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Gの告解  作者: Phans Novels
3/4

Gの告解 -3-

「誰が事故に遭ったかって?

それは、君の曾祖父……ひいおじいさん、にあたる人だ。つまり、君の祖母にとっては父親になるね」

 少女は、こちらを真剣に見つめていた。私の語る言葉を一つとして聞き漏らさないように、忘れてしまわないように。

 その表情までもが、残酷なほど彼女と似ている。

 話す度に、思い出す度に、私の胸は痛みを訴えてくるが、ここで辞めるわけにはいかない。

 小さな喫茶店は、いつの間にか教会の懺悔室に姿を変えていた。


 春。桜の花は入学式を待たずに散り始め、花見の季節が終わりを迎えていたあの日。

 いつものように、彼の部屋で三人で遊んでいると、彼の母親が部屋に飛び込んできた

 滅多に見ない、彼の母親の慌てた表情に戸惑っている私をしり目に、お母さんはさっちゃんの手をとるなり、

「今からちょっと出かけてくるから」

 そんな台詞を残して、さっちゃんを連れて家を飛び出していった。

 何事かと、彼と共に二人の帰りを待ったけれど、いつまでたっても戻らない。

仕方なく、私は家に帰った。

 

 その日に起きた事の意味が分かったのは、それから二日ほど経った時のことだ。

 さっちゃんの父親の死。

 この前に私が会ってしまった、鬼のような男。

 その男がさっちゃんの父親であり、あの日に飲酒運転で事故を起こして死亡した。

 どういう経緯かは知らないが、その事を知った彼の母親がさっちゃんを病院に連れて行ったらしい。

 友達の父親が死んだというのに、彼の表情はさほど悲しげではなく、それは彼の母親も同様だった。

この二人の態度が、あの男の非道さを雄弁に物語っていた。

おそらく、あの日さっちゃんの家で見たような事が、度々行われていたのだろう。

 だから私も、その死を悼むことはなかった。

 ただ、さっちゃんがあの男の死をどのように受け止めているのかは気になった。

 あまり心が強い人ではないように思える。

ガラス細工のように、繊細だが脆い心。

まだ当時の私はさっちゃんの事をよく知らなかったが、そんな印象を持っていた。

だから、その心が壊れてしまったり、そこまではいかずとも、三人の友人関係がなくなってしまう事が怖かった。

 ―――そう。あの時は確かに、友達を失いたくないだけだった。三人でいつまでも遊んでいたいと思っていただけだった。あの頃の私はどうしようもなく、とても純粋だったのだ。


 あの男の死を境に、徐々にさっちゃんは変わっていった。

「はい。こないだ、読みたいって言ってた『時の唄が終わる頃』の最新刊。持ってきたよ」

 相変わらず、漫画が好きだったさっちゃんに、こっそり学校へ持ってきた単行本を手渡す。

 すると、

「ありがと……、読むの楽しみにしてたの」

 本を受けとったさっちゃんは、笑顔だった。前髪を上げたので、もう隠れていない大きな瞳が、笑いで少し細まっている。

 ちょっとしたオシャレを覚え、表情が前より豊かになった。それに、以前はほとんど見る事のなかった笑顔をよく見るようになった。

控えめだが可愛いらしい笑顔を、私が意識しだすのに時間はさほどかからなかった。

 人見知りのためか、慣れた人にだけ、同級生だと彼と私にしかその笑顔を見せない、という事も何だか嬉しかった。

 だから私は、いつしかさっちゃんと友達以上の関係を望むようになった。

 それが今の三人の関係を変えてしまう事だと、分かっていたのに、私は二人の関係の進展を優先したのだ。


 中学二年生になったばかりの頃、私は思いを伝える事に決めた。

「さっちゃんにさ、告白しようと思うんだ」

「……そうか。わざわざ報告しなくても、勝手にやっていいんだぞ?」

 その通りだ。別に、彼の了解を得る必要などない。けれど、彼には事前に言わねばならない。そんな気がしていた。

 それは、さっちゃんを見る彼の目が、私と似ている気がしたからかもしれないし、これから三人の関係を変えてしまう事への謝罪であったかもしれない。

 私の言葉を聞いた彼は、表面上は冷静さを保っていいたが、内面までそうではない事は短くない付き合いのせいで、嫌でも分かってしまう。

 ひょっとしたら彼は、三人の関係を崩さないために、さっちゃんに告白をしなかったのかもしれない。

 そんな想像が頭をよぎったけれど、本当のところは、当時は分からなかった。

 とにかく、彼の葛藤に気付かないフリをして、私は話を進めた。

「前もって、言わなきゃと思ってね。また、ぎこちない関係に戻っちゃうかもしれないし」

「んな事は気にしなくていいさ。なるほど、どーも今日はさっちゃんが落ち着かないなと思ったらそういうことか。……上手くやれよ」

 そう言うと、彼は去っていった。

いつもより早く歩き、私から遠ざかっていく。一人になり、気持ちを落ち着かせたいかの

ように。迷いを悟られたくないかのように。

 

 その日の放課後。

 朝、さっちゃんに渡した手紙に書いた場所、屋上に向かう。

 階段を一段上がるごとに、恥ずかしさとためらいが体を駈ける。

 やがて、やっとの思いで屋上に辿り着くと、さっちゃんは先に来ていた。

 沈む夕陽に照らされたその姿は、普段より大人びて見えた。その顔の赤さは夕陽の光のせ

いだけではないと信じたい。

 

 そして――


「え、なんでそこで話を止めるんですか?」

「告白の内容は勘弁して欲しい。私と、君の祖母だけの秘密だ。ああ、首は縦に振ってくれたよ。その日 から私達は付き合い始めたんだ」

 それすら話してしまうと、あの頃をより鮮明に思い出してしまうから。そうなればこの後の話、私の罪をきちんと語れなくなってしまう。

 話を続けよう。何故、彼が自殺したのか。私とさっちゃんの仲はどうなったのか。

 静かに息を吸い込み、私は語り始めた――


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