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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
8章 天文21年(1552年)老いてなお鬼神なり
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83話 北近江決戦後始末

「朝倉殿。朝倉殿は天下を望まれるか? ワシは……ワシは望む!」


「天下か……ワシにはどうでもいい話じゃな」


 信長の、意を決した渾身の宣言に、朝倉延景(義景)は恥も外聞もなく言ってのけた。


《あれ!? 天下を目指さない!? でも何か逆にカッコイイ!?》


《こ奴……! 本当に未来のあの朝倉義景か!?》


 正直すぎるきらいのある、朝倉延景の言葉。

 ただし、延景が戦国時代に相応しく無い、異端的思考の異常者と言う訳では無い。

 これは殆どの大名、武将の共通思考である。


 史実にて『乱世だから俺が統一して天下を治めよう』と言ってのけたのは織田信長只一人。

 実行したのも、(ほぼ)成し遂げたのも織田信長只一人。

 豊臣秀吉も徳川家康も、数奇な運命に翻弄されて、急遽頂点に立つ機会を得ただけなのである。

 仮に心の中では密かな野望を持っていた大名や武将が居たとしても、既に天下を取っている大大名の三好長慶が存在するのに、そんな妄言に等しい宣言は恥ずかしくて言えた物では無い。


 そんな意味でも信長は『うつけ』なのであろう。

 何せ、史実の天下統一宣言は尾張、美濃のたった2ヵ国しか治めていない時期の言葉なのだから。


 ともかく極めて常識的な思考を持つ延景は、かつて史実でみせた優柔不断な戦略を一切見せず清々しいまでに断言した。


《宗滴の薫陶(くんとう)や睨みが効いているのかのう? 堕落前の本人の性格なのかはともかく、まるで興味のない態度じゃな。正直驚いた》


《全くその気が無くとも、もう少し気の有る素振りを匂わせつつ対抗したり、見栄を張るのが義景さんのイメージでした。ほら『武士は喰わねど高楊枝』って言いますし》


《なんじゃその高楊枝云々とは?》


《え? この時代の武士を象徴する言葉で、見栄を張ったり、やせ我慢したり、あるいは清貧でも気品を保ち……》


《知らん言葉じゃ。しかしまぁ解らんでもない言葉じゃな。面白い例えじゃ。清貧はともかく見栄っ張りなのは間違いないわ》


 ファラージャの言う『武士は喰わねど高楊枝』とは、江戸時代、関西で発祥したカルタで使われた言葉である。

 ファラージャは『全ての大名が天下統一を目指すモノだ』との勘違いもしていたが、改めて真実を知ってしまった。


「逆に聞きたいわ。何故三好を倒そうとする? 将軍家が嫌なら、それこそ力のある三好家に従えば少なくとも天下は治まろう。さっき斎藤殿も言っておったが、そんなに新き世を作りたいのか? 今のままで困るのは解るが、新しくせずとも元に戻せば良いのではないのか?」


 堕落した義景しか知らない信長は、延景の鋭い切り込みに思わず答えに詰まった。

 歴史を知るから三好家が没落するとは言えないし、今の隆盛を誇る三好家が没落するなど想像できる物でもない。

 当然、未来の信長教撲滅の為と言えるハズも無い。


「三好家が悪い訳ではない。だが三好家だろうが他の誰だろうが、天下を取ったとしても、それは旧来の将軍政治をなぞるだけじゃ。鎌倉、室町と二回も失敗した将軍体制をな」


「ほう? 将軍ではない別の支配体制を構築できると?」


「できる!」


「何じゃと!?」


(……! こ奴は本気で方策を持っておる!?)


 今度は延景、宗滴も驚き戸惑った。

 正直な所、可能だとは思ってはいなかった。


 延景に至っては、信長が少しでも隙を見せる様な曖昧な答えを見せたら、嘲笑でもしてやろうと思っていた。

 それなのに、全くの不安感やハッタリ感を見せずに、断言する信長に驚きを隠す事が出来なかった。

 延景や宗滴に限った話ではないが、新しい政治体制などそうそう思いつくものではない。


 かつて平清盛が権力を奪う事に成功しても、その後の維持方法を思いつかず、結局腐敗した公家政権を模倣するしかできなかった。

 例えば現代の人が『今までに無い全く新しい政治形態で、誰もが幸福を目指せる政治形態を考案せよ』と言われたら、それは相当な困難と発想の飛躍が必要となるであろう。


 それは昔の人も同じである。


 しかし、それを成し遂げたのが、全く新しい政治形態を作り出した源頼朝である。

 ついでに言えば、新しすぎて全く理解できず、結果的に粛清されたのが源義経なのである。


「方策も考えてあるが、それを成す為には日ノ本全域の支配が不可欠じゃ。その為にはワシに敵対する者、旧体制を支持する者は全て駆逐する。ワシとワシの志に賛同する者で日ノ本を遍く支配して強固な国を築く」


