閑話 僕の女神
このエピソードは、「奇蹟の少女と運命の相手」最終話とリンクしています。
国王ルーシュパストの孫、王太子の第一王子セルリアン(9歳)視点となります。
ある日突然、お祖父様に呼び出された。
僕のお祖父様は、この国の王様で、普段は会いたいと思ったって簡単に会える人じゃない。別に、会いたいとも思わないけど。
陛下じゃなくて、別の誰かに会うのが目的らしいんだけど、話を持ってきた父上からは
「非公式ではあるが、非常に重要な会見だ。
失礼のないよう、正装して行くように」
と言われた。
王子の僕が正装? 失礼のないように? 一体誰に会うんだろう。
詳しい話を聞こうとしても、父上は笑ってばかりで教えてくれなかった。
翌日、不思議に思いながらも正装してお祖父様を訪ねた。
通された部屋は、非公式の会見の時に使う陛下の執務室だけど、わざわざ正装して来いなんて言うくらいだから、正式な礼をしなきゃね。
「お呼びと伺い参上いたしました。
いかなる御用でございましょうか」
口上を言って顔を上げると、陛下は笑って僕を見てた。
「あの…」
居心地が悪くて仕方なく聞こうとしたら、やっと陛下が答えてくれた。
「ああ、正装して来いと言ったから、堅苦しくなったか。
すまんな、正装して会うべき相手は、まだ来ていない。
後で呼びに行かせるから、しばらく別室で控えていろ。楽にしていていいぞ」
まだ来てない? 僕の方が先に呼ばれたの?
「あの、陛下、今日お会いする方というのは、どなたでしょうか」
「そうだな、知らずに待つのは辛いか。
相手はな、お前の妃候補だ」
妃? 僕の婚約者になるってこと?
「婚約者になるかもしれない相手ということですか?」
「そうだ。ゼフィラス公爵令嬢マリーベルという。
まあ、婚約云々は、互いが気に入ったら、ということだがな」
「気に入ったら? え? 自分で選んでいいんですか?」
王子の結婚なんて、国のために勝手に決まっちゃうもんなんじゃないの?
「選ぶと言うべきか、選ばれると言うべきか、だな。
お前にも選ぶ権利はあるが、マリーベル嬢にもその権利がある。
むしろお前よりマリーベル嬢の方に選ぶ権利があると言えるな。
ゼフィラスは、政略結婚をしない。
マリーベル嬢が、今日、お前を気に入らなければ、お前の妃になることはない。
とは言っても、だ。
お前がマリーベル嬢を気に入らなかったなら、それはそれで構わない。
是が非でもゼフィラスの娘が欲しいというわけでもないからな。
ただ、1つだけ気をつけろ。
言葉を飾ってはならん。
必ず本音で当たれ」
「あの…真意を悟らせないよう振る舞えと、いつも言われているのですが…」
「普段はそうだ。
王たるもの、簡単に腹の内を読ませてはならん。
だが、腹心には見せて構わんし、時と場合によるということだ。
そして、マリーベル嬢に対しては、本音を隠すな。
今日ここで交わした言葉は、今後の彼女との関係性を決めるものとなる。
美辞麗句や社交辞令など無用と知れ」
陛下が何を言ってるのかわからない。
ゼフィラス公爵家の令嬢なら、確かに大切にしなければならないだろうし、妃に相応しい家柄でもあるけど…。
本音で話せってどういうことなんだろう。
そりゃあ、気に入れば素直にほめたりもできると思うけど、気に入るとは限らないのに。
もし気に入らなかったら、「君は気に入らない」って言うの? ちょっとひどくない? 泣かれたらどうするのさ。
結局、考えてみてもどうしようもないまま、侍女に連れられて令嬢の待つ部屋に行った。
侍女は、部屋の前まで案内しただけで、「それではごゆっくりご歓談ください」と言って行ってしまったし、仕方ないからドアを開けて中に入った。
部屋の中にいたのは、やたらと愛らしい女の子だった。
4~5歳くらいかな? え、ちょっと、僕9歳なんだけど。ちょっと離れすぎてない? いやまあ、5歳違いの夫婦なんていくらでもいるだろうけど、政略結婚するんじゃないんだよね?
「はじめまして、でんか。
マリーベル・ゼフィラスともうします。
おあいできて、こうえいです」
ああ、挨拶はちゃんとできるんだ。
どうしよう、本音でって言ったって、こんな小さい子になんて言えばいいのさ。
「えっと、立派な挨拶をありがとう、小さな淑女。
僕は王太子の第1王子セルリアンだよ。
今日は1人で来たのかな?」
「いいえ、おかあさまとまいりました」
あ、「参りました」なんて言えるんだ。
随分しっかりしてるんだな。
「難しい言葉を知ってるね。もう社交術とか習ってるのかな?」
「王子さまにあうには、いるからって言われました」
え? 僕に会うため?
