閑話 母になるということ
母の日に因んで、ノアに弟妹がいない理由、セリィが体を壊した経緯などを語ってみようと思います。
ノアの視点になります。
「奇蹟の少女と運命の相手」の主人公:ローズマリーが産まれた頃の話です。
「ははうえ、だいじょうぶ? あたま、いたいの?」
「大丈夫よ。ありがとう、ノアは優しいわね」
秋になるといつも思い出す、子供の頃のこと。
母上は体が弱く、季節の変わり目には体調を崩しやすい。
特に、秋から冬にかけて寒くなる頃は決まって熱を出し、寝込んでしまうことも多い。
それは、私のせいだ。
私が生まれたのは、秋の終わり。
そろそろ寒くなってくる頃、母上は産気づいた。
ギリギリまで動き回っていたせいなのか、母上が小柄なせいなのか、とにかく難産で、産気づいてから私が生まれるまで丸三日かかったそうだ。
出産で体力を使い果たした母上は、生まれた私を見てホッとしたのか直後に意識を失い、初めて私を抱き上げたのは、私が生まれて二日後のことだったという。
そしてその後、医師から、もう子供を産むことはできないと宣告を受けてしまった。
一応、ショックを与えないよう、母上がある程度回復するまで伝えなかったらしいが、それを聞いた母上は、傍に着いていた父上にすがりついて泣いたそうだ。
「ヴァニィ、私、もうあなたの赤ちゃん産めないって…! ヴァニィ、私、どうしたらいいの? 何が悪かったの? 私が出来損ないだからいけないの?」
父上は、
「大丈夫だから、セリィ。嫡男は産まれたんだ。お前は出来損ないなんかじゃない」
と慰めたけれど、母上は父上の子をもっと産みたかったらしく、暫く泣き続けたそうだ。
貴族に嫁いで嫡男を産めないと、役立たずと罵られることもあるそうで、父上は母上がそれを心配していると思って慰めたけれど、母上はそんなことは全く考えていなくて、単に愛する人の子をもっと産みたかったと、それだけを考えていたらしい。
ひとしきり泣いて落ち着いたものの、母上は、その後もなかなか体力が戻らず、ようやくベッドを出られた頃には、もう春になっていた。
結婚以来ずっと領地に籠もりっきりの母上が唯一領外に出る、年末のゼフィラス公爵家訪問も、その年は行けなかった。
乳の出も悪く、私は父上があらかじめ手配していた乳母の乳で育った。
私を産んだせいで母上は体を壊したのに、母上はむしろ私に罪悪感を感じていた。
「ごめんなさいね、ノア。
母様は、あなたに弟も妹もあげられないの」
幼い頃、弟妹が欲しいと言うたびに言われたその言葉の意味を私が知ったのは、10歳を過ぎた頃だったろうか。
今にして思えば、私はなんて残酷なことを言ってしまったのだろう。
母上は、自分が子供を産めないことをずっと気に病んでいた。
だけど、私は知っている。
本当は、母上はもう1人なら産めたかもしれなかったことを。
医師は、母上に嘘を言った…というより、正確なことを言わなかったのだ。
正確には、もう1人産めるかもしれないが、今度こそ命を落とす危険が高いということだった。
母上が目を覚ます前にそのことを医師から聞いていた父上は、その医師に命じて、もう産めないという言い方をさせた。
可能性があるとなれば、母上は命を賭けてでも産もうとするから。
父上は、母上を喪う危険を冒したくはなかったんだ。
私自身が父親となった今、父上の気持ちがよくわかる。
ドロシーがオルガを産む時、私はとても怖かった。
幸い、ドロシーはお産も軽く、すぐに動けるようになったけれど。
でも、2人目を身籠もったドロシーの出産の予定が秋の終わりと知った時、私は不安に押し潰されそうになった。
ドロシーなら、きっと無事に産めるだろうと思っているのに、ふとした瞬間に不安が頭をもたげてくる。
そんな私の不安を、ドロシーは笑い飛ばした。
「大丈夫ですわ、ノア。
私があなたを置いて逝くなんてあり得ません。
15年も恋い焦がれてようやく手にした幸せを、どんな理由であれたった4年で手放すほど、私は諦めが良くはありませんから」
2人目の割に、オルガの時より長く掛かる出産にハラハラしたものの、無事娘が産まれた。
もちろん母子共に元気だ。
「ですから言いましたでしょう? 私はそう簡単にノアから離れたりはしないと」
出産でいくらかやつれたドロシーは、そう言って笑った。
そして、娘を抱き上げて
「この子の名前は、お義母様のお名前をいただいて、ローズマリーでどうでしょう」
と言った。
それは、きっと2人目を産むことができなかった母上への気遣いだ。
私は、ドロシーの気遣いをありがたく受け取った。
少しすれば、我が家との繋がりを求める貴族家から、マリーへの婚約の申し込みが数多く舞い込むだろう。
だけど私は、マリー本人を見もしないで申し込まれた話は、全て断るつもりだ。
マリーの結婚相手は、マリー自身を欲してくれる人であってほしい。
そして、いつかマリーが母になる時、それはマリーが命を懸けても産みたいと願うほど深く愛した相手の子であってほしい。
もちろん、本当に命を懸けられては困るけれど。
断片的に語ってきたものの、はっきりと書いていなかった、セリィの体の話です。
元々強くはなかったのですが、出産により決定的に虚弱になりました。
といっても、日常生活で不自由するほどではありませんが。
実は、以前、アナザーエンドである「ローズとリーナ」を書いた後、そっちのセルローズの息子への対応に、作者ながら苦しくて、「セリィがこういう人だとは思われたくないなあ」と考えていたのが、このエピソードを書いた理由でした。
「ローズとリーナ」をお読みの方は違いを感じていただけると思うのですが、鷹羽の中のセリィは、こっちです。
お読みでない方は、読まないままでいた方がよろしいかと思います。
ともあれ、こうしてローズマリー・ジェラードは婚約者のないまま育ち、自分の意思で結婚相手を選べる環境で学院に入学しました。
沢山の愛と、沢山の思惑に包まれて。
よろしければ、マリーの物語「奇蹟の少女と運命の相手」もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n4634do/




