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006 橙の少年とヒロイン

シェリーに連れられて……というか、半ば引き摺られるように連行されて、たどり着いたのは校舎裏。

3センチしか身長差がないとは言え、男女の体格と僕が鍛えてる事を考慮したら彼女が僕を引き摺るなんて出来る筈ない……のだけれど。


これ以上考えると、男のプライドに関わるので止めておこう。

まだ成長期が来ていないだけだ。15歳だから、まだ伸びしろはある。


「リンくん。見て見て」


校舎の物陰に張り付いた彼女は、小声で僕を呼んで手招きする。

それに引かれるように彼女の隣へ寄った。


「ヒロインちゃんとオランジュ・ノートリアだよ!!」


彼女が指差す方を見れば、満開に咲き誇る巨大な櫻魔樹木の下に二人の男女がいた。


チェリーブロンドの緩やかに波打つ髪の女子生徒と、先程ずれた恋愛観を語ったオランジュ・ノートリア。


冷たさが残る一陣の風がふわりと吹いて、櫻魔樹木の薄ピンク色の花びらが一斉に舞い踊る。

その光景は、何処か幻想的だった。


「こんな所で何をしているんですか?入学式に遅れますよ」


僕達に向けた声と同じトーンで、チェリーブロンドの髪を持つ女子生徒にオランジュは問い掛ける。

女子生徒は少し動揺した様に肩を揺らし、弱々しく返事をした。


「その……、迷ってしまって……、そしたらこの魔樹を見つけて、綺麗だなって眺めてたんです……」


恥ずかしそうに頬を赤らめる女子生徒に、オランジュは深々と溜め息をついた。

僕達に背を向けているオランジュがどんな顔をしているのか見えないが、多分呆れているか険しい顔をしているんだろうと思う。

“女に対して異常に神経質”、ジンの言葉が頭を過った。


「そうですか。まあ、この櫻魔樹木は学園内で一番古いんですよ。知ってますか?櫻魔樹木は年を経る毎に美しさが増します。だから、この魔樹は一際美しく、綺麗だ」


そう言って、オランジュは風に揺れる櫻魔樹木を見上げる。

その拍子に、此方に向いている女子生徒の顔がチラリと見えた。


ジンを含む暗部の数人に調べておけと命令していたから、写真で知っていた。


桃色の真ん丸な瞳、真っ白な肌、筋の通った高い鼻は少し丸みを帯びて、唇はぷっくりしている。

童顔で人形みたいな顔立ちという表現が、ぴったりな少女――アリア・エルハート。


「リンくん来る。来るよあの言葉が」

「来るって何が?」


興奮したように頬を紅潮させて、小声で勢い込む彼女と女子生徒の声が被った。


「「櫻魔樹木を綺麗だと思うのは、貴方の心が綺麗だからですよ。きっと」」


唯一違ったのは、女子生徒は話終えた時に柔らかく微笑んだのに対して、シェリーは「よっしゃっ、来た!この台詞は逆ハールートの第一歩!」と小さくガッツポーズした事位か。


目の前で女子生徒が話す内容を当てて見せた彼女に、僕は目を見開く。

だけど、驚く事はそれだけじゃなかった。


「……心が綺麗、ですか。言ってくれますね」


フッと笑う声と共に先程までとは全く違う、温もりのある声を出したオランジュに絶句した。


「さ、時間もありませんし、講堂まで送りますよ。迷ったのでしょう?」


女子生徒をエスコートするオランジュの姿は、“女に対して異常に神経質”という設定は何処に行ったの?と言いたくなる位、丁寧だった。


相手が侯爵家の令嬢だからか?いや、オランジュは公爵家の者だから、多少雑に扱ってもさして問題はない筈。


だとすると、――オランジュが反芻した“心が綺麗”というのが鍵か。


女子生徒とオランジュが姿を消したのを確認して、僕達は物陰からゆっくりと離れる。

スキップしそうな勢いで、巨大な櫻魔樹木の元へ寄るシェリーを僕はゆっくりと追い掛けた。


「“櫻魔樹木を綺麗だと思うのは、貴方の心が綺麗だからですよ。きっと”……か。何だか薄っぺらい台詞だね」


僕だって、この櫻魔樹木は綺麗だと思うのに。


僕の声に振り返った彼女は、胸を張って自慢気に言った。


「感性は人それぞれですからね。そこら辺に生えてる普通の魔草や他の花の方が綺麗だって、そう思える場面もあるのですよ。だから、櫻魔樹木が綺麗だからといって心が綺麗なわけではなーいっ!!私だって、今日のリンくんも美少年だから、真っ白な鎖骨も、首筋も、適度に付いた腕の筋肉も撫でまくりたいとか、リンくんの腹筋割れてるのかなとか、リンくんに女装させたいなとか、そういう邪念にまみれているけど櫻魔樹木は綺麗だって思います!!」

「……う、うん」


後半、聞いてはいけない事を聞いてしまったんじゃないかな、僕。


「いやあ、それにしてもヒロインちゃん可愛かったね!!私よりも身長低いのに出る所出てて、まさにボンキュッボンだったよ!出る所出てると言えば、ナタリーちゃんはリアル合法巨乳ロリだよね!!というか、悪役令嬢ちゃん達は皆スタイル良いし、可愛いし、ボンキュッボンだし、お色気ヤバいし」


