閑話 七色のバラを君に
第3王子視点です。
私は、サイサリス・フォア・ガルデン。
このガルデン王国の第3王子だ。
現在、私は、この研究室で、バラの研究をしている。
バラの花の色を自由に発現させるという研究だ。
幼い頃、絵の具を与えられた私は、赤と白を混ぜるとピンク色になることを知った。
けれど赤いバラと白いバラを掛け合わせても、ピンクのバラは咲かない。
私は、それが不思議だった。
しかし、私のこの疑問は、大人達には子供の我が儘と同じくらいにしか感じられなかったらしく、私は変わり者扱いされた。
さすがに王子だから、面と向かってバカにされることはなかったけれど、真面目に私の話を聞いてくれるのは、婚約者であるカトレアくらいだった。
私が王立学院で植物学の研究科に入り、研究室を与えられた後も、カトレアは頻繁に様子を見に来てくれた。
だから、研究室には、本来部外者であるカトレア用の白衣が用意してある。
私が5年生になったある日、研究室に面白い令嬢が現れた。
「殿下、遅くなりました。
…どうされました?」
どうやら、私はうれしさが顔に出ていたようだ。
「今日、恐ろしく察しのいい院生に会ったんだ。
私の研究に手を貸してくれるといいんだが」
「それはおめでとうございます。
それで、どなたですの?」
…名前を聞いていなかった。
2か月後、あの時の院生が私の研究室に入ってきた。
なんと新入生だったらしい。
飛び級をして研究科に進級した才媛だとか。
話をしてみると、その察しの良さに舌を巻くことになった。
「赤毛の父と銀髪の母の間の子の髪は、ピンクにはなりません。
花の色も同じで、色そのものではなく、その色になる何かの因子を持っているのでは?」
彼女は、大量に収穫できる品種と、味の良い品種を掛け合わせて、長所を併せ持った品種作りをしたいのだと語った。
私の考えを笑わないどころか、同じような目標を持った同志に初めて会った。
私は喜びのあまり、その彼女、セルローズ・バラードの手を握ってしまい、カトレアから苦言を呈されることになってしまった。
どうも気分が高揚すると、後先考えずに行動を取ることが多い。
その後も、セルローズとの研究談義に花が咲くと、ついつい私は不用意にセルローズに近付きすぎてしまい、とうとう見かねたカトレアが常に同席するようになった。
申し訳ないと思う反面、ありがたいとも思う。
カトレアは、いつも私のことを案じてくれる。
セルローズの婚約者ヴァニラセンスを交えて会った後、セルローズを「セリィ」と呼んでしまい、
「殿下、婚約者のいる令嬢を愛称で呼ぶのはおやめなさいませ」
と言われたこともあった。
その後、彼女のことはバラードと姓で呼ぶようにしている。
カトレアは、バラードのことを相当気に入っているらしく、研究室の外でも一緒にいることが多いようだ。
バラードの才能は、本当に素晴らしい。
彼女が来てから1年半、私の研究は遅々として進まないのに、彼女の研究は既に結実しかけていた。
私が卒業して半年、そろそろ父上に成果を示さなければならないのに、まだバラは思うような色では咲かない。
悶々としていたところ、カトレアがバラードを伴い、助け船を出してくれた。
「セリィの作物を、殿下との共同研究として発表してはいかがです?
修道院の炊き出しに、あれを使った料理を出せばよろしいのです。
陛下も研究をお認めくださるのではありませんか?」
「しかし、あれはバラードの研究であって私の研究ではない」
「作物にイモを使ってはどうかと仰ったのは殿下ですし、研究資料の交換もなさっていたのですから、共同研究と言っても嘘にはならないでしょう。
どうですか、セリィ?」
「私は構いません。
これが成功すれば、殿下は王城に研究室を持てるのでしょう?
