20 《杏》
あたしがやけになって引き金をひきまくると、発射された弾丸は〝マーズ〟のシールドをいとも簡単にズタズタにした。だけどあたしの銃の方もあっさりと空になった。
引き金をいくらひいてもカチカチ鳴るだけ。どうやらただの五発しか弾は入れられないらしい、と気付いたのはようやくその時になってから。持ち運びには不向きな重量と消費の速さ、それはもう折り紙付きの使い勝手の悪さ。
「ちょっとー、リロードのタイミングも考えながら戦ってよー」
破壊力にまるで比例しない趣味一辺倒のいかつい武器を持ったあたしは、もう仁知果さんの遅すぎるアドバイスに動じることもない。ただ二丁拳銃をぶら下げてシールドの上でぼさっと立ち尽くすだけだ。
大したダメージを負った風でもなくて、怒る道理もなさそうな〝マーズ〟。そんな〝マーズ〟が、がおー、とでも叫ぶように、愛らしいWのかたちをした口を開けたのはその時だった。
赤黒い竜巻が発生する。迫りくるそれはまるで、黒煙を撒き散らす赤い龍のようだった。
目の前へと迫りくる、ぱっくりと開かれた龍の口。回避する手段のないあたしの前に、メイデンちゃんが躍り出る。
そして彼女の意志の元、あたしの目の前に新たなシールドが展開する。赤と黒で出来た竜巻は、牡牛座のモチーフを中心に据えた円形に弾かれていく。
シールドに守られたあたしのすぐそばを通りすぎていく竜巻。あたしの視線はそれが目指す先へと移る。
数分前まで文化ホールだった廃墟、その間近に集まるいくつかの人影を見つけた。瞳を細めたあたしの気持ちを読み取ったみたいに、右目の前にプレパラートが浮かぶ。
瞬間、あたしは息がつまった。
助け出された棗ちゃんの姿が見える。李子ちゃんもその隣にいた。他には三人の大人のひと。繭ちゃん先生にワルツさん。そして、センジュさん。
狙いを移した龍は、文化ホールを目指して狂うようにうねる。
五人は落ちてくる空を見つめていた。
「待って! そっちじゃ、そっちじゃないよっ! こっち、あなたの相手はこっちだよ‼」
あたしの叫びに龍が振り返ることはなかった。
繭ちゃん先生が、李子ちゃんと棗ちゃんを抱きしめた。
身をひるがえす直前、センジュさんがあたしの顔を見た気がした。
龍は唸りとも叫びとも分からない声を轟かせて、地面に激突した。
目の前の景色が揺らぐ――世界の終わりのようだった。
呆然とシールドに膝をつく。
だけどまさにその瞬間、仁知果さんの声が聞こえた。
「援軍その二、カッコ本命が間に合ったみたいだねー。二人の友達も担任の先生も、センジュくんとそのお仲間も、もちろんみんな無事だよー」
プレパラート越しの光景に釘付けになる。
そっち方面には疎いあたしには、ロボットとしか表現できない巨人が二人、竜巻を吸い取っていく。その後ろに、五人の無事な姿を見つけた。
ほっとしたのも束の間、脱力の極みにあったあたしに、仁知果さんが檄を飛ばす。
「喜ぶのはまだ早いよー。〝マーズ〟はピンピンしてるからねー」
あたしはしゃんと立ち上がった。
空気に混じるように、きらめきながら消えていくプレパラート。あたしはもうそれを目で追うこともせずに。
「はいっ」声を返しながらシールドを蹴った。
「フライハイっアプリちゃん」仁知果さんの声に、
「フライハイあたしっ!」戦場へと再び飛び出していく。
駆けるあたしの頭上には、メイデンちゃん。銃の中心に位置するレンコン状のパーツがスライド気味に押し出されて、メイデンちゃんがペットボトル程の弾丸を落っことす。磁石が引っ付くみたいに、弾丸は五つの黒レンコンの空洞にすっぽりと収まった。あたしが何かすることもなく、仁知果さん言うところの「装填が完了♪」する。
全方位から攻撃を続ける白銀の天使――〝ミスリル〟が空を舞っていた。
彼女たちの優雅に舞うさまはまるで舞台舞踊。ときに繊細に、ときに雄雄しく銀の弾丸を奏でるさまはまるでオーケストラ。
その輪の中に飛び込んだ、唯一無二なあたしの攻撃。仁知果さん仕込みの必殺戦法、バカでかい銃でバシバシ弾丸をぶっ放す。
固定した空間ごと運ぶ拳銃は、もはや折り紙製ほどの重さにしか感じられない。
宙に次々とつくったシールドの足場を休むことなく駆け回り、〝ミスリル〟が切り裂いた穴を見つけてはその奥へと銃の先を向けた。
