第二話:五反田の地面師と、終わりなき旅
1. 20点の絶望と「麦」の教え
305号室のカラオケボックスの中で、男が崩れ落ちた。
若くして不動産で成功し上場間近のCEOだったが、今は全てを失った無一文の敗者。
彼が喉から血が出るほどの絶叫で歌い終えた中島みゆきの『ファイト!』に対し、俺が弾き出した点数は非情なる『20点』。
AI判定なら「ジャイアン」レベルの騒音だ。
だが、俺はあえて加工せずにそのままの数字を出した。
「20点……マジかよ…くそ…」
CEOはマイクを握りしめたまま、テーブルに突っ伏した。
「ファイト歌ってさらに凹むとは思わなかったぜ……。
ははっ、今の俺にはお似合いだな。
五反田の土地と一緒に、20億と俺の人生もぶっ飛んでいったんだ……」
俺はキーボードを叩き、内閣情報調査室のデータベースへアクセスする。
検索ワード:『五反田』『地面師』『20億』。
ヒット。
手口は古典的だが巧妙だ。パスポートの偽造、なりすまし、司法書士の買収。 業界では「海千山千の古狸」と呼ばれる地面師グループに、この若造はまんまと食われたのだ。
社運を賭けたプロジェクト用地はただの幻だった。
「バカな野郎だ。印鑑を押す前にその土地の『匂い』を嗅ぐべきだったな」
俺はモニターを見下ろして歪んだ優越感に浸る。
俺はこの狭い箱の中で、世界の全てを見通している。
地上の成功者たちが泥にまみれる姿ほど、甘くて極上の蜜の味のするものはない。
だが、俺はただのサディストではない。
俺は、内閣調査室のエージェントであり、
同時に「人生の先輩」だ。
(可哀想になあ、若き者よ。だが安心しろ。ここが底だ。お前は今、踏みにじられた麦だ。踏まれて踏まれて、強く大地に根を張り、真っ直ぐに伸びて実をつける麦になるんじゃ!)
俺の脳内でゲンの父親の声が再生される。
そうだ。こいつに必要なのは、慰めじゃない。「肥料」だ。
2. 勘違いの使命感
「さて、治療を始めるとするか」
俺はボソリと呟き、首を鳴らした。 俺は国家にスカウトされた「魂の外科医」だ。
かつてはメジャーデビュー寸前で解散した悲劇のバンドマン、不運が重なり借金まみれの底辺だった。
だが今は違う。
この指先一つで、政治家のメンタルをケアし、絶望したCEOを救済できる。
俺は選ばれた人間、選ばれた「耳」を持つ男なのだ。
その時、AIのレコメンド機能が作動した。 『おすすめ曲:Bling-Bang-Bang-Born』 画面の端に、軽快なダンスミュージックのアイコンが点滅する。 俺は鼻で笑った。
「バカか、このポンコツAI野郎が。今こいつにダンスさせてどうする? 盆踊りでもさせる気か?」
俺は『却下』ボタンを力一杯叩き、レコメンドを粉砕した。 AIには「文脈」が読めない。地面師に騙された男が、「鏡よ鏡」なんて歌って踊れるわけがない。
こいつに必要なのはダンスフロアじゃない。茨の道だ。
「AI風情が。人情をなめんなよ。コイツを救えるのは、この俺のような、酸いも甘いも噛み分けた人間様の選曲だけだ!」
俺はマニュアル操作レバーを握り、膨大な楽曲リストの中から「特効薬」を探す。
あった。これだ。 1998年発売。
俺たちの世代の聖書。
少し古いが、名曲に耐用年数はない。
3. 強制予約『終わりなき旅』
俺は『割り込み予約』ボタンを押した。
305号室のモニターに、突然、Mr.Childrenのイントロが流れる。
あの静かで、しかし力強いギターのリフ。
CEOが顔を上げた。
「え? ……誰かが入れたのか? 俺は何も……」
俺はオーディオキッチンのフェーダーを操作し、マイクの音質を調整する。 『エコー』:深め。 『音圧』:スタジアム・ライブ仕様。
まるで東京ドームのど真ん中に立っているかのような錯覚を起こさせるセッティングだ。
「歌え若造。とびきりでかい声でな。
次のドアをノックするんだ。俺が許可する」
俺はインカム越しに(彼には聞こえないが)命令する。 画面に歌詞が流れる。
『息を切らしてさ 駆け抜けた道を 振り返りはしないのさ』
CEOは戸惑いながらも、その歌詞に導かれるように、震える声で歌い出した。
最初は蚊の鳴くような声だった。
だが、サビに向かうにつれて、その声に「怒り」と「悔しさ」が混じり始める。
『高ければ高い壁の方が 登った時気持ちいいもんな』
「うおおおおおぉぉぉぉんんん!!!」
CEOが絶叫した。 それは歌ではない。
魂の雄叫びだ。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし、20億の損失を、裏切られた悔しさを、マイクにぶつける。
俺はコンソールの『演出』ボタンを連打し、画面上に無数の光の粒子を降らせる。 行け! 越えろ! お前はまだ終わっちゃいねえ!
