閑話 可愛い義娘
200万PV達成記念です。
今回は、ヴァニィの母フェリス・ジェラードの視点となります。
「セルローズ・バラードともうします」
セリィと出会った日のことは、昨日のことのように覚えてるわ。
ふわふわの金髪と、秋の空のような色の瞳、親友をそのまま小さくしたような人形のように可愛い顔立ち。でも決して無表情ではなく、初めて会う私達に緊張しながらも、きちんと淑女の挨拶をして。
ヴァニィの様子を窺うと、バラード領に来るまでの不機嫌さは鳴りを潜めて、目を見開いてる。
あらあら、手を繋いで庭を探検しに行っちゃった。
だいぶ気に入ったみたいね。
「僕もお前を『セリィ』って呼ぶから、僕のことは『ヴァニィ』って呼べ」なんて。
ベルや私が「セリィ」って呼ぶのが羨ましかったのかしら? セリィもはにかみながらついていくし、これなら問題なく婚約できそうね。
数年ぶりに会うベルとの会話に夢中になっていたら、庭師がびしょ濡れのセリィを抱きかかえて走ってきたから、びっくり。
その後ろを半べそかきながらついてきたヴァニィに事情を聞いたら、池に落ちそうになったヴァニィを庇ってセリィが池に落ちたって。
セリィは熱を出して、そのまま寝込んじゃった。ベルは、風邪を引いたんだなんて、呑気なものだったけど。
「僕の…僕のせいだ…。僕が調子に乗ってたから…」
半泣きのヴァニィの説明は要領を得ないけど、要するに池に落ちたセリィを自分で助けられなかったことが悔しいみたい。もちろん、セリィのことを心配してもいるようだけど。
見所あるじゃない。
好きな女の子を助けたくて、助けられなくて、悔しがるなんて。
「ヴァニィ。どうしたらよかったのか、これからどうしたいのか、よく考えて。
どうせセリィは寝込んじゃったんだし、ゆっくり部屋で考えなさいな」
それにしても、セリィったら、ずいぶん献身的ねぇ。
尽くすタイプかしら? ベルもそうだったものね。やっぱり親子だわぁ。
2日後、ヴァニィは答えを出したみたい。
「母上、僕は強くなる。どんなものからもセリィを守れるくらい、強く」
「そう。じゃあ、頑張ってね」
セリィが目を覚ましたと聞いて、ヴァニィったら矢も盾もたまらず部屋に行って
「本当にすまなかった。この償いはきっとする」
ですって。セリィも嬉しそうに微笑んでいて。
絵になる2人ね。
ベルも同じことを思ったらしくて、じゃあ婚約させようか、ということになったわ。
肝腎の顔合わせはちゃんとできなかったけど、2人の様子を見てれば、お互い惹かれ合ってるのは火を見るより明らかだものね。
領地に帰った後のヴァニィは、見ていて微笑ましかったわ。
剣術にも馬術にも積極的だし、勉強にも身が入ってるみたいだし。
いい傾向だわ。
で、そういうのをセリィに手紙で自慢しちゃったりして。こっそり見せてもらったけど、なかなかいいお手紙だったわね。
また、セリィの返事がいいのよねぇ。あんなに褒められるものかしらってくらい褒めてくれて。
ヴァニィが、貰った手紙を大事にしまっておいて、時々読み返してるのがまた微笑ましくて。
セリィは、男を褒めて伸ばすタイプかしらね。いい奥さんになってくれそう。
学院に行ったヴァニィからの手紙には、いつもセリィのことばかり。
仲良くやってるみたいね。
それにしても、セリィったら優秀なのね。セリィの手紙には、ヴァニィを支えるために色々勉強してるって書いてあったけど、本当に頑張ったのねぇ。
あら? ヴァニィ、長期休暇に帰ってこないの? セリィと一緒に過ごす? あらあら。
まあまあ、一緒に卒業して帰ってくるの? そのまま結婚? 大変。準備しなくちゃ。
卒業したヴァニィが、セリィを連れて帰ってきたわ。
セリィには6年ぶりに会うけど、小さかった頃のふんわりした感じのまま綺麗になっちゃって。
ベルと違って気の強そうなところがなくって、守ってあげたくなるような儚さがあって。
これは、ヴァニィが長期休暇にも帰ってこないわけよねぇ。
「お義母様、末永くよろしくお願いします」
「土地の方は準備しておいたけど、どうするの?」
「王城に上がらない条件として、こちらで研究を続ける約束になっているんです。
作業員なども来ることになると思いますが、詳細は殿下…ゼフィラス公爵殿下から、後日連絡があると思います」
あらあら? ヴァニィを支えるために色々勉強してたって話だったけど、研究も続けるのかしら?
