どこにでもある、だけどだからこそ大切な物語。
とても長い夢を見ていたような気がする。
高校の教室で気だるく目を覚ましながら、保塚美里はそんなことをボンヤリと思った。
本当にとても長い夢だということだけは覚えていたので、美里はその夢の内容を思い出そうとしたのだが、どうしてもそれは出来なかった。なにかとても、とても大事な夢を見ていたような、そんな気はしたのだけれど。
そんなボンヤリとした意識の中で、彼女は教室の暗さから今が放課後であることに気づく。しかもポケットから取りだしたケータイで確認したところ、既に午後五時を過ぎていたことも知った。
なによ、誰か起こしてくれてもいいじゃない。
美里はため息をつきながらケータイをポケットにしまった。ケータイについた大量のアニメのストラップのジャラジャラ音が、何故だか妙にムカついた。
まあとにかく寝ていたものはしょうがない。早く帰ろう。早く帰って、録画してあるアニメとニコ動を見て、それからたまにはブログを更新しよう。ツイッターなんてやってるとついブログの更新を忘れてしまう。というか、ついでにツイッターでこの寝過ごしと、クラスメイトたちの薄情さを呟くとしよう。
そんなことを思いながら美里が再びケータイを開こうとしたその時、突然、すぐ隣から「う、ううん……」と寝ぼけている感じの声が聞こえてきてビクッとしてしまった。すっかり暗くなっていたのでてっきり自分以外は帰ってしまったと思っていたのだが、どうやら今まで居眠りをしていた女子がもう一人いたようだった。
美里は取りあえず教室の電気をつけてから、その女子の身体を揺すって起こした。
「ねえ起きなよ。もう学校終わったわよ?」
しばらく揺すっていると、その女子は「う、ううん……」と眠たそうな声をあげながらゆっくりと顔をあげた。
この女子は見鳥佳奈多といった。
「う、うん? ……なんですか?」
「いや、だから学校終わったわよって」
「学校……終わった……?」
「うん、もう放課後。だからもう起きなきゃ駄目よ」
「……取りあえずメガネはどこでしょうか?」
メガネ?
一瞬意味が分からなかった美里だったが、それからすぐに、普段から佳奈多がメガネをかけていることを思い出した。
佳奈多は地味なメガネとくせっ毛といった冴えない外見で、さらに内気な性格がたたってクラスでちょっと浮いてしまっているのだ。
ただその点においては、アニメオタクの美里もそれほど事情は変わらなかった。女の子っぽくないショートヘアーとそばかすとキツイ目つきがたたって、男子からの受けもよくはなかった。
スクールカーストの底辺とも言うべき二人が、一緒に寝過ごしてそのまま見過ごされてしまった形である。
「えっとメガネは……ほらっ」
「……どうも」
ちなみにメガネは、佳奈多のすぐそばに置いてあった。よっぽど目が悪い子なんだな、と佳奈多は思った。
「…………」
「…………」
「でもさあ!」
この流れで沈黙になってしまうのが嫌だったので、美里は無理やりにでもなにか話をしようと試みた。
佳奈多はそれを知ってか知らずか、首を傾げてジイっと美里を見つめている。
ちなみに美里と佳奈多は、事務連絡以外で会話をしたことが一度もない。
「実際酷いと思わない? いくらなんでも、放課後過ぎてから居眠りしてるような生徒がいたら普通誰か起こすわよね? 仲のいい友人とか、そうじゃなくても近くの生徒とかさあ」
「言われてみればそうかもしれません」
「でしょでしょ? 大体先生はどうしたっていうのよ? 冷静に考えて、こんな時間まで用もなくたむろしてる生徒がいたら普通は追い出すでしょう? 大体、あのまま起きなかったらワタシたち本当にに夜まで」
「しかし、そういうこともあるのではないでしょうか?」
いやにはっきりとした声色で、佳奈多は美里の言葉に口をはさんだ。
「え?」
「ですから、そういうこともあるのではないかと言ったのです」
「え? ……いやまあ、そりゃあそうかも知れないけどさあ……」
「はい」
「はあ……」
「はい」
「…………」