そして引き金を引きまくる。右、左、右、左……。五たす五、左右でイコール十発の弾丸が〝マーズ〟のシールドの奥で弾けた。
弾丸は四層のシールドを破壊して、最後の一発は白壁みたいな〝マーズ〟のからだに命中した。
その瞬間、弾丸が当たった部分を中心に直径数百メートル、おそらくあたしの学校の敷地ほどの白色が消し飛んだ。
遠目には綿菓子の軽さに映った〝マーズ〟の表面も、いざ目の前にすると豆腐くらいの抵抗しか持たないような気がする。それも絹ごしだ。
あと二・三発もあれば学区くらいの規模は削れそうだけど、あいにくあたしの拳銃はすでに空だ。
やっぱり使い勝手悪すぎだよ仁知果さん――、内心でうらみ節を吐きつつ方向転換。またシールドの道を走り始める。
よく晴れた青空に、白く延々とのびる〝マーズ〟のからだ。その端はけして辿り着けない水平線の彼方にあるみたいに、見えない。
終わりのないゴールを目指すつもりもないけれど、あたしは初夏にわいた入道雲のすぐそばを駆け抜けて行く。
と、ふいに声が聞こえた。
「こっちを見ろバケモノ‼ いつまでもワシらが負けっぱなしだと思うなよ‼」
太平洋へと延びる埠頭、その入り口近くの堤防の上で杖を振り上げながらおじいさんが叫んでいた。
あたしの右目の前にプレパラートが現れて、おじいさんの顔をしっかりと映し出す。そのおじいさんの顔に、あたしは見覚えがあった。
長い年月を海風に曝されたせいで皺だらけになった肌と、日焼けによる浅黒さは、ウチのじいちゃんと同じ海の男特有のもの。家の写真よりだいぶ痩せてしまってはいたけれど、それは間違いなくじいちゃんの昔の釣り友達、鍬臥のずさまだった。
あたしの心配をよそに鍬臥のずさまがまくしたてる。
「〝災禍〟なぞ、ワシが駆逐してくれる‼ こいっ‼ かかってこい‼ このクサレモンコ‼」
後半ひどい訛りのせいで何を言っているのか分からないあたし。それでも、一応通じるように前半は標準語でまくしたてていたのかな――なんて頭によぎらせながら、「早く逃げてっ‼」とあたしは声を張り上げる。
だけど浅黒いつるつるの頭に血管を立てる鍬臥のずさまは、あたしの言葉なんて耳にならないくらい怒りに任せて怒鳴り続ける。そして訛りはもはや識別不能になった。
そんな鍬臥のずさまへと近づいていく軽トラック。ドアを開け放って飛び出してきたのもまた、あたしの知ってる人だった。
ダンディーさを覗かせるジャケット。白髪頭の短髪は、先日のオペレーションでも存在感を見せつけた小山の長老にして、じいちゃんの昔の山菜取り仲間、崎矢間のずさま。
崎矢間のずさまは鍬臥のずさまの元へと駆け寄ると、羽交い絞めにする。だけど鍬臥のずさまは、いやいやをするように体を揺らしながら変わらずに怒鳴り続けていた。
〝マーズ〟の注意がそちらに向かないよう、あたしはシールドをステップして拳銃の引き金に指をかける。的だけはむだに大きい入道雲に銃口を向けた。
早く連れて逃げて、とあたしが視線を下げた時、二人のずさまに新たなずさまが加わるのが見えた。それは……。
「じいちゃん……?」紛れもなくウチのじいちゃんだった。
じいちゃんは、年金の無駄遣いとばあちゃんに叱られた自慢の釣竿を放り出して、二人のずさまの前に立つ。
じいちゃんはずさまたちを諌めるように、そしてこの数年のずさまたちに対する心情を吐き出すように口を開いた。けど開口一番、緩い入れ歯は外れて、飛んだ。
入れ歯は鍬臥のずさまの胸元に命中すると、地面に転がる。
束の間、顔を見合わせる三人。そして鍬臥のずさまは上の入れ歯を、崎矢間のずさまは下の入れ歯を拾って、ウチのじいちゃんへと手渡した。
それで十分だった。
それだけで十分だった。
誰ともなしに頷いた三人は、崎矢間のずさまの軽トラックへと乗り込んだ。
走り出す軽トラックをちょっとだけ見つめて、また三人で釣りに行けるようにしてあげなくちゃ――、ってあたしは思った。
そして駆けだす。海と混じり合うような青い空を。
走りながらの再装填も、メイデンちゃんのフォローで滞りなく。
きっとあたしが夏の空に追いやった、絹ごしの入道雲はすでに元通りになっているのだろう。少し惜しい気もするけど、危険を冒して戻る必要なんてない。〝ミスリル〟の刻んだ爪あと、新たなシールドの穴を見つけるまでだ。あたしは立ち止まってなんかいられないし、振り返ってもいられない。
