敵対する勢力が大仏殿に立て籠もったのじゃから、焼き討つのも当然じゃろう? 奴が『大仏に対し畏敬の念を持ちうるか?』と言えば持ってないじゃろうし、並の者なら遠慮したかもしれん。これは結果的にそうなっただけで、久秀の悪事と言うには無理があろう。むしろ、そんなとこに逃げ込んだ奴らに問題があるのでは無いか? ワシが同じ立場だったとしても焼き払うわ》


《クリスマス休戦は? あ、クリスマスとは南蛮のキリスト教における神の子であるイエスの誕生日を祝う祭りらしくて、その為に戦を中断したらしいのですが。……これは間違ってて欲しい所ですが》


 何か思うところがあるのか、誤りである事をファラージャは願った。


《奴がキリシタンであった等とは聞いた事がない。しかし創作だとしてもそれは面白いな。もしキリシタンと争う事が今後あったら利用してみるか》


《良かった! じゃあ、松虫の育成と健康管理は?》


 持ち直したファラージャは、虫の飼育エピソードについて尋ねる。

 しかし―――


《松虫の飼育って、そんな個人の趣味までは把握しとらんわ! ただ健康に気を使っていると聞いた事はあるな。……所で、今までも色々後世の評価だ何だと聞いてきたが、松虫の飼育ってそんな些細な事まで後世に伝わっておるのか?》


《はい。例えば秀吉さんの妻である寧々(ねね)さんが、夫の浮気を信長さんに訴えた件とか……》


《そ、そんな物までか……》


《だって信長さんの返事の書状には、天下布武の印まで押されていますからね。寧々さんにとっては家宝だったんじゃないんですか?》


《……そう言えば押したな。所でお主、久秀に対して何か思うところがあるのか? 今までよりも随分食いつき方が強い気がするが……》


《だって私の世界は、宗教のせいでメチャクチャですからね。大仏を焼き払える久秀さんには、是非とも信長さんの覇業を支えて欲しいんですよー!》


《そうだったな。そういう意味では味方ならば頼もしいかもしれん》


 そんなやり取りをしている間に、久秀との会談の準備が整ったと連絡があり向かう事になった信長。

 横山城の広間にて織田信長、斎藤義龍、訪問客の松永久秀の3人が座しているが、妙な緊張感の中で最初に口を開いたのは久秀であった。


「まずは此度の浅井朝倉との戦での勝利、誠に目出度い事と主も我が事のように喜んでおります。正に祝着至極。此度は主よりお二方に言伝と、祝いの品を預かってまいりました。是非ともお受け取りくださいませ」


 そう恭しく述べた久秀は、一分の隙も無い優雅な仕草で祝いの品の目録を前に出し、フワリと頭を下げた。


(こ奴!? ぬけぬけと……いや! まさかこれは……)


(本心からの言葉か!? こ奴はもっとこう、胡乱で飄々と掴み所の無い奴だったのに!?)


 二人は一瞬、慇懃無礼の態度と勘違いしてしまったが、節々から滲み出る感情が決して上辺ではなく、全く悪意の無い素の久秀であると感じ取った。


 信長の知る松永久秀は既に老境に入った頃で、良く言えば好々爺に見えるし、悪く言えば胡乱な妖怪と、信長好みの才知に長け戦もできるオールラウンダーな逸材であった。

 それでいて痒い所に手が届く気配りと、最も効果的なタイミングで結果を出し、一番困る時に困る事をしでかす、全く油断できない人物であった。


 政治的には扱い辛いが、個人的には嫌いではない。

 それが松永久秀に対する信長の評価である。


 しかし今の久秀は誰が見ても柔和とは言い難い。

 しかも近寄り難い刃物の様な雰囲気は、誠実過ぎて逆に不安を感じる。

 少しでも崩れたら台無しになってしまう、完璧な美術品の様な儚さを感じる、単なる野蛮な武者とは一線を画す洗練された雰囲気を持っていた。


 信長は久秀の知らない一面に驚きつつ、目録の品々に目を通すと刀剣や黄金など、さすが京にまで権勢を誇る三好長慶と思わざるを得ない規模の品々が並んでいた。


「我等の戦いが三好殿に伝わっているとは望外の幸せ。また過分な祝いの品々には誠に痛み入る。この礼はいずれ上洛の機会を得た時に致そう。ただ我等も戦を終えたばかりで足元を固める必要が有る。三好殿に見合う返礼の品も考えねばならぬ。来年まで待ってくれると有り難い」


「主も織田殿と斎藤殿と話す機会を得る事を楽しみにしております。時期について無理する必要は無いと言付かっております。あともう一通書状を預かっております。こちらは会談が成った時に改めて任ずるとの事です」


「任ずる?」


 今度は義龍が書状を受け取ると、そこには驚愕の文字が並んでいた。


「織田殿に尾張守、伊勢守、志摩守、斎藤殿に美濃守、若狭守を与える……!?」


(何じゃと!? ……やられた! 先手を打たれたか!!)


