閑話 お嬢様の恋
1話から1年後、侍女のマリー視点での回想です。
1,2話の主人公が周囲からどう見えていたかというと…
私の名は、マリーゴールド。
このバラード伯爵家で、20年間侍女をやっています。
当家には、13歳になられるご長男と、11歳になられるご長女がいらっしゃいます。
ご長男のブルーノ様は、昨年、王都にある王立学院に入学され、王城で働く旦那様と共に王都の別邸にいらっしゃいます。
ご長女のセルローズお嬢様は、奥様譲りの輝くような金髪と深い青の瞳をお持ちの、人形のように美しく、物静かでお優しいお方です。
大変に素直な方で、奥様がご用意された家庭教師について勉学に励み、王立学院にご入学される日をお待ちになっていました。
そんなお嬢様に婚約者ができました。
1年前、奥様の古いご友人でいらっしゃるジェラード侯爵夫人とご子息が顔合わせのためおいでになり、無事婚約が成立しました。
その際、ご子息はお嬢様をたいそうお気に召したご様子で、ご自分のことを愛称で呼ぶことをお許しになりました。
上位の貴族が愛称呼びを許すということは、大切な存在だと認めたということ。
初対面ですぐに認められるなど、さすがはお嬢様です。
お嬢様の方も、ご子息をお慕いされたようでした。
ご子息は、お嬢様を伴ってお庭を散歩なさいましたが、その際、お嬢様は、池に落ちそうになったご子息を身を挺してお助けなさいました。
その後、お嬢様は風邪を召してしまい、3日も寝込まれましたが、お目覚めになって最初に気にされたことは、ご子息の安否でした。
ご子息も、お嬢様を危険な目に遭わせたことを反省されて3日の間お部屋で謹慎され、体調の回復されたお嬢様にお会いになった際には、お嬢様の手をお取りになって幸せにすると誓っておられました。
あの時のお嬢様のはにかんだ笑顔は、忘れようもありません。
正式に婚約が決まってからのお嬢様のご様子は、端から見ていても微笑ましいものでした。
ご子息のお名前が出るたびピクリと反応されるのに、それを悟られまいと、平然としているそぶりをなさるのです。
ご子息からお手紙が届いた時など、お読みになった後、たいそう上機嫌で、数日はお返事に何を書こうか思い煩っているご様子でした。
お茶の時間も、お菓子に余り手を付けなくなったようです。
まだ太ることを気にするような年齢ではないのですが、たとえ幼くとも恋する乙女とはそういうものなのでしょう。
また、それまではどちらかというと苦手でらした計算も、家庭教師が驚くほどの早さで上達なさり、誰にお聞きになったのか、領地経営に必要だからと、経理関係も学ばれるようになりました。
ほかにも、侯爵子息の伴侶として恥ずかしくないよう、礼儀作法やダンスなどの社交も積極的に学ばれています。
物静かだったお嬢様が、いえ、物静かなのは変わっていないのですが、どちらかというと奥様に言われるままに動いておられたお嬢様が、ご自分で必要と思われることを選んで積極的に学ぶ姿勢を身に付けられました。
貴族の令嬢として、ご両親のお決めになったお相手に嫁ぐのは当然ではありますが、お嬢様ご自身も望んでというのは喜ばしい限りです。
お嬢様ならば、きっと立派な侯爵夫人となられるに違いありません。