その時、タイミング悪く、ドアが開いた。
「失礼しまーす、ハイボールと唐揚げでーす……」 入ってきたバイトの女性店員が、絶叫して泣き崩れるCEOを見て、恐怖で固まっている。
店員はそっとテーブルにグラスを置き、後ずさりして逃げていった。
ドン引されている。だがそれでいい。
恥も外聞もかなぐり捨ててこそ、再生は始まるのだ。
4. 影の英雄と、怪物の復活
曲が終わった。 305号室には、荒い息遣いだけが響いている。
CEOは、呆然と天井を見上げていた。
だが、その目からは、先ほどまでの「田舎の調整池」のような濁りが消えていた。
「……ありがとう。なんか…憑き物が落ちたよ」
画面の向こうで、CEOが深々と頭を下げた。誰に向けたわけでもない、虚空への感謝。 俺は満足げに頷く。
そうだ。感謝しろ。俺の神選曲によ。
「明日から……いや、今からでもやってやるぜ!」
CEOが立ち上がった。 その目に、ギラギラとした光が宿る。 感動的な再起だ。俺は目頭が熱くなるのを感じた。 だが、次の瞬間、彼の口から出た言葉に、俺は耳を疑った。
「まだ俺は生きている。債権者集会? なんぼのもんじゃい! 誠心誠意お詫びして、土下座でも何でもしてやるよ!」
おお、立派な心がけだ。
「……で、あの地面師詐欺軍団のことは許せねえが、そんなこと言ってても金も戻ってこないしな。だったらまた、元手作ってやるよ!!」
彼はスマホを取り出し、不敵に笑った。
「都心のワンルームマンションを買い叩いて、情弱の投資家になりたてほやほやの、クソぼんくら共に、相場の倍で売りさばいてやる! 合法スレスレの営業トークでな! 待ってろよ、俺の20億! 倍にして取り返してやるからな!!」
……ん? 俺は固まった。
その目は、純粋な希望ではなく、純粋な「欲望」にコーティングされ邪悪に輝いていた。
こいつ、まったく反省してない。
むしろ、地面師に騙された経験を糧にして、「よりタフガイな詐欺師まがいの不動産屋」に進化してやがる。
(……あれ?ひょっとして 俺、余計なことしちゃったかな?)
俺は一瞬、良心の呵責を感じた。 こいつを野に放ったら、また新たな被害者が生まれるんじゃないか? だが、すぐに思い直す。
(いや、知ったことか。俺の仕事は『情念』を採取することだ。善悪の判断は裁判所の仕事だ。感謝もされたし、俺のKPI(重要業績評価指標)の達成には、この『強欲エネルギー』も役に立つはずだ)
俺は無理やり自分を納得させ、
キーボードを叩く。
報告書作成: 『対象者:30代男性、CEO。 状況:地面師詐欺による破産による絶望。
処置:Mr.Children「終わりなき旅」を投与。 結果:劇的な回復。ただし、「は○しのゲン」魂を通り越して、「邪悪すぎるブラックな」魂が開花。見事に再起のきっかけを提供。
取得データ:極めて純度の高い、資本主義の権化のようなバイタリティ』
エンターキーをッターン!と強打する。
モニターに『データ送信完了』の文字が緑色に輝く。
(よし。極上の『再生エネルギー』だ。内閣情報調査室のデータベースも、これでまた潤うだろう。この国の経済は、こうやって俺たちが影で支えているんだ。……たとえそれが、悪徳不動産屋のエネルギーだとしてもな)
「ふぅ……」
俺は、足元に置いてあった『マックスコーヒー』をあおり、大きく息を吐いた。 練乳を直接飲んでいるかのような、暴力的な甘さが脳髄を焼く。
通常の缶コーヒーの30倍くらい甘いこの茶色の液体だけが、過酷な労働の唯一の友だ。
狭く、暑苦しい機械の裏側。
壁一枚向こうは、華やかなVIPルーム。
ここは、華やかなエンタメ施設の「デルタゾーン」。
誰からも賞賛されず、誰からも認知されない職場。
だが、今の俺の胸には、確かに「国家の守護者」としての誇りが満ちていた。
(……ふふっ、まるで『プロジェクト〇』のエンディングだな。ヘッドライト・テールライトが聞こえてきそうだぜ)
俺は飲み干したのマックスコーヒー缶を愛おしく見つめる。
「フッ……。礼には及ばねえよ、若造。 また騙されたら来い。何度でも背中を押してやるからな。次はもっとエグい商売を思いつくかもしれんがな」
K林はニヤリと笑い、次の客を待ち構える。
彼はまだ知らない。 自分が必死に守り、送り届けたその「熱き魂」が、本当に日本のために使われているのかどうかを。 モニターの奥、データの行き着く先にある「巨大な闇」に気づくのは、まだ少し先の話だ。
(第二話 完)