「でも、研究するなら、王都にいた方が楽なんじゃない?」
「それはそうなんですけれど、私はヴァニィの傍にいたいので…。
研究を続けることは、こちらに住むための条件なんです。
申し訳ありませんお義母様、私の口からは、これ以上は言えないんです」
式の前に、少し2人で話したけれど、見た目ほどほわほわもしてないのね。色々と考えながら話してるみたい。そういうところは、やっぱりベルの娘よねぇ。
考えてみれば、飛び級するような優秀な子なんだし、そりゃしっかりしてるわよね。
可愛いだけじゃない。きっといろんな顔を持ってる。
ヴァニィは、この子の隠された顔をどこまで知ってるのかしら。
すてきな結婚式だったわねぇ。
バラの花束がまた綺麗で。セリィったら、七色のバラなんてものまで作れちゃうのねぇ。
第3王子…じゃなくて、公爵ご夫妻もいらしてくれて。
公爵夫人のセリィを見つめる眼差しは、大切な友人に対するそれで。いい友達を持ってるのね。
「随分とおまけの多い嫁が来たものだな。
公爵殿下から、領内に研究施設を作らせてほしいと言ってきた。
研究成果は、この領で自由に作って構わんそうだ」
この領で? あらあら、セリィが言い淀んでいたのは、そういうことかしら?
「すごいわねぇ。そうやってヴァニィを支えてくれるわけなのねぇ」
「うん? 支える?」
「セリィが研究して作ったものは、ここで自由に作れるんでしょう? 特別に。
じゃあ、ジェラードの特産物になるじゃない?
セリィなりの、セリィにしかできない支え方ってことじゃないかしら。
そうなの…。セリィったら、そんなことまで考えて植物学を学んでたのねぇ」
セリィったら、本当に一途で献身的だわ。
結婚式に参列するためにやってきてくれたベルと、久しぶりにゆっくり語らったけど、セリィがヴァニィを大切にしてくれてるのがよくわかるわね。
「引き合わせてよかったわねぇ」
「本当に。セリィったら、子息から手紙が届くと上機嫌でね」
「ヴァニィもそうよぉ。セリィからの手紙は、全部箱にしまってあるはずよ。時々読み返したりしててねぇ」
「あら、セリィもどこかにしまってたはずよ。
この前領地に帰った時に、持って出たんじゃないかしら。
セリィったら、『ヴァニィと1年も離れていたらどうにかなってしまう』なんて言って、1年早く卒業したのよ」
「ヴァニィは幸せねぇ。
公爵殿下が仰るには、セリィがうちで研究して作ったものは、領内で自由に作っていいんですって。
セリィがヴァニィのために色々考えてくれてたことがよくわかるわねぇ」
翌朝、朝食の席に姿を見せたセリィは、少しふらつく感じで、微笑ましかったわ。
お客様方…公爵夫人もベルも、気付かないふりをしてくれてたけど、どちらもセリィを見つめる目が優しかったから、察していたわね。やっぱり公爵夫人はセリィを対等な友人と考えているようねぇ。
朝食後、セリィの世話を任せている侍女が、形式どおりの報告にやってきたわ。
「奥様、若奥様は無事坊ちゃまとお床入りなさいました。お印はこちらに」
「わかったわ。旦那様にも報告しておいてちょうだい」
さっきのセリィを見ていればわかったけど、ちゃんと我慢して待ってられたのねぇ。2人とも偉いわ。
セリィが嫁いできてから2週間。
ヴァニィとセリィは相変わらず仲睦まじくやってるみたい。
セリィは午前は施設の方でお仕事、午後はヴァニィと一緒に領内の実情のお勉強。
ヴァニィの半分の時間しか資料を見ていないはずなのに、2人の会話はちゃあんと噛み合ってるのよねぇ。
セリィの方が2枚も3枚も上手ってことなんでしょうけど、セリィがヴァニィを見つめる目は熱いままで。
まぁ、元々セリィの方が成績はいいんだし、今更変わるわけないかしら。これで腐らないところがヴァニィのいいところよね。
本当に想い合ってる2人よねぇ。微笑ましいわ。
旦那様は、当面はヴァニィに領内の実情を学ばせておいて、少しずつ領地経営に関わらせていくつもりみたいだけど、セリィの方はどうするつもりかしら。
「え? 隠居するの?」
「ああ。まあ、別に何が変わるわけでもない。
単に、家督を譲るだけだ。あれらなら、私よりうまくやれる。
私がいない方が好きにやれていいだろう」
「セリィは、まだベッドから起きられないのよ?」
「永遠に寝たきりというわけでもあるまい。
子を産めなくなったと言っても、嫡男はいるんだ、何も困らん」
ようやくセリィが動けるようになったのは、春になる頃。
少しやつれたセリィは、
「私は、ヴァニィの隣にいられれば幸せですから」
と朗らかに笑って。
もう子を産めないと聞いて泣き崩れたとは思えないくらい、朗らかに。
ねぇ、セリィ、無理して笑うことないのよ?
「私には、まだヴァニィのためにできることがありますから」
本当に、あなたは献身的なのね…。
以前からリクエストをいただいていました、セリィの新婚時代も含めてみました。
特に、ノアを産んで、もう子供を産めないと言われたセリィがどう立ち直ったのかは、書いておかないと駄目かな、と思っていました。
ヴァニィのお母さんフェリスも、ぽわんとしているだけの人ではなく、貴族らしく裏で色々考えている人です。