後日談1 リリーナの結婚
リリーナのその後です。
登場人物紹介に書いているリリーナの結婚の経緯について書いてみました。
あたしの名前はリリーナ・ユーリス。
ガルデン王国の王立研究所で事務官吏をしている。
この研究所では、王国の食糧事情改善のための研究が行われていて、荒れ地でも育てやすい作物や、長雨に強い作物、反対に雨が少ない土地でも育つ作物などを研究しているの。
所長を務めるのは、ゼフィラス公爵殿下。
国王陛下のご子息に当たられ、4年前に臣籍降下なさってゼフィラス公爵家を興された。
この研究所は、陛下の肝煎りで始められた国家事業で、本来ならあたしのような平民が入れるところじゃない。
実際、一緒に働いている人達は、貴族の次男三男といった方が多くて、平民はあたし1人だけ。
次男三男ばかりで爵位持ちの官僚貴族そのものが少ないのは、次男などは爵位を得るために仕事熱心になることと、研究に既得権益を持ち込まれないようにという公爵殿下の思惑によるらしい。
もっとも、公爵殿下はそういう政治的なバランス感覚をお持ちでないので、実際は公爵夫人が采配を振っておられるのだけど。
あたしの両親は、あたしが王立学院を卒業したら、商売関係の家に嫁に出すつもりだったんだけど、あたしが官吏として王城に召し上げられることになって大喜びしてた。
王城にコネのある商人は、信用が段違いだから。
実際には、普通の下級官吏にコネなんてあるわけないんだけど、信用が上がるのは間違いない。
それに、あたしの場合、一応、ゼフィラス公爵ご成婚の際のバラの専売許可を戴いたという実績があるので、王城どころか公爵殿下にコネがあると言えなくもないけど。
で、研究所でたった1人の平民の小娘が冷遇されているかというと、そんなことはない。
皆様、とてもよくしてくださる。
仕事はきちんと回ってくるけど、理不尽なことをされたことは一度もない。
これは、全て公爵夫人のお陰。
形として、あたしは公爵夫人の推薦で研究所に入った。
公爵夫人は、公爵殿下がまだ第三王子だった頃、婚約者のランイーヴィル公爵令嬢として学院にいらした。
決して親しい間柄ではなく、話しかけるのも躊躇われるほどだったこの方が、あたしに目を掛けてくださるのは、あたしがセルローズ様と親しくしていたから。
セルローズ様は、学院にあたしと同じ年に入って1年早く卒業した伯爵家の令嬢で、あたしとはひょんなことから知り合った。
同じ講義を取っていた関係で親しくなって、貴族と平民という壁はあったものの、あたし達は友人と言っていい関係だったと思う。
セルローズ様は、少し儚げな印象の綺麗な人で、性格は真面目で穏やか、その上、二段飛び級などという学院始まって以来の快挙を成し遂げたほどの天才で、「不世出の才媛」なんて呼ばれていた。
あたしは、小さい頃「神童」なんて呼ばれていたけど、学院に入ったらただの人だった。
神童っていうのは、セルローズ様のような人のことを言うんだと思う。
仲良くなった後、セルローズ様は、あたしに勉強を教えてくれるようになって、そのお陰であたしの成績はぐんぐん上がった。
正直、あれがなかったら、官吏になんてなれなかっただろう。
そのセルローズ様は、卒業要件をさっさと満たして、1年上の婚約者と一緒に卒業すると、すぐに結婚して領地に行ってしまった。
婚約者のヴァニラセンス・ジェラード侯爵子息とは、学院で知らない者はいないほど仲睦まじく、その気になればいつでも卒業できるのに、敢えて婚約者と一緒に卒業したという話も有名だ。
しばらくはお父上である侯爵の下、夫婦で領地経営に参加していたけれど、少し前に、セルローズ様が跡継ぎとなる男の子を産んで、それを機にヴァニラセンス様が侯爵位を継いだそうだ。
外部にはあまり知られていないけど、実はセルローズ様は、この研究所の在外研究員でもあり、ジェラード領内で研究を続けていて、成果を届けてくれる。
この研究所の成果の7割がセルローズ様の手によるものだということも、外では知られていない。
公爵夫人があたしに目を掛けてくださるのは、セルローズ様があたしの後見をお願いしてくれたかららしい。
お陰であたしは、研究所でいじめられることも、無体に口説かれることもなく過ごしていられる。
当然、あたしの方からも周囲の貴族子息の方々に仕事以外で声を掛けるなんてことはできないわけで、浮いた話も出ないのだけど。
実は、あたしには気になっている人がいる。
研究所の会計担当をしているフロスト様という方で、官僚貴族の三男だそうだ。
経費の関係で時々話をするけど、真面目で仕事熱心な方だ。
こんな方に声を掛けられたら嬉しいけど、当然、フロスト様も仕事以外であたしに声を掛けてくることはない。
まぁ、公爵夫人の後ろ盾がなかったら、あたしなんてあっという間にどこかの貴族に手籠めにされた挙げ句、捨てられるのがオチなので、そこは仕方のないところだ。
そんなある日、公爵殿下から所長室に呼び出された。
呼び出されるようなヘマをやった覚えはなく、おそるおそる伺ったところ、公爵夫人がいらして、あたしをソファに座らせて話し始めた。
相変わらずの美貌と、子供を2人も産んだとは思えないくらい変わらないスタイルで、威圧感がもの凄い。
恩人ではあるけど、やっぱり少し苦手だ。
「フロスト子爵のご子息が研究所に勤めているのは知っていますね?」
「はい、あの、経理のフロスト様でしたら存じております」
フロスト様が何かした?
