7.
「それは……すごいですね」
千和さんは感心とショックが入り混じったような声音で言った。
「……羨ましいです。私、そんな風に思ったことないから……」
俺も同感だ。昴の言っていることは、いつも意味不明だった。
全力で彼女に同意したかったが、今は昴になりきらなければならない。
「そ……そうかな。僕は、君の方が羨ましいな。塾って行ったことないけど、学校とは違うことを教えてくれるんだろう? きっと、同じものを違う視点で見るいいきっかけになる。他の学校の同年代の子と一緒に学ぶ機会ってのもなかなかないし。僕にはできない経験ができて、いいなあと思うよ」
記憶を適当につなぎ合わせて、あとは口が動くに任せた。だが、昴が実際に言っていたことと、それほどかけ離れてはいないと思う。
意外なことに、自分の口を通して昴の言葉を語ってみると、すとんと腑に落ちるものがあった。
俺は塾というものは、自分の時間を奪うものだと思っていた。勉強は、自分の時間を削ってするものだと。
だが、昴は、それを機会だと言う。自分にない視点を知る機会。違うことを知るきっかけ。
「……違う視点……機会……」
千和さんもそう思ったのか、噛みしめるようにつぶやいた。それから、小さく笑った。
「そうですね……。私、なんか惰性で通ってたところがあるんですけど……。もう少し、ちゃんと勉強してみようかなって思います」
彼女の声が明るくなっている。
彼女が嬉しいと、俺も嬉しい。昴の暴力を、今回だけは許してやろうと思った。
塾から駅までの距離は、十分から十五分というところだった。昴のふりをするには長いが、千和さんのことをもっと知ろうとすると短い。
それでも、ほんの少しずつだが、俺たちの距離は近づいていった。
彼女とはいろんな話をした。学校のこと。友達のこと。勉強のこと。趣味のこと。
教師の文句を言ったり。恥ずかしそうに失敗談を打ち明けてくれたり。
彼女は、等身大の自分を語ってくれていたと思う。
対して、俺が話せるのは、記憶と想像を織り交ぜた嘘の姿ばかり。本当のことは、何一つ口にすることができなかった。
学校ではいつも友達に囲まれていること。
下級生には慕われ、上級生や先生方には一目置かれ。
人当たりが良く礼儀正しく、成績は優秀、運動神経は抜群で。
俺がそんな完璧超人に見えるわけがないのだが、千和さんはなぜか俺の言葉を信じた。
信じてくれれば信じてくれるほど、その場しのぎの嘘がどんどん積み重なっていく。それは積もり積もって、俺の上にのしかかっていく。
――彼女を騙していることが苦しくて、耐えられなくなってきていた。
「――え、浅緋で文化祭があるんですか?」
最近、話題を仕入れるために、昴をよく観察するようになった。そうやって手に入れた最新の情報をリークすると、千和さんは声を弾ませた。
「うん。試験明けの来月なんだけどね。僕のクラスは喫茶店をやる予定なんだ」
「喫茶店!」
「といっても、大したものは出さないんだけど。コーヒーとか、クッキーとか、そのくらいだね。僕はウェイターとテイクアウト用のお菓子担当。僕の手作りっていうパッケージを作って、大々的に売るんだってさ」
一体どんなパッケージなのか。想像するだにおかしくて、笑えてくる。
だが、正直楽しみだ。おそらくその日は、昴は売る以上に貢物をもらって帰って来るに違いない。食べきれないときは俺にもおこぼれがある。千和さんにあげたら喜んでくれるだろうか。




