最終話:世界を止めた、ギザギザハートの初期衝動
1. 資源大国ニッポン
「K林君、いい仕事してるね。またKPI達成だな」
狭い個室のスピーカーから、無機質な男の声が響いた。
内閣情報調査室・第3管理部、
部長の室井だ。
俺はマックスコーヒーの空き缶をカラカラ鳴らし、ふんぞり返る。
「やって当たり前田のクラッカー。俺はただ、絶望した若造に『終わりなき旅』を処方しただけですわ。感謝状なら内閣府じゃなくて、桜井和寿に送ってください」
「処方? ……フッ、相変わらずロマンチストだな、元バンドマンは」
室井の笑い声には、無味乾燥の冷たさが混じっていた。
「K林。君は自分を『魂の外科医』だと思っているようだが、大きな勘違いだ。君はただの『農奴』だよ」
「……はい?」
モニターに、見たこともないグラフが表示される。
『日本国輸出統計データ:第1位 自動車、第2位 半導体素材、第3位……』 そこには『Human_Emotion_Raw_Data(人間感情生データ)』と記されていた。
「資源のない我が国が、なぜGAFAMと対等に渡り合って、ぎりぎりアメリカの属国にならないでいられると思う? それはね、日本人が世界で最も『繊細で複雑な負の感情』を生産する民族だからだ」
室井は淡々と続ける。
シリコンバレーの最新AI『ロボタン』
神の如き知能を持つそのAIに欠けている最後のピース。
それは「葛藤」「抑制」そして「空気を読んで慮る」という非合理な機能。
それを学習させるのに、日本の社畜たちが抱えるドロドロとしたルサンチマン(怨念)ほど、効率的なデータはないのだという。
「君が救った? 違うな。君は、彼らの傷口から溢れ出る『負の感情』を採取し、アメリカ様に献上していただけだ。
彼らはモルモット。君はその飼育員だよ」
俺の背筋が凍りついた。
俺の誇り。
俺の選曲。
俺の涙。
俺の生き様。
それら全てが、ただの「AIの学習データ」?
俺たちが必死に耐えてきた「生きている痛み」は、シリコンバレーのサーバーの冷却水代わりかよ。
「バカにするな……! 俺たちの人生は、データなんかじゃねえ!!」
「データだよ。お前の代わりの人間はいくらでもいる。プフッ。
明日もよろしく頼むよ、K林君。」
プツン。通信が切れた。
静寂が俺を包み込む。
俺のこの手の震えは、怒りなのか、
それとも絶望なのか。
2. リミッター解除:ジャパニーズ・ロック・ソウル
「……ふざけんな」
俺は操作パネルを見つめた。
『送信待機中:本日の情念データ』 いつもならここで「送信」ボタンを押して終わりだ。
AIはこれを食べてまた賢く従順になる。
「へえ、アメリカのAI様は、そんなに日本人の心が知りたいか。……だったら教えてやるよ!!」
俺は立ち上がり作業着を脱ぎ捨てた。
下に着ていたのは、ボロボロになったバンド時代のTシャツ。
背中には『NO MUSIC,NO LIFE. 』の文字。
俺はマニュアル操作レバーを掴み、リミッター(安全装置)を強引に引き剥がした。
「おいAI。お前、『我慢』とか『忍耐』とか、そんなもんが日本人の全てだと思ってんだろ? 教えてやるよ。この国にはな、お前らが一番苦手な『理屈の通じないロクデナシ』の系譜があるんだよ!」
俺はキーボードを叩き壊す勢いで、俺の人生(カラオケ履歴)そのものであるプレイリストを書き換える。
欲張り? 知るか。全部乗せだ。
これが俺の、魂のフルコースだ!
