5.
「…………」
彼女が黙ってしまったので、俺は不安になった。
いきなり踏み込みすぎただろうか。それとも、一連の言動が気障すぎただろうか。
昴になりきっていると歯の浮くようなセリフがすらすら出てくるのだが、もちろん、こんなセリフ、生涯で一度も言ったことがない。
いや、普段の俺だったらそもそも会話すらままならない。彼女の顔を正面から見つめられるのだって、眼鏡がなくてぼやけているからだ。
しかしそのせいで、彼女の表情が読めなくて怖くなる。
ニセ王子のイタイ言動に、千和さんも呆れているのではないだろうか。それどころか、俺の正体がばれているとしたら――?
どんな答えが返ってくるのかと、俺はひやひやしながら彼女が口を開くのを待った。
「……あの、私、なんだかとろいみたいで……。授業のこと考えてたり、片付けしたりしていると、いつの間にか、みんないなくなってるんです。特に、友達とかもいないし……」
恥ずかしそうに、千和さんはそう打ち明けた。
どうやら俺の心配は杞憂のようだ。千和さんはおっとりしていて、気が付いたときには周りに誰もいないだけ。
なんだそれ。かわいい。
思った瞬間、俺の口が勝手に言葉を紡いだ。
「そうなんだ。そういうことなら――、僕が、君のナイトになるよ!」
「――えっ?」
「塾から駅の間だけ、僕にお供をさせてもらえないかな? この辺、痴漢が出るって言っただろう? 昨日だって、あんなに大きな声を出しても、誰も気づかなかったんだ。この辺りは、危険なんだよ」
胸に手を当て、懇願するように彼女を見つめる。
冷静を装ってはいるが、実際は顔から火を吹きそうだった。千和さんが心配なのは本当だが、この口は何を言っているのだろう。
俺の提案に、彼女も明らかに狼狽した。
「え、えっ……!? そんな……! で、でも、迷惑じゃ――?」
「迷惑なんかじゃないよ。クッキーまでもらったんだ、このままじゃ僕の気が済まないんだ。……それとも、逆に迷惑かな? どうしても嫌っていうなら、諦めるけど……」
心から残念そうに、俺は肩を落とす真似をした。しかし、内心では、この申し出を断ってくれと必死に祈っていた。
だって、ナイトとはなんなんだ。俺は一体、何をしたいんだ。この先もこの格好で彼女と会うつもりなのか。
だが、言ってしまったものはしょうがない。俺は、固唾を飲んで千和さんの言葉待った。
やがて、彼女が小さく息を吸う気配がした。
「あの、山上さんが良ければ――、ぜひ、よろしくお願いします!」
「――!」
(えっ……)
目の前で、千和さんが勢いよく頭を下げる。
俺は彼女が下を向いているのをいいことに、涙を呑んで空を見上げた。
身から出た錆。自業自得。因果応報。
あと何があったっけ。
つい現実逃避してしまうほど、俺は先ほどの言葉を後悔していた。
(……ああ、誰か……、ぺらぺら余計なことをしゃべるこの口を止めてくれ……)
こうして俺は、月・水・金と週三回、千和さんのボディーガードをすることになった。
ついこの前まで赤の他人だった彼女と並んで歩くことになろうとは。しかも、姉貴に扮した姿で。
こんなの、すぐにばれると思ったのだが……、なぜか、彼女は俺がニセモノだと疑わなかった。
俺より少し低い位置にある彼女の頭が、ふわふわと上下に揺れている。楽しそうに見えるのが幻でないことを切に願う。