使い込みとかするような人じゃないはずだけど…。
「彼は、この度男爵に叙爵されることになりました」
叙爵? ってことは、フロスト様自身が爵位持ちになっちゃうんだ。
ますます手の届かない人になっちゃうなぁ。
「そこで、叙爵に伴い身を固めてはどうかという話が出ています。
あなたさえよろしければ、一度彼と話す場を設けたいと思いますが、いかがですか?」
え? 話す場? あたしと? それって…
「あの、それはつまり、あた…私がフロスト様のお相手として、ということでしょうか?」
「そうなります。
もちろん、無理強いするつもりはありません。
まだここだけの話ですから、断ってもらっても結構です」
「私でよいのでしたら、是非その機会を!」
「わかりました。
日取りを整えたら、また連絡しますから、当面は他言無用です」
「わかりました、誰にも言いません。
…あの、フロスト様は、私なんかでいいと仰ってるんでしょうか?」
「あなたにはなじみのない世界でしょうから、最初に言っておきますが、あなたの後見たる私に打診があったということは、あちらがあなたを求めているということです。
私が是と回答することで、あなたがフロスト男爵夫人になることが確定します。
そのつもりで、身の処し方を誤らないようになさい」
「はい、ありがとうございます!」
あたしが深く頭を下げると、公爵夫人は小さく笑い、あたしに顔を上げるよう言ってきた。
「一度正式に顔合わせをした後、話が本決まりになります。
あなたのご両親には、その後、あなたからお話なさい。
覆る話ではありませんが、ものには順序があります。
フロスト子爵家に対し、あなたやあなたのご両親がすべきことはありません。
陛下の御名の下、フロスト男爵の叙爵と婚姻が宣言され、あなたは男爵夫人となります。
その際にあなたが着るドレスも作らなければなりませんから、次の休みに公爵家にいらっしゃい。
門番には、名乗ればわかるよう計らっておきます」
「あの、ドレスって…」
「陛下の御前に出るのです。
後見たる私の名にかけて、あなたにみっともない格好はさせられません。
こちらで全て用意しますから、あなたは採寸と最低限の礼儀作法を学べば結構です。
…セリィはあなたの幸せを願っています。
私はセリィの代わりにあなたの後見をしているに過ぎません。
感謝ならセリィになさい。
では、お下がりなさい。
くれぐれも他言無用ですよ」
正直、どうやって家に帰ったのか覚えていない。
あたしが、貴族になる? それも、あのフロスト様と結婚して?
セルローズ様と出会って、あたしの人生は大きく変わった。
家のコマとして嫁に出されるはずのところを、王城に勤めることができたし、その上、今度は貴族と結婚?
学院に入学したときに夢見た、官吏になってステキな人と結婚する未来に、手が届こうとしている。
あたし自身努力しなかったわけではないけど、あたしの努力だけでは超えられなかったところをセルローズ様が超えさせてくれた。
あたしにとって、セルローズ様と出会えたことは人生最大の幸運だった。
あたしの幸せがセルローズ様の望みだというなら、いっぱい幸せになろう。
そして、いつか、あたしがセルローズ様のために何かしてあげるんだ。