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001 黒の少年とモブの少女

変態・卑猥・空気読めない美少女を彼女に持った、ハイスペック攻略対象美少年を書く予定が、斜め上にいった。


第一部


僕が知っている彼女は、いつも一人で泣いていた。

その姿が鮮やかで、とても美しくて、ああ、やっと見つけたって僕はいつも安堵するんだ。




*****




少し冷たい風に吹かれながら、王都の大通りに面したカフェのテラスで僕は小さく溜め息をついた。


僕の手には、つい先程読み終わったばかりの本。巷で有名なタイトルの恋愛小説だ。

実は、僕はあまり進んで小説を読まない。


どちらかというと、兵法や魔術書とか面白味のない本ばかり読んでるから、これはこれで新鮮だったな。

作中に出てくる王子が使っている大技を、何とか現実に再現できないものか等と取り留めのない事に思考を巡らす。


懐から懐中時計を取り出し、約束の時間までまだ猶予がある事を確認する。

大通りで往来する人々をぼんやり眺めながら、彼女と付き合ってから早半年か――と彼女に告白した頃を何となく思い出した。




「す、好きです。僕と付き合って下さい」


言い終わるかどうかの所で、ペコリと目の前の彼女に僕は頭を下げる。


多分これが僕の一生で、一度の告白。


頭を下げているから、彼女がどんな顔をしているのか分からない。視界の隅に映った僕の手が、小刻みに揺れていた。


1度も話したことのない男に告白されても、どうしたら良いのか分からないだろう。

でも僕は卑怯だから、彼女が断れないのを知ってて、僕は行動に出ていた。

彼女を僕に惚れさせる自信を持って。


「攻略対象者だ……」

「え?」


ポツリと落ちた彼女の声に、僕は思わず顔を上げた。

彼女が驚きで目を見開いているのが、視界一杯に広がる。


攻略対象者?なんだそれは?


訝しげに彼女を見ると、普段は物静かで静かに微笑んでいるはずの彼女が、興奮したように頬を紅色に染めた。


「えっ!何で攻略対象者のリンくんが村人Zにもなれない、モブの中のモブというか画面上にも出てこない私に告白してるの?!というか、リアルなリンくんマジ可愛い!声がなんかエロい!腰にクる!……はっ!そうじゃなくて、リンくん、これは何かの罰ゲーム?!それともこれは夢か?!」

「………………ごめん、もう一度言って貰って良い?」


多分僕は、鳩が豆鉄砲を食らった顔をしていたんだと思う。

物静かで誰に対しても笑顔を絶やさない、淑女の鏡だった彼女のこの変わりように開いた口が塞がらなかったのは、忘れられそうもない。




――なんて考えていると、バタバタと何処からか騒々しい音が聞こえてきた。


「ごめん!遅れた!待った?!」

「いや、僕もさっき来たところ。それに約束の時間にはなってないよ」


立ち上がって、息切れをしている僕の彼女――シェリーを迎える。さりげなく椅子を引いて、彼女をエスコートすると、「流石王子様……、自然すぎる!」と一人の世界に飛んでいた。


今日も絶好調で何より。


彼女は白いワンピースを揺らして座る。長い黒髪を結い上げて、赤にピンク、淡いピンクに黄色の小さな花があしらわれた髪飾りを付けていた。


思わず真っ白なうなじに視線がいったのは、男の性だから仕方がないよね。


「髪飾りも服も、よく似合ってる」と微笑むと、「あ、ありがとう……っ、萌えすぎて鼻血出そう」と鼻を押さえていた。


「お薦めしてくれていた本読んだよ。面白かった。貸してくれてありがとう」

「本当?男の人ってあまりこういったの好きじゃないと思ってた」

「まあ、好みはあるだろうね。王子がお姫様を悪い魔法使いから取り戻す、戦闘シーンが特に面白かった。王子が使う『聖天覇魔断連撃破斬せいてんはまだんれんげきはざん』を再現出来ないかなって考えてるよ」

「リンくんそれは厨二病だよ!」


……ちゅうに病って何だろう?

