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「ダメだよ、アイツはオレたちの敵だと思わないと」
そう言いながら植村は軽く西川を睨み、それから視線を部屋の隅に移した。
合皮で覆われた黒いソファーは破損が目立ち、
露出したウレタンスポンジが埃を被って煤けている。
その上には流行りの過ぎたゲームのカードやUFOキャッチャーのぬいぐるみ、
サインペン、折れ曲がった成人向け雑誌、
誰の物かわからないNBAチームの帽子などが散らばっていた。
そのどれもが土埃で汚れている。
「うん。っていうか敵だから」
そう付け足した阿部が、薄笑いを浮かべた顔を西川に向けた。
それに同調するように、西川も薄い笑顔を作った。
綿谷と山本は、昨晩テレビで見た総合格闘技の話題で盛り上がっている。
それぞれ、憧れている選手が勝利した試合について、熱心に解説していた。
今関と神田と古川はまだ来ていない。
今日は少年野球チームの練習日なので、アジトに来るのは六時を過ぎるだろう。
アジトを見つけたのは綿谷だ。
「うちの近くに誰も住んでいないアパートが取り壊されずに残っているから、
オレたちだけの集合場所にしよう」
そう提案して、阿部と山本の賛同を得た。
阿部と山本の賛同は、即ち全員の賛同を意味する。
アパートは、恐らく築四十年は経過しているであろう古い二階建てで、
各階が二棟ずつに分かれていた。
人が滅多に通らない裏道にあり、周囲は更地という立地条件も
少年たちの関心を引き付ける要因となった。
アジトを一階にするか、それとも二階にするかで意見が対立した。
山本は、いざという時に一階の方が逃げやすいし、
一〇二号室が一番きれいに片付いている、と主張したが阿部は反対した。
二階の方が逃げるための時間を稼げるし、鉄製の階段は誰か来れば音でわかる。
ベランダ下の草むらなら、気を付ければ怪我なく飛び降りれるし、
何しろ上階の方がアジトっぽい。
結局、アジトは二階のきれいな方、二〇一号室に決まった。
今関が、他の部屋に誰も寄り付かないようにと、
二〇二号室に転がっていた消火器をアジト以外の三部屋で噴射した。
白い粉末が猛烈な勢いで噴射され、辺りをただならぬ酸味が覆い尽した。
「よし、見つけた」
植村が、ソファーの横に積み重なった廃材の影から、
使い捨てのインスタントカメラを拾い上げた。
カメラは埃を被ってはいたものの、比較的新しい物だった。
植村が埃を払ってそれを阿部に見せる。
「おお、見つけたの?」と阿部が声を上げ、西川がそこに近づく。
今関と山本も会話を中断して、阿部ら三人の方を見ていた。
アジトの征服を果たした時に、全員で記念撮影を行った。
その時に使ったインスタントカメラを、その後どこかに紛失してしまっていたのだ。
フィルムはまだ半分程度が残っていた。
「こんな所にあったのか。随分探したんだけど」
罰の悪そうな西川が、阿部から手渡されたインスタントカメラをトレーナーの袖で拭った。
カメラは西川が購入したので、所有及び管理も西川の担当になっていたのだ。
植村がカメラを西川の手から奪い、話し始めた。
「これを明日学校に持って行って、アイツを撮ってやろうぜ」
え?どういうこと?一瞬の沈黙の後で山本が聞いた。
「アイツがパンツ下ろされてるところを撮るってことでしょ?」
阿部が西川に向けたのと同じ薄笑いで答えた。
更に一瞬の間があって、それはいいね、面白い、とアジトの中が笑いで包まれた。