1話「不幸と戦闘」
ここは三重県四日市市。塩浜の工場の悪臭はするもののそれなりに発展していて三重県一といってもいい。
その街に住む少年、佐田佳樹は一人暮らしをしていた。
現在母親が死に父親に捨てられた佳樹が生きているのはほぼ奇跡だ。天才の従姉がいなければ生きていなかった。父親に捨てられた後すぐに従姉に引き取ってもらった。しかし佳樹が従姉の家にお邪魔することを従姉の母が大反対したためしかたなく従姉は佳樹に生活費を与えることにした。佳樹はそれを吸って生きていた。3年前従姉名義でマンションの一室を購入してもらったため住処には困っていない。
佳樹は料理もできた。なんでも作れてしまう人間だった。月二十万という13歳の男の子一人には多すぎる生活費を使って一人でもフルコースを作って食べていた。
しかし佳樹には友人たるものがいなかった。まあ町内会にほとんど出てないため主婦の家のお子さんと接しないのは確かなのだが、小学校のとき先生としかしゃべらない人と呼ばれるまで独りぼっちであった。
それも不幸な家のせいだとおば様たちは高らかに笑う。佳樹はそう思ってくれるだけ気が楽だった。ゲームのやりすぎだとかそういう「こいつはゴミだ」的なことを言われなくてよかった。父親に散々言われてきたからもう飽きたんだっていうの。
そしてそのまま佳樹は十三歳になった。
愛知の私立中学を受験して見事受かった。
その知らせを従姉に伝えると従姉は「入学金も授業料も全部私が出してあげるから佳樹は心配しないで」と言ってくれ、その通り私立中学に入学した。
でもいじめは公立も私立も変わらない。また独りぼっちだ。佳樹はいつものことだと自分に言い聞かせた。そうでないと自分の気持ちを抑えることができなかったから。
佳樹の弁当は人のより豪華だった。入学当初は「わー佳樹君のお母さん料理うまいんだね」などと言われ少し悲しかったが、今はそんなことどころか誰一人しゃべらない。
佳樹は部活もせず真っ先に家に帰った。そうすれば心の癒しのゲームで楽しめるから。友達との関係なんかよりPCゲームのほうが大事だ。佳樹は高速でPCを開くと、GROWUPというアプリケーションを開いた。
GROWUPは格ゲーである。しかしムッキムキのおっさんとかそういうのがアバターなのではなくただの棒人間だ。棒人間が戦って戦果をサーバーに送る。その結果によりランクとよばれる順位がつく。強いものほどランクは上で、マッチングは強いもの同士で行われる。
佳樹のランクは4位だ。全世界にいるGROWUPプレイヤー、――GROWUPERが10万人ほどいる世界で四位。この数字は驚異的なものであった。GROWUPERたちが恐れるGROWUPERの「六体神」(シックスファイター)の中の一人。その圧倒的なスピードと剣――いや包丁の捌きで相手を斬り殺す。
そんな佳樹でも、負けるやつは3人いる。佳樹はそれが悔しかった。勝ちたいのに勝てない。斬りたいのに、斬れない。斬り殺せないアバターが三つもあるなんて佳樹には納得の行くものではなかった。
そんなことを考えているとマッチング完了のメッセージが来た。
相手は、mustという名前だ。ランクは、一位。
さすが一位、チャットもすばやかった。
「やあやあ夜死期君。僕はmustだ。君のような素晴らしい人間と対戦できるなんて私は幸せだよ。それでは戦おうか夜死期君」