「その方策とやらはどんな物じゃ?」


 朝倉延景には信長の目指す世、と言うよりは、今とは違った政治体系など思い至る事が出来ない。


「それは戦略上の都合まだ明かす事はできん。勘違いしてもらっては困るが、朝倉殿に嫌がらせの意図を持って明かさない訳ではない。その証拠に、そこに居る斎藤殿や伊勢で勢力を誇った北畠も知らぬ。ワシの家臣達も誰一人として知らぬ。だが皆そんなワシに期待を寄せてくれる。それに応える為にも力を見せ続けなければならぬ」


 そこで信長は、隣と背後に控える関係者達を見やった。

 北畠具教などは、憎いのに認めざるを得ない信長の力と魅力に翻弄され複雑な表情をしているが、他の者達は結果を示し続ける信長に理解を示し、最重要方策を明かさない信長に付いてきていた。


「その力の一端が、今回の戦で披露した鉄砲隊じゃ。そこに居る宗滴殿にしてやられて、若干締まらぬ形になってしまったが、見せた力の威力は浅井殿が身を持って知ったであろう? ワシらは今年中戦い続けても火薬が枯渇する事は無いし、本拠地よりの補給もある」


 これはハッタリである。

 流石に年間通して戦える量の火薬は確保できていない。

 ただ、残量を読み間違えた浅井朝倉軍が確認する術と言えば、身を持って鉄砲の猛威を浴び続けて、血は吐きながら『ほら嘘じゃねえか……!!』と言うしかない。


「ふぅぅぅ~~……。若、これは停戦か和解同盟するべきですな」


 ここまで黙っていた朝倉宗滴が大きく息を吐いて口を開いた。

 力と勢い、更に何とも言えぬ魅力と覇気を出す信長に、宗滴が助け舟を出す形で提案した。

 延景は何とか体面は保っていたが、正直な所、圧倒されてしまっており限界も来ていた。

 それを敏感に察知した宗滴が、朝倉としての体面を崩す前に割り込んだ形であった。


「織田殿。先ほど我らが殿が仰る通り、我らには天下なぞどうでもよき事。ただ我らは庇護する民を守り越前に繁栄をもたらす事が望み。織田殿の望みは天下に至る道として北の海が欲しい。相違無いかな?」


「無い」


「ならばこうしてはどうかな? 越前の地を割譲するわけには行かぬ。これは当然じゃ。しかし、越前の西隣である若狭に至る道を譲ろう。若狭は将軍派の武田家がおるが、今言った覚悟が本物なら倒すのに不都合はなかろう?」


「若狭か……」


 義龍が難しい顔をする。

 別に将軍に歯向かうのがイヤな訳では無い。

 一度決めた目標を変更するのが、『逃げ』と思われるのがイヤなのだ。

 あと、信長が義元を倒した様に、自分も宗滴を倒しての同盟者でありたい思いもあった。

 要するにプライドの問題だ。

 信長との釣り合いを考えるなら、若狭より宗滴の方が抜群に都合がよいのだ。


「ふむ? どうしても越前が欲しいと言うなら、奪いに来ても良いが、その後に待ち構えるのは一向一揆との無間地獄。おススメはせぬぞ? 織田殿方針としてもまだ時期尚早ではないかね?」


「一向一揆か……」


 飛騨を選択から外したのも、一向一揆を考えての回避だった。

 越前も一向一揆と密接な地であるからして、プライドさえ許せば若狭に行くのが正しい。

 

「悪い事は言わん。若狭にも海に面した良質な港がある。目的を考えれば若狭にすべきであろう。織田殿はどう思う?」


「まぁ……若狭を取って困る事はありませぬな」


 義龍も朝倉宗滴の実力を見誤っていたが、信長もそれは同じだった。

 怪物過ぎる。

 この怪物を無理して倒しても、港と一緒に一向一揆も漏れなく付いてくる。

 いずれ何とかするつもりだが、今は勢力的にも対処できない。


「じゃろう? 従って今回は、北近江の琵琶湖寄りの浅井領を今回の戦の戦利品とするが良い。しかし、北近江東側は我らが管理する。それに付随して我ら朝倉は織田殿が何をしようと妨害をする事はしない。必要なら協力もしよう。その為には同盟の締結が不可欠であるが、まず猿夜叉丸と遠藤直経、小谷城を返還してもらいたい。もう一つ、我が殿に織田の姫を誰か輿入れしてもらいたい。代わりに此方からも姫をだそう。これが我らの譲歩できる条件。それが嫌なら雌雄を決するのも止む無しであるが?」


(宗滴殿!?)


