3.
「私、何も知らず失礼な態度をとってしまって……、ごめんなさい! あと、ありがとうございました!」
彼女は目の前まで来ると、深々と頭を下げた。俺は信じられない思いで、彼女の後ろ頭をぽかんと見つめる。
(プリンスさんって……。嘘だろ、おい……)
まさかとは思うが……、俺がプリンスだと、信じてしまったのか。
こうなると、逆に彼女の素直さが不安になる。痩せているとはいえ、俺だってもう高一だ。さすがに女子に見えたりしないだろう。
(――いや、見えるのか……?)
そういえば、俺と昴は子どもの頃、そっくりな姉弟だと言われていた。成長するにつれて、身長や顔の華やかさに差が付いてしまい、今や見る影もないのだが。
しかし、昴と比べられるのが嫌で、顔を隠すために髪を長めに伸ばしている。このくらい暗ければ、少しの時間だけなら女子に見えるのかもしれない。
ちなみに、子供の頃のことを言うと姉貴に半殺しにされるので、思い出すことはほとんどなかった。
「気にしないで。それじゃあね」
とりあえず、穏便に収められそうなのでほっとする。俺は安堵と共に、彼女に再度、背中を向けた。
いろいろあったが、憧れの君を助けられた今日は、最高の日かもしれない。
感慨深い思いで歩いていると、無防備だった腕を背後から掴まれて、心臓が止まりそうになった。
「……えっ!? あの――?」
なんだ。やっぱり警察に突き出す気か。一度油断させてからどん底に突き落とすなんて、そんなひどい人だったのか。
戦々恐々として振り返った俺を迎えたのは、しかし、キラキラした目と弾んだような声だった。
「――あの! もしご迷惑でなければ……、明日、お礼をさせてください!」
…………。
…………。
(…………えっ?)
……何でこんなことに。
次の日、俺は、塾から少し離れたところで、塀に寄りかかって彼女を待っていた。
姉貴の姿をイメージし、眼鏡は外して、髪もセットしてある。しかし、試行錯誤したわりにはお粗末な出来で、できれば人前に出るのは避けたかった。それなのにのこのこと来てしまったのは、彼女の申し出を断ることができなかったからだ。
(お礼なんて、別にいいんだけどなあ……)
また会ったら、今度こそばれてしまうかもしれないし。
そうは思うものの、彼女にまた会えるという誘惑には勝てなかった。
「――すみません! 遅くなってしまって……!」
ドキドキしながら待っていると、彼女の声が聞こえてきた。はあはあと息を切らせながら駆け寄ってくる。
きっと、教室の中からずっと走ってきたのだろう。会えた喜びより申し訳なさが勝って、つい口調が弱々しくなってしまう。
「ああ、いや、全然気にしないで……。俺――僕こそごめんね。焦らせちゃったみたいで」
「いいえ! 私が、無理やり、お願いしたので……っ」
彼女は息を整えると、勢いよく頭を下げた。
「あの、昨日は本当にすみませんでした! それで、もし良かったらその……、これ、もらってください!」
「え? えっと……?」
彼女が差し出したそれは、リボンのついたビニールバッグだった。中には、手作りらしきクッキーが入っている。
(まさか、昨日、家に帰ってからわざわざ作ってくれた……?)
塾通いでただでさえ少ない彼女の時間を、俺が奪ってしまったのか。
申し訳なさに拍車がかかった。何とも言えずにそれを見つめていると、彼女が「あっ」と小さく叫んだ。




