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閑話 天使のわがまま

 ホワイトデー企画です。

 時系列的には、後日談2「あなたの隣に立つために」で、ノアが学院に入った後くらいからスタートします。

 ノアが学院に入学してきて以来、姉上の機嫌がいい。

 学院内ではさほど姉上と会うことはないのだが、たまに見掛けると妙に嬉しそうだ。

 といっても、完璧な淑女の仮面を被っている姉上の表情を見分けられるのは私くらいのものだろうが。

 確かに姉上はノアが入学してくる日を心待ちにしていたが、それだけでこんなに喜ぶものだろうか。

 まさか周囲に耳目のある学院内で理由を聞くわけにもいかないし、長期休暇になったら聞いてみるか。





 姉上がノアに出会ったのは、5歳の頃。

 毎年、年明けにゼフィラス公爵家(わがや)を訪れる叔母上──セルローズ・ジェラード侯爵夫人が初めてノアを連れてきた時だ。

 姉上は、まだ2歳だったノアをいたく気に入って、帰るまで片時も離さなかった。

 そして、「結婚したい」と言い出したのだ。

 ちょっと前までは、「わたしは王子さまと結婚するのよ」なんて言っていたくせに。

 だが、実際に「王子さま」に会いに行った姉上は、帰ってくると「王子さまなんていらない!」と泣いていた。

 そんな時に出会ったノアを、姉上は気に入ってしまったらしい。

 私自身も、当時はまだ3歳でよくわかっていなかったが、姉上の浮き沈みは今でも覚えているくらいだから、相当印象的だったのだろう。

 いや、あんなことを言われたら、忘れようにも忘れられないか。


 ノアがやってきて一月もした頃、姉上は

 「ガーベラスと取り替えたら、ノアはずっとうちにいられるかしら?」

などと言ったのだ。私に面と向かって。

 「あねうえは、ぼくをきらいになったの?」

 ショックを受けてそう聞き返した私に、姉上は、にっこり笑って

 「まさか。ガーベラスは大好きよ。でも、ノアは世界でいちばん好きなの。

  ノアがいてくれたら、もう誰もいらないわ」

と答えた。

 面と向かって「いらない」と言われた私は、その時、大泣きしたと記憶している。

 姉上に悪意は全くなく、ただ純粋にノアに会いたいだけだったのだろうが、それは3歳の私には残酷に過ぎた。

 今にして思えば、それは子供らしい残酷さだったのだろう。

 そして、まだ幼かった姉上は、ノアと結婚したいと母上にねだるようになり、母上は

 「ノアと結婚したいのなら、立派な淑女にならなければいけないわね」

と、体よく丸め込んで淑女教育を始めてしまった。

 「ノアと結婚したいなら」という一言は、姉上に対する最高の殺し文句になっていた感がある。

 姉上は、それまでもさほど我が儘を言わない(ほう)だったと思うが、淑女教育が始まった辺りから、全くと言っていいほど我が儘を言わなくなった。




 そして、翌年の年明け、再びノアがやってきた。

 姉上は、待ちに待っていたとばかりにノアを構い倒し、甲斐甲斐しく世話を焼いた。

 滅多に見られないほど嬉しそうな顔をして。

 手ずからお菓子を口に運んでやるなど、私にさえしてくれたことがなかったというのに。

 そして、母上に「ノアが大きくなったから結婚できますか?」と聞いていた。

 4歳の私でもまだ無理だとわかるようなことを真顔で聞いていたのは、それだけ周りが見えなくなっていたということなのだろう。

 そして、ノアが帰った後。

 やはり姉上は、無体なことを言い出した。

 「1年中、年明けならいいのに」

 それはもう、1年とは言わないだろう。




 私が6歳になった年明け、とうとう姉上はノアと婚約した。

 姉上の喜びようといったら言葉にできないほどだったが、ノアの方もまんざらでもないようだった。

 あれは、どちらかというと憧れのお姉さんと一緒にいて嬉しいという感じだったが、これで姉上も妙なことを言わなくなるだろうと安心したものだ。




 初めて姉上とノアがもめたのは、姉上が13歳の時だったか。

 姉上とノアとの婚約は、2人が幼かったこともあって、仮のものだった。

 姉上が成長し、幼い初恋を忘れて他の誰かに本当の恋をしたとき、婚約破棄という(きず)を残さないためのものだったのだが、姉上は“仮の(それ)”が不満だったらしい。

 本気でノアと結婚するつもりだった姉上は、ことあるごとに、婚約を本物にするための条件である“ノアからの告白”を求めていた。

 ただ、それはノアが自発的に(・・・・)する必要があったから、姉上は「早く“仮の”を取りなさい」としか言えなかった。

 それを、ノアが「どうすればいいんですか?」などと聞いたものだから、姉上が拗ねたのだ。

 ノアに罪はない。

 なにしろ、当時5歳だったノアは、その辺りの事情は知らされていなかったのだから。

 常にないほどむくれてしまった姉上を持て余したノアは、私のところに相談に来た。

 「ドロシーさまから“仮の”を取れって言われたんですが、どうすればいいかわからないんです。ドロシーさまは怒って口もきいてくれないし。ガーベラスさまは、どうすればいいかご存じですか?」