「…………」
話が終わってしまった。
美里は思わずため息をついた。出来ることなら頭を抱えたいと美里は思った。
なというか、佳奈多という子は、会話のキャッチボールが苦手なのかなあ、という苦い印象を美里は受けた。
「私」
その矢先、佳奈多ポツリと小さな声で呟いた。美里の佳奈多に対する人物評に(悪い意味で)マイペースという要素が追加された。
「私はとても長い夢を見ていました」
そしてこの言葉。
普段ならこの流れでこんな言葉を投げつけられたら知らないわよ、と一蹴していただろう、と美里は思った。
「とてもとても長くて、それなのに何も思い出せなくて、それなのにとても大切な夢だということだけは分かる夢……」
しかしそれでも美里の佳奈多に対する人物評に(とても悪い意味で)電波という要素は追加されない。
何故なら……、
「保塚さんもきっと、そんな夢を見ていたんじゃないかと……そんな気がするんです」
その通りだったからだ。
美里は「はっ?」という表情のままで固まってしまった。
もちろん佳奈多の言っていることはその通りだ。その通りなのだけれども……。
「……そんな間抜けな顔をしないでください。私が馬鹿みたいじゃないですか」
「え、いや……まあ、はっきり言って馬鹿みたいなことは言ってると思うのよね」
「じゃあ見てないんですか?」
「それは、まあ……」
「見てないんですか?」
「まあ、だから普通に考えたら」
「見たんですよね?」
「だから見鳥さん常識的に考えて」
「見たんですよね?」
美里はもはや声も出なかった。
なんだなんだ。ちっとも内気なんかじゃないじゃないか。普段は一人で過ごしていたり、誰かに話しかけられても控えめに笑って流すだけの女の子が、なんだっていきなり突然こんな攻撃的になるのか。
「……見たわよ」
「最初からそういえばいいんですよ」
やばい、この子殴りたい。
始めてちゃんと話した子に対して抱くにはあんまりなことを美里は思った。
要するに、単純に人見知りなだけなのだな、と美里は思った。一旦打ち解けたらこんな感じの地が出るというか。
「……あのね、ほとんど始めて話したような人にこんなこというのもなんだけどね。あなた、その性格直さないと痛い目みるわよ」
「知ってますよ」
思わぬ佳奈多の返答に美里はちょっと面を食らってしまった。
佳奈多の目には全く冗談の色がなかった。元々あまり表情に動きのない印象だったのだが、そんな表情の中に、一際深刻さを帯びた色が映し出されていた。
「こんな感じの態度ばかり取っていたから、前の学校でいじめられていました。色んな人から直せ直せと言われたので直そうとしたんですけど直りませんでした。だから諦めた、一人で過ごすことにした、極力喋らないで大人しい子のふりをした。それだけの話です」
佳奈多の表情に暗い色はなかった。むしろ笑みさえ浮かんでいた。ただし、とても、シニカルな笑み。色んなことを諦めているんだなと、そういう悲しいことが伝わってくる笑み。
美里の眉根がハの字に曲がる。
流石にイジメまでは受けてはいないが、美里自身一人でいることは決して他人事ではないからだ。
いくら認知度が増したとはいえ、まだまだ女性のオタク趣味というのは悲しいくらいに少ないし、変人扱いも受ける。
それでも前のクラスでは一人だけそういう子がいたのだが、進級した際に別々のクラスになり、やがて疎遠になっていった。その子はなんだかんだで要領がいいので、別のクラスでもそこそこに上手くやっているのだ。
美里がなにか言おうとしたその時、佳奈多が「しかし」と言葉を続けた。
「何故だか保塚さんに対しては、なんとなく大丈夫だろうと思ったんです……」
しかし言い終わった直後首を振って、しばらく考え込んでから「いや、違いますね」と再び言葉を繰り出した。
「今までは誰であろうとも素を出そうとしなかったというか……そもそも絶対に誰とも接したくないと思っていたから保塚さんがどうこうという以前の問題だったんです。でも、何故かついさっき、眠りから覚めて保塚さんの姿を見た時に、ああ、この人なら大丈夫だってなんとなく思ったんです」