あたしはもう前に進むだけだ――メイデンちゃんと共に。
なんてひとり決意を新たにしていたら、
「アプリちゃん後ろっ!」
仁知果さんがあたしの決意に水をさした。
「もぉ」口を尖らせて後ろに気をやったあたしの視界に、あの槍が映った。不均等に距離を置いて、時間差で飛んでくる槍が合計六本。
「シールドを展開させてっ!」仁知果さんが声を張り上げる。
へ? だってメイデンちゃんが……頭の中に疑問符を重ねたあたしがそれを口にする前に、仁知果さんはまくし立てるように言った。
「早くっ! 六ヶ所の槍の着弾点、予想される箇所のすべてにシールドを置いて‼」
あたしは言われたとおりにシールドを展開させた。空間に固定された銃から手を離すと、右の掌に引っ付いた透明な下敷きでも宙に貼り付けていく感じで。
上下、左右、槍が飛んでくる方向を埋めるように、牡牛座のモチーフ――〝♉〟を中央に据えたシールドを張り巡らせていると、作業を終える前に一本目の槍がシールドに命中した。
すると、槍とシールドは仁知果さんが言うところの対消滅を起こして両方共に消滅した。
だけど、そこであたしの予期しないことが起こった。
「あれ?」あたしの呟きはシールドが消えてぽっかり明いた空間へと吸い込まれた。あたしの見ているそこには、あたしが想像していなかったほどの穴が生じている。
「重ねたシールドが連鎖消滅してるの! 次が着弾する前にシールド張りなおしてっ!」
仁知果さんが叫んだとき、二本目の槍が着弾した。それはあたしの左側のシールドをごっそり削って消滅した。
泡を食うあたし。「うなっ!」シールドを、「うなっ!」張っては、「うなっ!」消されて、「うなっ!」張りなおす。
高速モードのもぐら叩きにチャレンジした後みたいにへばる頃、全方位に展開したシールドが全身を覆う。そして当然その頃には槍の姿は無かった。
「ぅな、な、なんでメイデンちゃんが守ってくれないんですかぁ!?」
息も絶え絶えあたしが訊くと、
「メイデンちゃんの防衛機能は単調な攻撃に限るっていったでしょー。あーいう不規則な攻撃は手動で防ぐしかないのよー。にしても参ったねー、戦略面での感情を重視したがゆえの脆弱性とはいえ、アプリちゃんの防衛機能の弱点をこんな早くに嗅ぎつけられちゃうとは」
仁知果さんが大げさに溜め息を吐いた。
「さてさてさてさて、〝ミスリル〟の攻撃パターンはすべて読まれてるから援護に専念させるしかないしー。アプリちゃんの方も打開策は特になーし。おまけに物量でこられるとシールドを破られちゃうのも時間の問題、となればー……」
仁知果さんが唸るように言った。
「……やっぱり『A・M・T』しかないかー」
確かに今日はお休みだけど、でも祝日じゃない。開校記念日だから銀行はやってるよ、仁知果さん。それを教えてあげるべきか、――ってそれはATMだっ。頭の中でそんな言葉を巡らせている間に、新たな槍が飛んでくる。
全方位に巡らせたシールドが剥がれる。瞬間、あたしは新たなシールドを展開する。
詰め込み学習な実践のさなかに、今日一番の覚えの速さでもって、一度で三枚は張れるようになったあたし。とはいえ喜ぶ余裕なんてない。ただ死にもの狂いなだけだ。
あたしはすがるように仁知果さんにアドバイスを求める。
「仁知果さんっ、次はどうすればいいですか!?」
なのに仁知果さんは、
「うん、そだねー。ちょっとアタシ離れるよ。あと真玄よろー」
どっかに行った。
ひとり残されたあたしの耳元に、チカエシノオオカミ内のざわつきが聞こえてきた。現場は確実に混乱している。
「……えと、真玄、だけど。そ、そうだな、取りあえず……右、右だ。〝マーズ〟の右方向に集中砲火してみよう」
やがて訪れた真玄博士の声。上ずったその声に余裕は欠片もない。
右、と言われたあたしは改めて〝マーズ〟の全身を見つめる。ただそこには上下も左右もなくて、ふわふわ素材の白壁が視界を覆っているだけだ。
どこからどう見て、どの角度で、どのあたりが右なのかなんて分からないけど、「よしっ今だ!」なんて真玄博士は声を張り上げる。
で、結局。あたしはといえば、相も変わらず引き金をひきまくって、弾丸をバシバシぶっ放すのだった。




