004 黒の少年と攻略対象
東の方にある王国から友好の印として送られた、櫻魔樹木の薄ピンクの花びらが舞う中、僕達は掲示板に貼り出されている大量の名前を順に1つ1つ見ていく。
王族や高位貴族なら、入学式前にどのクラスに所属されるか通達されるのだけど、中位、下位貴族や平民は貼り出された掲示板でクラスを確認しなければならない。
まあ、僕は事前に知っていたから、別に見なくても良いんだけど。
「あ、リンくんあったよ!今年は同じSクラスだね!私、頑張った甲斐があったよ!」
「本当?良かった」
僕の手を握ってはしゃぐ彼女に、思わず笑みが溢れる。
中等部でもSクラスの1つ下であるAクラスと優秀だったが、僕が勉強を教えると直ぐにするすると成績が伸びたのだ。
彼女と1年間同じクラスで過ごせるって、考えただけでも心が浮く。
学園指定である学園の紋章が左胸に付いたエンジ色のローブに身を包み、背中の真ん中程まである艶やかなストレートの黒髪はポニーテールにしている彼女は「これで何時でも美少年眺め放題うふふ」と悪い顔をしていた。
パッチリと大きいアーモンド形の黒眼に、白磁のように滑らかな肌、筋の通った高い鼻と、舞う薄ピンク色の花びらのような唇の整った顔立ちの美少女が、人に見せられないような事になっていた。
「おぅおぅ、相変わらずラブラブしちゃってお二人さん」
「ジン」
深紅の瞳をからかいの色に染め、真っ白な髪と学園指定のローブを揺らしながら颯爽と現れたジンは、「よっ」と軽く手を上げた。
「ホワイトネル様、お久しぶりですわ」
サッと淑女の化けの皮を被ったシェリーは、優雅に一礼する。
それもそうだ。ジン・ホワイトネルは存在感が薄い分家とはいえ、貴族の中では最高位の公爵家の流れを組み、現公爵家当主の甥なのだから。
底辺貴族である騎士爵のご令嬢が気軽に話せる相手ではない。
ちなみに言うと、平民設定の僕が話せる相手でもないんだけど、ジンはお構い無く僕に接してくる。
まあ、何度かジンに助けられたし、ジンも親友兼主である僕の側にいたいと言っているので、無理に距離を取らなくても別に良いかと思っている。
中等部では、常に一緒に行動していたし。ジンの側近……というか、ジンにヘッドハンティングされたと思われているようだから、それはそれで良い。
「シェリーちゃん、そんなに畏まるなって。リンの将来の嫁なんだから」
ヒラヒラと手を振るジンに、「リンくんの将来の嫁……」と彼女は一人の世界に入っていた。
そんな彼女を見て、ジンはやれやれといったように、端正で中性的な面差しに苦笑いを浮かべていた。
「ああ、リンが調べておいてくれって言っていた条件に当てはまる人物、俺達と同じクラスだぞ」
「らしいね」
「なんだ。知ってんのかよ」
「全生徒名簿は四日前に手に入れてるよ」
「……流石」
半ば呆れたように肩を竦められるジンは、白色を司る攻略対象者だと初めてジンを紹介した時にシェリーが言っていた。
彼女は攻略対象者の名前を覚えていないだけで、実物を見たら攻略対象者が分かるらしい。ならば、絵姿はどうかと王国内の貴族を全て見せて試したが、手応えは全くなかった。
「あ、シェリーちゃん。ナタリーも今年から学園に入学するから、仲良くしてやってくれ」
「まあ!ナタリーちゃん入ってくるなんて、嬉しいわ!」
ナタリーはジンの婚約者で、フォルスフォード王国建国時から続く十ある公爵家の1つ、クローゼ家のご令嬢である。
シェリーとは随分と身分に差があるが、ナタリーにシェリーを紹介すると直ぐに意気投合して仲良くやっている。
ナタリーは身分に拘る人ではないが、その高すぎる身分故に友達が居なくて寂しかったらしい。
王族と高位貴族である公爵家の子息令嬢は、中等部までの義務教育を免除されているのも友達を作れなかった要因かもしれない。
入ればエリートコース確実と言われているフォルスフォード王立魔武術学園高等部には、貴族や優秀な平民しか集わないので同校の中等部からの持ち上がりが殆どを占める。
新たに入ってくるのは、王族と公爵家の子息令嬢。
そして、昨年の夏にとある侯爵家当主が引き取った庶子――アリア・エルハート。
僕の彼女はそれを聞くと顔を青くして、「どうしよう。モブにすらなれない画面枠外の私がリンくんの彼女ポジションに収まっていて良いんだろうか、いや、いけない。リンくんがヒロインに、色白の首筋を遠慮なく差し出してるビジョンが浮かぶ。くそう、私だって舐めた……じゃなかった、リンくんの首筋とついでに鎖骨も触りたい。リンくん美少年すぎてずっと見てたい。マジでヤバイ。……じゃなくて、リンくんがヒロインに絡み取られちゃうよ!!」と邪念だらけの感想をぶつぶつと呟いていた。
ちょっと身の危険を感じた。
アリア・エルハートについての事前調査では、エルハート侯爵の愛人が産んだ婚外子らしい。
光属性回復魔法が得意で、膨大な魔力と美貌を持っているというのが理由で侯爵が引き取ったんだと。
しばらくの間、社交界はこの話で持ちきりだった。
何処かの有力な下位貴族と婚姻させるつもりか、宮廷魔導師になるつもりかと様々な憶測が飛んだが、僕の彼女はこう予言した。
王子二人と騎士、魔導師、文官志望、暗殺者、教師を籠絡すると。
……王子二人と騎士、魔導師、文官志望はまだ分かる。いや、分かりたくはないんだけど。
暗殺者と教師ってどういう事?
学園に暗殺者紛れ込んでるって……、僕の事じゃないよね?とは流石に聞けなかった。
暗部に所属している身なので、汚れ仕事なんて頻繁にある。だから、人を殺したことは無いとは言わないし、部下に暗殺命じるのも間接的に僕が殺す事になるんだろう。
「学園に暗殺者がいるのって考えたら物騒だよね!」と彼女は朗らかに言っていたが、まさか目の前にいた自分の彼氏が暗殺者やってるとは夢にも思わないだろうし、僕も教えるつもりは毛頭ない。
というか、女を陥落させるのではなくて、女に陥落する暗殺者って暗殺者として大丈夫なんだろうか?今までよく仕事を遂行出来たと思う。同じ暗殺者として。
そして、教師は仕事しろ。
僕の彼女が言うには、一定条件を満たせば僕とジンも落ちてしまうらしい。
その条件は、虹色を司る7人全員から想われる逆ハーレムと呼ばれる状態になる事。
裏を返せば、それまでは安全だ。油断は禁物だから、ある程度準備はしておくけどね。
クラスも確認した事だし、と彼女に微笑みを向けてからかい混じりに手を差し出した。
「それではクラスに参りましょうか。僕の姫」
「リンくんは私を萌え殺す気ですか!」
彼女は顔を真っ赤に染めて、ぶかぶかのローブからちょこっとだけ出ている指先を僕の手に重ねた。彼女のいつまで経っても初な反応に、思わずふふっと小さな声を出して笑ってしまう。
「もう、笑わないで」と拗ねたように口を尖らせる彼女を見ていると、ああ、やっぱりこういう所も良いなあと、僕より一回り程小さな手をキュッと握ってエスコートしようとした時だった。
「君達」
その人物が僕達に声を掛けたのは。