美里は呆然と佳奈多のことを見つめた。
何故だか不思議と心拍数が上がっているようだった。とてもとても、心地よく。
「私にも本当に意味の分からない心境の変化なのですが……きっと、あの夢が私をそうさせたのでしょうね。とてもとても長くて、それだけは分かっているのに、それだけしか思い出せない、そんな夢が」
佳奈多はかすかに笑いながら美里のことをじっと見つめていた。
とてもぎこちなくて、だけど先ほどのシニカルさは全くない、とても真っ直ぐな微笑み。
その時唐突に――それはもう本当に唐突に、美里はあることを思い出した。そしてそれを思い出した美里は反射的、いやどちらかといえば本能的に頭の中の行動をとっていた。
「佳奈多ちゃん! ちょっと待ってて!」
そう叫ぶなり美里は自分のカバンの中を漁り、そしてあるものを取りだした。
それはIPODとCDジャケット。
そのCDは、今流行りのアイドルグループのニューシングルだった。
唐突にその二つを見せつけられた形の佳奈多は、とても不思議な生き物を見る時の目を不躾に美里に向けた。
「……率直に言って意味不明です」
「うん、私もそう思うわ」
美里はとても情けない笑みを浮かべて肯定した。
「だけど……なんでだろう、今の佳奈多ちゃんを見てたら、不思議とこうしなきゃいけないと思って」
「保塚さんって変態なんですか?」
「ち、違うわよ失礼ね! そりゃ確かにBL本とかは好きだし、今日も黒板とチョークはどっちが受けか攻めかとか考えてたけど!」
「死んでもらえますか?」
「本当に失礼ね佳奈多ちゃん! ホモが嫌いな女子はいないんだから!」
「そんなことは糞どうでもいいのですが、それで実際保塚さんはなにがしたいんですか?」
佳奈多のもっともな質問に、美里は固まってしまった。
そもそもこのCDもなんでカバンの中に入っていたのかも美里は分からない。そもそもこのアイドルグループには興味もなくて、いつもの美里なら絶対に買いもしないCDなのだが。流行に追いつこうと無駄な努力をした結果だろう、と美里は無理矢理に納得した。一応IPODの中身を見てみたら、何故かその曲がちゃんと入っていた。本当に不思議な現象だなと美里自身も困惑していた。
「まあ……そりゃあ、一緒にこの曲を聴いて欲しい、のかな?」
「平凡ですね。変態のくせに」
「変態言わないでよ! じゃあ逆に一体なにがあるっていうのよ!」
「その二つを私にくれるとか」
「あげないわよ! 馬鹿じゃないの!」
「まあその場で二つに叩き割りますけどね」
「あんたって子は……」
本当になんなのだろうかこの子は、と美里はもう突っ込む気力もなくなっていた。
「……まあそれはいいんですけど、それでこのままその曲を流すんですか? 万が一音が響いて先生が来たら没収されちゃいますよ?」
「うん、それはそうよね……」
別に一緒に帰りながらその途上で聴くっていうのもなしではないのだけれども……と思いつつ、美里はここでまた違和感を覚えた。
いつもIPODと持ち歩いているヘッドフォンがカバンに入っていなかったのだ。
「……聴くなら聴くでとっととしてもらえますか? 私だって呑気に変態の戯言を聞いていられるほど暇じゃないんですからね?」
「呑気にこんな時間までうたた寝してた分際でなによ……ん? あれ?」
それでもなにかないものかと駄目元でカバンを漁っていた美里だったが、何か右手に硬質な紐状のものが当たった。なんだろうと思ってそれを引っ張り出してみると……
「これは……」
「それイヤホンって言うんですよ? 知らないんですか?」
「いや知ってるけど」
それは確かにイヤホンだった。小さくてボロくていかにも安そうなイヤホン。これもまたなんでカバンの中に入っているのかは分からなかったけれども、それでもそれは確かに美里の家にあったはずのイヤホンだった。どちらにしても、何故今このタイミングでカバンの中に入っていたのかは謎のままだったが。
「しかしボロっちいイヤホンですね。それを私の穴にぶち込みたいんですか?」
