003 黒の少年と裏の事情
「人体実験……ねぇ。物騒だなぁ。倫理的にアウトだろ。バレたら諸外国に対する印象も最悪になるんじゃねぇの?」
ジンは顔にハッキリと嫌悪を浮かべ、吐き捨てる。禁書に分類されている歴史書に載っていた人体実験は、戦乱の世が続いた頃にあったものだった。当時は何処の国でもやっていたみたいだが、生憎今は平和なご時世。
大陸の北東の方はまだ戦争中なので分からないでもないが、ここは南西部だ。しかも4国の同盟が結ばれてから100年近く経つが、いつ戦争が起こってもおかしくない等という気配はない。
物騒な事をするなあとは思うが、別に人体実験を行ってはいけないという国際間の規約もないので、静観している事しか出来ないのが現状。
しかも、だ。
「肝心な人体実験の内容が分からない。密偵していた3人がやられてしまったからね。でも、幾つか候補は挙げられる」
「深い所まで知ってしまったから、返り討ちにされたってか。んで、その候補は?」
「人体実験で考えられるのは、過去の例からみて3つ程。大量虐殺等が可能な危険な魔法薬の臨床実験、人体改造、後は人工【固有魔能力】位かな」
「【固有魔能力】……か。どいつもこいつも」
渋い顔をしてハァと溜め息をつくジンは、うんざりしたように額に手を当てソファの背もたれに身を預ける。
僕はその行動に思わず苦笑いをした。
――【固有魔能力】。それは、強大な魔力を持つ一部の者しか発現しない特異な能力。
それは魔法を発動するのに魔力が必要、という法則を破るものだ。
能力に個人差はあるが、【固有魔能力】は大抵魔力を消費せずに発動出来る。その分長時間発動できなかったり、頭が痛くなったり、最悪命を削ったり等他の不利が伴う。
しかし、魔法より希少性の高い能力なので、各国はこの【固有魔能力】保持者を得ようと躍起になっている。
【固有魔能力】保持者は国に飼い殺しにされる不自由な運命を辿るが、待遇はかなり良い。
自由を取るか、地位と名誉とお金を取るか。どちらが幸せかは、本人次第だけど。
僕は後者を選んだ【固有魔能力】保持者だった。
自由を対価に、結婚相手を自分で選べる権利を得た。
僕の能力は魔法で言う所の攻撃魔法じゃなくて、補助系魔法に近いものだ。だけど、その能力は少しでも使いどころを誤ると危険な代物になる。
だから父上は国王として僕を表に出さずにフォルスフォード国王直属暗部のトップに就かせ、この国に縛り付けておく事を選んだんだろう。
それなら、“呪われた王子”とかいう面倒な噂が流れないように、手を回しておけばいいのにと思うが。
まあ、僕については既に解決している案件だ。別に不自由や暗部に組み込まれた事に対して、悲観等していないし。
僕が抱えている一番の問題は、シェリーの【固有魔能力】についてなのだ。
彼女に【固有魔能力】があると教えた時、彼女は拳を作って両腕を天に伸ばしてこう叫んだ。
「っしゃああぁぁ!!転生チートキタアァァァ!!!」
……と。
ちいとって何だろう?
それより、事の重大さを分かっているのか?と問い質そうとしたが、次いで発せられた彼女の言葉で理解した。
「これで私も俺TUEEEE出来る!!でもどうせなら、もっと派手なのが良かった!」
あ、全く分かっていないな、と。
頬を紅潮させながら、瞳をキラキラと輝かせる彼女に厳しい現実を上手く包み隠して、僕以外の人の前で【固有魔能力】を使わないことを約束させるのに長い時間が掛かった事は言うまでもない。
国王直属の暗部が様々な情報を握っているのが、幸いだった。
僕が上手く情報を握っていれば、彼女が外で【固有魔能力】を使わなければ、隠せる。
彼女が国に飼い殺しにされなくて済む。
彼女は何も知らずに、自由に過ごして欲しい。
なんて、僕の独りよがりなんだけど。
これだけで暗部に入った甲斐があるというものだ。
ジンは僕が国に縛られることを快く思っていないみたいだけど。
「取り敢えず、ラティングリューン王国の第十王子ブッシュ・ラティングリューンを25番に見張らせておくよ。彼は優秀だから、上手く懐柔出来るだろう」
暗部のメンバーは、番号で表す。強さの序列ではない、単純に入った順番。
少ない部下全員信頼しているが、特に25番は僕が拾った孤児という事もあり、可愛がっている。
期待以上の働きもしてくれるし。
同い年というのも理由の1つかもしれない。だからと言って、えこひいきしている訳ではないけれど。
「じゃあ、他の王子の偵察は適当に俺が暗部の奴を宛がっておく」
「うん。よろしくね」
ラティングリューン王国の偵察に関しては、僕が直接動く事にして……もうすぐ学園も始まるし、やることが山積みだなあ。