閑話 不世出の才媛
あたしの名前は、リリーナ・ユーリス。
王都に店を構えるユーリス商会の次女だ。
ユーリス商会は、花屋から発展した中堅どころの商会で、6つ上の兄さんが継ぐことになっている。
3つ上の姉さんは、去年、同じ中堅どころの商会の跡取り息子のところに嫁に行った。
提携している商会との政略結婚みたいなものだ。
貴族ほどじゃないけど、商人だってそういうことはある。
あたしも、見た目は結構いいので、そういう商売の道具にされかねないんだけど、幼い頃から読み書き算術なんでもできて「神童」なんて呼ばれてたもんだから、王立学院に入れるならと猶予をもらった。
実際、学院を受験した知り合いは何人かいたけど、合格したのはあたし1人だった。
あたしは学院で、勉強して、女を磨いて、王城で官吏になるか、誰かいい男と恋に落ちて恋愛結婚するんだ。
あと、せっかく学院なんてすごいところにいるんだから、普通だったら手に入らないような花とか情報を家に流して、あたしの価値を示すんだ。
政略のコマになんかしたら勿体ないぞって。
入学式の後、早速花を探してみることにした。
入学式の式場を一番に飛び出して走っていると、こちらに向かってくる美形のお兄さんがいたので、温室の場所を聞いてみた。
お兄さんは途中まで案内して、そこからの行き方を簡単に教えてくれた後、用があるからと離れていった。
残念。格好良かったのに、名前も聞けなかった。
温室には、簡単に着けた。
あのお兄さん、道案内が上手だ。
温室の入口で一応声を掛けてみると、これまた美形のお兄さんが顔を出した。
「悪いが、ここは関係者以外立入禁止だ。見学はさせられないな」
冷たく断ってくるお兄さんに食い下がっていると、金髪の小柄な美少女がやってきた。
お兄さんと話している堂々とした態度からすると、2,3年生かな?
困ったことに、2人が話している言葉の意味が分からない。
上級生になると、あたしでも分からない難しい話ができるようになるのね。
「赤いバラと白いバラが混ざると」うんぬんの喩えもよく分からないけど、なんか住む世界が違うみたいで、頭が冷えた。
要するに、あたしじゃ分からない難しい理由で入れないらしい。
その日は、仕方なく寮に戻った。
学院の寮は、使用人禁止なので、お貴族様でも1人で何でもしなきゃならない。
あっちこっちのお嬢様達、さぞかし困ってるでしょうね~。いい気味。
あたしは、1人ででっきるも~ん♪
翌朝、登校しようとしたら、昨日道案内してくれたお兄さんを見付けた。
これって運命かも! って話しかけたら、温室の美少女が一緒だった。
そっか、だから男の人が女子寮の前にいたのね。
「ジェラードだ。気安く呼ばないでもらおう」
あっちゃ~。とりつく島なしだわ、これ。
美少女とは、1限の経営学が一緒だったので、隣の席に座って講義を受けた。
まさか、私と同じ1年生だったとは。
セルローズさんはマジメな人で、講義中は話しかけても完璧に無視されるけど、講義の合間の休憩時間なら相手をしてくれる。
貴族のお嬢さんのくせに、経営学のほかにも算術や植物学なんかも取ってるんだって。
商人でもないのにどうしてって聞いたら
「領地経営をしなければなりませんから」
だって。
女なのに領地を継ぐのって聞いたら
「今朝方の男性は、ジェラード侯爵家の嫡男で、私の婚約者なのです」
あちゃ~。ジェラードさん、売約済みかあ。
それにしたって、ジェラードさんが継ぐんなら、セルローズさんが勉強する必要ないんじゃないの?
「貴族の妻たるもの、夫の支えとならねばなりません。
私は、彼の隣に立つに相応しい存在でなければならないのです」
はあ…。
何、この人? 親同士が決めた婚約者に、なんでそこまですんのよ?
面白いから、しばらく2人を観察してみよう。
ホントに親同士が決めた婚約者?
どう見ても、相思相愛の恋人同士なんですけど。
毎朝迎えに来るわ、歩くときは腕組んでるわ、時々2人きりでどっかにご飯食べに行ってるわ、別れ際にはキスしてるわ…セルローズさんなんか背丈が足りないから、首元に手を回して引き寄せた挙げ句、背伸びよ?
そんな光景を見た人が何人もいるらしくて、すごく噂になってる。
入学から1か月後、セルローズさんは経営学で飛び級になった。
女性では初だって。
しかも、全部で3科目!
あたしも小さい頃から神童とか言われてたけど、ここじゃやっと並に届く程度よ。
この人、涼しい顔してなんで満点なんて取れちゃうのよ!
取り敢えず、まだ簿学と出納学は一緒だから、仲良くしよう。
分からないところ教えてもらえるし、人脈作りに食い込めるかもしれないし。
更に1か月後、セルローズさんは植物学で二段飛び級してた。
男女合わせても初めてなんだって!
植物学が研究科になったセルローズさんは、いつかの温室に出入りできるようになったので、いつか連れて行ってくれるように頼んでみた。
恐ろしいことに、あの時あたしが言い合いした相手は、第3王子殿下なんだって。
まずい。王族にケンカ売ったとか、あたし下手すると死罪だ…。
真っ青になったあたしに、セルローズさんが殿下は気にしてないから大丈夫だって慰めてくれた。
暫くしてから、温室に連れて行ってもらったあたしは、真っ先に殿下にお詫びしたけど、殿下はあたしの顔も覚えてなかった。
セルローズさんと、殿下と、殿下の婚約者だっていうランイーヴィル公爵令嬢と4人で、温室の中を見て回った。
白衣も、公爵令嬢みたいに見学に来る人もいるから、見学者用も何着かあるそうで、誰かの紹介があれば見せてもらえるんだって。
でも、折角見せてもらったのに悪いけど、普通のバラしかなかったので、点数稼ぎには使えない。
説明を聞いても何言ってるか分からないような研究のためなんだそう。
何年かすれば新しいバラができるかもしれないって、それじゃ遅いよ。
2人とも気が長過ぎるよ。
公爵令嬢は、最近よくセルローズさんと一緒にいるのを見かけてたけど、直接話をするのは初めて。
優しく笑っているはずなんだけど、すっごく怖い。
目つきが悪いし、目が笑ってない気がする。
あたしが殿下にケンカを売ったことを怒ってるのかも。
セルローズさん、よくこんな怖い人と一緒にいて笑ってられるよ。
まぁ、最近じゃセルローズさんって「不世出の才媛」とか言われてチヤホヤされてるけど、裏では随分やっかまれてるから、目が笑ってないくらい怖くないのかな。
公爵令嬢は怖いけど、セルローズさんがジェラードさんと一緒の時は公爵令嬢は傍にいないから、ジェラードさんの友達狙いでもしてみようかな。