僕、健康体なんだけどな。


だけど経験上、突っ込んだら訳の分からない説明が返ってきそうだったので、さっさと本題に移ることにする。


「そういえば、えっと、レインボー……何だったっけ?」

「“レインボーロード〜貴方はどの虹色を選ぶ?〜”だよ!」

「そうそう。それ、調べたけど何も分からなかったよ」

「当たり前じゃん。こことは違う世界の乙ゲーだもの」


何てことのないように言う彼女だが、この世界は乙女ゲームと呼ばれる架空の世界らしいと、7日前に深刻な表情で打ち明けられた。


彼女曰く、それは前世の記憶からのものだと。


画面という壁越しにもう一人の自分ではない自分を作って、目麗しい男数人と仲良くする。会話や行動によって、仲良くなれなかったり、友達止まりだったり、結婚したりする遊びらしい。


壁越しに結婚ってどういう事だろうか?不思議だ。



客観的に見ても彼女の言っていることについての信憑性は全くないが、乙女ゲーム“レインボーロード〜貴方はどの虹色を選ぶ?〜”という内容についてはやけに細かい。一人につき11ルート、合計99ルートもあり、その全てを彼女から聞かされた。


詳しい登場人物についての名前は覚えていないそうだが、赤色、橙色、黄色、緑色、青色、藍色、紫色を司る7人の攻略対象者が最初から攻略出来るらしい。


そして、その7人を攻略した後に攻略出来るようになるのが、白色と黒色を司る隠れ攻略対象者。


僕、リンプレット・フォルスフォードは黒色を司る隠れ攻略対象者らしい。


「一応全部のルートは攻略したんだけど、もうリンくんルートは好きすぎて、それだけは何十回もやったんだよ!

可愛がられてる双子の兄とは対照的に、髪と瞳の色彩を理由に家族も含めて王城で冷遇されている不幸の第二王子!

常に双子の兄と比べられて、陰で蔑まれて、公の場で出てこない幻の王子とか見た目が醜悪とか勝手な憶測が飛び交ってる中で、国王に厳命されて平民として学園に通ってるんだよ!

信じられるのは、親友で側近のジンくんだけっていう人間不信。でも、ヒロインの深い愛にリンくんの氷のハートが溶かされていくの!そして、リンくんはヒロインにどんどん依存していくんだけど、ヤンデレにはならないの!

ここ重要よ!ヤンデレにならないんだから!

普段は冷静沈着、クールすぎる美少年なのに、内には熱い想いを抱いている一途さと好きな人の為なら潔く身を引く謙虚さ!人気キャラランキング1位にならない訳がない!」

「……う、うん。ありがとう……?」


物凄い勢いで僕を誉めてくれているのは分かるが、何だか彼女が言う僕の人物像が聖人みたいになっているのは気のせいだろうか?


確かに家族は、フォルスフォード王家特有の明るい金髪碧眼ではなく、暗い金髪碧眼を持って産まれた僕を邪険に扱っている。


王城に使える人達は、僕の事を“呪われた王子”だなんて呼んでいるし、貴族は知らない所……というか、近衛騎士に化けていた僕の目の前で第二王子の悪口を言っていた上に、「お前もそう思うよな!」みたいな同意を求められた事も多々ある。

貴族が近衛騎士に王子の悪口を言って大丈夫か、とは思うが僕は取り敢えずスルーしている。

だって、本物の近衛騎士じゃないし。


確かに父上から命令されて、暗い金髪を魔術で黒髪に染めて平民として学園に通っているが、特に不幸だと思ったことはない。


対等な関係で信頼しているのは側近のジンだけだけど、信頼する側近は作ればいいし、既に目を付けている優秀な人材は数人いる。勧誘はまだだが、これから本腰を入れて引き込むつもり。


むしろ、家族に対しては放置されるの最高!とか思ってる。何をしてても、気付かれないからね。



まあ、その乙女ゲーム“レインボーロード〜貴方はどの虹色を選ぶ?〜”について注目すべきはそこじゃない。

僕的に一番重要視しているのは、そのゲームとやらがルートによっては18禁……卑猥な内容を含むそうだ。


一体彼女は前世で何をやっていたんだ?

