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アメリカアサガオ

作者: 猫山つつじ

 私が小さい頃、毎年夏休みに田舎のおばあちゃんの家に行くと、ちょっと反り返った萼を持つ青くて小さな朝顔が咲いていました。私はその朝顔が大好きでした。


 朝早く目が覚めると、あたりはクマゼミの大合唱です。

 小さなバッタが朝顔の葉っぱを食べていますが、朝顔は平気な顔をして花を咲かせています。

 その葉っぱは深くくびれて三つにわかれていて、スタイルのいいモデルさんがそのまま朝顔に変身してしまったみたいです。


 台所から、おばあちゃんが作る茶粥の音がカタコトと聞こえてきます。

 茶粥と削り節と梅干しで食べる朝ごはんはとてもおいしくて、何杯もおかわりすると、おばあちゃんはとても喜んでくれました。


 おばあちゃんは花を育てるのが大好きで、中でも朝顔が一番好きでした。

 私はおばあちゃんに朝顔の話をしました。

「おばあちゃんちの朝顔、とってもかわいいね。あんなの、お店には売っていないよ」

「そうだろうね。あれはね、おばあちゃんが子供のころから、毎年種をとって育てているんだよ」

「そうなんだ」

「昔の朝顔は、みんなあんなのだったんだよ。おばあちゃんは、まだ小学校も行かないころに、おばあちゃんのおばあちゃんから種をもらったんだよ」

「ふうん」

「最近の朝顔も綺麗だけど、やっぱりこれが一番落ち着くよ。日本の夏って感じだね」

 朝顔というと、青もありますが紫やらピンクやら白やら、いろんな色や大きさ、形があるのが当たり前だと思っていました。

 それはそれで綺麗なのですが、飾り気のない小さな青い朝顔を守り続けているおばあちゃんが、なんだかとても誇らしく思えました。


 私はおばあちゃんから朝顔の種をもらって、自分の家でも育てました。店で種や苗を売っている華やかな朝顔と違って、伝統の小さな青い朝顔を育てていることがちょっとした自慢でした。

 江戸時代やもっと昔の人たちも、私と同じこの朝顔を大切にしていたのでしょう。


 やがて私は中学生になるころには、いずれ大学の農学部で植物の研究をしたいと思うようになりました。実はそのころには畑や道端の雑草に興味が移っていました。

 ある日、私は外来植物図鑑の中に思いがけないものを目にしました。

 特徴のあるくびれた葉っぱに反り返った萼、おばあちゃんからもらった、私の好きな朝顔の姿がそこにはありました。

 それはアメリカアサガオという植物で、日本に入ってきたのは明治時代とあります。

 いろんな形や色のある普通のアサガオよりも新しく日本に来たアサガオなのでした。

 江戸時代の人は見たことがなかったし、もちろんそれ以前の人も見たことはなかったでしょう。


 おばあちゃんの守り続けていたのは、伝統の朝顔でも何でもなく、朝顔の仲間の新しい雑草だったのです。

 私はそのことをおばあちゃんには言わずに過ごしました。伝えることでおばあちゃんを嘘つきにしてしまうことがつらかったからです。

 おばあちゃんは、亡くなるまで毎年アメリカアサガオを育て続けていました。


 おばあちゃんの家は今では人手に渡ってしまいました。でも、アメリカアサガオは私が私の家で毎年育てています。

 伝統の花とは言えないけれど、日本の夏にはアメリカアサガオがよく似合う、私はそう思います。


 今年も夏がやって来ました。

 クマゼミは私の住んでいる街でもにぎやかに鳴き競い、アメリカアサガオがベランダで花を咲かせます。

 この季節になると、明け方ごろに誰もいないはずの台所からなぜか茶粥の煮えるカタコトという音が聞こえてくることがあります。そのたびに私はとても切なくて、でもあたたかい気持ちになるのです。

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