 浅井久政は宗滴の提案した内容に驚愕した。

 実は久政は猿夜叉丸が織田に居ると知った時、見捨てる決断を下していた。

 つまり徹底抗戦を選んだつもりであった。

 しかし今の宗滴の提案は、何一つ久政の意思は反映されていない。


「一度、この案を持ち帰って検討するが良かろう。後日、またこの場で返事を聞こうではないか」


 こうして一旦この会談はお開きとなり、後日の返事までは取り合えず停戦の形となった。



【近江国/田部山城 浅井朝倉陣営】


「宗滴殿! 我が子に対する配慮は有り難いが、ワシは猿夜叉丸は死んだ者として扱うと申したはず! 何故あの様な提案を!? それに織田の将軍家に対する無礼な宣言! アレを捨て置くと申されるのか!?」


「まぁ落ち着かれよ新九郎殿(浅井久政)。助け出せるなら助け出すに限る。交渉が決裂したならば、その時は新九郎殿の言う様に死んだ者として扱うが、朝倉として人質の救出に動かないと思われるのは体裁が悪い。建前的な動きじゃよ。それに将軍家や特に三好家についてもそうじゃが、お主、あの強大な三好家が本当に織田に倒されると本気で思うか?」


「そ、それは……」


「将軍家と三好家の争いに第三勢力として織田が介入する。確かに織田は弱くない。が、戦局を動かせるかと言うと甚だ疑問じゃ。ならば朝倉としては静観して巻き込まれない様にするに限る。それに浅井殿にはやって貰いたい事もあるが、それはまぁ織田の返答次第の話じゃ。とりあえずは成り行きを見守る事としようではないか」


「は、はぁ……。分かりました」


 そう言って久政は部屋を退出して、宗滴と延景の二人だけが残った。


「爺、新九郎に言うた事は、それこそ建前であろう?」


「ハハハ。流石に見抜いておるか。新九郎殿は将軍家への忠誠で目が曇っておるが、あの織田の小僧の実力は全く侮る事ができん。ワシは三好を倒しうる力もあると見ておるよ」


「そこまでか……」


「無論、今すぐ勝てるとは思わん。若狭を手に入れた後の立ち回り次第じゃな。だからこそ我等も対応を間違う訳にはいかん。武士たる者は何が何でも勝たねばならん。戦であれば勝つのは当然、最低でも生き残る事、政治であれば家を滅亡させず民を困窮させずに勢力を維持する事じゃが、乱世にあれば、天下を狙うので無ければ勝者を見極めなければならん。将軍家か三好家か織田家かをな」


「そうじゃなぁ。少しでも考える力の有る者ならば三好と考えるじゃろうが、少なく無い数の人間が織田を支持している。その熱量は無視できんじゃろうな。事実、北畠を従え今川を退けた実力は本物じゃ」


「それだけ解っているなら良い。朝倉として動くにしても今は時期尚早じゃ。……これで良いかな弾正(だんじょう)殿?」


 宗滴が久政が退出した襖とは別の襖に向かって声を掛けると、中から一人の中年が姿を現した。

 切れ長で理知的な目に、頬のこけた風貌は、洗練された文化的な匂いと鋭利な刃物を思わせる雰囲気を男に纏わせていた。


 宗滴に『弾正』と呼ばれた男の姓は松永。

 松永弾正久秀である。


「はい。我が主の提案を聞き入れて頂き、恐悦至極にございます」



【近江国/高時川砦 斎藤織田陣営】


 朝倉家からの提案を持ち帰った斎藤、織田首脳陣はさっそく提案の吟味を始めた。


「義弟よ。奴等の提案をどう思う?」


「そうですな。今回の戦の落とし所としては妥当な線だと思います。後は義兄上が朝倉の提案した領地配分で納得できるなら、織田としては異論はありません。目標が越前から若狭に移りますが、某は許容範囲の変更と考えます」


「では婚姻同盟も結んで良いのじゃな?」


「織田家から出せる婚礼適齢期の姫は一人おりますので問題ありません。朝倉からの姫は……ワシは最近側室を迎えたばかりなので兄上(織田信広)に引き取ってもらいます」


「では猿夜叉丸は良いのじゃな?」


「半ば騙して連れて来ておりますからな。むしろまだ幼い内に返してしまった方が後々良い方向に働くやも知れません。それよりも義兄上は小谷を手放しても良いのですか? それに宗滴は?」


