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008 少女2人と宣戦布告

「そうだよ!テメェが私の好きな人の彼女だったんだよ!!」

「それだいぶ違うよね!!」


血走った目で叫んだヒロインと突っ込みを入れるシェリーに、少しだけホッとした。

シェリーが寝取るような子じゃないっていうのは分かっていたけれど、確かな言葉が欲しいと思うのは仕方がない。


「どっちも変わんねぇだろうが!」

「質の悪い当たり屋に遭遇してしまった気分なんだけど!何処のチンピラ?!というか、それって単純に彼女持ちの男に片想いしただけでしょ!」

「そうだけど何か文句あるのかコラアァァ」


眉間に皺を寄せて睨み付けるヒロインに、シェリーは「もうやだこの人!言葉が通じない」と僕に助けを求めて手を伸ばしてきた。

その手を掴み、僕の方へと引き寄せる。


僕達の一連のやり取りを始終聞いていたヒロインは、険しい顔のまま僕とシェリーの顔を見比べた。


「つか、テメェ。彼氏は良いのかよ?テメェがトラックに轢かれて死んでから、テメェの彼氏抜け殻みたいに心を壊しちまって、2ヶ月後位にふらっと何処かに消えたまま、見つからなかった。アタシが身体で慰めようとしたのに見向きもしないで」

「人に寝取ったって言っといて、自分寝取ろうとしてるじゃん!」

「アタシは結婚する相手としかそういう事はしねぇって決めてるんだよ!だから朝に婚姻届にサイン書かせるつもりだったのに……!」


ヒロインは、クッソオォォと雄叫びをあげる。

オランジュはこの事態をどうして良いか分からず、狼狽えるばっかりで、全く役にたたない。

キラはパカッと口を開けたまま制止して、話にならなかった。


……仕方がない。手を打って場を切り替えようとした時、今まで存在感がなかった…………じゃなくて、沈黙を貫いていたゴール先生が漸く動いた。


「ほら、貴女達。皆困ってるじゃないの。もうすぐホームルーム始まるんだから、クラスに行くわよ」


ショッキングピンクの長い髪をクルクルと太い指に巻き付けて、つまらなさそうにゴール先生投げやりに言う。


お前が言うな、と声を大にして言いたかったけど、堪えた。もう騒ぎを長引かせたくない。


ゴール先生の言葉にオランジュは助かったという顔で、「ほら、行きますよ」ヒロインの腕を引いた。

オランジュに引き摺られていくヒロインは、ビシィッと僕達を指差して、廊下のど真ん中で大声で宣言した。


「陣内 志織ぃ!前世の仕返しだ!だから、今度はお前の好きな男を奪ってやるからな!!」

「何でその考えに着地するの?!おかしくない?!…………でも、いいわ。リンくんは渡さないからね!!」


腕を組んで仁王立ちをし、フンッと鼻で笑うシェリーを見て、ヒロインは悔しそうに幼いが整った顔を歪める。


「覚悟しとけ!」


三流の悪役が去り際に吐く捨て台詞をヒロインは堂々と吐き捨てながら、オランジュに引き摺られていった。

キラは僕達と一緒にそれを見送っていたが、数秒の後にハッと我に返り、なんとも言えない顔で僕達の方を向く。


ほんの一瞬、僕とキラの視線が交差した。


深く沈んだ藍に近い僕の青とは違う、キラの透き通るような青い目が僕を映す。


それだけだった。


キラは踵を返して二人を追い掛ける。

僕はただ、立ち止まっていただけだった。


久々に顔を会わせた双子の兄は、僕よりもほんの少しだけ身長が高かった。顔付きはそっくりだった筈なのに、正面から見ると男らしくなっている。


僕の胸の中に、冷たい空風が一陣吹いていった。

それに気付いて、内心苦笑いをする。


寂しい、なんていつでもキラに会いに行けた僕が思うことじゃ、ない。


僕が臆病なだけなのかもしれない。

でも僕自身に関しては、基本何も望まない。


いつも、いつも、そうだった。


願うのは、いつも“彼女”の幸せだけだ。


「リンくんリンくん。私、あのゴリラ女にだけは負けませんからね!リンくんは私の嫁!隣で美少年観察出来るのも、私だけ!もうリンくん肌真っ白マジでもう可愛すぎて見てるだけでなんかこう、胸がザワッと…………ハッ!いかんいかん!これは間違いなく犯罪者への第一歩になってしまう!!この一線だけはなんとしてでも踏みとどまらねば!」