何が悲しくて、自分の彼女の口から他の男の下半身事情を聞かねばならないのか。


おまけに襲ったり、襲われたり、することもあるらしい。

彼女に襲われるならまだしも、見知らぬ女に襲われて喜ぶ趣味は生憎持ち合わせていないんだが。


「不幸王子なのに健気で真っ当に生きてるリンくんに涙が止まらないって、多くのプレイヤーの人達は言ってたんだよ!」

「分かったから。僕は自分が不幸だなんて思ってないから」

「そういう所が健気なんだよリンくん……っ!」


感極まったように両手で顔を覆い隠している彼女を宥めながら、頭を撫でると「ううっ……リンくん良い匂いがする」等とほざいていた。



でも、彼女の話が本当だったら計算上で存在しているパラレルワールドがあるってことだ。

残念ながら、彼女の言っていることを裏付けるようなものは何もないけど。



「前世の記憶、だったよね。乙女ゲーム以外の事はおぼえてないんでしょ?」

「そうそう。あ、でも転生する前トラックに轢かれた覚えがある」


とらっくに挽かれる……?

動魔物の事だろうか?危険だなそれは。


「まあ、普通前世とか言われても信じないよね!」


苦笑いして、7日前の話を誤魔化そうとする彼女に僕は優しく微笑み掛けた。


「普通、はね。僕は信じるよ」

「え、信じてくれるの?」

「うん」


びっくりして思わず顔をあげてキョトンとした後、彼女は疑惑の表情を浮かべる。


……僕が彼女を信じてるって事を信じてないな。


仕方がない、と彼女の方に身を乗り出す。


「1つ、とても面白い話を教えてあげるよ」


人差し指を立てて、僕はニコリと微笑む。


「面白い話?」

「うん。だけど、これは誰にも言わないで。僕とシェリーだけの秘密だよ」


立てていた指で、彼女の桃色の唇にちょんちょんと触れた。僕の行動に顔を真っ赤にした彼女は、コクコクと頷く。


「昔々、もう文献にも載っていないような大昔の話だよ。森の奥深くに眠る太古の遺跡位しか記憶していない、遥か遠くの時間の事。

この大陸がまだ1つだった時、この地上には天人族と呼ばれる人達が暮らしていたんだ」

「あ!知ってる!伝承されてきた神話だよね!天人族には、天使種と悪魔種が居たっていう!天使種が今の人族で、悪魔種が今の魔族のご先祖様なんでしょ?」


パッと顔を明るくさせて、人々の口でのみ伝えられてきた話を語る彼女に、僕は頷く。


「元々天使種も悪魔種も仲が良くて、この地上に2つの種族入り乱れていたんだ。でも、時代が進むにつれて、その2つの種族が対立して戦争が始まったんだ」

「え、なんで戦争したの?」


これは彼女が話す、乙女ゲームのように突拍子のない話。


「それは、分からない。何処にも記されていないからね。けど、強大な力を持っていた2つの種族の戦いでこの世界に働いていた力の流れが歪められて、穴が開いたんだ」

「穴?」

「そう。この世界の周りを流れてる時間と空間の、どこに繋がっているか分からない大きな穴。今もまだ、完全には閉じていない。――だから、シェリーが他の世界から此方の世界に来たって言われても、僕は信じるよ」

「おおう……何か乙女ゲームなのに壮大なRPGみたいになってる」


……あーるぴーじーって何だろう。


というか、話が脇に逸れてる気がする。

溜め息をつきたかったが、堪えて話を続けた。


「……要するに、僕はシェリーを信じてるって言ってるんだけど、分かった?」

「う、うん!すんなり信じてくれるとは思わなかったけど、分かったよ!!リンくん変な壺を買わされたり、ネズミ商法とかに引っ掛からないでね!」

「シェリーが分かってないっいうのが、よく分かったよ」


ふふっと笑うと、「リンくんが黒い笑みを見せた……だと!」なんて呟いてたけど、聞こえなかったフリをしておいた。




この春、フォルスフォード王国の義務に沿って、王候貴族や金持ちの子息令嬢はフォルスフォード王立魔武術学園高等部に進学することになる。

それと同時に、彼女の言う乙女ゲームが開始されるらしい。



僕は、まだ知らなかった。


僕自身という存在が、僕の彼女を想う気持ちが、これから先に起こる彼女の予言した未来のシナリオを大きく変えて、更に学園と王国を大混乱に巻き込む事を。


イレギュラーは、彼女だけじゃなかったんだ。

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