9 婚約の行方
寮に帰った後、僕はヴァニィとの関係を考えていた。
10歳の時、顔合わせをして、僕が池に落ちたせいで前世の記憶が戻った。
あの時、ヴァニィは僕に「償いはする」って言ってた。
それから2年間、手紙のやりとりはしてたけど、一度も会ってなかったし、手紙だってお互いの近況報告程度だった。
学院に入ってからの2年半は、時間が合う時はずっと一緒にいたと言っていい。
ヒロインであるリリーナは、殿下と出会いイベント、ヴァニィと迷子イベントをこなしたけど、その後は特にイベントは起こしていないみたいだ。
他の誰かを攻略中なのかな?
だとしたら、リリーナはヴァニィの攻略はしてないってことになる。
ヴァニィが攻略されなければ、僕が捨てられることもない。
…てことは、僕は予定どおりヴァニィと結婚する?
ヴァニィと? 結婚? …あれ?
男と結婚…なのに、気持ち悪く、ない。
昼間、オーキッド侯爵と結婚って考えた時は、すごく気持ち悪かったのに、ヴァニィだと平気だ。
オーキッド侯爵が嫌なのは、男だからじゃなくて、ヴァニィじゃないからだ。
僕は、ヴァニィと一緒にいたいんだ。
いつの間にこんなことになってたんだろう?
僕はヴァニィの隣に立つに相応しい存在でなければいけないって、ヒロインに対抗するためにずっと頑張ってきたけど、いずれ隣は明け渡す予定だったじゃない。
いつから、明け渡さないように頑張ってた?
修道院に行く理由、いつから「ヴァニィに捨てられたら」になってた?
王城に上がる。
それは、ヴァニィから離れるってこと。
ヴァニィは、ジェラードの領主になるから。
僕は、ヴァニィと離れて暮らしたくないから、王城に行きたくない。
認めるしかない。
僕は、いつの間にかヴァニィを好きになってたんだ。
じゃあ、ヴァニィは?
ヴァニィは、僕のこと、どう思ってるの?
ヴァニィは、ちゃんと僕を見てくれてる。
一所懸命保護者を気取って、僕を守って。
飛び級なんてしたせいで、周りの僕を見る目が変わっても、ヴァニィは変わらなかった。
ヴァニィにとって、僕は守るべき対象で、それが「償い」だから。
…償い、だから。
親同士が決めた婚約者で、危ない目に遭わせた償いで、だから、僕を大事にする?
僕と、結婚、する?
嫌だ。
そんなんじゃ嫌だ。
僕は、ヴァニィに守ってほしいんじゃない。
僕を好きでいてほしいんだ。
じゃあ、もし、ヴァニィが義務感だけで僕と結婚するつもりだったら、どうしよう。
それでもいいから、結婚しちゃう?
僕は、それで満足できる?
ヴァニィへの気持ちを自覚した途端に、こんなに我が儘になっちゃうなんて。
その夜は、眠れなかった。
そして、ついにヴァニィが帰ってきた。
遠征の汗と埃を落としてきたヴァニィと、一緒に夕飯に出掛けた。
せっかく久しぶりに一緒にご飯を食べるんだから、暗い話は後にしよう。
僕らは、ヴァニィの土産話を聞き、僕の炊き出しが成功した話をした。
食事の後、落ち着いて話がしたいと言ったら、明日の午後、僕の研究室でってことになった。
そして。
「先日の炊き出しの後、王城の方から、来年、王城に新設される研究室に来ないかとお誘いがありました。
そちらはお断りしたのですが、殿下からも、卒業後にどうかというお話をいただいてしまいまして…」
「まあ、殿下からお誘いいただくのは名誉なことではあるが、ジェラード領からは遠いからな」
ヴァニィは、僕が王城から声を掛けられたこと自体は気にしてないみたいだ。
「研究に関しては、俺では話についても行けないからな。
セリィが王城へ行きたいなら、止めたくはない。
お前の父君も王城におられるわけだし」
「私は、別に研究はどこでもできますし、王城に行きたいとは思っていないのです。
王城に行けば、権力争いにも巻き込まれそうですし」
「それなら、悩む必要はないだろう。俺と一緒に」
「私を取り込みたい方が大勢いらっしゃるそうです。
私自身を見てはくださらない方が、飛び級した小娘を欲しいと仰る方が!」
僕の研究が欲しいだけの人がいっぱいいる。
殿下は、僕の気持ちを尊重してくれるけど、それでも研究者としての僕を評価してるだけ。
僕自身を見てるわけじゃない。
あ、やばい、また涙が出てきた。
と、ヴァニィが僕を抱き寄せた。
思わずヴァニィを仰ぎ見る。
「当たり前だ。
セリィを見るのは、俺だけでいい。他の奴らは、不世出の才媛を見ていればいいんだ」
ヴァニィ? 今、何て?
「セリィは俺の隣で笑っていてくれ。
いつも言ってくれてたろう、俺を支えてくれるって。
俺を支えてくれるのは、お前の研究じゃない。お前の笑顔だ。
お前が笑顔でいられるよう、俺は頑張る。
だから、ずっと俺の隣で笑っていてくれ」
ヴァニィ…。僕でいい? 義務じゃない?
「わたっ私っ、あの日、償うって、償いのためかもって、怖くてっ」
だめだよ、自分が抑えられない。
もう何言ってるのかもわかんない。
「覚えてるか。あの池で、俺はお前に守られた。
池から引き上げられたお前は、俺に『無事でよかった』って言ったんだ。
俺は、お前を守れる男になることを誓った。
一生守るよ。お前を誰にも渡さない。王城になんか行かせないさ」
「ヴァニィ、私、ずっと、一緒にっ!」
嬉しい。
ヴァニィも同じ気持ちでいてくれた。
嬉し涙が止まらない。
ヴァニィ、大好き。
僕はヴァニィのものよ。