4 ヒロイン?との邂逅
2020.2.1 管澤捻さまからいただいた画像を貼り付けました。
温室が見えてきた。
と、温室の入口辺りに口論している一組の男女が見えた。
どうしよう。もめ事なら、巻き込まれない方がいいよね。
でも、もしアレが「ぶつかってケンカ」タイプの出会いイベントだとしたら、ヒロインを確認するチャンスだし…。
悩みながらも足を止めずに歩いていたら、風に乗って声が聞こえてきた。
「だ・か・ら! ここは許可のない者は入れないと何度も言っているだろう!
そんな汚い格好で入られちゃ迷惑だ!」
「汚いなんてひどいです! お貴族様みたいな綺麗な服、あたし達平民が持ってるわけないでしょう! そんな理由で花を見ることも許されないなんておかしいです!」
…なんだろう。ものすごくズレた会話。っていうか、会話になってないよね。
相手の話を聞かない、思い込みの激しいタイプのヒロインとか?
「あの」
僕は2人に声を掛けてみることにした。
「なんだお前は!? そんな汚い格好でここに入るな!」
白衣を着た妙にキラキラしい男の人が噛みつくように言ってきた。
綺麗な金髪と、水色の瞳。身長は180cmくらいで、スリムな感じ。
僕にも言ってくるってことは、やっぱり「汚い」ってそういう意味だよね。
「また汚いって! ねぇ、あなたもひどいと思うでしょ!? 自分が貴族だからってこの人!」
ふわふわの蜂蜜色の髪の小柄な女の子が僕に同意を求めてくる。
うん、2人とも少し落ち着こうよ。
僕は、できるだけ柔らかい微笑みを意識しながら、男の人に答えた。
「大丈夫です。これ以上は近付きません。
外の花粉を持ち込むようなことはしませんわ」
これを聞いて、男の人は目をぱちくりさせた。
でも、女の子の方は、全然分かっていないみたいだね。
今度は女の子の方に優しく説明する。
「そこの貴女、こちらの先輩は、貴女の服に付いているかもしれない花粉などを温室内に持ち込まれると困ると仰っていたのです。
貴女の服が不潔だとか貶めているわけではありませんわ」
「は?」
おやおや。どうやら、この子には伝わらないらしい。
「こちらの温室では、きっと特定の品種を育てておられるのです。
外の花の花粉が紛れ込んだら、雑種になってしまうかもしれませんから、神経質になっていらっしゃるのです」
「雑種って何よ! 平民が混じるのがそんなに嫌なわけ!?」
「話をきちんとお聞きなさい! 花粉だと申しているでしょう。
こちらの方が白衣を着てらっしゃるのが分かりませんか?
赤いバラを育てているところに白いバラの花粉を混ぜたら、もう赤いバラが咲かないかもしれないのです。
貴女は、他人の努力を台無しにするかもしれなかったのですよ」
「え…? 赤いバラ? 白いバラ?」
あ、女の子が混乱してる。
ああ、そうか。この子、遺伝とかは知らないんだね。
「花を育てるのは難しいのです。
貴女の服にも私の服にも、どこで何の花粉が付いているか分かりません。
それがこちらの温室の中の花にどんな影響を与えるか分からない以上、勝手に入られては困るのです。
ですから、こちらの先輩は、白衣に着替えているのです。中に入るのはお諦めなさい」
さて、女の子だけ責めちゃ、片手落ちだね。
「先輩も。頭ごなしに『汚いから入るな』などと仰っても、植物をよく知らない新入生には通じません。
もう少し分かりやすくお話しくださいませ」
疑問符を頭の上に散りばめた女の子と、毒気を抜かれたらしい男の人を残して、僕はその場を後にした。
2人ともある程度クールダウンできたようだから、これ以上面倒を見なくてもいいだろう。
今のが出会いイベントだったなら、あの女の子がヒロインってことになる。
名前を聞ければ良かったんだけど、あそこで聞くのも不自然だし、とりあえず顔は覚えたから、よしとしよう。
それじゃ、ほかにイベントの心当たりはないし、帰ろうか。
と、思ったんだけど。
なぜか、今、目の前にヴァニィがいる。
「お、お久しぶりですわ、ヴァニィ」
「ああ、2年ぶりだ。…元気だったか?」
「はい。あなたも、随分と良い成績を修めていると伺っています。さすがですわね、ヴァニィ」
「ありがとう。入学式の後、お前の姿を探していたんだが、見当たらなくてな。
…なぜ、こんなところに?」
ヴァニィは怒っているってわけじゃなさそうだけど、やや不機嫌って感じだ。
うーん。仮にも婚約者だし、ヴァニィに挨拶しておくべきだったかなぁ。
とはいっても、出会いイベント探す方が重要だったしねぇ。
「ごめんなさい。学院内を少し見ておきたくて」
「それなら、俺と一緒に回った方が効率的だろうに」