「………………うん、絶好調だね」

「その間は一体なんですか?!」


謎の決意表明をする彼女に思わず呆れた視線を送ってしまった。

わさわさと気持ち悪く動いている、彼女の両手の指が視界に入ったけど、きっとそれは幻覚だ。


いつの間にか集っていたギャラリーから、「修羅場?」だの「嫁の取り合い?」だの「夫と愛人じゃねーの?」みたいな事が聞こえてくる。

何故僕が嫁になってるんだ?


好奇心の籠った視線から、逃げるようにその場から教室に移動する。


「リンくんのお兄さんいたね!」

「うん」

「リンくんと結婚したら、お義兄様とか呼ぶことになるのかな?!私長女だから、下にちびっこ7人居るから、なんだか新鮮!!」


彼女が長女とか意外すぎるけど、言動はおかしくても出来る子なのだ。

良妻賢母を目指して、家事全般こなせるらしい。


ちなみにこれは自己申告なので、真偽の程は不明だ。


「うん」

「リンくんは二人だけだよねー」

「うん」


フォルスフォード王国は一夫一妻制だが、国王のみ一夫多妻制だ。だから義母は多いけど、子供を産んだのは正妻の位置にいる僕とキラの母親、第一王妃しかいない。


「リンくんと結婚するってなると、シンデレラストーリー的な感じになるよね!!」

「うん」

「リンくん。なんだか元気無いですね?」


急だった。あまりにも急に言われて、息をのむ。

分かりやすかっただろうか?


「さっきからずっと頷くばっかりでしたよー?」


「どうしたの?」と首を傾げた彼女に、僕は潔く白旗をあげた。


「前世の事、殆ど覚えてないって言ってたのに、あのヒロインさんの事は覚えてたんだね」

「ああ、あのゴリラ女?なんか、見たらムッキムキの日に焼けたゴリラを思い出してね。名前は出てこなかったんだけど、チンピラみたいによく私に絡んできた思い出が走馬灯のように浮かんできたの。不思議だよねー!」


カラリと笑う彼女に、僕は本題をぶつけた。


「シェリーに彼氏がいたってのは?」


指先が冷たくなる。

重いと思われただろうか?過去の彼氏の事を聞くなんて。


予想に反して、彼女は笑って首を振った。


「残念ながら、彼氏の存在自体全く思い出せないんだよね。前世の記憶は、靄がかってて、思い出そうとしたら更に遠くなるような、そんな感じ。――それに、今の彼氏はリンくんですから!私リンくん一筋ですから!他の女には、渡さない!!っていうか、昔の彼氏も私の事なんて忘れてるでしょ!」

「分からないよ。今も探してるかもしれないよ?」

「ナイナイ」


手をパタパタ振る、隣という近い距離にいる筈の彼女が少しだけ、遠くなった気がした。


この先、彼女が僕以外の誰かを好きになる事があったら、僕は間違いなく身を引くだろう。僕が望んでいるのは、“彼女”の幸せだけだから。

持ちうるものを全て使ってでも、それは成し遂げる。


彼女の存在に、僕がどれだけ救われたか彼女は知らないだろう。


前世の事なんて覚えてなくて良い。忘れたままでいて欲しい。

僕の存在も、全部全部。


だから、どうか。



彼女の胸に鈍い銀の刃を突き立てて、ゆっくりと血溜まりに沈んだ彼女を無表情で見下ろしていた僕の事も全部、


忘れたままでいてくれ。

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