5 出会いイベント
翌日、朝食を食べて寮を出ると、ヴァニィが待っていた。
「おはよう。早かったな」
いや、「早かったな」ってどういうこと? カップルじゃあるまいし、一緒に通学? …あ、婚約者か。
「おはようございます。いったい、いつからここでお待ちになってらしたの?」
「少し前だ」
「昨日も申し上げましたが、私、子供じゃありませんから1人で歩けますわよ?」
「分かっている。まあ初日くらいは顔を見ておこうと思っただけだ。
さすがに毎日来られるほど暇じゃない」
約束もしてないのに待ってるだけで、十分暇だよ。
来てしまったものは仕方ないので、一緒に歩くことにした。
…っと、あそこを歩いているのは、昨日の蜂蜜娘?
あっちも僕に気付いたのか、駆け寄ってきた。
「おはようございます!」
「「おはよう」ございます」
「「ん?」」
あれ、ヴァニィも挨拶した?
驚いてヴァニィを見ると、ヴァニィもこちらを見ていた。
「あの、昨日はありがとうございました」
「あ、ああ。無事に温室に辿り着けたか?」
「はい! …ただ、中には入れてもらえませんでした。
決まった人しか入れないそうです。
あのぉ、そっちのお姉さんから、聞いてません?」
蜂蜜娘は、僕を指さした。
どうやら、僕の顔を覚えてないからヴァニィとだけ話してたわけじゃなく、たしなめた僕に苦手意識でも持っているようだ。
「セリィ、こいつと知り合いなのか?」
「昨日、ヴァニィとお会いする前に、温室の前で、白衣の先輩とそちらの方が揉めているところに出くわしまして、少し仲裁をしたのです」
「ヴァニィ先輩っていうんですか?」
「ジェラードだ。気安く呼ばないでもらおう」
蜂蜜娘が言った途端、ヴァニィが冷たく言い放った。
こんな不機嫌なヴァニィは初めて見るかも。
蜂蜜娘が鼻白んでいるから、少しフォローしておこうか。
「セルローズ・バラードと申します。あなたと同じ1年生です」
「あの、あたし、リリーナ・ユーリス。1年です」
蜂蜜娘は、リリーナっていうのか。
ヴァニィは、まだ面白くないって顔をしてるけど、とりあえずもう噛みつく心配はなさそうだ。
学院の講義棟に着いてヴァニィと別れるまで3人で歩いたけど、その間に聞いた話をまとめると、こういうことらしい。
入学式の後、僕を迎えに来たヴァニィは、温室を探してうろついているリリーナさんと出会い、温室への行き方を聞かれた。
それで、説明してる間に僕が移動を開始したために、ヴァニィが式場入口に着いた時には僕はもういなかった。
温室に着いたリリーナさんが白衣の先輩と揉めているところに僕が着いた、と。
リリーナさんの行動が妙に早いせいで、先に動いた僕よりも温室に着くのが早かったんだね。
それにしても、これって迷子系の出会いイベントじゃないだろうか。
やっぱりリリーナさんは、ヒロインの可能性が高い。
あまり近付かない方がよさそうだ。
と思ったんだけど、不幸なことに、彼女は1限に僕と同じ経営学の基礎科を取っていたため、並んで席に着くハメになってしまった。
さすがに講義中のおしゃべりはシャットアウトしたけど、講義の前後でやたらと話しかけてくるので、僕は、ヴァニィと婚約者であることや、ジェラード領で農業・畜産が盛んなため、それに関わる講義を中心に取っていることなどを話してしまった。
反対に、リリーナさんの情報を手に入れることもできた。
彼女は、昨日自分で言っていたとおり平民で、家は王都で花屋をやっているそうだ。
リリーナさんは、幼い頃から計算ができたりしてデキの良さが際立っていたために、周囲の勧めもあって学院を受験したんだとか。
「昨日はどうして温室に?」
「いや~、ここなら滅多に見られないような珍しい花とかあると思ってさ、ですね、できたらうちの店に仕入れられないかな~とか思ったの。ですの」
昨日温室に行った理由を聞いてみたらそんな返事が返ってきた。
いちいち指摘するのは面倒なので、言葉遣いが変なのは、気付かないふりをしておく。
彼女本人は、実家をもっと大きくしたいと思っているだけのようだけど…。
本人の思惑がどうあれ、出会いイベントらしきものを2つも起こしてるのは、やっぱりヒロインっぽい。
悪意は感じないから、僕を陥れるようなことはないと思うけど、強制力みたいなのが働いたらどうなるか分からないし。
今のところ、ヴァニィもキラキラ先輩も好感度は低いようだからいいけど、今後の関わり方次第でどうなるか分からない。
やっぱり警戒しておいた方がいいな。
どうでもいいけど、この子、なんで1日中講義が被ってるの?
なんで昼食まで僕と一緒に取るの?
僕は攻略対象じゃないってば!