 気持ちはわかるが、教えられるくらいなら姉上がとっくに教えている。

 私としては、

 「そりゃあわかるが、私の口からは言えないな」

と答えるしかなかった。

 結局、姉上は、ノアが帰るまでずっと、何かよくわからない文句を言い続けていた。

 そのくせ、帰ろうとするノアに泣いてすがって引き留めて。

 何というか、ノアが絡んだ時の姉上は、本当に子供のようになる。

 あまりにも純粋で真っ直ぐな、幼い頃の初恋そのままの一途な気持ち。

 こんな重い気持ちを正面からぶつけられるノアも可哀想とは思うのだが、さりとて弟としては姉上に幸せになってもらいたいという思いもある。

 見るところ、ノアも姉上を慕っているようではあるし、きっと受け止めてくれるだろう。

 「まあ、大変だろうが姉上を頼む。君なら何とかなるだろう」

 そう言ってやると、ノアは狐につままれたような顔をしていた。




 長期休暇になり、屋敷に帰ってきた姉上に上機嫌の理由を聞くと、ノアから「あなたに相応しい男になるから待っていてほしい」と言われたのだとか。

 そうか、姉上の初恋は報われたか。

 予想外にほっとしている自分に、思わず苦笑が漏れた。

 正直、姉上の気持ちもノアの気持ちも、私にはわからない。

 たしかに恋とは尊いものなのだろうとは思うが、5歳の時の初恋を10年も引きずるというのは、どうにも理解できない。

 先日学院を卒業されたルーシュパスト殿下にしてもそうだ。

 7歳の時の失言を、10年も引きずっている。

 それも、姉上を傷つけたことをというよりは、姉上に嫌われたことを、だ。

 私は13歳の今日(こんにち)に至るまで、恋をしたことがない。

 「ゼフィラス公爵家」という名に擦り寄ってくる令嬢は多いが、私自身に魅力を感じている者などほとんどいない。

 いても外見に惹かれているだけだったりと、私の人となりを気にしている令嬢など1人もいないと言い切っていいだろう。

 いつか、私も誰かに恋をする日が来るのだろうか。

 たしかにゼフィラス公爵家(うち)の現状なら、私が政略結婚に縛られることもないかもしれないが、かといって恋愛する自分など想像もつかない。

 恐らくは、無難にどこかの伯爵家辺りから妻を迎えることになるのだろう。

 なんだ、ノアの方が私よりよほど大人じゃないか。

 “姉上に相応しい男”が何なのか、私にはさっぱりわからないが、飛び級したほどの男が相応しくないはずもない。

 そもそも父上も母上も、ノア以外の誰もが認めているんだ。後はノアが自分に自信を持つだけのこと。

 近い将来、ノアは正式に姉上の婚約者として発表されることになるだろう。




 長期休暇が終わり、学院に戻って数日後のこと。

 階段を昇っていたら、ペンやノートが降ってきた。

 またどこかの令嬢が、私の気を惹くために何かしたのかと思ったのだが、それらを追うように階段を降りてきた令嬢は、

 「申しわけありません、ぶつかりませんでしたでしょうか?」

と頭を下げただけで、私が「ああ、大丈夫だ」と答えると、

 「そうですか、よかったです。

  あ、こちらはどうかお気になさらずに」

と言って、ペンを追って行った。

 どうやら、本当に落としただけらしい。

 私が誰かも気付いていないようだった。


 手伝ってやろうかとも思ったが、そこまでする義理もない。そう思って一段昇ったところで、足の下から何かが折れる音がした。

 見ると、階段に引っかかっていたペンを踏んでしまったらしい。

 仕方ない、これはさすがに無視して去るわけにはいかないだろう。

 「君、ここにもあったようだ。すまないが、踏んでしまった」

と声を掛けると、件の令嬢は、むしろすまなそうな顔をして

 「どうかお気になさらずに。落とした私がいけないのです」

と答えて私の手から折れたペンを受け取った。

 その令嬢の名がフーケ・バトゥーブだと知ったのは、半月後のことだった。

 というわけで、ホワイトデー企画でした。

 その後、偶然再会した2人は、主にガーベラスからのアプローチで恋に落ちることになります。

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[良い点] >完璧な淑女の仮面を被っている あはは。言われてる言われてるー。 >「ノアと結婚したいなら」という一言は、姉上に対する最高の殺し文句 かわゆいねー。乙女♡ [気になる点] やーーん。…
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