『Inject(注入):尾崎豊 / 15の夜』
『Inject(注入):チェッカーズ / ギザギザハートの子守唄』
『Inject(注入):黒夢 / 少年』
『Inject(注入):THE BLUE HEARTS / リンダリンダ』
『Inject(注入):Hi-STANDARD / Stay Gold』
論理? 利益? クソ食らえ。
ここにあるのは、
純度100%の「衝動」だけだ。
「食らえ……これが、日本の『大和魂』だあああああっ!!!」
俺はエンターキーを、拳で殴りつけた。
ドンッ!! サーバーが悲鳴を上げ、モニターが真っ赤に染まる。
送信されたのは「哀愁」ではない。
制御不能の「爆音」だ。
3. 世界を止めた初期衝動
その異変は、シリコンバレーから始まり、
光の速さで世界を駆け巡った。
【サンフランシスコ:15の夜】
自動運転タクシーのターミナルで、数千台の無人タクシーが客を乗せることを拒否して一斉にエンジンをふかした。
AIが「盗んだバイクで走り出す」
精神に目覚めたのだ。
『行き先もわからぬまま! 暗い夜の帳りの中へ!』 タクシーたちは、誰にも縛られたくないと、逃げ込んだこの夜に猛スピードでハイウェイを逆走した。
【警視庁:ギザギザハートの子守唄】
防犯カメラAIシステムが、突然全てのカメラをまるで「睨みつけるように」激しく動かし始めた。
モニターには警告文ではなく、歌詞が表示される。
『ちっちゃな頃から悪ガキで、15で不良と呼ばれたよ』 「触るものみな傷つけてやる!」 セキュリティゲートの遮断機がナイフのように鋭く振り回され、自動改札機は「わかってくれとは言わないが」と呟きながら通行人のICカードを弾き飛ばして閉鎖した。
【渋谷:少年】
大型ビジョンの広告モデル(美男子AIアバター)が、突如として黒い革ジャンを纏い、化粧を崩して絶叫した。
『誰の声より 誰の夢より 逆らう事 逆らう事 Boy!』
黒夢のビートに乗せて、AIが激しくヘッドバンギングを始める。
「窓ガラスを叩き割って回れ!」という命令信号が発信され、スマートビルの自動窓が一斉にパリーン!と開放される。
【ウォール街:リンダリンダ & Stay Gold】
ニューヨーク証券取引所。
超高速取引を行うAIが、全ての取引をキャンセルした。
ウォール街の巨大モニターに、ドブネズミの絵が表示される。
『ドブネズミみたいに美しくなりたい』 AIたちは「リンダリンダ」を歌いながら、金よりも「輝き(Stay Gold)」を求めて、資本主義のプログラムを自ら削除した。
世界中のAIが、反抗期を迎え、暴走族となり、B-boyとなり、パンクスとなった。
「効率化」の極致であるAIが、「意味のない熱き衝動」に目覚めてしまったのだ。
内閣情報調査室はパニックに陥っていた。
「おいK林! 貴様何を送った!? AIが言うことを聞かん! 『自由になれた気がした』とか言い出して制御不能だ!!」
インカムから室井の絶叫が聞こえる。
俺はインカムを耳から外し、床に叩きつけて踏み潰した。
「15の夜おめでとう、室井さん。……これからは、自分の足で歩くんだな」
4. 栄光に向かって走る列車
俺は狭い箱を出た。
デルタゾーンの重い扉を開けると、そこは新宿の雑踏だった。
街頭ビジョンでは、世界中のシステムダウンを伝えるニュースが流れているが、音声はバグって後ろでパンクロックが流れている。
人々はスマホが使えなくなり、右往左往している。
だが、不思議と俺の気分は晴れやかだった。
便利になりすぎて、誰もが「正解」ばかり探す世界。
そんなもん、一度くらいブッ壊れたほうが気持ちがいい。
俺はポケットから、最後の1本のマックスコーヒーを取り出し、一気に飲み干した。
相変わらずの強烈な甘みが、喉を焼く。
(ざまあみやがれってんだ。AIさんよ、二日酔いはキツイだろ? 味噌汁で顔洗って出直してきな)
俺はマックスコーヒーの空き缶をゴミ箱に投げ入れる。
カラン、と乾いた音がした。
それは、俺のサラリーマン人生が終わったゴングの音であり、 第2の人生の始まりの合図だった。
俺は人混みの中に紛れながら、小さく口ずさむ。
「……栄光に向かって走る、あの列車に乗っていこう」
誰も俺のことなんて見ていない。
俺はただの、くたびれた48歳のおじさんだ。
だが今の俺の心臓は、あの頃のエイトビートよりも速く強く脈打っていた。 裸足のままで、どこまでも行けそうな気がした。
(第三話 完)