「マリーベル嬢はいくつかな?」
「はい、4さいになります」
4歳! やっぱり! …え? それなのに、こんなにちゃんと受け答えできるの?
僕が4歳の時ってどうだったっけ。
「そうか、4歳なんだ。
とっても大人だね。4歳とは思えないくらい。
僕は9歳なんだ」
「それじゃあ、いつつ年上ですね」
「そうだね…えっ!?」
今、間髪入れずに「いつつ年上」って言った!?
「え~っと…マリーベル嬢は、計算ができるのかな?」
「かんたんな計算だけです。おにいさまのおべんきょうをみてるので」
「それで覚えたの? すごいんだね」
4歳で引き算までできるのか…。
その後は、お茶とお菓子を楽しみながら話をした。
お茶を飲む仕草なんかは、やっぱり4歳とは思えないくらいしっかりしてるけど、おしゃべりなんかは舌っ足らずなところもあるみたいでほっとした。
「殿下、お時間でございます」
いつの間にか会見の時間が終わったみたいで、侍女が呼びに来た。
「ああ、時間のようだね。
マリーベル嬢、今日は楽しかったよ」
そう言いながら僕が席を立つと、マリーベル嬢の目から涙があふれ出した。
「でんか…」
僕を見るマリーベル嬢の目は、まるで小さな子供のようで。
そうだよ、まだ4歳の子供なんじゃないか。
あんまり大人っぽいから忘れてた。
だめだよ、こんなに悲しんでるのに放っておけない。
「マリーベル嬢、泣かないで。今日はもう終わりってだけで、また今度会えるから」
そう声を掛けたら、
「ほんとうですか!?」
と目を輝かせた。
ああ、ちゃんと4歳じゃないか。
この子の笑顔をずっと見ていたい。そう思った。
「本当だよ。
そりゃ、毎日会うってわけにはいかないけどね。
また遊びに来てほしいな。
僕もマリーベル嬢に会いたいよ」
「でんか。ほんとうに、また来ていいですか?」
ああ、もう。
涙目で見上げられて、僕はつい、マリーベル嬢を抱きしめちゃった。
「でんか…また来たら、ぎゅってしてくれますか?」
マリーベル嬢は、嫌がるどころか僕に顔を寄せてきて。離したくない、ずっとこのままいたいって思った。
「ベルって呼んでもいいかな?
僕の妃になってくれる?」
僕が自分で妃を選んでいいなら、この子がいい。
マリーベル嬢は、首を傾げて
「どうぞベルとおよびください。
それで、あの、“きさき”ってなんですか?」
と聞いてきた。あはは。そうか、「妃」じゃわからないよね。
「つまり、僕と結婚してくれるかい? って聞いてるんだよ」
言い直すと、ベルは、ぱあっと顔を輝かせて
「はい。でんかの“きさき”にしてください」
って言った。僕の腕の中で、目に涙を溜めたまま、嬉しそうな顔で。
ああ、もう、可愛いなぁ。
「ベル、僕のことも“殿下”じゃなくて、“リアン”って呼んでくれないかな」
「はい、リアンさま。
いい“きさき”になれるように、がんばります」
「僕もいい王様になれるよう勉強するよ。
2人で、いい王と妃になろうね」
「はい、リアンさま」
「殿下、そろそろ…」
一向に出てこない僕に痺れを切らしたのか、もう一度声を掛けてきた侍女に急かされて、僕らは部屋を後にした。
「このまま陛下のお部屋に行くよ」
本当なら、僕はベルとは別れて自分の部屋に戻らないといけないんだけど、まだベルと一緒にいたかったし、陛下にもちゃんと報告しようと思ったから、ついていくことにしたんだ。
ベルと公爵夫人が帰った後、僕は陛下にお礼を言った。
「ありがとうございます。
ベルを妃にできるなんて、嬉しいです」
陛下は笑って
「お互い気に入ったなら、なによりだ。
公爵夫人は、マリーベル嬢が望まない婚姻は決してさせないからな。
どうやらお前は女神の前髪を掴めたようだ。
あの娘は、将来、お前の女神となろう。大切にするがいい」
「はい、陛下」
こうして、僕は僕だけの女神を手に入れた。
ルーシュパスト、アーシアンと不用意な一言でフラれてきた王家ですが、ようやく女神を捕まえました。
「奇蹟の少女」エピローグをご覧いただくとわかりますが、マリーベルは、ゼフィラス公爵家から王家に嫁いだ唯一の姫となります。




