8.
「へえ、喫茶店かあ……」
彼女はうっとりした様子でつぶやくと、そのままの調子で尋ねてきた。
「それって、一般公開もしたり……?」
「え? ああ、うん。確かそうだと思うけど」
俺はもちろん誘われたことはないが、親は招待券をもらっていたと思う。そう言ったとき、千和さんの意味ありげな視線に気が付いた。
「……? 千和さん……?」
「……あの、それ……、私、行ったりしちゃだめですか? ……もし良かったら、少し、案内してもらったりとか……」
「――え……っ?」
本音を探るような、怯えるような――千和さんの口調。
こんなふうに言われたら……、昴なら、二つ返事でOKしたはずだ。
しかし、俺は。
この事態を想定していなかった俺は、返答に詰まってしまった。
彼女が浅緋の文化祭に来たら、俺の嘘がばれてしまう。俺がプリンスではないと知られてしまう。
案内なんてもってのほかだ。昴の物真似は、本物の前では通じない。
「――あっ、冗談です! 冗談ですよ! 山上さん、お忙しいですもんね! ……それに、私一人のためになんて、そんなずうずうしいこと、私……!」
血の気を失った俺を見て、千和さんは慌てて付け足した。傷ついたような表情で、真っ赤になって下を向く。
「――っ」
今度は逆に、カッと頭に血が上った。
最低だ。
最低なことをした。
予想できたはずだ。こんな話をしたら、誰だって期待してしまうと。誘ってくれたのかと、勘違いしてしまうと。
それなのに。
「あの……っ、千和さん、違うんだ。そうじゃなくて……、そう! 先約があって、それで……!」
「い、いいんです! それ以上言わないで下さい、わかってますから。……私が、勘違いしちゃっただけなんです。だから、今のは忘れてください……!」
これ以上無言でいたら、さらに彼女を傷つける。そう思って取り繕ったが、さらに墓穴を掘っただけだった。
千和さんは笑っていたが、ショックを受けているのは明らかだった。それからはどうにも会話が進まず、気詰まりな雰囲気のまま、駅で別れた。
それから数回、千和さんに会ったが、彼女の笑顔や声に陰りがあるのを、どうしても感じずにはいられなかった。
文化祭の件もそうだが、きっとその前から千和さんは気づいていたのだろう。
俺のどこかに嘘があることに。
正体を隠そうとすればするほど、彼女との間に壁をつくらざるを得ない。彼女が仲良くなろうと歩み寄ってくれる分、俺は後ろに下がらなければならない。それを拒絶と受け取られても不思議ではなかった。
もう、これ以上は無理だ。
俺は悩みに悩んだ末、ふと、姉貴に打ち明けてみようかと思い立った。
今までは、昴に相談しようなんて考えたこともなかった。敬遠して、近寄ろうともしなかった。しかし、文化祭のことを聞いて思い出したのだ。
昴がクッキーづくりを始めたのは半年くらい前。かんしゃくを起こして一度は投げ出したものの、それからも一人で練習を続けていたのだろう。昴から甘い香りが頻繁に漂っていたのは、きっとそのせいに違いない。
昴は天才なんかではなかった。ただ、できるまで努力をしただけだ。勉強も、運動も、お菓子作りも、すべて。
俺みたいに、途中で諦めるわけではなく。
そう思ったら、素直に相談してみようという気になった。プリンスなどと崇められているのも、ただ見かけが華やかだからというだけではないのかもしれない。




