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005 黒の少年と橙の少年

僕達に声が掛かった瞬間から、周りの視線がぐさぐさと此方に向いたのを感じた。

掲示板の人だかりのざわめきは一瞬小さくなったが、またざわざわと波打つ海岸のように広がっていく。


周囲の反応で、大物の登場かとすぐに察する。そしてシェリーと手を繋いだまま、彼女と一緒に声の主を見た。


「はい。何でしょうか?」


にこやかに微笑んで問うと、その人は切れ長の碧眼に険を宿して、掛けている銀縁眼鏡のブリッジを押し上げる。


「君達、いちゃつくのは止めなさい。此処を何処だと思っているのですか。神聖なるフォルスフォード王立魔武術学園という学舎の正門前ですよ」


僕と10センチ程差がある、170後半の高い位置から見下ろす人は深緑色のローブを着ていた。

僕達が着ているエンジ色のローブよりも少し着古した印象を受けるその色は、1つ上の学年、すなわち2年生を示すもの。


上級生かと納得しつつ、そっとシェリーと絡めていた指を解いた。


「すみません」

「申し訳ありません」


僕が頭を下げたのを見て、シェリーも慌てて謝る。

ハァと大きな溜め息が頭上から聞こえてきたのを感じたが、頭を上げる訳にはいかなかった。


絵姿と写真でしか見た事がない。

橙色の真っ直ぐな髪をした十大公爵家の1つ、ノートリア家の子息――オランジュ・ノートリア。


ノートリア家当主は現宰相で、オランジュ自身は僕の双子の兄であるキランルードの側近を務めている。

ちなみにジンは、オランジュの従兄弟。


「……まったく、女の何処が良いか全く分かりません。まず、付き合う等という行為が全く理解出来ない。恋だの愛だのほざいているのは愚かな事だと思いなさい。それは一時の風邪のようなものです。女は欲求不満の為にいるようなものじゃないですか。掃いて捨てる程いるのに何故一人を特別視するのか……。親に決められた婚約者だったら、邪険に扱ってはいけませんけど。大体婚約者の地位に付け上がっている女なんて、空気のように放置しておけばいいんですよ。……ああ、少し話過ぎましたね。取り敢えず、僕の前でいちゃつかないで下さい。不愉快なので」


頭を下げたままだった僕達に、一方的に自身の恋愛観を語って去っていくオランジュ・ノートリア。

僕達はすたすたと早歩きで去っていくその後ろ姿を、呆然と見送る。


恋愛観がひねくれすぎて、聞くに耐えなかった……。


オランジュ・ノートリアが何処かへ行くと、自然と集まっていた視線は散って、僕は無意識に張りつめていた肩の力を少し緩める。


僕よりも後に我を取り戻したシェリーは、何かを決意したように親指を立てた。


「つまり、あの人の前でいちゃつかないようにすれば良いんだね!!」

「それはちょっと違う気がするような……」


最後が自分中心の発言だったけど、最初の言葉は納得出来る。

最後は嘘でも場を弁えろと言った方が良いのに……、注意されている側が言えたわけじゃないけど。


「お疲れだったなお前ら。すまねぇ、うちの従兄弟は気難しくてなぁ。頭の回転は早ぇんだけど……」


頬をかきながら、気まずそうに視線を泳がせるジンに僕は微笑んで首を振った。


「ジンが謝る必要はないだろう?僕だって場を考えてなかったんだし」

「リン達みたいなカップルは他にも幾つかいるけどさ、そう言って貰えると助かる。うちの従兄弟、女に対して異常に神経質なんだよなぁ。病気みてぇなもんだ」


やれやれと、朝から疲れたようにやつれた顔を見せるジンを元気付けようとした時、シェリーが声を上げた。


「ってか、思い出した!!リンくんリンくん!今のオランジュ・ノートリア、橙色を司る攻略対象者だよ!!あの人は全11ルート中、8ルートがヤンデレ化するんだよ!!」

「え゛……今のが?!何そのヤンデレ地獄」


拳を作って力説するシェリーに、思わず目を剥く。


いや、恋愛観が相当酷かったけどさ。

攻略対象者にヤンデレがいるっていうのも聞いてたけど。


「監禁とか、無理心中とか、心壊されてお人形にされるとか、永遠に自分のものにしたくて殺されるとか、あ、国外逃亡はまだマシか。えーっと他には……」

「う、うん、もういいよ。ヤンデレにならないルートは?」


指折りながらヤンデレの多種多様について語る彼女を止めさせる。

国外逃亡でマシって、一体乙女ゲームでオランジュ・ノートリアは何したんだろう……。


「ヤンデレにならないルートは、全く相手にされないか、友達止まりか、逆ハーレムだけだよ!」

「す、凄く極端だね」


いや、まずあんな性格だから、好きな女の人も出来ないんじゃないのかな。


「え、“こうりゃくたいしょうしゃ”とか“るーと”って何?つか、ヤンデレって」

「何でもないよ。こっちの話」


シェリーの豹変に目を白黒させながら、僕達の口から出るワードについてこっそり僕の耳元で聞いてきたジンに笑顔を向ける。

言った所で信じないだろうから。


シェリーもジンの前で猫被ってる位だし、言うつもりは無いのだろう。

まあ、何かあった時は教えるけど。


僕の反応にこれ以上聞いても無駄だと悟ったらしいジンは、追及してこなかった。


「もうすぐ入学式始まるんだが、俺はちょっと他の公爵家の奴等に顔見せに行ってくる。じゃ、また後で」

「うん」


ヒラリと手を振ったジンが僕達から少し離れるなり、わざと聞こえるように出した冷たい声と鋭い視線が飛んで来る。


「底辺貴族と平民とはお似合いだな」


いや、幻と言われてるけど僕王子だから、正確には身分差の恋なんだけどね。


棘がビッシリ付いたその言葉を発した方を見ると、一人の少年がギッと僕を強く睨み付けた。


確か、伯爵家の三男だったかな。

成績順でS〜Eまで分けられている内の、Bクラスと生徒名簿に載っていた覚えがある。


平民と偽っている僕と底辺貴族のシェリーが、一番優秀なSクラスだから面白くないらしい。

中等部でも嫌がらせはあった。でも公爵家の分家がいる時には、歯向かってこない。いや、歯向かえないのか。


ずっと見ていると失礼になるので、直ぐに視線をそらした僕に少年はもう何も言わず、静かに立ち去った。

……これと似たような事、まだ続きそうだなあ。


面倒だと内心深い溜め息をつく僕のローブの袖を、シェリーは少し引っ張る。


「どうしたの?」


首を傾げて、ほんの少しだけ低い彼女の目線と合わせた。

彼女の瞳が宝石のように輝いているのを見て、顔が少しひきつる。


あ、嫌な予感が……。


「こうしちゃいられないよ!オランジュ・ノートリアとヒロインちゃんの出会いイベントが始まる!!」


グイグイと力強くローブを引っ張る彼女に、僕は思わず声を張り上げた。


「もうすぐ入学式始まるよ!」

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