「それもそうですわね。それじゃあ、案内してくださるかしら?」
これ以上イベントのアテがないんだから、ヴァニィに学院内を案内してもらって、ついでに学院の講義の具体的な話とか聞いておこう。
実際に1年通っているヴァニィの感想は、きっと参考になるだろう。
「それと、ヴァニィが取った講義の話もしてくださる?」
「任せておけ。さあ、行こう」
お兄さんぶりたいお年頃、かね。素直に案内をお願いすると、ヴァニィは機嫌を直して左の肘を少し浮かせた。
あは、まだ続いてたんだ、これ。
初めて会った日に、ヴァニィが言ってた。
「2人で歩く時は、こうするんだぞ」
要するに、迷子防止のために手を繋ぐようなものだ。
12歳になって迷子もないもんだとは思うけど、まぁ、確かに僕は入学したてで学院内をよく知らないから、心配にもなるのかな。
仕方ない。僕は、ヴァニィの左肘を右手で掴んだ。
「私、もう子供じゃありませんわよ」
「わかってるさ、もちろん」
爽やかに笑ってるけど、全然分かってないよ、ヴァニィ…。
ほら、僕等を見てる周囲の人の目が生暖かいよ。
どうせ文句を言ってもヴァニィが聞く耳持たないことは2年前から知っているから、僕は無駄な抵抗はしないでついて行く。
子供扱いは気恥ずかしいけれど、さすがにヴァニィの案内や説明は的確で、とっても参考になった。
「セリィも経営学とか勉強してたし、講義取るんだろう? 俺は本科に行くから一緒の講義にはならないが、分からないところがあったら聞けよ?」
「それでは、当てにさせていただきます」
結局、そのまま近くのレストランで夕食を一緒に食べてから、女子寮まで送ってもらった。
学院は全寮制で、個室にバス・トイレ完備になっている。
使用人を連れてくるのは禁止で、自分のことは自分でやるのが鉄則だ。
当たり前のことのようだけど、貴族の子女なんて、着替えも自分でやらないのが普通だから、寮に入って最初の試練は、制服から部屋着への着替えということになっているらしい。
学院に制服があるのは、普通のドレスだと1人で脱ぎ着できないからなんだとか。
あ、もちろん僕は1人で着替えくらいできる。
実は、1か月以上前から、練習と称して着替えもお風呂も全部自分1人でやってた。
正直言って、誰かに体を洗ってもらうなんて、拷問のようだったからね。
個室のドアを開けると、中に扉が3枚ある。
正面の扉は、部屋の中に入るためのもの。
両脇の扉は、片方がバス・トイレ・洗面で、もう片方が寝室に通じている。
バス・トイレが左にある個室と右にある個室が隣り合う形になっていて、個室は寝室同士が隣り合うのと、バス・トイレが隣り合うのとが交互に並んでいる。
これは、水回りを1つにまとめるためらしい。
僕の個室では、バス・トイレが右側にある。
基本の居住空間は、正面のドアの向こうだから、お風呂の時や寝る時には、わざわざ玄関前に戻ってくることになる。
この妙な構造は、さすがにベッドやバス・トイレの掃除を貴族の子弟にさせられないという事情から来ている。
つまり、正面のドアの向こう以外には、寮の掃除人が入れるようになっていて、大事な物はそこには置かないことになっている。
洗濯は、寮の業者に頼んでもいいし、家の者が取りに来るなり出入りの業者を寄越すなりしてもいい。
食事については、寮の食堂で食べるか、自費で外で食べるかが、自由に選べる。
寮の食堂は、院生なら無料なので、平民とかあまり経済力のない官僚貴族の子息は、基本的に食堂で食べる。
まぁ、僕も基本的には食堂で食べるつもりだ。
女子寮は男子禁制だから、ヴァニィと食事ってことになると、外で食べてこざるをえないわけだ。
ちなみに、夕食はヴァニィの奢りだった。
一応、払うって言ったんだけど、ねぇ。格好つけたいお年頃のヴァニィに花を持たせてあげましたとも。
「今日は、ありがとうございました。とても有意義な時間でした」
「おやすみ、セリィ」
ヴァニィが別れ際、僕の額にキスしてきたので、少しびっくりしたけど、大丈夫、これは親愛のキス。
お母様がしてくれてたのと同じだ。
額にキスされたら、左の頬にキスを返すことになっているので、僕もヴァニィの肩を両手で引き寄せて、左の頬にキスを返す。
「おやすみなさい、ヴァニィ」
とりあえず、初日は無事に終わった。
ヒロインらしき蜂蜜髪の子は、あの様子からして、間違いなく1年生だ。
で、白衣のキラキラ先輩は攻略対象、と。
出会いイベントをあっちでやってたってことは、ヴァニィが狙われることはないのかな?
でも、逆ハー狙いとかもあるかもしれないから、油断はできないなぁ。
やっぱり、当面の僕の目標は、味方作りといい成績をとることだ。
明日から、頑張らなきゃ。