7 修道院へ
入学から3年目の秋。
今日、僕は、修道院に行く。
と言っても、ヴァニィに捨てられたってわけじゃない。
2年間の実験の成果であるアライモの発表のため、修道院が定期的に行っている炊き出しを利用することになったのだ。
この春、殿下は学院を卒業し、王城で研究職として勤めている。
来春には、カトレア様も卒業し、それを機にお2人は結婚して新たな公爵家を作ることになっている。
その箔付けのために、殿下には何か華々しい成果が必要だ。
その成果として白羽の矢が立ったのがアライモだった。
一応、僕と殿下の共同研究の成果ということになっているけど、8割くらいは僕の研究だ。
なにしろ、殿下の本来の研究はバラを使用しての遺伝研究だったし、まだ自在に色を選んで花を咲かせられるわけではないので、意義はともかく世間的に評価を得るのは難しい。
その点、僕の研究は、「収穫しやすく美味しい農産物」なので、素人にアピールしやすいのだ。
交配の組み合わせなんかで殿下のアイデアももらっているから、共同研究という形になっている。
僕としては、表に出て目立つよりは、ここで殿下に貸しを作って、いざというときの後ろ盾になってもらえることの方が有意義だ。
僕としても、リリーナとは上手くやっているし、ヴァニィのリリーナへの好感度も上がっていないようだから、あと3年のうちに大逆転が起きる可能性は低いと考えている。
それでも念のため、出来ることはしておいた方がいいと思うし、今回の件では、修道院と繋がりもできるから、僕に損はないと思う。
何より、カトレア様のためでもある。
対等な友人関係ではないけれど、僕はカトレア様は好きだしね。
カトレア様は、本当に殿下のことがお好きらしい。
元々は政略結婚なんだけど、それでもカトレア様にとっては、運命の人だったんだろう。
僕みたいに、捨てられた時のための保険をあれこれ考えながら生きなくていいのは、正直うらやましい。
さて、今回発表するアライモは、元々あったイモ同士を交配させて作った、荒れ地でも育つ生命力と、甘みの強さとを併せ持たせたものだ。
イモを選んだのは、実験で上手くいったものから種芋を取ることで簡単に増やせるというメリットによる。
その辺のアイデアは殿下が出した。
コンセプトを話した時に、既にバラで再現性の低さに苦労していた殿下が思いついた。
普通の植物だと、2世代目に安定して形質を受け継がせるのに苦労するからね。
殿下としては、今回の発表で注目を集めたら、飢饉の際の非常食用に、どこか直轄地で栽培しようと考えているらしい。
これが上手くいくと、王城内での殿下の発言力は上がることになる。
僕としては、ジェラードの農業に悪影響がないなら、ほかに注文はない。
修道院での打ち合わせには、王城からもオーキッド侯爵とかいう若い官僚貴族が来ていた。
家督を継いだばかりで、実績を挙げるために名乗りを挙げたらしい。
実績作りが目的なだけあって、自分の意見を強く押してきて困ったけど、僕に付き添ってきてくれていたカトレア様がオーキッド侯爵との間に入って上手く調整してくれたので、とても助かった。
オーキッド侯爵は、アライモの研究で僕が主導していたことを知っているらしく、僕を配下にしようとしてるっぽい。
カトレア様は、それを防ぐ意味もあって僕に付き添ってくれていたんだと思う。
カトレア様がいなかったら、伯爵家の小娘でしかない僕なんか、オーキッド侯爵に太刀打ちできなかっただろう。
ヴァニィがいてくれればよかったんだけど、今は剣術の講義の関係で遠征に行ってるからなぁ。
炊き出しでは、アライモを使った煮物を出すことになっている。
一般的に、炊き出しでは、材料を嵩ましするためにポリッジのようなものが主体になるんだけど、今回はアライモを潰したものと、形を残して切った物を混ぜてスープ風の煮物にした。
炊き出し当日、僕は修道院の人が煮物を作るのをサポートしつつ指示を出している。
小娘が指示を出すというのもおこがましいんだけど、僕の背後にはカトレア様がいるから、少なくとも不満を顔に出している人はいない。
まぁ、今回の炊き出しの資金は、材料も含めて全て王城から出ているわけで、その関係者であるカトレア様の下で動いている僕に文句を言う人がいるはずもない。
殿下は、来ていない。
さすがに王族が炊き出しに来るってわけにはいかないし、立場的にも研究職だから来る理由がない。
今回の炊き出しでは、いきなり新しい作物であることを前面に出すと不安になる人もいるので、単にイモを使ったスープという触れ込みで出している。
人体実験とかでは決してない。ないったらない。
とっくの昔に、僕も殿下もカトレア様も食べた後だ。
生でも、熱を加えても、毒性がないことは、食べる前に確認済みだ。
基本、炊き出しに来る人は、お腹を空かせているものなので、何をもらっても喜ぶんだけど、通常よりは甘みが強いアライモは、かなり好評だった。
この甘みの元になったイモは、栽培が難しくて高級品であり、こんな炊き出しで食べられるものじゃない。
炊き出しがある程度進んだところで、今回の資金が全て王城から出ていることが発表されたので、いいものを振る舞われたのだという認識だっただろう。
第3王子ではなく王城からの、となるのは、個人の人気取りになって殿下の王位への野心を疑われないようにってことなんだって。
立場のある人って面倒だ。
炊き出しが無事終わり、修道院の皆さんが撤収準備をしている中、カトレア様が少し席を離れた隙に、オーキッド侯爵が僕に一言告げた。
「今回、君の貢献は非常に大きいものだった。
王子だけの手柄にすることはない。
王城に研究職として入らないか? 相応の役職は用意してやる」