 尾張を完全支配している信長に尾張守、美濃を完全支配している義龍に美濃守。

 他にも織田の支配地域にある伊勢守と志摩守をあたえ、更に斎藤の今後の侵攻予定地である若狭守まで、三好長慶はその公認守護職の位を与えると言ってきたのである。

 特に若狭守を与えられたと言う事は、大義名分を与えられたに等しく、他の官位にしても、決して安くない献金を朝廷に行ってやっと手に入る代物である。


 人によっては苦労に苦労を重ねて、ようやく手に入るのが官位であり、それを5つも与えると言うのは、大判振る舞いにも程がある出費をしたはずである。


 だからこそ感じる。


 祝いの品も合わせて、三好長慶の絶大な力が垣間見える、強烈なメッセージを帯びていた。


『小僧共がハネッ返りおって! 視界に入る場所でチョロチョロするでないわ! 官位を授けてやるから、分を弁えて大人しくしておるがいい!』


 信長には、長慶がそう言っている姿が容易に想像できた。

 仮にそうでなくても、ここまでしてくれた相手に対し礼を失する訳には行かない。

 単なる領土拡張が目的の、私戦をするだけの大名ならともかく、信長は正当性を掲げて戦う立場なので、評判を落とすのは極力避けねばならない。


 信長としても、三好家との接触は避けられないとは思っており、何らかのアクションは起こすつもりで居た。

 しかし、長慶に特大の先制攻撃を許してしまった上に、祝いの品を受け取った後で、官位だけ断るのも体裁が悪い。


 それに久秀の小技も効いていた。


 久秀は信長が祝いの品を受け取ったのを確認して、もう一通の叙任の書状を渡しており断る隙を与えなかった。

 三好との争いで、完全に出鼻を挫かれた形と成ったのである。


「……松永殿。祝いの品だけでも過分な計らいなのに、官位まで授けてくれる三好殿の配慮には頭が下がる思いじゃ。来年必ず参上して礼を述べるとお伝えくだされ」


 そう言って信長は頭を下げ、義龍もそれに習った。

 暫く雑談や京の情勢を確認したりしつつ、会談と言う名の一方的な久秀の蹂躙が終った。

 松永久秀が退室した部屋では信長と義龍が苦虫を噛み潰した顔で、今のやり取りと今後の展望について話し合った。


「三好長慶恐るべし。先程の松永にしても家臣としての質が高すぎる。主への忠誠と任務への気配り、気品や礼儀など一朝一夕で身に付くものではない。あの様な配下が三好家には揃っておるのか……」


「そうですな。それにまさか、これ程の先手を打ってくるとは思いもよりませんでした。多少の牽制や上洛要請、同盟の打診位はあるかと思っておりましたが、官位が来るとは……」


 官位はこの時代、強大な財政力を持つ大名が朝廷から金で買う構図が成り立っていた。

 力も衰え名ばかりの朝廷が発給し、しかも金で売買される権威に何の効果があるのだろうか?


 実は効果絶大でなのである。


 官位は武士が大義名分や、領国の支配を正当化させる手段として求めており、腐っても神話の時代から日本の頂点に位置する天皇の権威はバカに出来た物ではない。

 あまりにも蔑ろにし過ぎると、天皇家に敵と見なされる『朝敵』認定を喰らってしまう事もある。

 だから武士は朝廷の権威を利用し、朝廷も困窮する財政を何とかする為に官位を売ると言う、ギブ&テイクで成り立っていたのである。


「授かってしまった物は仕方ない。朝廷を蔑ろには出来んしな。良い方向に捉えよう。まず若狭の支配を公認された。ついでに強大な三好家と戦う必要が当面は無くなったから領国経営に力を入れる時間と考えよう。それに通常タダでは手に入らん官位を5つも手に入れたのじゃ。裏を返せば三好は我等をそれだけ恐れておると言う事じゃ!」


