一時限目『私は校長だ』
呼んだほうが早いです。
4月9日 火曜日 晴天なり。
新学期を迎えるにはもってこいの天気だった。
ここ、明誠高校は部活動に専念していて、何度も大会を優勝してきた名門校である。
その為、数あるスポーツチームからオファーが来る。
特に陸上部は全国一の実力を持っており、中には世界に出た者もいる。
そんな学校に一人の男がやってきた。
AM 09:06 朝礼
「では、次は新任の校長先生からの挨拶です。」
ステージに上がってきたのは、グレーのスーツで口髭をたくわえたダンディーな雰囲気を漂わせる人だった。
「おはよう諸君。
今日からこの明誠の校長を務める事になりました、
“山本 総司郎”です。今後ともよろしく。」
簡単に自己紹介をし、ステージを降りた。
AM 09:57 HR
朝礼が終わり、生徒が各教室へ戻り校長も自室へ戻る。
椅子に掛け、ふと窓の外を見ると屋上に誰か居るのに気付いた。
よく見るとウチの制服を着ているのがわかった。
気になった校長は生徒のいる屋上へ向かった。
小走りで屋上へ向かっている校長を途中で教師が呼び止めようとしたが・・・。
「校長?どちらへ?」
「ん?気にしない気にしない。」
呼び止めようとした教師を華麗にいなす校長。
教師も華麗にいなされ、何事も無かったかのように差って行く校長の後ろ姿を、ただ見ていた。
到着するとドアは半開きの状態だった。
ドアを開けるとそこには、広大な景色の前に一人ポツンと座っている生徒がいた。
生徒は校長が居るのに気付いて振り返るが、再び景色と向かった。
校長は生徒に歩み寄り、側に座った。
「高嶋 淳君だね?
こんな所で何をしてたんだい?」
校長は微笑みながら話しかけた。
「・・・」
生徒は黙っていた。
「君のことは知ってるよ。
修栄中学で陸上部のエースだった。
当時は中学生にしてはあまりの速さに世間からは“風の化身”と言われた程だった。
だが中学三年の秋、急に何も言わず陸上部を辞めた。
その名の通り、“風”となって去っていった。」
校長は淳の顔を見ると悔しさが混じっているのがわかった。
「話してくれるかい?」
淳はしばらくして重い口を開けた。
「・・・あの時、思い知らされた。
世界があんなに遠いとは。
有頂天だったんだ、負け知らず故にね。
8月の時、世界に出るための予選があった。
俺は密かにその予選に出た、そして打ちのめされた。
最下位だったよ、最高の屈辱だった。」
淳は腕に顔を埋め、黙り込んだ。
この時、校長は確信を持った。
この子なら世界に行ける、優勝なんて夢じゃないと。
「淳君、もう一度世界を目指さないか?
私なら君を世界へ連れて行くことができる。」
「冗談を聞く気分じゃないんでね。」
「悪いけど、こんな時に冗談を言うのは趣味じゃないんでね。
私はそんじょそこらの者とは一味違う。
私はこう見えても陸上世界一に輝いた男だよ?
聞いたことは無いかね?
浅峰 灯弥。」
「・・・!
まさかあんたが!?」
淳は驚きを隠せなかった。
今目の前にいる中年オヤジが、まさかあの“雷霆”だとは。
“雷霆”と呼ばれた男、“浅峰 灯弥”はその驚異的な速さで世界チャンピオンを圧倒し、2位との差は10分強という人間離れした走りを魅せた。
それ以来、彼は“雷霆”と呼ばれた。
「なんで“雷霆”のあんたが校長なんかを!?」
「ん~?
秘密だよ。
後、今話したことも秘密ね?
私が“雷霆”なんてことがバレたらメンドーだからね。」
「・・・」
「とにかく、私は君を世界に連れて行きたい。
返事はいつでも構わない。
ゆっくり考えたまえ。」
そう言い残し、校長は立ち上がり帰ろうとすると淳が呼び止める。
「待てよ“雷霆”!」
校長は振り向き様に言った。
「私は校長だ。」
そう言って校長はその場を後にした。
AM 11:26 放課後
HRが終わり、部活動生はそれぞれの場所に行き、気合いの入った声が学校中に響き渡った。
校長はこの学校の部活動の様子を見回っていると陸上部を眺めている生徒達の中に淳が居るのに気付いた。
校長は物陰に隠れて様子を伺っていると淳は立ち去った。
彼は必ず戻ってくる。
校長はそう思った。
END