バラの研究は、その後でも続けられますよ?」
「しかし、バラードの成果を私の手柄のように発表するというのは…」
「お気になさることはありませんよ。
殿下の成果として発表された方が色々と都合がいいですし。
私としては、そうですね、共同研究者として、ジェラード領で自由に栽培することを許してさえいただければ、何も問題ありません。
では、明日から発表の準備に入りましょう」
バラードは、そう言って、カトレアと発表の段取りについて話を始めた。
バラードが帰った後、私はカトレアに気が進まないと改めて話したが、彼女は気にすることはないと言ってきた。
「バラードの功績を横取りするわけにはいかない」
「ご心配はいりません。
セリィは、きちんと分かった上で、敢えて殿下に功績を差し上げると言っているのです」
「どういうことだ?」
「セリィは賢い子です。
ああ見えて、腹芸も平然とこなす強かさを持っております。
あの子は、研究成果を殿下の名前で陛下に奏上するのが最善と判断したから譲ってくれたのですわ。
あの作物は、画期的なものです。
もっと研究が進めば、我が王国の国力は大きく上がります。
発表すれば、多くの領地貴族が興味を示すでしょう。
ことによっては、研究の強奪すらあり得ます」
「強奪…」
「セリィがいかに才媛と言われていても、伯爵令嬢に過ぎません。
今は、貴族の世界では、何の力もありません。
けれど、殿下との共同研究として陛下がお認めくだされば、陛下の御名の下、適切に管理され、セリィの安全は保障されます。
その上で、セリィは、ジェラード侯爵領における栽培の自由を要求しました。
殿下の共同研究者として、自領で栽培しても、他の貴族は何も言えません。
セリィは、実を取ろうとしているのです」
「しかし、それではバラードの名誉が…」
「セリィの望みは、ジェラード様の妻として彼を支えること。
そのために必要なら、何でもしますわ。
殿下。今回の研究は、上手く立ち回れば、玉座に手が届くほどの成果です。
どうなさいます?」
「玉座などに用はない。
私は、研究していたいんだ。
カトレアは、分かっているだろう?」
「セリィも同じです。
地位も名誉も興味はありません。
ただ、愛する夫を支えて領地を富ませたいだけなのです。
もし、そのために必要なら、殿下を無理矢理玉座に着かせることだってきっとできますわ。
あの子は、本当にいい子です。
いつも裏表なく私たちに接してくれています。
殿下のように腹芸ができないのではなく、できるけれどやらないのです。
私たちを友人と信頼しているから。
ですから、今回のように、必要なら計算もしてくれます」
「さっぱり分からないが…カトレアが言うのだから、間違いはないんだろう。
分かった。いいようにしてくれ」
カトレア達のお陰で炊き出しは成功し、私は王城内の研究所長の座を与えられた。
私は、バラードを研究所に迎えたいと言ったのだが、カトレアは反対してきた。
「殿下。先日も申し上げましたとおり、セリィの望みは夫の隣に立つことなのです。
王城に召し上げるのは、セリィのためになりません。
セリィに報いるのであれば、在外の研究員の立場と研究費を与えるのが一番です。
あの子なら、どこで研究しても素晴らしい成果を挙げますわ」
バラードに簡単に相談できないというのは面白くないが、カトレアがここまで言うのだ、私の手の届く範囲で研究してくれるだけでもよしとしなければならないのだろう。
「ところで、殿下。
今回活躍されたオーキッド侯爵がセリィを王城に召し上げようと画策しております。
セリィが断る際、ご同席ください。
セリィが卒業するのが優先と言って断り、オーキッド侯爵は卒業後でもいいからと仰ったら、その時は、殿下もそう言って誘っているが断られていると仰ってください。
それで解決いたしますから」
どうしてカトレアは、話の流れまで事前に分かるのだろう。
実際、そのように言ったら、オーキッドはあっさりと引き下がった。
カトレアが後で事情を説明してくれたが、私には理解できなかった。
さらに1年が過ぎて、私とカトレアの結婚式の日となった。
カトレアは、私が未だになしえない七色のバラの花束を持っていた。
バラードが作ったのだという。
「セリィは、これの研究資料も渡してくれるそうですわよ?」
まったくバラードには敵わない。
そして、きっとカトレアが色々助言してくれなかったら、私はバラードにとっくに見放されていたのだろう。
「カトレア。いつまでも世話を掛けてすまないが、これからも私を支えてくれ」
「勿論ですわ、あなた。
私の望みも、愛する夫を支えて生きることですもの」