 そう言って義龍は無理に笑って見せた。


「タ……そうですな。ここ数年で領地は急激に広がりましたし、地力を蓄えるとしましょう」


 危うく信長は『タダより高い物は無い』と言いかけたが、せっかく義龍が前向きに捉えてくれたので、口に出すのは止めた。


 こうして2年に渡って繰り広げられた北近江での戦いは、一旦の区切りが付いて終結と成った。

 本来なら北近江全域の支配を目指したかったが、朝倉宗滴と言う規格外の強敵に阻まれて変更を余儀なくされた部分はある。


 しかし、その代わり朝倉とは、婚姻同盟の形を取る事ができたのは大きい。


 今川義元に、北条や武田の抑えを担当してもらうのと同様に、加賀の一向一揆や越後の長尾の押さえとして朝倉は申し分ない。

 若狭を手に入れれば親織田派による日本分断も可能になる。


 決して悪い部分だけではない。

 ただ、信長の顔は優れなかった。


《……ファラよ。ワシの行動や考えに対して、どこか油断や驕り高ぶりを感じることはあるか?》


《い、いいえ? 歴史を知るアドバンテージが余り通用しない大変な状況で、凄く頑張っていると思いますよ? 普通、知識を持って転生なんてしたら、なるべく史実通りに動いて楽になる様に動きそうなのに、多少知識を利用する事はあっても信長さんはそれに胡坐をかく事無く突き進んでます。だからこそ。その証拠に18歳でこの領地を治めるって前々世に比べたら大躍進じゃないですか?》


 史実と比較した場合、本来なら信長は今だ尾張の統一を成し遂げていない。

 それを思えば尾張、美濃、伊勢、志摩、伊賀、北近江、三河、駿河、遠江に影響力を持つ今は、油断や驕り高ぶって達成できる成果ではない。


 それでも信長は今の成果に不満を感じている様であった。


《もっと上手く出来たハズなのじゃ。今回の朝倉宗滴にしても確かに強かった。信じられん位にな。しかしそれでも倒せる手段や機会はあったハズなのじゃ。しかしワシはその機会をモノに出来んかった》


《……違うかもしれませんが聞いて下さい。信長さんと帰蝶さんはこの世界には転生してきています。だから他人の人生が物語や伝記の様に他人事に感じたりしてませんか? 何と言うか、他人の行動に現実感を感じない、とか、どうしても前々世と比較してしまって『こうするはずだ』『こうなるはずだ』と無意識に考えてしまいませんか?》


 ファラージャは、自身も時折感じる違和感や、現実感の無さを信長に聞いてみた。


《……無意識ではないな。どうしても頭を()ぎって考えてしまう。考えては思い直して、その思考を頭から追い出しておる。それでも根っこの深い所では、知識による余計な先読みとでも言うべき弊害は有るかもしれん》


 信長もそれは感じている様で、対処に苦慮していた。


《私も知識を持ってやり直すのであれば、前々世よりも楽だと思ってました。でもどうやら違いますね。知識が足を引っ張る事も往々にしてあるみたいです。私達は誰も体感した事の無い事を経験しています。適切な対処方法は、時間跳躍がもっとポピュラーな技術にならないと確立しないのでしょう。しかし知識を忘れる事など出来ません。有利な部分もあれば不利な部分も有る。結局有利不利は増減無しに落ち着くのかもしれません》


《確かにな。有利不利もあるのじゃろうが、それ意外にもこの世界はワシ等が生み出した世界じゃが、決してワシ等だけの世界ではない。懸命に生きている者が鎬を削っておる。人間の思惑を予想しきるのは歴史知識があっても不可能と言う事じゃな》


《結局どうしようも無い……》


《と言う事は、今回の結果もある意味必然なのか。難儀な事じゃ》


 気付いた所で、どうにもならない問題だと解っただけでも良しとするべきであると、信長は考える事にした。


《別に軽い気持ちで提案して始めた事では無いのですが……本当に申し訳ないです……》


《謝る事は無い。文句を言うつもりも無い。面白い体験が出来て感謝しとる位じゃよ。よし! この話はこれまで! 三好とも当分争う事も無い。ゆっくり今後を考えてやっていく!》


 信長はそう答えて先を見据え、急遽現れた三好家と争う猶予時間を有効活用するべく頭を働かせるのであった。



 8章 天文21年(1552年) 完

 9章 天文22年へと続く

次回は登場人物紹介と、外伝を挟んでいきます。

よろしくお願いします。

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