嬉々として語る彼女は、時折こっそりと自分の胸をチラ見するのに気付いたが、僕は全くフォロー出来なかった。


絶壁でも、シェリーなら全然大丈夫だよ。


なんて言えるわけがない。


間違いなく変態扱いされるのがオチだろう。それに、大きさより形だよと言ったとしても、まず彼女に形があるのかすら不明だ。


……深く掘り下げるのは危険だと早々に悟って、聞き役に徹することにした。


「リンくんの彼女である私も、画面外モブから悪役……ライバル位?いや、当て馬位のポジションに収まったので、悪役令嬢ちゃん達を集めて当て馬同好会位は作れると思うのですが、リンくんどうでしょう?!!ナイスアイディアだよね!」


前言撤回。

凄いことを思い付いたみたいな、自信満々な表情で言わないで欲しい。


「却下。絶対に止めてね。というか、当て馬よりもエキストラの方がまだ良いんじゃないかな」


呆れたように笑う僕に、彼女は憂いを帯びた儚い笑みを浮かべる。


「リンくんは、どうだった?ヒロインちゃん、可愛かった?綺麗だった?」


透き通る音色を奏でる、鈴のような声に含まれていたのは、不安と微かな悲しみ。

彼女はこの世界を、乙女ゲームだと言った。

でも現実、僕達は生きているし、必ずしも乙女ゲームの主人公に惚れる訳ではない。


彼女の言葉にヒロインであるアリア・エルハートを思い出す。確かに可愛らしいという表現は、シェリーよりアリア・エルハートの方が似合うだろう。


だけど、と真っ直ぐにシェリーを見つめ返す。


今にも消えてしまいそうな表情とは裏腹に、強い意思を湛えた瞳は力強く僕を見る。

春の風が、彼女の毛先を悪戯に揺らして去っていく。僕は思わずそれに手を伸ばして、指先に絡めて捕まえる。


僕達の間に薄ピンクの花びらが数枚、ひらひらと飛んでいった。


「確かに、シェリーの言う子は可愛らしい顔をしていたよ。でも、綺麗って言葉はシェリーの方が似合う」


自分の名前が出てくると思っていなかったのか、彼女はきょとんと目を瞬かせる。

……うん。からかい混じりなら、全然大丈夫なんだけど、面と向かって真剣に言うのは恥ずかしい。


目を逸らしたく衝動に耐えて、少し緊張しながら伝えた。


「僕は、可愛いより綺麗の方が好きだよ」


パチリパチリと数度瞬きした後に、彼女の顔がだらしなくふにゃりとにやける。


「えへへ、リンくん顔真っ赤」

「うるさい。あー、恥ずかし」


髪に絡めた指を離し、彼女の後頭部に手を回して抱き寄せる。

胸に……と言いたい所だけど、身長差のせいで僕の肩に彼女が顎を乗せる格好になった。


「リンくん良い匂いがするー」

「はいはい」


ポンポンと撫でると、彼女は首筋に顔を埋めてくる。

あれ、鼻息が荒いような……?!


「あ゛!オランジュに会ったって事は、ヒロインちゃんメインヒーローともう会ってるって事じゃん!!」

「え、何?メインヒーローなんているの?」


耳元でくぐもった声を上げたシェリーに、疑問をぶつける。

攻略対象者は、9人。その中にメインなんていたら、誰か一人選ぶとか出来ないんじゃないの?


「いやあ、メインヒーローというか、宣伝で中央に写っていたキャラなんだけど、誰だったか……。俺様キャラだった覚えがあったなぁ。あ、オランジュは文官で、将来宰相目指してるヤンデレね。ついでにリンくんは不幸王子の純情美少年!!」


キャッキャッとはしゃぐ彼女に返事すら出来なかった。


不幸王子の純情美少年って、誰の事?


というか、宰相がヤンデレっていうのは駄目な気がする。いくら有能でも、内面に問題がありすぎだよ……。



取り敢えず、新たに発見した事と気になった事がある。


新たに発見した事、実際に会わないと攻略対象者かどうか分からないらしい。

一応シェリーには、貴族の絵姿と写真を全て見せていた。

その中にオランジュもいた筈だ。でも彼女は直接会ってから、攻略対象者だと気付いたのだ。


気になったのは、オランジュの態度の変わり様。

アリア・エルハートへの接し方からして、女嫌いという訳ではなさそうだけどね。


早いうちに調べるか、とほんの少しだけ人差し指に魔力を灯して合図を送る。

僕の魔力に反応して、顔を黒い布で覆っている男が、ひょっこりと僕達から離れた生け垣から頭を出した。


暗部のトップで1番を名乗っている僕、補佐で2番のジン。そして一番古株の3番は、僕の影の護衛をやってくれている。


『オランジュ・ノートリアについて、詳しく調べろ』


唇の動きだけでそう3番に命令すると、グッと親指を立てて了解の意が返ってきた。そのまま3番は、懐から懐中時計を取り出して僕に見せる。


――忘れてた!


慌ててシェリーの肩をつかんで、身体を離す。

何が起こったのか分からない顔をする彼女の手を握って、急いた声を出した。


「入学式遅れる!」

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