「城としての堅牢さは抜群じゃがな。しかし今浜周辺の価値と若狭までの道が無傷で開けた事を考えれば、朝倉の提案を呑むのも已むを得まい。宗滴は……ワシがイチ武将なら拘るべきだろうが、大名だからな」


 プライド故の越前朝倉だったが、プライドよりも美味い物があるならそちらを選ぶのが戦国大名だ。

 義龍も家督を継いで、その辺りの理屈は理解し始めていた。


「ならば決まりですな。それに朝倉と結ぶと我等の関係者で尾張から越前まで固めて東国の大名達の京へ至る陸路を塞ぐ事になります。東国の大名に対する牽制にもなりましょう」


「よし! ならば決まりじゃ!」


 他の家臣達が口を挟む余地が全く無い程に、トントン拍子で話が進み同盟の締結が決定したのであった。

 事実、この大幅な割譲と同盟締結の意義は果てしなく大きい。

 上手く行き過ぎて怖いぐらいの提案と成果であった。



【次の日 近江国/田部山城近隣の寺】


「では……両者とも承諾すると言う事で宜しいですな?」


「うむ。姫の輿入れ、猿夜叉丸の返還は随時進めて参ろう」


 寺に入って挨拶もソコソコに、延景と義龍は同盟の締結を確認し領地の配分を確認した。


挿絵(By みてみん)


 これで斎藤と織田は、形はどうあれ若狭を平定すれば、北の海への道を手に入れる事になる。

 より一層の信長の野望成就が近づく形となった。

 朝倉としても、成長著しい織田斎藤との同盟はメリットも多く、両陣営に安堵の空気が漂っていた。


 そんな時に朝倉宗滴が口を開いた。


「さて、無事に同盟が相成った所で、織田殿に少々聞きたいことが有る」


「答えられる事であれば何なりと」


 安堵の空気の中で、二人の目だけが力を帯びて空気が変わった。


「仮に三好家を倒し将軍家を倒し、何らかの政治手法で日ノ本を治めたとしよう。その次はどうするのか?」


「当然、海の向こうです」


「戦を仕掛ける、と言う事かの?」


「それは選択肢の一つですな。この日ノ本は南蛮や明と比べて余りにも小さい。偶然海に囲まれた立地故に、強国からの侵略を跳ね返し続けておりますが、渡航技術が発達すれば海の壁など無きに等しい物になりましょう。そうなってからでは遅い。日ノ本、明、それに琉球、蝦夷、近くの国と政治的関係を結ぶ必要があります」


 宗滴は予想以上の信長のビジョンと、それらがアッサリと口から出てくる事に衝撃を受けた。


(ッ!! ……なる程。尾張、伊勢を従えて天下布武印を使った時は、随分気の早い事を、と思ったが、もう既に日ノ本を統一した先を思い描いておるか! ……ならば)


「それは、かなり性急とも言える変革を日ノ本にもたらすであろうな。付いて来れぬ者も中にはおろう。そう言った者達は切り捨てて行くか?」


「例えば……そうですな。一撃で数万人を倒せるような見た事の無い武器、人が空を飛び、馬など比較にならない程の速度を出す乗り物がある様な世界に、いきなり放り出されたら誰も付いて来れぬでしょう」


 妙に具体的で説得力ある言葉で、信長が想像の難しい例えを出した。


「しかし、今を生きる人間がもたらす変革など、誰でもついてくる事が可能です。その証拠は今回の戦でも見せたはず」


「戦で? ……鉄砲か!」


「そうです。鉄砲など我が国に定着して10数年といった所。あんな南蛮の未知の兵器さえ我等は使いこなしています。我等は知らないから使えなかっただけで、知れば使える知能も技術もある。全く問題になりません。それに仮に変革に日ノ本の民が全員ついてこれなかったとしましょう。そうなれば日ノ本は世界から取り残されるであろう。此度の戦で見せた鉄砲部隊も南蛮諸国には当然の技術が日ノ本ではやっと知れ渡っただけに過ぎぬ。もはや好む好まざるに関わらず、変革に対して目を背ける事など出来ぬのじゃ!」


 最後は自分の歳も忘れ、かつての覇王の様な口調で信長は言い切った。

 その迫力を始めて見る朝倉浅井家の者の心胆を寒からしめ、斎藤織田の関係者は、信長が偶に見せる変身に背筋を伸ばして緩んだ空気を引き締めた。


 唯一朝倉宗滴のみが、その迫力に抗い笑って答えた。


「ハッハッハ! さすがは尾張の『大うつけ』! この戦で手こずる訳よ! そんなお主に朝倉家の者としてではなく朝倉宗滴として言葉を贈ろう。60年遅く産まれてお主の行き先を見てみたかったわ! まだまだこれからお主と供に生きたり戦ったり敵対したりな! それが出来る者が憎いほど羨ましい!」