「うわあなんていうかもう……」
「穴って耳の穴のことですよ? 何を想像してるんですか? 頭おかしいんですか?」
「実際これしかないんだから仕方ないじゃない。どうしても嫌なら別に一緒に帰りながらこのまま聴くってのもいいわよ?」
しばらく難しい顔で考え込んでいた佳奈多だったが、やがてめんどくさそうな表情を浮かべならそのイヤホンの片方の端子(左耳)を手に取った。
「……まあ、どうせこれも夢のお告げって奴なんでしょうね」
「そうかなあ?」
「そうじゃなければ保塚さんがド変態であることが科学的に証明されてしまいますが?」
「どっちにしてもトンデモ科学じゃない……」
本当に自由な子だなあ、と思いながら美里は再生ボタンを押した。
曲は、要するにごく普通のポップスだった。
ちょっと編集で美声に加工された感じのイケメンの五人組が愛だのなんだのと明るく爽やかになんの迷いもなく歌いあげる。有線で流れていても全く不思議ではない、というよりはまさに有線で流れているタイプの曲。
要するに、五分後には聴いてたことも忘れてしまいそうな曲だった。
美里は別に嫌いではなかったが、それにしてもあんな本能的に振舞ってまで佳奈多に聴かせようとするまでの曲では絶対になかった。佳奈多曰く夢のお告げの曲にしては、なんというかあんまりにもありふれ過ぎていた。
三分と半分くらいの曲が終わって、美里は佳奈多のことを見た。
あんまりにも凡庸な曲にさぞかしガッカリして、凄まじい言葉が飛んでくるのかと思いきや、あろうことか身体を震わせて俯いているではないか。
え? 嘘? まさか泣いてる?
心配になった美里が声をかけようとしたその時、佳奈多は思いっきり腹を抱えて、
「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
と爆笑をし始めた。
もう爆笑も爆笑で、この教室どころか学校全体に響き渡っているに違いないような、そんな天下に轟くほどの大爆笑だった。
「えっなに? キャラ崩壊!?」
「キャラ崩壊じゃないですよ全く! 一体何を考えてこんな曲を私に聴かせたんですか! こんっっっなに中身のない曲を私にこんなタイミングで聴かせるとか! なんですか? 保塚さんって天才なんですか? 私を笑い死にさせるためにやってきた稀代のエンターテイナーですか? ヤバイ! 夢のお告げマジヤバイんですけどっ!」
それだけ一気に言うと、佳奈多は再びお腹を抱えてヒーヒー言いだした。本当に、心の底から笑えて笑えて仕方がない、という感じの笑い方だった。
あまりのぶっ飛び具合についていけなかった美里であったが、それでも佳奈多が本当に楽しそうだったので、つい釣られて美里も笑ってしまった。
二人は本当によく笑った。笑って、笑って、笑って……あんまりにも笑いすぎて、最後にはなんでそもそも笑っていたのかが分からなくなってしまったくらいだった。
だけど美里は本当に楽しかった。楽しすぎて理由とかそんなことは本当に心の底からどうでもよくなっていた。佳奈多と一緒にひたすらに笑って笑って笑いまくる。それだけで、もう、それ以上は何もいらなかった。
二人は数分くらい笑い通して、やっと笑いが収まった。
「っはー……案外、夢のお告げってやつの中身も大したことないのかもしれませんね」
「……正直、こんな大爆笑を巻き起こしただけでも、偉大さを感じずにはいられないんだけどね」
「まあ偉大といえば偉大ですね……はい、別に思い出した訳じゃないんですけど、なんかちょっと夢のお告げのことが分かった気がします」
そう言って佳奈多は美里に笑顔を向けた。
それは素直で、緩やかで、とってもチャーミングな、そんな素敵な笑みだった。
「人と関わるのって、実はとっても面白いんですね……こんな中身のない曲でも、こんなに楽しい気分になれるくらいには」
この時美里はその全身が泡立っていた。率直に言って運命を感じずにはいられなかった。
ああ、私の青春はここから始まっていくんだなと、美里はためらいもなくそう思った。
私たちはこれから本当の親友同士になるのだ。佳奈多が毒を吐いて私が突っ込む。そんなただでさえ楽しすぎるコミュニケーションをいっぱいいっぱいいっぱい取りながら、色んな楽しいことをいっぱいするのだ。
多分きっと楽しいことばかりじゃないだろう。辛いことも、泣きたいことも、逃げだしたいこともいっぱいあるのだろう。
でも、それでも、それでもいいじゃないか、と美里は強く強く思うのだ。
きっとそういうものに直面して、乗り越えていくことで、かっこいい大人になっていく。
だから美里は思ったのだ。
きっと、あのとてもとても長い夢も、こんな感じの友情物語だったに違いないと。
お互い惹かれあって、楽しさをいっぱい共有し合って、だけど喧嘩もして、それでも最後には友情を見出す……そんなどこにでもある、だけどだからこそ大切な物語だったに違いないと。
そんな夢を見れた私は、そして佳奈多は、とってもとっても、幸せなのだと。
だけどそんなことを言ったらからかわれるのは火を見るよりも明らかだと美里は分かっていたので、そっぽを向きながら言う。
「……まあ佳奈多も、その性格をもう少しだけマイルドにすれば、案外面白い人にはなれるかもしれないわね」
「あれあれ? ひょっとして照れちゃってます? さっすが変態は考えることが違いますねえ!」
「うっさいわね! あんただって顔真っ赤じゃない! 照れてるのはお互い様よ!」
「はあ? なに言ってるんですか美里さん! だ、誰が照れてるもんですか! 私美里さんと違ってノーマルだからこんなので照れたりしないもんねですよ!」
「びっくりするほどツッコミどころ満載ね今の語尾! 佳奈多ちゃんも素直になればかわいいんだからもっともっとお淑やかになりなさい! そして私を敬いなさいバーカ!」
「どっちが馬鹿ですかバーカ! 百歩譲ってお淑やかになっても美里さんみたいな変態なんて敬いませんよ! 美里さんなんて耳の穴から媚薬でもねじ込まれて悶え苦しめばいいんですよバーカ!」
そんな調子でしばらく喧嘩をしていた二人だったが、最後には二人目が合って、やっぱり大爆笑してこの場は収まった。本当に、こんなに楽しいことは、生まれて始めてのような気さえ美里には思えた。
「……ま、あんまり遅くまでいてもなんだし、さっきの曲をもう一回聴いて帰りましょうか?」
「そうですね。私もボチボチお腹空きました」
「じゃあ帰りマックでもよってく?」
「いいですね。最近新しく出たの食べました?」
「ううん、まだ」
「すごく美味しいですよ……まっ、変態の味覚に合うかどうかは知りませんけどね」
変態言うなと美里が頭を叩いて、佳奈多は舌を出して笑った。
それから二人は再びイヤホンを身につけて、さっきのアイドルの曲を再生した。
本当に、どこにでもあるような、凡庸な曲。
だけどそんなものでも十分だった。二人とも目を閉じて、その曲に聴き入っている。
ふと美里は、自分の右手になにかがあたっている事に気がついた。
見ると、細い左手がちょんっと、美里の右手に触れていた。
佳奈多は、顔を真っ赤にしながらそっぽを向いていた。
「べ、別に深い意味はないですからね……私そういう趣味は本当にないんで、変態と一緒にしないでくださいね」
美里はフッと笑って、佳奈多と手を握った。
佳奈多の手はちょっと汗ばんでいて、だけど程よい体温が心地よかった。
改めて、美里は思うのだ。
私たちはきっとここから始まっていくのだ。
佳奈多といっぱいいっぱいいっぱい楽しいことをして、だけどやっぱりキツイ目にもあって、だけどそれでも更なる楽しさを求めて、私たちはこうやって、色んな素敵な子たちと手を繋ぎ合っていくのだと。
たとえ手を繋ぐことが難しい相手であっても構わない。
それでも、ただ、手を差し伸べるのだ。
尊いものに手を差し伸べて、この世界を美しいものにするために。
美里と佳奈多は手をこの曲が終わるまでこの曲に聞き入っていた。
きっとこうして繋がれた世界は、とても美しくて楽しいものなのだと、確信しながら。