 史実で単なる噂と風聞から信長を正確に評価し『あと3年生きて信長の道を見たかった』と語ったと言われる朝倉宗滴。

 実物を見て戦って語って、本気で今を生きる若い者達を羨み、自分の時代が終焉に向かっている事を痛感したのであった。


「仕方ない。あの世で高みの見物と洒落込むかのう? ハッハッハ!」


「(史実ではどうあれ)今回、あれだけ暴れておいて死期が近いと思うものは居りますまい。宗滴殿が生きている限り楽しませて差し上げましょう」


 そう言って信長は立ち上がると、宗滴の前に進み出て手を差し出した。


「一つ南蛮の流儀で別れの挨拶をしましょう。手と手を握り合わす『握手』です」


 突然の信長の行動に朝倉陣営は警戒を示したが、宗滴は手で制して立ち上がった。


「面白い! こうか?」


 宗滴も立ち上がって信長の手を取って握った。


「……!!」


「……!!」


 傍目には静止して互いの手を握り合っていたが、そうではない。

 宗滴がイタズラ心を出して力一杯手を握ったのであった。


「グクッ!! ……この分ならワシが50歳になるまで宗滴殿は安泰じゃと思われますが!?」


「いやぁ? 明日にでもポックリ逝ってしまいそうじゃわい。……よし悪かった。ハッハッハ! 握手か! 良い事を教えてもらったわ!」


 見て語って相手の心と器を知り、握手を通じて相手の肉体の頑強さを知った宗滴は笑い、信長は若干顔を歪めつつお互いを分かり合ったのだった。

 その後は宗滴が義龍と握手と称した力比べを互角に行い、緊張感もありつつ和やかでもあった会談は終了した。


 その会談からの帰り道での宗滴と延景は先程の会談について話し合っていた。

 とは言っても、内容云々ではなく、あの場では絶対に言えない本音の話である。


「爺! やっぱり奴は()()()じゃな。あの雰囲気と圧力! 近しい歳とは思えぬわ!」


「いやいや、若いのに何やら達観した顔つきは、やはり菩薩と見まごうばかり」


「あれが菩薩!? 戦場での爺を見ているようじゃぞ?」


「ハッハッハ。そんな馬鹿な。……え、本当に? まぁ良い。天下は広い。信長の様な信じられん化け物がおるものじゃて。……ところで若。今回の同盟はあくまで()()()()()()結んだ同盟じゃ。この意味が解るな?」


「無論じゃ。後は爺が生きてる内に……さっきの握手とやらを見ている限り当分安泰の様な気もするが……爺の持てる業の全てをワシが学んで朝倉を盛り立てようぞ!」


 朝倉延景19歳。

 堕落する前のまだまだ純粋な青年は、同年代の信長に触発されて密かに芽生えた野望を胸に秘めるのであった。


 一方、拠点に帰還した信長は、ファラージャと今回の顛末について話していた。


《史実でも朝倉とは約定を取り交わした事があるが……今回ほど約束として信頼できる取り交わしは初めてじゃ》


《朝倉とは色々あったみたいですからねぇ》


 史実での織田と朝倉は水と油の様な関係で、決して交じり合う事は無く、敵対と静観を繰り返す間柄であった。

 それに比べれば、手応えを感じるのも無理の無い話であった。


《義景さんは懐柔できましたかね?》


《そこは正直わからん。堕落して目の濁った以前の奴を言い包めるなど造作も無き事じゃが、今の奴はビックリする程に目が輝いておる。前にも誰かが言ったが、アレが義景になるとは信じられん》


 そんな歴史の変化や結果について雑談をしている所へ、伝令が息を切らせて飛び込んできた。


《朝倉の反撃ですか!?》


《幾らなんでもそれは無いと思うが、嫌な予感はするな》


「申し上げます! 三好家からの使者が来ております!」


「三好だと!? 使者は誰じゃ!?」


「はっ。松永弾正殿にございます!」


《松永弾正って、あの松永久秀ですか!?》


《そうじゃ。ワシを二度も裏切った朝倉宗滴とは違う意味で妖怪ジジィじゃ。今は40歳位か? 今時期に何の用じゃ? ……考えるまでも無いか。間違いなく厄介ごとなのじゃろうな》


「伝令は義兄上にも行っておるな? ならば二人で会うとする」


 織田信長と松永久秀。

 史実よりも16年早い接触となった。

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